第二話 『アプリズの継承者』 その15


 声を出すまでもなく、猟兵たちは連携する。獣のように身を低くして、オレとロロカとオットーが、『死将の戦車/モルドーア・チャリオット』に突撃していく。


 しかし、最も速く、敵に斬りつけたのは我が妹ミア・マルー・ストラウスであった。ミアは状況を把握している。すべきことは、一つだった。『脅威』を排除する。


 『雷矛ギーバル』を持つ白骨の腕に、ミアは『風』を宿したナイフによる斬撃を叩き込んでいた!!ズシュアアア!!鋼に長腕の指どもが斬り裂かれ、握力が半減する。


 ミアはそのまま素早く手甲から出した爪を『雷矛ギーバル』に絡めると、白骨の指から、それを見事に奪い取る。暗殺妖精は、雷矛を奪ったまま、迫り来る白骨の腕を躱して、躱して、躱していく―――ッ!!


「危ない武器は、使わせないもん!!」


「よし!!良くやったぞ、ミア、下がれ!!」


「リエル、ミアのサポートをお願い!!」


「任せろ、ロロカ姉さま!!」


 リエルがミアを狙って動き始めている、白骨の腕の一本を矢で射抜いて破壊した。


「ありがと!!」


 その隙に乗じて、ミアは風に化けて、槍を持って暴れる白骨の群れから脱出する。ギンドウが、ミアの護衛になってくれる。


「こっちは任せろっす!!」


 つまり、自分は突撃しないっていうことらしいな!!……まあ、いい。ミアを守れよ、ギンドウ・アーヴィング!!


「行くぜ!!ぶっ殺すぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「はいッッ!!」


「イエス・サー・ストラウスッッ!!」


 闘志を歌にして放ち、ロロカとオットーと共に、三匹の獣へと変貌する!!槍を握り蠢く白骨の腕たちも、走り回る戦車が壊れてしまえば、動きは緩いものだ。


 まったくもって、『パンジャール猟兵団』の前には、何の脅威でもないッ!!


 竜太刀の斬撃が、槍の刺突が、棍の打撃が……破壊の嵐となって、『死将の戦車/モルドーア・チャリオット』の長い白骨の腕どもを粉砕していく!!


 白骨の腕を断ち、貫き、打ち壊す!!鋼に割られた骨の欠片が、無残に戦場に散っていくが―――容赦はせん!!


 ……このまま、戦車も『首無し馬』も、『死将バハルムーガ』も、全て、鋼で壊してしまうぞッッッ!!!


「ハハハハハッ!!いいぜ、団長たち!!そのまま、ぶっ潰しちまえ!!」


 鋼を叩き込み、ロロカ・シャーネルの槍が『首無し馬』の背骨を叩き折る。オレとオットーは戦車に対して強打を入れて、その外壁を壊していく。


 戦車の中にいる『死将バハルムーガ』の体を引きずり出し、完膚なきまで破壊してやるためだ。根元近くから折られた、白骨の長腕たちが、抵抗するように蠢くが、それさえも打ち壊しながら、『バハルムーガ』を目指す!!


 猟兵三人がかりの破壊行為だ、白骨の長腕に護られた、ミスリル製の戦車だろうとも、そう長く保つことはないのは明白だ。


 勝利を確信している―――しかし、『炎』の魔力の高まりを感じ取り、オレたち三人は、ほぼ全壊状態にまで追い詰めた『死将の戦車/モルドーア・チャリオット』から間合いを取るために、素早く後ろに跳躍していた。


 蒼炎が、暴れる。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンンッッッ!!!


 戦車も『首無し馬』も、その蒼炎の爆裂は容赦なく巻き込んでいた。蒼い輝きは、どこか虚ろにも見えたが、その熱量は底無しに強い。鋼と骨の欠片が、吹き飛んできた。


 涙も蒸発しそうなほどの熱風と、大木をも薙ぎ倒しかねない暴風を全身に浴びる。どこかに飛ばされてしまいそうだな。だが、だからこそ。この脅威から逃げている場合ではない。オレは鉄靴の底と竜太刀の先端を床石に叩き込み、仁王立ちを維持する。


 ……『パンジャール猟兵団』の竜騎士は、最前線に立ち、常にその背に『家族』を護る男でありたい。


 罪悪感が、そうさせるのさ―――ギンドウ・アーヴィングが、この熱く爆ぜる風から、ミアを全身で庇ってくれているのと、同じ理屈だ。


 なあ。そうだよな、ギンドウよ。『家族』を失うのは、辛いよな。だから、追い詰められても、逃げることはないのだ!!


 竜太刀を振り上げる。


 この部屋を呑み込むような勢いで暴れている蒼炎の果てに、英雄の姿を見る……首を無くしたとしても、関係ないようだ。


 刎ねられた首のつけ根から蒼炎を噴き上げながら……。


 失った腕も、蒼炎の奔流で補いながら……。


 蒼炎に姿を変えようとしている『バハルムーガ』は、オレを目掛けて、やって来る。


 やはり、英雄と呼ばれた男だ。一筋縄ではいかないらしい。この蒼炎は、ヤツの魂が燃え果てながら吐き出しているのだろうか?


 よくは分からないが……『バハルムーガ』は燃え尽きようとしている。燃え尽きながらも、『力』へと化けている。全てを捧げて、力を得る最後の手段さ。


 そして、侵入者であるオレたちへの殺意に衝動されて、ヤツは走った!!


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


 蒼炎の顔が、牙を剥き。


 蒼炎の右腕から、炎の『剣』が生えてくる。


 ヒトも死霊も超えてしまい、何が何だか分からない状態に化けようとも。亡国の誇りを護るために、『バハルムーガ』は蒼炎の『剣』で斬りかかって来るのさ!!


「……ククク!!来やがれ!!バハルムーガあああああああああああああッッッ!!!」


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


 『剣』に対して、竜太刀を合わせるように叩き込むッ!!


 鋼と蒼炎がぶつかり合って、弾け飛ばされそうな程の力を指に感じる。あまりに強い力なもので、いつもの片手持ちじゃムリだと悟らされる。両手持ちに切り替えて、『剣』との競り合いに移行していた。


 力比べさ。


 燃えちまいそうなほどに、全身が熱い。


 それでも……この力比べが、どこか楽しいんだよ……ッ。


『…………何故、笑う…………?』


 蒼炎の貌が、不思議そうな声で訊いてくる。アーレスのくれた力が、『バハルムーガ』の魂の声を聴かせてくれているのだろう。少し、嬉しいぜ。


「オレはね、アンタの気持ちも分かるんだよ……ッ。分かっているんだろ、アンタ?自分の国が、滅びちまっているってことぐらい……ッ。だから、ここまで、怒っている」


『…………他者の痛みなど、分かろうハズも無い』


「そうだな。それ、知っているさ。痛みは、自分だけのものだからな。それでもね……ッ。オレも、自分の国を、失ってしまっているから……ッ」


『……ほう』


「仕えるべき王も、守るべき一族たちもッ!!……その足で踏むべき、故郷の土も!!全部、奪われちまって、ここにいる」


『…………何を求めているのか?……この場所は、枯れているのだぞ?何も、無い』


「それでも、この道の先を進めばね……取り戻せると信じているんだよ」


『…………過ぎ去ったと書いて、『過去』だ。そんなものを、お前は掴めない』


「いいや。遅くはないさ。大陸中探しまくって、いつのまにか見つけちまった大切なものが、たくさんあるからね」


 世界のどこにも、セシルはいなかったけれど。いつのまにか、大勢いるんだよ。命がけで守らなくちゃならない連中がな。


「それに、命を賭けるべき道も、見つけているんでな……ッ。こんなところで、負けてはいられないのさ……ッ。オレには……生きて、守って、手に入れたい世界があるんだ……ッ。今は、この大陸のどこにも無かったとしても、そのうち、手に入れてやるのさ……ッ」


『…………面白きかな、これは珍しき盗掘人だ。お前が盗もうとしているのは、我らが王国の誇りでもなく、わずかな金塊などでもなく…………『未来』と来たか!!』


「ああ、そうだともッ!!……だから、オレの後ろには、一歩だって、行かせられねえんだよッ!!」


 後ろには、『家族』がいるんだ。一人だって、失うワケにはいかない。さっきの爆発で、みんなダメージを負っている。行かせられねえよ。コイツ、殺す気満々なんだからな……ッ。


 ……なあ、我が妹セシルよ。お前のあにさまは……強いんだ。こんな蒼い炎のバケモノなんかに、負けられるかよ。


「お前が、どんな魔術を使おうが……ッ。どんな呪術を使って、得体の知れない力になろうともッ!!負けてられねえええええええッッッ!!!」


『ハハハハハハハハッ!!ならば、力を見せてみい、ひよっこめッ!!この英雄バハルムーガに挑み、『未来』を奪い取る力があるか、試してみろッッッ!!!』


「押し通るッッッ!!!」


 竜太刀を力ずくで押し込み、『バハルムーガ』の構えを崩す。


『やりおるわッ!!このワシに、何度も勝ちよるッ!!』


「何度も立ちふさがるのなら、何度だって、ぶっ殺してやるだけだッ!!」


 鋼を振るう!!竜太刀が暴れた!!そして、『剣』も同じように暴れやがる!!


 それらは何度もぶつかり合い、火花を散らしながら、一見互角の様相になるが……魔術の無いバハルムーガでは、いくら速くなっても、いくら腕力を増したとしても―――。


「―――剣の腕では、オレには、勝てんぞッ!!」


『……ぐううッ!!?』


 隙などない。ないから、作る!!力尽くで一撃入れて、ヤツの構えを崩し!!ストラウスの嵐を叩き込む!!鋼が踊り、蒼炎に化けた『バハルムーガ』の体を四連続の斬撃が、斬り裂いていた!!


 ……それでも、ズタボロに斬り裂かれても、ヤツがまだ立っていやがるからな。アーレスよ、力を貸せ!!オレとお前の力で、この戦いを終わらせてやろう!!


 竜太刀が、アーレスの魂が応えてくれる。黄金色に煌めく、竜の劫火が鋼に踊り。怒りに灼熱するヒトの業火と混ざって爆ぜる!!


 逆巻き螺旋する黄金色の猛火が、竜太刀から解き放たれて、世界を煉獄の熱で焦がしていく!!……気合いと、殺意と、魔力の全てを捧げながら―――大上段の構えに、爆炎に暴れる竜太刀を持ち上げる―――この一撃で、終わらせてやるぞ!!


「『魔剣』ッ!!……『バースト・ザッパー』ああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 黄金色の爆撃を、『蒼炎の魔人/バハルムーガ』に叩き込む!!黄金色の爆炎が炸裂し、蒼炎をまとう魔人の肉体を即座に粉砕した!!


 蒼炎を、黄金色の暴風が引き裂きながら、焼き尽くしていく!!


 ……バラバラに千切れて、骨も鋼の欠片も遺さぬままに飛び散りながら―――『蒼炎の魔人/バハルムーガ』は、笑いやがったよ。


『ハハハハハッ!!……ワシの最後の奥義をも、焼き払うとはな……あっぱれな、盗人よ……認めてやろう。お前は……たしかに、ワシよりも強い男であったぞ。お前の取り戻す王国を、永らく守ってみせるがいい―――――』


 ……煉獄の黄金色に染まる世界の中で、モルドーア王国の猛将、バハルムーガが消滅していく。肉体も、それに宿る魂さえも。『魔剣』の威力の前に消し飛んだのさ。


 オレは、その亡国の英雄の魂に、力を証明することが出来たようだ。そうだ。勝利など、どうでもいい。オレは……今日も、『家族』を死なせずに済んだぞ。


 なあ、セシル。お前のあにさまは、なかなか、やるだろう……?



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