第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その11


 ホテルが用意してくれた朝食らしい食事を、たっぷりと食べたよ。全員、体調は良さそうだ。シンプルなメシだが、チーズと卵と野菜を胃袋に入れることが出来たのはありがたいな。


 ……食事を済ませ、武装を完了して、我々はそれぞれの任務へと出かけるのさ。オレたちはゼファーと共に、北へと向かうことになる―――ドワーフたちのかつての王城、『シェイバンガレウ城』の遺構……地下のダンジョンに出発だよ。


 団長のオレ、リエル、ミア、ロロカ先生、ギンドウ、そしてオットー。六人での冒険だな。ギンドウと組んで作戦ってのは、久しぶりな気がする。


 朝の『ヴァルガロフ』を歩き、南門から街を囲む城塞から脱出した。ゼファーを呼ぶ。


 ゼファーは上空を旋回しながら、ゼロニア平野の乾いた大地に向かい、ゆっくりと降りてくる。周囲にいるケットシーたちを驚かさないようにという配慮だよ。竜が急降下して来たら?……反射的に弓で矢を射るヤツが出て来たとしても、おかしくはないからな。


『おーりまーすー!!』


 幼き声が朝の荒野に響いて、ケットシーたちも上空を見上げていた。慣れというのは力強いもので。ゼファーの存在を見て、全力疾走で逃げ出す者たちは、そう多くはいなかったよ。


 ゼロとは言わない、3人ほどいたからな。


 ゆっくりと降りながら、そして可愛い声で周りに注意しろと宣言しているんだ。これ以上の努力は、別にしなくても良かろう。ゼファーは、『ちゃーくちっ!!』と言いながら、脚爪で地面をガリガリと切り裂きながら、オレたちの目の前に到着する。


「おはよう、ゼファー!元気ね?」


『うん。げんきだよ、『まーじぇ』っ!!』


 朝の挨拶さ。ゼファーがリエル・ハーヴェルに向けて長い首を動かした。エルフの繊細な指ををろえて、彼女はゼファーの鼻先を撫でてやる。


「うふふ、いい子いい子」


『うん。ぼくは、いいこだよ!』


 伸びる声で、そう歌う。ミアも、ゼファーに朝のご挨拶だ。ゼファーの首に取りついて、ハグをする。首にぶら下がっている形……ふむ、アクロバティックなタイプの挨拶だな。逆さまになったまま、ミアは笑顔だったよ。


「おはよー、ゼファー!今日も、よろしくねー!」


『うん。まかせて!』


 微笑ましい光景だよ。竜と『マージェ』と妹が戯れる光景を見守りながら、オレたちはゼファーに装備を積み、自分たちも背中に乗っていく。


『みんな、のったね?』


「ああ。行こうぜ、ゼファー」


『うん!!とぶね、『どーじぇ』!!』


 漆黒の翼が大きく広がる。首と一緒に背中も大きく仰け反らせる。今日は荒野から来る東の風に、乗るつもりなのさ。


 すっかりと、ゼロニアの風を知り尽くしている。オレがサポートする必要は無さそうだ。朝陽に十分に温められていたゼロニアの乾いた荒野は、熱を帯び。それが上昇気流を生んでいるのさ……上昇する気流に引きずられるようにして、空が唸るんだ。


 ……風が踊り、一瞬の強い西風が生まれる。


 ゼファーはそれを見抜いていたのさ。砂埃を空へと舞い上げる、この突風―――竜の脚はそれに合わすように走り、大きく広げた翼で暴れる風を受け止めた。強靭な脚爪が荒野を蹴りつけ、漆黒の翼が空を叩く!!


 一瞬のうちに、風がゼファーを加速させる……ケットシーの見物人たちに見守られる中、荒野をしばらく低く飛び抜けた。十分なスピードを手にしたゼファーは、再び空を翼で叩き、あっという間に晴れた空の高みへと昇っていくのだ。


「……いい飛び方だぜ、ゼファー」


『うん!ここの『かぜ』とね、だいぶ、なかよくなったの!』


「ああ。風を完璧に読んでいるな。翼の力に頼ることなく、この高みへと至った」


 東から朝日の走る空は、少し冷えるが神々しい……西の果ては、まだ暗く、我々の住む大地が球体であることを教えてくれるな。朝の蒼穹は、静かなものだ。荒野には、それほど多く鳥たちが暮らしていないのかもしれん。


 好奇心の豊かな小鳥たちは、竜の翼の巻き起こす風に、遊びに来たりするものなのだがな……ここには、家畜の鶏とか、屍肉をあさるコンドルぐらいしかいないのかな。真実が、どうあれ。今この空の上はとても静かだった。


 『ヴァルガロフ』の上空を、ゼファーは風の道に導かれながら旋回していく。雑多でゴチャゴチャした街並みを見下ろす。ゼファーは、猟兵たちの魔力を嗅ぎ取っているのさ。


 皆、それぞれの持ち場に向かって移動している。そして、今この瞬間は、ゼファーの翼を見上げていることだろう。


 ……素晴らしい四日間の休暇だったよ。


 そのあいだに、ヒト斬りと戦ったのも、今となってはいい思い出さ。後ろ髪を引かれそうになるほどに、魅力的な休暇だが……その時も終わりを告げている。


 これからは、再び冒険と戦。血が沸騰し、鋼の歌を耳に聞く日々が再開する……家族愛に溺れるような日々も素敵なものだが、オレたち『パンジャール猟兵団』の本質は、戦士だからな。


 冒険も戦いも、魂と血肉が歓迎しているよ。


「ワクワクして来たああああああああああああああああああああああッッ!!」


 ミア・マルー・ストラウスが、オレの両脚のあいだで宣言したよ。両腕を大きく空に衝き上げながら、竜鱗の鎧に後頭部を預けながら歌う。


「そうだな……新しい冒険が、始まるぞ」


「うん!!ドワーフさんの、お城の地下の、アンデッドだらけのダンジョン!!……お宝が、あーりーそーうッ!!」


「ああ。いい鋼で打たれた剣とか?」


「お城だから、金ぴかの王冠とかあるかな!!」


「……ドワーフの王族は、成金趣味だから、そういうのも、あるかもしれんぞ」


「冒険心が、爆発しそう!!三ちゃん、三ちゃん!!」


 『三ちゃん』ってのは、もちろん『三つ目族/サージャー』のオットー・ノーランに対する、ミアがつけたあだ名だな。分かりやすいというか、露骨だが……オットーはイヤがっていない。


「はい。何ですか、ミア?」


「ドワーフのお宝って、高く売れる?」


「ええ。基本的には、高級な貴金属や、宝石などがちりばめられています……」


「そっかー。お金になるんだー」


「ミアっちは、何か欲しいもんでも、あるんすかあ?」


 ギンドウがいい質問をしている。お兄ちゃんが、ミアの欲しいモノを何だって買ってやるぞ?


「私ね。ゴハンとか作るの、まだ下手だから。ドワーフのお宝を売り払って、お金を作ってね、みーんなを、レストランに招待してあげたいんだ」


「いい子ですね、ミアは」


「うん。そーなんだよ、ロロカ。ミアは、昨日の晩ご飯、とても楽しかったから。今度は私が、開いてあげたいんだ。まだ料理は作れないから、皆で、美味しいレストランとかに行ってさ、ワイワイ騒いだりしたーい!!」


「うむ。そうだな……いい宴であった」


「今度はさ、ゼファーや『白夜』も一緒に楽しめるところがいい。山奥のレストランでもいいかも!!とにかくね!!……皆で、また、パーティーしたーい!!」


「そうだな!!……また、大きな仕事を片づけたら、パーティーしような?」


「うん!!今度は、私が見つけたお宝で、費用をまかなうの!!」


「えらい子だぜ」


「うん!!ねえねえ。ゼファーも、応援してね!!いいお宝と、出会えますよーに!!」


『わかったー!!』


 ……何だか、作戦を全く理解していないような宣言だけど、それでいいのさ。ミアは現場に出たら完璧にこなすよ。そういう風に、オレとガルフで鍛えて仕込んであるからな。


 それに、ドワーフのダンジョンだぜ?


 ……ワクワクしないほうが、失礼ってもんだよ。


 『ヒューバード』の城塞を爆破するための作戦ではあるが、それだけでは、せっかくの冒険の喜びを忘れてしまう。両立することは出来るさ。探索しながら、進むということもな。


 それほど巨大なダンジョンではないが、ドワーフの王族の遺産を一つでも見つけられたなら?


 テッサ・ランドールに売れそうだよ。まあ、テッサが興味無かったとしても、真に価値のある宝なら、どこでで換金することが出来るだろう。『自由同盟』の報酬も十分に頂くつもりだが―――せっかくの、ドワーフ・ダンジョン。荒らさせてもらうぜ。


 ……テッサは、荒らすなとは言っていないからな。


 それに、『考古学的な探求』と、言い換えることだって出来る。どんなお宝をため込んでいたかが分かれば?……文化の勉強にもなるし、この土地の考古学的な資料ともなるだろう。


 ついでに銀貨や金貨にも化けるっていう、素敵なオマケがついているだけだ。


 ああ、ミアとゼファーの楽しそうな笑い声を聞いていると、仕事だけではダメだって思えるぜ。


 オレたちは、猟兵。どこまで行っても血なまぐさい日々からは逃れられん。だからこそ、血なまぐさい日々の中に埋まりかけそうな、『楽しいコト』を見つけなければな。わざわざ、戦場で料理を作るのだって、そのためにやっているのだから。


 ……ガルフ・コルテスが、戦場にいても日常を求めろと語っていたのを思い出す。特攻好きの死神野郎で、仲間を皆、戦死に導いていた頃と……同じであってはならない。


 あの孤独で乾いて、殺伐とした道に……オレの『家族』を巻き込むべきではないのだ。


 あれでは、誰も笑えんからな。


 たとえ、戦から離れられない運命であったとしても。


 それでも『日常』とか、『楽しむこと』ってのを、手放してはいけない。そんなことをすれば、ミアが笑ってくれなくなるさ。


 仕事はこなす。完璧に。そいつが猟兵の矜持であるから。でも、孤独な道は選ばない。ミアが笑える瞬間を、殺し合いの日々の中にでも見つけてやる。


 ……なあ。


 『お前』は、まだ知らないだろう。


 9年前の、ソルジェ・ストラウスよ。


 全てを失い、ただ怒りと憎悪と、苦痛しかない日々を生きている、ガルーナの若造よ。その生き方では、ダメなのだ。


 ヒトは……『家族』を築くべき動物なんだよ。ただ一人では、死を仲間に強いることでは、大きな力は生まれないのだ。


 死を望むことは、オレはもう無いだろう。生きることに執着し……『家族』のために生き抜き、勝利し、『未来』を掴む。しかも、楽しみながらな!!……そうだぜ、人生ってのを満喫するためには、自分の力以上を発揮するには、欲張りじゃないといけない。


 大きなことを成すには、たくさんのモノがいるんだから。色んなモノを背負わないと、男ってのは強くはなれないんだぜ。


 9年前の悲しみと屈辱は、忘れることなど出来やしない。それでも、ソルジェ・ストラウスよ。『お前』は……今、腕のなかに妹を抱きしめながら、竜と共に高笑いしているんだぜ。


 ……間違いないことがある。今のオレは、9年前の『お前』より―――100倍は強いぞ。憎しみだけを、鋼に宿しているわけでは、ないからな……。


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