第二話 『アプリズの継承者』 その19
竜太刀と竜鱗の鎧を脱ぎ捨てて、一般人のフリをする。これで帝国に賞金かけられている、ガルーナの竜騎士、ソルジェ・ストラウスとは思われないだろう。
隠し扉の前に立つ。オレはその白い岩壁をじっと見つめる。一見、何の変哲もない壁に見えるが、指を引っかけるためのくぼみがあった。
……重さはあるんだろうな。だって、ドワーフ製だもん。
そう考えながら、指をかける。そして、ゆっくりと右にスライドさせるように力をかけていった。32年ぶりに動くだけはあり、やはり、それなりには重たい。
ミアには、ちょっと難しい仕事だったかもしれないな。ミアはいい自己判断と推薦をしてくれたというわけだ。
まずは、ちょっとだけ岩戸を開いた。三センチほどね。そして、その隙間から地下蔵の様子をうかがう。まずは音に頼り、次に魔眼に頼った。
誰もいない。
少しカビ臭い空気が闇の中から漂ってくる。ビールの樽……いや、エールの樽が見えるよ。地下蔵のなかに、樽が並べられているな。熟成中なのか、それとも保管しているだけなのかは、酒呑みのオレでも分からない。
……でも、素晴らしい空間だな。
アルコールだらけだよ。最高に心惹かれる……盗む気はない。分かっている。オレは職業倫理をないがしろにはしないよ。仕事に関係した忍び込みだからだとか、敵国人の酒だとかいう理由で、酒を盗んだりはしない。
「お兄ちゃん、誰かいる?」
「……いいや。誰もいない。今なら、この場所から出ても、誰にも見られないだろう。だから、行ってくるぜ」
「……了解っ」
「気をつけて行けよ、ソルジェ……っ」
「ここは、敵地。ムチャしちゃダメですよ、ソルジェさん……っ」
「ああ。分かっている。皆も、気をつけろ。では、夜の7時30分には戻る」
「了解っす……ちょっと、そこの酒を一本…………何でもねえっすよ、リエルちゃーん」
……酒蔵と、たった壁一枚を隔てた場所にギンドウを待機させるか。かなり不安だが、ギンドウだって敵地に一人潜入するオレのことに、気を使ってくれるだろう。
バレて追い詰められた時、ギンドウがそこを開いてくれなきゃ、オレは敵に囲まれるんだぜ?……力尽くで突破することも可能じゃあるが、大暴れすれば作戦そのものを台無しにしてしまう。
「……頼んだぜ。ギンドウ、お前の役目は、重大だぞ」
「……分かったっすよ」
「晩飯に合う酒ぐらいは、探してくるつもりだ」
「……期待しておくっすわ」
「ああ。じゃあ、行ってくる」
オレは岩戸を開けて、暗闇に沈む酒蔵に飛び降りる。そこは地下の岩盤を掘られて作られた、頑丈な酒蔵で……その岩戸は、酒蔵の一番、深い場所の壁に隠されていた。
50センチほどの段差がある。どうしてか?……分からない。岩壁を偽装するときに、そちらの方が隠しやすかったのかもしれないな。
「オットー、閉めてくれ」
「ええ。では、お気をつけて」
「分かっているさ」
ゆっくりと岩戸が閉じられていく。ガチャンという音がして、岩戸は完全に閉鎖されてしまった。
暗闇のなかで、指を岩戸に這わせてみた。本当にわずかな溝を見つけられるが、ここに扉があるなんて、かがり火で照らしても分からないだろう。
「さすがは、ドワーフの仕事だな……」
感心したな。ドワーフの建築技術というのは、本当に驚かされるモノも多い。
さて。
ダンジョンの次は、地下の酒蔵だ。古い木枠に留められた、無数の樽が並んだ場所を、オレは一人で歩いて行く。この樽の中には、エールがタップリさ。
オレの職業倫理が低ければ、盗んでしまっているだろう。でも、オレはそこまで落ちぶれてはいないんだよ。イース教と相性がいい関係であるとは思っちゃいないが、僧侶の品物を盗むなんて、あまりに品が悪いことさ。
……気配も足音も完全に消して、この広い地下施設を進んでいった。僧侶に見つかるとバツが悪い。盗人のフリをして、許してもらえれば良いが……衛兵に突き出すなんて言われると、誘拐しちまうことになるだろうな。
……まあ、ここの司祭は、街に駐留する帝国軍の幹部と仲が良いらしいとの情報もあった。いい情報源になるかもしれないから、拉致する対象としては価値が高い。
臨機応変な行動が望まれるな。
司祭殿はいい情報源ではあるが、この教会の長でもあろう。そんな人物がいきなり消えてしまうと、徹底的に捜索されるかもしれない。
あの出入口の偽装がバレるとは思わないが、この街の下にある地下水道には、ここ以外からも入れるらしいからな。消えた司祭サマを探して、兵士たちが地下に降りてしまう可能性もあるさ。
誘拐するとしても、タイミングをしっかりと考えるべきってことだな。とりあえず、今は……誰にも気づかれないように、教会から脱出するとしよう。
エールの酒樽の群れに誘惑されながらも、オレは自分の仕事に集中するために、酒蔵を歩き抜けたよ。
出口は、施錠されていると考えていたが……意外なことに鍵はかかっていなかった。
……教会の一部は、『訪れる者をいつ何時も拒まない』という精神を体現するために、鍵をかけることも無いというが……『ヒューバード』のイース教会の連中も、そんな職業倫理に厚い人物たちなのかもしれないな。
そうだとすれば、悪さをしたくはなくなったよ。
隠密のための技巧に集中する。
目撃者を減らすことが、オレにもここの僧侶たちにとっても最高の結果だ。『索敵用のそよ風』を放ち、魔法の目玉に力を込めて、オレは闇夜に遊ぶ猫よりも無音になり、教会の地下を歩いて行く。
ドワーフの遺構を利用しているだけはあり……しっかりとした石造りだ。清潔であり、華美な装飾はない。
好印象を抱く場所だったよ。
暗闇に沈む教会の地下を歩く……納骨堂を見つけたが、別に見知らぬ人々の墓参りをしているつもりじゃない。でも、好奇心って、ムダなことをさせるよ。
納骨堂を、ちょっとだけ覗いてみたよ。ガキっぽい?……いいや、社会見学の一種だろ。
敵サンの文化を識ることで、何か得るモノがあるかもしれないからなあ。
ふむ……骸骨の群れがあるぜ。無造作にってことじゃない。壁に掘られた穴に、モルタルで半分ぐらい埋めるようにして頭蓋骨が、規則正しく飾られているな。
『壁一面に骸骨が並んでいる』。そう言った方が早いかもな。地下に人気が少ない理由が、ちょっと分かった気がする。
この骸骨たちに歯は無いな。抜け落ちるから、あらかじめ抜いているのだろうか。粉々にして肥料にしているのかもしれないし、頭蓋骨以外の骨も見つからないところを見ると……あのモルタルに混ぜて、素材として使っているのかもしれないな。
女子ウケの低そうな場所だ。
ここの信者たちは、教会を支える地下の一部になることを聖なる行いと喜んでいたのかもしれない。それとも……古い骨ばかりということを考えると……一度、埋葬していた死者を掘り起こして、ここに整理したのかもしれない。
何度も拡張されている城塞都市だからな、『ヒューバード』は。土地が足りない。墓地だって掘り起こして、一カ所にまとめようとした。
……そして、モルタルに『封印』しているのは、地下にスケルトンがいるからか?スケルトンとなることを防ぐために、こうやってモルタルで固めているのかもしれない。
死後、スケルトンとなって大暴れ―――蛮族であるガルーナ人としては、そういう骨生活も楽しそうだけど、一般的にはアンデッドになって地上を彷徨うなんてことを喜ぶヒトは少ないものさ。
この骸骨だらけの壁は、掘り返された人骨の整理と、スケルトン対策を兼ねての行いだったのかもしれない。
そして、死者からすれば聖なる教会の基板となり、僧侶たちに手厚い管理も受けられるわけだ。毎日祈ってもらたり、酒を振りかけてもらえるかもね。
そう考えると、かなり合理的だな、と解釈することも出来るな。
オレはゼファーの炎によって火葬にして欲しいが、弔いの方式は文化による。あとは地域事情もな。城塞都市で暮らした者たちは、『外』を怖がるからな。
城塞に守られていない、文明性ゼロの『外』を蛮族のみじめな世界だと信じている。獣やモンスターの徘徊する場所に、積極的に出たがることはない。
『外』も意外といいもんだぜ?……と語ったところで、信じちゃもらえないだろうな。
城塞都市育ちの連中は、死後も『外』にいたくないらしい。広い土地に埋葬されるよりも、狭くて、モルタルに閉じ込められた形だったとしても、城塞都市の地下で眠りたいのだろうよ。
文化の勉強にはなった気がするな。城塞都市人っての連中が、ヨソ者を馬鹿にしがちなことも思い出す。『ヒューバード』は商業の盛んな都市だから、ヨソ者も金づるだ。ヨソ者だからって、白い目で見られることはないかもね……。
皆が皆、ヨソ者を歓迎するような土地なんてのは、この世のどこにも無いだろうが。
……納骨堂を後にするよ。
野蛮人なりに学術したけれど、戦に使えるような情報はなかったな。まあ、『ヒューバード』人を殺したら、地下にしっかりと埋めてやろう。
埋葬の手順でモメてしまうと、この街を『自由同盟』が支配した後、反乱のキッカケにされかねない。
敵とはいえ、死者への扱いが雑なことは、遺族の怒りと復讐心を燃え上がらせることにしかならん……オレも、我が身で知っていることだからな。ハント大佐には、その辺りのこと、十分に注意しておいても損はないだろうよ。
……僧侶たちにすれ違うこともなく、酒蔵と納骨堂がある地下を脱出する。目の前に、地上へと続く階段があったよ。夕日の色がそこから見えた。どこか、ほっとするな。久しぶりに、アンデッドがいない場所に出られそうだ。
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