第二話 『アプリズの継承者』 その6
水もあるし、火も使えるってのはありがたいことだな。オレは玉ねぎを切り、鶏肉を選ぶ。鶏肉は縦長に切ろうか?……理由は、面白いからだ。料理ってのは何も美味しさを求めるだけじゃないだろ。美味しい以上に楽しかったら正解だよ。
さーてと。ドワーフの針金入り瓶に保管しているから、ちょっとぐらい激しく動いてもトマトは潰れたりしないのさ。鋼の直撃を受けなきゃ、この針金入り瓶は壊れることはない。
だから。トマトはたっぷりとあるぜ。アホみたいな量がね。だから、今日は水は使わないで、トマトだけでカレーの水気を確保しようかな。ミアは甘さ重視じゃなくても、オッケーという許可をくれたから。
鍋で湯をつくり、そいつにナイフで切れ目を入れたトマトをブチ込むんだ。しばらく茹でていると、トマトが膨らんでくる。そいつを取り出して皮を剥ぐんだよ。個人的には、皮がカレーに入っていても気にならないが……ギンドウあたりがイヤがるからな。
変に細かいトコロがある男だからね、せっかくの兄妹合作料理に、文句つけられると、シスコンが暴走して殴ってしまうかもしれない。オレのシスコンは、病的なトコロがあるらしいしな。
まあ。舌触りを良くするためにも、トマトの皮が無い方がいいか。栄養があるかもしれないから、オレだけだったら喰うんだが……皆の昼飯だしね。
蛮族の指で、トマトの皮を剥き終わる。お湯を吸って、ちょっと大きくなっているが、そのうち冷めながら水も抜けちまうさ。
じゃあ、鉄を焼くとしよう。フライパンを火にかけて、鉄の熱される臭いを嗅ぐ。オリーブオイルを熱して、ショウガと玉ねぎを炒める。
次に、カレー粉さんを投入だ。オリジナル・ブレンドだよ。色々と試してみたが、酸味に合うカレー粉ってのは、コクと苦味を重視でいいような気もするんだよなあ……隠し味に、ココアパウダーを入れる予定だ。
カレー粉どもをフライパンで炒める。すぐにスパイシーなカレーの香りがする。腹を減らす魔法の香ばしさだな……。
米を土鍋で炊いているミアが、ニンマリするよ。
「カレーのにおいがするー!」
「カレー作ってるからなあ!」
スパイスに火を入れる。元々、しっかりと粉々にしていたヤツだ。だから、すぐに火は通るのさ。じゃあ、トマトの皮を剥いたヤツを入れよう。ナイフでぶった切りながら、にコイツをガンガン、フライパンに入れる。
熱されたトマトが、融け出していく。酸味を帯びたトマトの果汁に変化するんだよ。トマトをフライパンで焼くと、汁になっちまう。不思議な光景だよ。
で。このトマトの果汁に、カレー粉が融けて混ざると、フレッシュで濃厚な酸味と辛味を楽しめるトマト・カレーに早変わりだ。鶏肉も入れる。繊維に沿って縦長に切った胸肉をな。煮込んでも形が崩れにくい……。
あんまり煮込まなくても美味しいが、弱火でじっくりと煮詰めていく。6人前を作るとなると、けっこうな数のトマトを煮てるからな。スパイスで、青臭さとか飛んじまうけど、気にするヒトもいる。
ミアの舌は、トマトの青臭さを好まない。基本的に野菜は嫌いだからな。野菜に慣れてくると、あの苦味も美味く感じるのだが。無理強いはよくない。子供の舌は苦味に鋭いからね。
……だから、じっくりと煮込んでおくとしよう。
甘味は強すぎなくてもいいとミアが語った。ちょっと、大人の味に挑戦したい、13才はそんなことを考えているのだろうか。でも、ココアパウダーと、リンゴを入れておく。玉ねぎの甘味も融けているが、ちょっと足りないかもしれん。
小さなリンゴを買っている。見た目こそ悪いが、小さなリンゴの方が、甘いもんだ。中に蜜がたっぷりとある。ガルーナ人は、知っているのさ。リンゴとか栽培していたから。
ああ、リンゴ酒用とかお菓子用じゃなくて、そのまま食べるために―――生でリンゴ食べるなんて、蛮族ぐらいだろ?……故郷を旅立って、分かったこともある。世の中では、生のリンゴをかじるヤツって少数派。焼いた方が、美味いのは事実。甘味が違う。
でも、蛮族の経験値を舐めてもらっては困る。小さなリンゴの方が、蜜がたっぷりあるもんだってことを、オレは知っている。リンゴを握力を使って、四つに割る。芯の周りに、果肉に染み入るような濃い蜜があった。
このまま喰っても美味いと思うんだが―――コイツはカレーに甘味を与え、そしてフルーツの酸味をも与えてトマトを助けるためにこそいる。だから、つまみ食いするのは、ミアと、リエルだけ。
……森のエルフも蛮族だからね。リンゴを、そのまま食べるタイプのヒトたちだよ。
「甘い!」
「うむ。小さいリンゴの方が、甘いものな!」
リンゴを生かじりする蛮族どもには、共通した言い伝えなのかもしれんな。大きいリンゴは、見栄えがいいから、菓子にするといい。
料理の甘味に使うのなら、小さいリンゴで十分だし、むしろ蜜が多くていいと考えている。オレは、リンゴをすり下ろしてから、カレーの中に入れたよ。
「お兄ちゃん。蜂蜜さん、入れる?」
「……入れような」
オレはミアに対しては蜂蜜サンより甘い。何度も言うが、シスコンだからな。それに、蜂蜜はコクを出す。個人的なトマト・カレーに持っている哲学は、酸味を重視。そして、それを助長してくれるコク/苦味。蜂蜜は、その哲学を邪魔しない甘さだ。
スパイシーな酸味が、どれほどアルコールで炊いた長細い米に合うか。知れば、病みつきになるだろう。とくに、男はな。
ガルーナ人の料理観としては、大事にすべき味覚は、基本的に五つ。酸味、苦味/コク、甘味/旨味、辛味、塩気……この五つの要素を大事に考えている。カレーは、それらの概念の全てを包括する料理だ。
理屈っぽくて、面倒くさい男がハマるには、持って来いの料理だろう。どの味を追及することも出来るから、アレンジの幅も広い。男の好奇心を満たしてくれる、素敵な料理でもあるんだ。
さーて、煮詰まりながら、水気が減っていくぞ。味が濃くなっていくのさ。野菜の青臭さは消えて、スパイスの辛さと風味、玉ねぎの甘味、リンゴの甘酸っぱさ、ココアの苦味と、蜂蜜のコクのある濃密な甘さ。
色々な個性が、トマトの酸味の前に一つになっていく。空腹な胃には酷な香りが、この錬金術の部屋に満ちていった。
赤みがかったトマト・カレーの中で、煮られた鶏肉にも、スパイスの魔法はかかっている。鶏肉の控えめな味は、トマト・カレーのスープを楽しむことを邪魔しない。牛肉や豚肉ほどの主張がないからな……それに、スパイスの利いた鶏肉を食べる幸せと来たら……。
……うむ。
もう十分に、煮えている。気がつけば、時間もずいぶんと経っていた。土鍋の中で、アルコールは蒸発し、米が炊きあがっている。蒸気に混じった、わずかな米の甘味を鼻に感じたよ。
「お米できあがりー!!」
「ああ、こっちもいいぜ」
「じゃあ。合体ターイム!!」
ミアが深皿に、米を盛り、オレがそれにトマト・カレーをついでいく。トマト・カレー・ライスの完成だよ。
「出来たっすか?」
「ああ。皆!作業、とりあえず一旦停止!手を洗って、メシにしようぜ!」
「そうだな!飲み物も、作ったぞ。コーヒーと、オレンジジュースだ。男どもと、ロロカ姉さまはコーヒーですよね?」
「ええ。お砂糖は二つほど」
「分かっています。ミルクも多目ですよね」
リエルは年上の猟兵女子に対して、やけに従順だし、敬語なんだよな。森のエルフの文化なのか……ロロカ先生とシアンに、こてんぱんにされた日が無ければいいんだが。
……いや。あったとしても、それで今が平和なら、別にいいけどね。殴り合いのあげく絆を築くとか、蛮族らしくていい文化だしな。
「ミアは、オレンジジュース派!」
「わかっているぞ。私とおそろいだな」
「リエルも子供な味覚だもんね」
「わ、私は、森のエルフとして自然を崇拝しているから、オレンジジュース派なのであるぞ」
「コーヒーも豆だから、自然っぽいけど?」
「……より、鮮度が高くて、自然っぽいではないか、オレンジジュースの方が?」
「おー……たしかに!そんな気もする!」
子供っぽいと思われるのがイヤな森のエルフさんは、不思議なロジックでその事態を回避していた。
とにかく、猟兵たちが席に着いたよ。トマト・カレーを食べるとしよう。ドワーフのダンジョンにある錬金術の部屋で、カレーを食べる。おいそれと体験出来る行為ではないな。
「じゃあ。いただきまーす!」
ミアは、スプーンでカレーとライスの混ざった部分をすくう。そして、それを小さな口を思い切り開いて、ぱくりと食らいつく!
「もぐもぐ……っ!……酸味と辛味が、融け合ってる!!……ウルトラ、ゴハンに合うタイプの味だよ……っ!!これは、百点!!いいや、百二十点をあげていい味……っ!!」
小さくガッツポーズをするんだ。グルメな猫舌に、高評価をもらったからね。
「カレーのスープに、生きたトマトを感じる。カレーが主役だけど、トマトも力強く、カレーの辛さを導いているんだ!!」
ミアは、トマトカレーを見つめている。いや、カレーと見つめ合っているのさ。カレーはミアに、自分たちの美味しさの秘密を語りかけ、ミアの猫耳はそれを聞いている……。
「……これは、タッグ!!主役級の二人が、手を取り合って、お米を美味しく食べることに協力をしている!!……絆の味だよ……っ!!」
「絆……お兄ちゃん、何か感動するよ」
「うん!!これはね、感動すべき味なんだ!!辛さと酸味の刺激に、お米を食べる喜びが引き出されているし……しかも、大きめに切られた鶏肉に、トマトの味が絡んで、とっても美味しくて、楽しい!!」
「だよな!!肉は、やはり大きくカットしているほうが、心が躍る!!」
「大きめで、スパイシーな鶏肉を噛むとき……心がワクワクしちゃう!!このカレーライスならば、太陽系統一チャンピオンにだって、なれちゃうよ!!あらゆる要素を兼ねそろえた、完全無欠なトマト・カレーだもん!!」
太陽系を、統一できると来たか。身震いが出るほどの高評価だ。ミアは、もはや語るべき言葉は語り終えたということか、トマト・カレーにスプーンを突き刺しては、それを米と共に食していく。ああ、カレーを食べる13才の、なんと可愛らしく元気な笑顔か!!
お兄ちゃんも負けてられない!!冷める前に食べよう。食べながら、調理者としての好奇心を満たすため、聞き耳を立てるぜ。皆の反応を確かめたい。リエルも、ロロカ先生も笑顔であるな……。
「……うむ!たしかに、美味しいな!さすがは、ソルジェだ。ああ、ミアの炊いた米も美味しいぞ!」
「ええ。トマトの酸味が利いていますね!……お米とよく合っています。ストラウス兄妹合作ですね。本当に、美味しくて、仲良しな味です」
仲良しな味。オレとミアの心に響く、素敵な言葉だった。さすがはロロカ先生。花丸もらった気持ちにしてもらえる……っ。
「しっかし、団長、メシ作るの、異常に上手いっすよねえ」
「いいことだろ?」
「そりゃ、いいことっすよ。上手いモンを、レストランに行かずに食えるなんて、サイコーっすわ。安上がりっすもん」
やはり、金のことが頭から抜けない男だよ、ギンドウって男は。さてと……。
「……オットー、美味いか?」
「はい。とても温かいです。香辛料もよく利いていて、体がポカポカします」
……うむ。オットーはいつもの通り、温度の高さで美味いとか言っているような気がするぜ。オレは男だから、あんまりヘコまないけど。料理上手の恋人とかだったら、もっと違う言葉を使った方が良さそうだぜ、オットー。
とにかく。全員から高評価をもらったことは、料理を作った者として実に誇らしい。褒められると、嬉しさのあまり幸せが心に生まれる。そんな単純な野蛮人であるオレは、ニヤリとしながら、トマト・カレーにスプーンを突き刺していく。
自画自賛になるが、美味かったよ。
辛味と酸味に導かれた白米を、口に運ぶ行為は、幸福感を充たしてくれたな……いい昼食だった。これ以上の昼食を楽しむことは、きっとこの場所ではムリだったろう。
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