第二話 『アプリズの継承者』 その22
『ヒューバード』の北側にやって来る。夕焼け色に沈むレンガ造りの街並みからは、活気が消えた。どの街にもあるものだが、ここもその一つ。貧民街だな……今は、その一カ所が亜人種たちの収容所となっているらしい。
四階建ての大きな建物。頑丈さだけはある、殺風景な建築だった。ただただ、ヒトを閉じ込めておくだけの場所……。
……本来ならば、そこは監獄だったようだな。衛兵たちがいるが、数人だな。その警備は厳重というわけではない。
つまり、亜人種たちの管理には、おなじみ『魔銀の首かせ』が使われているらしいな。呪文一つで、絞首の呪いは実行される―――それゆえに、彼らも逆らう勇気を持てないでいる。
いや。
この街の生まれなのだろう。だからこそ、彼らもこの街の方針に従うしかなかっただけかもな。城塞都市で生まれた者たちにとって、世界の全ては城塞の中だ。獣やモンスターが蔓延る、未開の土地に逃げ出す勇気は、彼らにはない。
……『外』のどこかに血縁がいる者たちは、とっくの昔に逃げ出していたかもしれない。ここに閉じ込められている者たちは、生粋の『ヒューバード人』なのさ。
それでも。彼らは帝国人からすれば、『ヨソ者』なのかもしれない……ここは、元々はドワーフたちの土地だったはずのに。人間族に奪われてしまっている。
英雄、『バハルムーガ』がこの事実を知れば、魂と体を怒りで震わせて、死ぬまで……いや、死んでも、この痛ましく、彼にはとんでもなく屈辱的であろう現実を否定するために抗ったかもしれない。
戦のために、モルドーア王の守護者であった彼を倒してしまったが……オレも、彼からすれば侵略者の人間族か。
……彼を倒してしまった者の責任として、彼の意志を体現しながら戦ってやるとしよう。
……さてと。
……クズ野郎のマネをしてみるか。
オレは監獄を警備する衛兵の側に向かう。
「よう。兵隊さんたち、お疲れさん」
「……なんだ、お前は?」
敵意と疑いにギラつく瞳……そして、槍の先端をこちらに向けてくる。衛兵たちの練度は悪くない。こんなクソみたいな任務に対しても、マジメってか……。
「槍なんて向けるなよ?……オレたち同じ人間族だし、同じ側で戦う仲間だろ?」
「……フン。二級市民以下でしかない傭兵風情が、オレたち同じだと?……どうせ、劣勢になったら逃げ出す」
「槍を二本も向けられて、ビビりもしないオレが、戦場で逃げ出すかね?」
「……傭兵は、信用ならん」
「まあ。信頼してもらおうなんて思っちゃいない。とくに、アンタたちみたいに、この街の出身者であるヤツとは……ヨソ者であるオレとは反りが合わなくて当然だな」
「……なんで、オレたちがこの街の出身者だって分かるんだ?」
図星だったらしいな。若造どもめ、単純で助かるよ。
「……いやあ。こんなクソつまらん仕事をしているのに、気合いが入っていからね」
「……任務は、任務だ」
「そうだ。オレたちの帝国軍兵士の軍務に、上も下もないんだよ」
「立派な心構えだな。でも、君たちだって、『魔銀の首かせ』で動けない亜人種どもを見張る仕事より、故郷のために前線で戦いたいだろ……?」
「……そ、それは」
「……たしかに、そういう意志はある。でも、戦になれば、オレたちだって、前線に担ぎ出されるハズだ」
「そうだろうな。今度の戦は、総力戦になる。敵は多いしクソ強いフーレン族の群れだってよ?……ヤツらの強さを知っているか?」
「……強いとは、聞いている」
「強いぜ。だって、『須弥山』で育っている。剣士には有名だ。武術寺院が並び、そこで剣士たちは幼い頃から技巧を極めようと腕を磨き続ける」
「……何が、言いたいんだ?」
「……オレたちが、負けるとでも?」
「ククク。そんなこと言っちゃいないぜ。いくら強いフーレン族だってよ、7メートルもある城塞を越えては来ない」
……ああ、嘘をついている。シアン・ヴァティなら越える。身軽な『虎』たちならば、ハシゴを使わなくても、7メートルの壁を登ることだって難しくはない。
それに。地下からも来るからな……。
「……勝てるよ。オレたち傭兵もいるからね。時間稼ぎに徹すれば、必ずや勝てるさ」
「そうだ……」
「オレたちは、守れるはずだ」
故郷を守りたい気持ちは分かるよ。それでも……ヒトは欲望に弱い。
「まあ。槍を下ろせ。熟練の傭兵であるオレに、君たちの脅しは効かない。人間族同士でケンカしたって、誰も得しない。それに、負けるのは君たちだ」
「……馬鹿にしているのか?」
「お前、丸腰だろ?」
「そうだ。それでも、君たちがオレに勝てる見込みは微塵もないだけだよ。君たちは、武術の心得が多少あるようだが、それだけに、察することは出来ないか?……オレと君たちの間にある、如何ともしがたい実力差を」
二つの槍を握る。指に力を込めるのさ。ヤツらは、これで前にも後ろにも動けない。
「……ッ!?」
「……う、嘘だろ?槍が……」
「動かないだろ?……道場の槍使いの先生は、教えてくれないかもしれないが、槍を素手で無効化する方法なんて、幾らでもあるんだよ。武器は、他流との戦いに脆い側面もある」
道場の先生は、教えてはくれないだろう。
彼らもまた、『信じたくなる嘘』に取り憑かれた者たちだよな。
オレは、未熟な戦士をいじめるのを止める。槍から指を離して、スマイルを浮かべるんだよ。
「……まあ。槍を引っ込めろよ。無意味だし、そもそもオレたち仲間同士でもめる必要が無いもんな」
「……あ、ああ」
「……そう、だな……」
衛兵たちは槍を引っ込める。マジメな兵士たちではあるし、それなりに練度もある方だろうが、このソルジェ・ストラウスお兄さんと戦うには、百年早いだけである。
「……さてと、本題だが」
「……何の用だ?」
「……君たちをからかいに来ただけじゃない。いい年こいた大人なんでね、働かなくちゃならないのさ。君たちは、初めての戦だな?」
「……だから、どうした?」
「それが、悪いかよ?」
「悪くない。悪くないが、『先輩』としてね、君たちに戦での『稼ぎ方』をレクチャーしに来たんだよ」
「……稼ぎ方?」
「戦場で活躍することは難しい。君たちだって、分かるだろ?フーレンだぞ?君らの十倍は強いヤツらが群れで来る。こちらは防戦一方だ。君らは槍働きで、戦場の英雄にはなれない」
「……う、うるせえよ」
「……そりゃ、そんなに強くねえことぐらい、思い知らされたばかりだっつーの」
「ククク!……そう、いじけるなって。認めにくい現実を認識できる、そんな君たちのクールな判断力をオレは買っている。いい兵士だよ、君らは」
本気で褒めている。若者ってのは、もっと血気盛んに意地を張るものだが……『ヒューバード人』は商売人。合理的で、客観的であれと、教わっているのだろう。
商売人の街らしくて、良い文化だ。意地を張っても、強さは伸びん。才無き者は、ホコリよりも、柔軟さで強さを磨くべきだ。柔軟さを極めれば?……天才ぐらい無力化することなんて、ヒトには容易いよ。
そして。
合理的な者は、純粋な魂を持っていないものさ。
「……せっかく、死ぬかもしれない戦をやることになるんだぜ?」
「……そうだが……」
「それが、どうしたよ?」
「ちょっとでも、稼いだ方がお得じゃないか?……君たち、このままじゃあ、命を賭けても金は稼げないぞ。そこまで強くないからなあ」
「……稼ぐ方法が、あるってのか?」
「もちろん、あるよ。だから、オレはわざわざ、こんなクソ地味なところに来たんだ。仕事じゃなければ、こんな場所に来るかよ」
「……それで」
「……どんな儲け話だっていうんだい?」
「……興味があるかい?」
「……あ、ああ。無いと言えば、それは嘘になる」
「……オレたちだって、金は欲しいよ。オレたちの腕前じゃあ、たぶん、アンタの言う通り戦場で活躍するのは難しそうだしな」
「ああ。戦場には、オレみたいなのがウジャウジャいるから、あまり出しゃばらない方が長生きのコツだよ……」
「……それで、どんなハナシなんだ?」
「あまり、無茶なことは、出来ないぞ?」
「……分かっているよ。危ないことはさせやしない。この監獄には、亜人種たちがいるんだな?」
「そうだが?」
「……そして、看守は、ほとんどいない。ただ、閉じ込めているだけ」
「よく分かるな?」
「人手不足だからな。『魔銀の首かせ』をはめた者を、監視する者は、少数さ。せいぜい、戦士としては使えない、老齢の者たちだろう……自警団あたりか?」
「あ、ああ。正解だ」
「それで、どうするってんだ?」
「……オレを、コッソリとこの中に入れてくれればいい。オレはね、『人買い』から依頼を受けている。良さげな奴隷を見つけてこいとな。今日は、奴隷を探しに来たんだ」
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