第二話 『アプリズの継承者』 その24
衛兵の一人に連れられて、オレはその四階建ての牢獄へと入ることになった。衛兵は岩壁に埋まる厚みのある木の扉を、重たそうに押し込んで開いたよ。
事実、監獄の扉だからな、軽くはあるまい。
石造りの監獄の中は、もちろん薄暗い。窓も少ないのだろう。風の動きはなく、数百人……いや、それ以上の檻に入れられた亜人種たちが放つ、落胆と湿り気を帯びた息が、この薄暗い闇のなかには満ちていた。
人種を理由に、彼らは故郷を同じくする者たちから、ここへと閉じ込められたわけか。
「……年齢と、性別は?」
「1、2階にいるのが、男だよ。女は、3と4階……」
「そうか。年齢や、健康状態で分けているのか?」
「偶数の階が、十代以下、ガキだな」
「奇数の階は?」
「1階と3階は、いわゆる大人だ」
「何才ぐらいだ」
「20から55までだな」
「……それ以上は、どうした」
「……追放したよ。年寄りと、それを抱える連中は、『ヒューバード』から追い出したんだよ」
「……年を取り過ぎて、奴隷にならないからか」
「そういうことだ……ヒドいと思うか?」
「自分の良心に聞いてみるだけで、十分なんじゃないかね。オレが、あえて言うまでもないことさ」
「……亜人種の年寄りどもはさ、『ヒューバード』での発言力が大きいんだ。彼らは、自分たちがこの街を作ったと主張している」
「そうなのか?」
「事実は、知らない。皆、昔のことになんて興味無いだろ?……オレたちがガキの頃からモメ続けている。人間族が作った街だとか、ドワーフの作った街だとかで。でも、これからは人間族の街だ」
「亜人種たちの実力者や、歴史を識る老人どもは街から追放しちまったからな」
「……彼らは、ガンコ過ぎるんだ。現実を受け入れていない。オレたち人間族がこの世界の支配者だというのに……あいつらは、図々しくも、まるで、オレたちと対等な存在であるかのように主張して来るんだよ。理解出来ないね」
一般的な帝国人らしい発想をする青年だ。いかにも覇権国家の国民らしく、傲慢に満ちている。
人間族第一主義の見事な体現者だな。ユアンダートの信奉者さ……帝国の未熟な若造どもは、ヤツが主張する言葉に、その自尊心を満たしてもらっている。
『人間族』という、大きく強い存在に所属しているのだという言葉が、どこまでも心地よく、己を強い存在だと誤認させる―――人間族であることに、エリート意識を感じさせることで、帝国人の若造どもの支持を集めているわけだ。
……帝国の領土拡大戦争は限界を迎えつつある。侵略により奪い取った富を国民に提供することが、出来なくなりつつあった。だからこそ、ユアンダートは若者たちの自尊心を満たしてやるために、亜人種という『生け贄』を用意したのさ。
下らんことだが。
ヒトとは、しょせん、その程度の動物だ。千年後も同じような行いをしているだろうさ。
「……それで、病人は?」
「いや。病気を蔓延させちゃいけねえから、そいつらも追放しちまってるよ」
「そうか。皆、苦しみながら荒れ野で野垂れ死んだろうな」
「……責めているのかよ?」
「どうだろうな。事実を言葉にしているだけだ」
「オレたちは、疫病の蔓延から、この街を守ったんだ……司教さまも、そう仰った」
「ほう。ブルーノ・イスラードラがか」
「あ、ああ……司祭さまは、オレたちの行動が……たとえ、野蛮に見えたりしても……故郷を守ることにつながるのなら、許されるのだと。そう、仰ったんだ」
ブルーノ・イスラードラは、やさしいだけの人物でも無さそうだな。彼は、どこか攻撃的な気配というか……裏を感じさせる人物でもある。
「彼の言葉を、君は信じるわけだ」
「……え?間違っているか?……亜人種どもが攻めてくるんだぜ?……街の中に、亜人種が大勢いたら、安心して戦えないじゃないか?」
「……そうかい。まあ、君の状況認識についてよりも、オレが興味があるのは、いい奴隷となれる人材が、ここにいるかどうかだよ」
「あ、ああ。見ていってくれ……」
「そうする」
薄暗い石造りの牢獄を、二人で歩いて行く。鋼の牢屋の中には、ネズミ1匹入り込む余地が無さそうほど、亜人種の男たちが閉じ込められている。
不衛生な環境ではあるが、大きく健康を崩した者はいないようだ。半数以上は、こちらから顔を背けているが……他の連中は、牢屋の闇の奥から、光る瞳でオレたちのことを睨んでいる。
……憎悪を向けられることに、ストラウス家の野蛮な血は発作的に怒りと暴力で応えたくなる性質があるものだが―――今、この時にはね、怒りが湧かないのさ。
むしろ、喜んでいる。
いい目をしているではないか!……こんな場所に閉じ込められたからといって、怒りを忘れて怯えるだけでは、戦士にはならない。
ここには、『いい人材』が、オレを睨みつける瞳の数ほど存在しているということだ。
「……人間族め」
「……オレたちを、閉じ込めやがって……」
「……裏切り者め」
闇の中から静かな呪詛を聞く。皆、首に『魔銀の首かせ』をつけられているというのに、それでも怒りと憎しみの態度を隠さず、沈黙することもない。戦士として、何よりも求められる才だよ。
心の強さ。
逆境にも耐える、その力があるのならば……負け戦をも覆すことが出来る。巨大な帝国を、ぶっ倒す。そんな仕事をするときに、一緒に組む仲間は、こういうギラついた目をしていて欲しい。
……さて。
「なあ、青年よ」
「な、なんだい?」
「ここで使っている『魔銀の首かせ』は、ちゃんと頑丈なんだろうな?」
「……た、試すのか?」
ビビっているな。
オレが、『魔銀の首かせ』を呪文で動かして、檻の中にいる連中を苦しめて遊ぶようなサド野郎だとでも思っているのか?
……そんな趣味はない。
でも、亜人種たちに睨みつけられたくもあるんだよ。正確には、注目を集めたい。
檻の前に立つ。
亜人種たちが睨みつけている。唾を吐きかけられたりするかもしれないと考えていたが、彼らも『魔銀の首かせ』の威力を思い知らされているのか、暴れることはない。
「……安心しろよ。そんなことはしない」
「そ、そうか」
……衛兵に対して告げた言葉じゃないんだがな。返事をしたのは彼だけだった。人間族と亜人種の間に、ユアンダートが作ってしまった克服しがたい溝を感じるな。
怒りと不安に満ちた視線を浴びながら、オレは語る。彼らに聞かせておかなければならない言葉があるのだからな―――。
「―――『蛮族連合』どもには、『魔銀の首かせ』を破壊する、ミスリル製のヤスリがあるそうでな」
「ミスリル製の、ヤスリ……?」
「ああ。呪術を帯びた品だ。そいつで、『魔銀の首かせ』に傷をつければ、『魔銀の首かせ』にかけられた呪術が無効化されるそうだぜ」
「……そんなモノが……?」
「ああ。あくまでも、ウワサ話かもしれない……ここの『魔銀の首かせ』は、古いものなのか?」
「いいや。半年ぐらい前に、作られたばかりだ」
「そうか……なら、安心だな。もしも、そんなモノが『蛮族連合』どもの手にあったとしても、新しい品物にまでは、効果は無いだろう」
「……『蛮族連合』の品なんて、たかが知れているに決まっているさ」
「そうだろうなあ……どうせ、そんなモノ、この世に実在なんて、しちゃいないだろう」
オレはそう言いながら、見定めていく。
『ミスリルのヤスリ』を託すに、相応しそうな人物がいないものかを。候補は、もちろんドワーフ族。鋼と対話する耳を持つ者たちだ。
何人もの気の強うそうなドワーフが、こちらを睨みつけている……。
「……なあ」
「な、なんだ?」
「あそこにドワーフたちが固まっているが、あの中に、鍛冶屋はいるのか?」
「……いる、はずだよ?」
「自信が無さそうだな」
「ここは、暗いし……囚人のことなんて、全員を覚えることなんて出来ないだろ?オレからすれば、したくてしている仕事もでないし……」
「ならば、直接、訊くとしようか」
ドワーフ族たちを見つめる。背中を向けている衛兵には見えていないから、スマイルを浮かべている。警戒心を解きたくもあるからね……。
まあ、オレのスマイルごときで、虜囚の憂き目に遭っている彼らが微笑み返してくれるなんてことはないけどね。
それでも、可能な限りのことはしておく。
『オレは敵じゃない』と、叫ぶわけにはいかないからな。顔芸一つで、何か一つでも伝えたい。察してくれると足すがるけどな。
……そうだな。
人間族っぽさを消すために、左眼を金色に戻してみたよ。何人かが、闇の中で動いた。オレをフツーの人間族ではないと、理解したらしい。片目が金色に光る人間族なんて、オレも自分以外には見たことない。
オレを謎の種族として認識してくれると楽なのだがな……さて、顔見せは十分か。次の行動に移るとしよう。
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