第二話 『アプリズの継承者』 その14
古き英雄の首が、宙を舞う。
闇の中で、左右に大角を生やした兜をかぶった頭骨が、力なく回転している。それでも『死将バハルムーガ』の眼窩の奥では、蒼炎が揺らいでいた。
『儀式』としての死、その最たるモノである斬首を与えた。アンデッドの呪いを解くための、最も有名な解呪の方法である。不死者も首を落とせば、死ぬのだ―――だが、オレの心には不安がよぎっていた。
ヤツの蒼炎の瞳に、敗北を感じない。『死将バハルムーガ』は、オレたちの連携の前に敗れ去ろうとしている。いや、今まさにオレたちは勝利のなかにいる……そうだというのに、実感が伴わない。
体は動いていた。
床に転がる、無様な英雄の頭骨に向かって走り、鉄靴で踏みつぶしていた。英雄殿に対しては失礼な行いかもしれない。『墓荒し』をしているのは、こっちの方で、彼は悪いことを一切しちゃいない。
しかし、手を抜けるような相手ではないのだ。
イヤな予感がするのなら?
実現するに決まっている。
モルドーアの伝説、『バハルムーガ』は、500年の死を越えて、なおも強敵であった男だ。首だけでも、何らかの呪術を使って来る可能性すらある……。
右足の下で、英雄の魔力がまた小さくなった。くすぶり、霧散し、消えていく。
斬首と同じく、頭部を潰すことも、『儀式』としての死には十分だ。何度、この英雄を殺したことか。しかし、それでも……知識が、悪い予感を形作る。
闇のなかに、不安と恐怖が、邪悪なる者の姿を幻視させるようなものか?……いいや。それよりは、きっと、たちが悪い状況だろうさ。
知っているんだ。
『首無し馬』に乗って、この人物は戦場で暴れたんだよ。生前のハナシだからって、安心することは難しい。死霊となった彼には、かつてよりも呪術は身近なものであろうからな。
死体をどこまで破壊すれば、この不死者は滅びるのか?……滅びない対策を、彼は幾つ自分の死体に施しているのか。分かったものではない。
オレが緊張を解かないために、リエルもミアも命令を継続する。矢と弾を用いて、壁にある紋章を破壊していく。動いているからな。魔力が、動いていやがる……。
……体の方も、ぶっ壊しておくか。
横たわっている『死将バハルムーガ』の首無しの体を見下ろしながらそう考えた矢先、その音が聞こえた。
ゴドドドドドドドドドドドドド!!……天井、そして、この部屋の奥にあたる壁の内側で何かが動くような音が聞こえた。直感する。もちろん、『罠』だとな。
どの種の罠か?
最も危険なのは、生き埋めである。後退しながら、あの入り口を確認する。ギンドウがその場所に陣取り、不安げな表情のまま天井を見上げている。しかし、何も起きない。
出口が壊れ、生き埋めにされるって罠ではないようだ。安心するわけじゃない。だが、音がしている部屋の奥へと振り返る。後ろ歩きで動きながら、魔眼を使った。
部屋全体が揺れているように感じるが、『震源地』はこの部屋の奥だ。そこにある壁の一部がゆっくりと動いている。どういう仕掛けなのかは分からないが、この部屋の奥の壁には、隠し部屋があったようだな。
英雄殿が勝者への褒美をくれるというのなら、ドワーフたちの金銀財宝と巡り会えそうだが。彼の任務を考えたら、この場所への侵入者が、たとえどんな善良な人物であったとしても、彼は銀貨一枚だって与えることはないんじゃないか?
……そう予感する。
そして、どうやら正解だったらしい。
開かれた石壁の奥から、『首無し馬』が現れる。英雄の愛馬であったという、その馬も、500年の間で、さらに多くをその身から削ぎ落とされてしまったようだ。馬用の鎧に身を包んでいるが、その中身は野太い軍馬の骨だけだった。
カランカランと骨と鋼がぶつかる硬質な音を立てて、死せる馬は歩いてくる。『首無し馬』は、スケルトン・ホースとなった今でも、もちろん新たな首など生えていない。その代わり、『首無し馬』の、一般的には頭部があるべき場所には、蒼炎が燃え盛っていた。
アレが、この忌まわしい怪物どもの動力源なのかもしれない。
オレは後退するのを止めていた。
後退させることこそ、『死将バハルムーガ』の罠であることに気がついたからだ。あの三メートルもある、巨大な通路は、弓の射線を確保するためではなく―――この『首無し馬』が駆け抜けるための大きさだったようだな。
背後を見せるべきではない。
壁や天井のなかの不吉な地鳴りは止まっている。英雄殿の罠は、ねずみ取りのような姑息な仕掛けではなく、臆病者を背後から轢き殺すための罠だ。
『首無し馬』は鋼をまとっている、鎧だけではない。あの忠義者の軍馬は、小型の戦車を牽いている……いや。正確には、馬の下半身が戦車に組み込まれている。馬と戦車を混ぜて作ったスケルトンだかゴーレムだか、分類がよく分からん何かだ。
とにかく、戦車の部分からは槍が無数に伸びていて、いかにも刺々しい印象を受ける。
逃げ場の無いストレートな通路に逃げ込んでいれば、加速したアレに背後から轢き殺されることになっただろう。
これは、確かに彼からのプレゼントではあるが、褒美ではない。ただの報復的な行動のようだ。いや……まだ、戦いは、終わっていないということかもしれん。頭を失った英雄殿の白骨が、ゆっくりと立ち上がる。
彼は、両腕も頭も失った状態でも、しっかりと鎧を強い音で鳴らして歩き、戦車に乗り込んでいく。何をしているのかは分からないが……『バハルムーガ』の白骨から、禍々しくも強力な魔力があふれ出して、『首無し馬』と戦車を包んでいく。
「……ソルジェ!」
リエルはオレの名を呼びながら、オレの隣りに現れる。
「どういう状況だ!?」
「分からんが、ヤツはまだやる気らしい」
「そうか……攻撃するか?」
「そうだな。一発、矢を放て。様子見だ」
「うむ!」
リエルが『死将の戦車/モルドーア・チャリオット』に向かい、矢を放つ。狙っていたのは戦車に乗り込んでいる『バハルムーガ』の胸の辺りだった。『儀式』としての死を与えて、アンデッドを退治しようとしている。
だが、矢が彼に達する直前に、槍が伸びて矢を打ち払っていた。
「……何!?」
「戦車から、白骨の腕が生えているな。そいつが、槍を持って振り回していやがる」
「……見たままだな」
「彼らとは初対面でね。どういう連中なのか、さっぱり分からなくてな」
「たしかに」
マジメなオレの弓姫さんは、綺麗で小さな頭をうなずかせていた。ちょっとしたユーモアのつもりだったが……まあ、いいさ。
「……よく分からない相手。ならば、力押しで行くしかあるまい!」
「ああ。そうなるだろう。駆け引きが出来ん相手だ。正攻法に頼るしかない。リエル、隊列に戻れ」
「うむ!命令しろ、ソルジェ。いつでも強い魔術を撃ち込んでやる」
「分かってる。頼りにしているよ」
猟兵たちは隊列を組み直している。オレ、ロロカ先生、オットーが前列。後列はリエル、ミア、ギンドウだ。まずは、問わねばならんな。
「オットー」
「はい、なんでしょう、団長?」
「オレの魔眼は、この部屋に仕掛けを感じない」
「私の三つ目もそうです。あの『チャリオット』が、『バハルムーガ』の奥の手なのでしょう」
天井が落ちたり、床が抜ける罠は無さそうだってことだ。半月ぐらい前に、ダンジョンの床が崩れて地下に落ちたことがあるからか、オレは神経質になっている。
その件に関しては、安心しておくか。
目の前にいる『死将の戦車/モルドーア・チャリオット』に集中しよう。ヤツは、魔力を高めているのか、様子見なのか、じっとして動かない。
通路に逃げてくれることを期待しているのか?だとすると、期待に応えなかったオレたちのことを、彼らはまた一段と嫌いになりそうだ。
「……あの形状、突撃してくるだろうか?」
「……見るからにして来そうですね。腕も多く、一つ一つが長く、槍も持っています。どんな動きをするか、ちょっと想像がつきませんね。変な乗り物ですから……」
本当に変な乗り物だ。想像力が及ばない……ミアとリエルが、矢と弾を使い、壁の紋章の破壊を続行する中、オレは質問すべき人物に声をかけた。
変な乗り物と言えば、ギンドウ・アーヴィングだ。
「おい、ギンドウ。あいつ、どんな動きをすると思う?」
「なんで、オレなんすか?」
「……詳しいだろ、ああいう変な乗り物に」
「竜なんかに乗っているヒトには、言われたくはないセリフっすがねえ」
ケンカ売ってんのか?……いや、オレにも非がある。『飛行機械』を『変な乗り物』扱いしてはいかんよな。
「……まあ、冗談はさておき。あの車輪、斜めってますねえ」
「そう言えば、わずかに外に開いている……?」
「アレ、横に回りやすいようになっているんでしょうよ。ドワーフの構造は、機能性追求。脆弱性を作っているのなら、意味があるはずっすもん……アイツ、きっと、ターンして来ますよ」
「……ちょっと、感心しちゃいましたわ」
「……残念だが、私もすこしだけな」
「ミアも!ギンドウちゃん、さすが発明家サンだ」
「……なーんか、一部女子からは、褒められてねえような気持ちになるっすよ……って、あの『チャリオット』野郎、動くぜ!!」
いななく鼻もない『首無し馬』が、無言のままに、その太い軍馬の骨格で走り始める。この部屋で、あんなものを乗り回すか。クソ、地下で馬の突撃なんざ喰らう日が来るとはな。
「……避けろ!!」
しかも、並みの馬の倍近い動きだったよ。オレたちは左右に散りながら、『死将の戦車/モルドーア・チャリオット』の突撃を回避した。
ギンドウの予想の通り、ヤツは、この広いとは言えない空間の中で、見事な急旋回を決める。戦車の部分からは、やたらと長い骨の腕を伸ばし、その骨の長腕を使って、槍をオレたちに投げつけてくる。
かなりの速さの投げ槍攻撃だが、猟兵の動きに、それが命中することはない。しかし、突撃を繰り返してくる『モルドーア・チャリオット』は厄介だ。かなり速いし、リーチも広い。無数の上腕骨がつながって、ムチのように長く伸びながら槍で突いて来やがる。
骨の触手が動き回り、その初見すぎて読みにくい動きに、視線が集中してしまう。この意外性に満ちた動きが、キツい。我々の力量ならば十分に避けられるが、突き刺しにかかる槍に対して、本気で鋼を打ち込む必要がある……。
その長腕は、八本近くは生えているんだ。油断することは出来ん。フレイルのように振り回した長腕の一撃は、床石に軽々と槍を突き立ててくるからな。床石に槍を突き立てたまま、『首無し馬』は走り回り、素早いターンを決めてくる。
槍の鋼と床石、あるいは天井の石材がこすれ合い、火花があちこちに煌めいていた。モルドーア槍術に似ている。長く槍をブン回し、広い空間に対して、鋼の旋風を放つ。
とはいえ、ヒトの腕が振るうモノとこれではスケールが違う……変則的過ぎる上に、何より、とんでもなく強力と来ている。コレと長時間、戦っていると大ケガさせられそうだ―――ッ!?
「―――しまった、あの腕、『雷矛ギーバル』をッ!!」
舌打ちしてしまう。伸びた白骨の腕の一つが、床に転がっていた『雷矛ギーバル』をブン取りやがった……ッ。雷矛には、魔力が集まって来ているように見える。そのうち、また強力な『雷』を放ち始めるぞ。
これで、ますます時間はかけられない。
速攻で決めよう。変則的とは言え、もう二分近く、ヤツらの動きは見ている。慣れて来たはずだぞ。モルドーア槍術にも似ているんだからな。接近戦を仕掛けても、どうにか体は反応するさ。
それに……車輪の一つを、呪ってやった。車軸に正確に刻みつけたぜ。魔眼の力、『ターゲッティング』をな。反撃の準備は整っている。考えているだけ、時間のムダだ!!
「リエル!!火球をぶっ放せ!!」
「うむ!!喰らえ、骨のバケモノめッ!!これが、私の『ファイヤー・ボール』であるッ!!」
骨の長腕の突き刺し攻撃を華麗にかいくぐりながら、リエル・ハーヴェルが森のエルフの王族の証でもある、強力な魔力をぶっ放す!!
低級攻撃魔術である、『ファイヤー・ボール』。だが、基礎の技巧を舐めてはいけない。『炎』を使える者ならば、誰もが最初に学び、最も練習する魔術がコイツだ。最も練度がある魔術の一つさ。
それを、リエル・ハーヴェルの魔力でぶっ放すのだ。樽より巨大な火球が、矢みたいな速度で放たれている。それが、『ターゲッティング』の金色の呪印に引き寄せられて、威力を上げながら加速する……。
『死将の戦車/モルドーア・チャリオット』の片輪に、強化された『ファイヤー・ボール』は命中し、火薬樽でも爆発したかのような爆炎と爆音が部屋に響いていた。車輪の一つを失った戦車が、盛大にバランスを崩し、曲がりきれぬまま壁に激突する―――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます