第二話 『アプリズの継承者』 その7


 カレーを食べ終えたオレたちは、コーヒーを飲みながら昼飯が消化されるのを待っていたよ。腹一杯にカレーを食べたせいで、100%の動きは出来ない。しばらくは、この綺麗に片づけた部屋で、ゆっくりとしよう……。


 なあに、急ぐ必要もないのさ。


 ギンドウの『偽ミスリル』から、『ピュア・ミスリル』を錬成する作業は完了していない……もう錬金鍋の火は止めているが、冷め切るまでに時間がかかる。冷め切るまでに刺激を与えると、『ピュア・ミスリル』の純度が下がるそうだ。


 そうなれば、ミスリルを超えた最高の金属は失われる。だが、金属は熱しやすく冷めやすいものだ。ヒトの胃袋がカレーを消化しきる頃には、すっかりと冷めてしまうだろう。


 他愛もない雑談を交わしながら、オレたちはドワーフの地下ダンジョンの中に、何物にも代えがたい『日常』を作りあげる。


 『家族』で輪になって集まり、足を組み、床に座り、コーヒーやオレンジジュースを楽しむ。最高に気楽な時間だったよ。こういう時間を大切にしろと、ガルフ・コルテスは血気盛んで、復讐のことしか頭に無かったオレに教えてくれた。


 人生は、苛烈なだけではいけない。


 孤独な者が振るう鋼には、鋭さは宿ったとしても、空虚さを克服することが出来ない。背負う者だけが持つ重み……それを理解するためには、必死になるための理由を知るには、『家族』の笑顔がいるのだ。


 ……ああ、我が最愛の妹、セシル・ストラウス。


 兄さまは、お前の笑顔を思い出している。


 炎に焼かれて行くお前の、悲痛な叫びだけではない。お前の笑顔も、お前が楽しげにオレを呼んでくれる声も、思い出しているんだよ。兄さまの剣には、お前の断末魔だけでなく、お前の笑顔も、笑い声も、楽しい時間も宿っている。


 だからこそ、今のオレは、孤独であった時よりも、ずっと強くて重いのさ。


 この幸せな時間に執着することで、ヒトは強くなれる。この幸せのためなら、死の恐怖も消え去る。


 真の戦士とは、主君を守るために鋼を取る忠義者などではない。真の戦士とは、忠誠ではなく、己の居場所のためにこそ鋼を取る者のことだ。 


 どんな大軍にも怯まず、死をも恐れず敵を殺し、『家族』と『故郷』を守る者にだけ、振るうことの出来る力がある。


 トマト・カレーを食べて、皆で一緒に食後のティー・タイムをしていると、無限の強さを手に入れられるのさ。この瞬間のために、オレは大陸中を支配している帝国人どもを、片っ端からぶっ殺しまくり、世界を変えたいんだよ。


 オレは、蛮族だからね。哲学じゃなく、本能で世の中を認識するタイプだ。要するにアホだから、この時間が無いと、血なまぐさくなりすぎて、弱くなる。戦士は、鋭いだけではいけない。背負うことの重みを、求めることの尊さを知ってこそ、強いんだ。


「―――そろそろ、鋼が冷えた頃でしょう」


 ロロカ先生の言葉が、過ぎ去る時の早さを思い知らせてくれる。いつの間にやら、『ピュア・ミスリル』の精錬は完了しているらしい。


 ディアロス族の秘伝の薬液は、あの錆から取り出した『偽ミスリル』を、この短時間で真なる霊鉄に変えるのか。


「マジっすか!!よーし、取り出してみるぜえ!!」


「……オットー、オレたちも手伝ってやろう。分け前目当てにな」


「ええ」


「なんか、ズルくねえっすか?」


「お前だけで、そのクソ重たい錬金釜をひっくり返せるのか?」


「腰の骨や足の骨を折っては、大変ですよ?」


「……た、たしかに……っ。じゃあ、お願いするぜ!!」


「そうそう。素直が一番だ。これは、皆の装備の強化に使う、素敵な鋼なんだから」


 さて、鋼がたっぷりの錬金釜に触れる。うむ。指が燃え落ちるような熱さはない。というか、外気温よりも冷たいぐらいだった。よく冷えている。


 男たちの腕が、金属でたっぷりの錬金釜を持ち上げる。三人がかりだと、軽いものさ。それを、床に下ろして、上下逆さまにひっくり返す。


「最後の楽しみは、功労者のギンドウに任せるぜ?」


「コレ、楽しみっすかあ?」


「イヤなら、オレがやるけど?」


「……あー。ヒトがやりたがっている仕事って、魅力的に感じるもんっすよねえ。騙されて、労働するとしますか」


 ギンドウは、壁に置いてあった古びたハンマーを手に取る。戦槌みたいに長い柄がついて、その柄まで鉄製のハンマーだ。重量たっぷりだな。ギンドウは、そいつを持ち上げて、天井を向いている錬金釜の底を目掛けて振り下ろす!


 ガゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンッッ!!錬金釜の底が火花と共に、長く響く声で歌ったよ。よく揺れている。揺れているから、錬金釜と内部の鋼の間にある連結を、ほどいていく。


 錬金釜の呪鉄は、どんな高温でもまず融けることもないし……どんな物質とも、くっつくことがない。だからこそ、万能な鍋として使えるのさ。このドワーフ製の錬金釜も、その古い伝統に則り、どんな金属とも癒着していない。


 しばらく歌いながら揺れていた錬金釜から、ズドオオオンンッ!!という音がして、床が揺れたよ。錬金釜から、中身が外れたらしい。オレとオットーは、その錬金釜を持ち上げて行く……。


 ギンドウは、床に手脚を突いて、その光景を凝視していたよ。持ち上げられた錬金釜から、鋼の塊が出てくる瞬間を、見逃さないように必死だった。その隣りに、ミアも転がり、その儀式に参加する。


「出来てろよー、『ピュア・ミスリル』!!」


「逃げないように、見張ってよう!!」


「おうとも!!……でも、ロロカ、どんな具合なんすかね!?」


「……三層に分離していたら、成功ですね」


「してなかったらー?」


「大失敗ですね。全て台無しです」


「うげげげ!!」


「あはは。それはそれで、ウケる」


「オレは、全く笑えねえっすけどねえ……頼むぜ、『ピュア・ミスリル』っ!!」


 錬金釜を持ちげてしまう。さあ、鍋の底の形になった、柔らかそうな形の鋼が見えるぜ。


 ギンドウとミアは、腹ばいになったまま、それの側面を凝視している……。


「……1……2……3ッ!!やったぜ!!三層に、分かれているぞおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「やったー!!ギンドウちゃんの『偽ミスリル』が、『ピュア・ミスリル』になったあああああああッッ!!」


 二人は手を取り合って、その場でクルクルと踊ったよ。『偽ミスリル』からの精錬は、成功したらしい。オレとオットー……いや、リエルとロロカも、それの周りに集まってしゃがみ込む。


 たしかに、三層に分離しているようだ。


「……真ん中の層が、やたらと美しい鋼に見えるが……コイツが、『ピュア・ミスリル』ってことだな?」


「はい。さきほどの霊薬を用いることで、最も軽い層には、朽ちた魔銀の層、間の層に『ピュア・ミスリル』……そして、下の層には朽ちた鉄が沈むんですよ」


「さすがはロロカ姉さまだ。色々なことに詳しいし、何でも出来る」


「ほ、褒めすぎですよ?……それに、まだ完成じゃない。これから、もう一仕事、いるんですよ」


「……想像はつくぜ。もう一度、力仕事が要りそうだな」


「はい。この鉄塊を、ハンマーで強打して下さい。そうすると、『ピュア・ミスリル』だけを分離することが出来ます。まだ、鋼同士の癒着は弱いですから」


「よっしゃああ!!皆、どいてろ!!オレが、もう一撃、ブチ込んでやるっすよう!!」


 愉快な踊りを止めたギンドウ・アーヴィングは、あの長柄のハンマーを再び持ち上げて、鉄の塊に、もう一撃を叩き込む!!衝撃を与えられた鋼どもが、それぞれのリズムで振動していくのが魔眼には見えたよ。


 正確には、鋼の揺れる魔力を見ているのだがな。


 ……オレは、くず鉄の部分を持ち上げてやった。そうすると……鏡面のように美しい鋼が見えたよ。名前通りの美しさだな、『ピュア・ミスリル』という鋼は。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!金の、金の匂いがするぜえええええええええええええッッッ!!!」


 下品な欲望しか感じない歌が、オレの鼓膜を揺らしていた。あまりの浅ましさのせいだろうか?……ちょっと、いや、ドン引きする。感動よりも、何か別の感情が心にやって来ていたな。


 苦笑する。それが、オレの感情を表現するのに、最適な唇の動きだったよ。


「やったな、ギンドウ。いい鋼が取れた」


「おうよ!!ああ、ホント、見るからに綺麗だし……魔力の構造も安定しているっすねえ……コイツは、刃にしても、プレートにしても、理想的な機能を出しそうっすわ。職人どもに、高く売れそう!!」


「……ミアの爪に使う以外は、『ヴァルガロフ』の鎧打ちのトミー・ジェイドに渡そうと思う。彼なら、この鋼の良さも識るだろうから」


「いい職人なんすか、そのお方?」


「もちろんな。彼は、剣闘士たちの鎧を見てきた。『自由同盟』に、格種族の各兵種に対して配られる防具についてのアドバイザーでもある。腕も知識も経験も、そして、多様性を知っている……いい防具を作ってくれるだろう」


「……『ヴァルガロフ』の職人にも、凄腕がいるもんすねえ」


「ああ。どこにでも天才って、ひょっこりといるよなあ」


「さてと……回収するっすかねえ」


 ギンドウが『ピュア・ミスリル』を持ち上げる。しっかりと分離していたよ。まるで平坦な皿のように、『ピュア・ミスリル』の丸い板が完成していた。ギンドウは口笛を吹き、リエルとミアは、美しい鋼を見ながら、感心の声をあげた。


「……ほう。裏側も、鏡のように美しいな」


「んー。いいカンジ。ギンドウちゃん、ミアの爪の切れ味を上げてね」


「ああ、その内、作るっすよ……さーて。ずいぶん軽くなった!……団長、アンタの怪力で、ハンマー使って、三つか四つに割ってくれるっすか?」


「ああ。金床使って、上手に割るぜ。インゴット状にした方が、持ち運びしやすかろう。それでも、質は悪くならないよな、ロロカ?」


「はい。安心して下さい。加工する時には、再び融かすことになりますから、それでも十分です」


「了解。じゃあ、ハンマーでぶっ壊すぜ!!」


 オレは長柄のハンマーを構えて、『チャージ/筋力増強』を蛮族の腕に使い、その作業を始めたよ。金床の端に、そのプレートを乗せる。


 それから、素早く四発打って、『ピュア・ミスリル』を砕いていった。ギンドウは、それを縄で縛って、雑嚢に入れちまう。その霊鉄が逃げちゃ大変だからな。


「よーし!!オレの小遣い稼ぎは、完了っす!!じゃあ、冒険の再開と行きましょうぜ?」



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