第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その8
……この際だから、ちょっと長くなること覚悟で、全員に命令を与えておこう。ガンダラを見る。肩をすくめられた。考えを読まれているらしい。だが、決めたんだ。
「ガンダラ、お前はこのままテッサのサポートと、『自由同盟』および『パンジャール猟兵団』の連絡役を頼む」
「ええ。練兵の任務もありますからな」
そうだ。ガンダラの任務の一つ。『ヴァルガロフ自警団』に対して、軍事訓練を行うことだ。『マドーリガ』は粗野な戦士で洗練が必要だ。『アルステイム』は、まあ有能。『ゴルトン』の巨人族たちは、輸送隊としては超一流だが、戦士としての訓練は必要だな。
そして……『ザットール』。ユニコーン隊……というか、『ストラウス商会』のユニコーン騎兵たちに管理下に置かれているな。彼らは、反発も多いだろうが、もはや帝国とゼロニアは敵同士ということぐらいは分かっているだろう。
この四者は、戦士としては有能な者も多いが、軍隊としてはまだ未熟。テッサ・ランドールの指揮で動く、有能な組織にするために……軍事訓練は重要だ。連携が取れれば、帝国軍の平均的な水準を凌駕するだろうがな。
今では、半分の敵に負ける可能性もある集団だ。それでは、『ヴァルガロフ自警団』は何一つとして守れないまま、荒野に沈むことになる。
人間族であるオレがやるよりも、巨人族であるガンダラの方が『ゴルトン』は言うことを聞きやすいだろうし―――オレが教官だと、『ザットール』のエルフたちが矢を放ってきそう。避けるし防げるだろうが、ムダな争いと、結束を砕くことになる。
「頼んだ。オレには出来ないからな」
「でしょうな。団長は、ここのマフィアの少なくない数に恨まれていますから」
「ああ……それで、シアン」
「……皆まで、言うな。練兵というのなら、私の出番だろう」
お馴染みになって来たかもしれないな。でも、シアン・ヴァティの教官としての経験値は順調に積まれている。あらゆる武術に精通し、悪夢のような特訓を強いる指導力があるのは確かだ。
ルード、ハイランド王国、アリューバ海賊騎士団と、多くの軟弱なひよっこを一人前の戦士に仕立て上げてきたという実績があるからな。
「いつものように、有望な戦士を短期間かつ濃密な訓練で、教官候補に変えろ」
「……うむ。任せろ」
シアン・ヴァティの『鬼キャンプ』が始まるな。新兵を戦士に変える、荒野での地獄の特訓だ。彼女の特訓は、ヒトの性格まで変えてしまうからな……有能な候補を、教官に変えて、その教官たちが他の兵士を指導することになる。
つまり、シアンが支えるのは兵士であり、個の質を向上させる任務だな。ガンダラは軍隊の運用全体を改善することになる。規律を正し、軍隊がどう戦うべきなのか……どう在るべきなのかを追及する。
組織としてはガンダラが改善し、個々の兵士の実力をシアンが向上させていく。そういう役割分担があるのさ。
……二日前の夜に、シアンと酒呑みながら話していたりしたんだが、教官という仕事で得る経験は大きいそうだ。自分にも反映されるらしい……強者が、弱者を識った。弱者の弱点を今まで以上に識ったのだ。双刀の切れ味が、それは鋭くなって当然だな。
あと、基礎をより練り込むことで、強さが増すとも言っていたよ。シアンは弟子からも学ぶタイプらしい。生粋の武人ということさ。
「いい戦士を作ってくれると信じているぞ」
「……ああ。『自由同盟』の勝利のために……『虎』の技巧の、初歩の初歩を、教えてやるさ、無能なひよっこどもに」
美しくも残酷なところがある『虎姫』は、セクシーに唇を歪めていたな。ひよっこどもを、どう料理してやろうか。そんなことを考えているのかもしれん。
さて。今度は、カミラだな。
目が合うと、緊張したようにイスに座り直していた。マジメだよな。
「カミラは、医療チームの補助として働いてもらう。『吸血鬼』としての力……血を操る力を用いて、重傷者の手術を支えてやれ」
「わ、わかりましたっす!」
「重要な任務だ。人命を救うことになる。それだけでも尊いものだが、それ以外にも仕事としての面がある」
「……はい。『外交』っすね!」
「ああ。医療への貢献は、ウケがいい。オレたち『パンジャール猟兵団』が、『ヴァルガロフ自警団』の敵ではなく、味方であることを伝えるには、最高の宣伝の場でもある」
ゲスな考え方かもしれないが……仲良くなるために、こちらの能力を提供するのさ。
将来的には、ガルーナとゼロニアは同盟を結びたい。お互い、強国の隣りにある小国だからな……仲良くしておきたいんだよ。それに、死傷者を救う行為そのものが、十分に価値ある行いだしな。
「……医療現場に出ることで、外科医や手術を見て学ぶことになる。それらは、猟兵としての君の力にもなるからな、そのつもりでも経験を積め」
「はい。みんなの、ケガの治療も、今より上手に出来るようになりたいです!」
「『吸血鬼』の力は、絶大だ。第五属性、『闇』……それを操ることで、君は、他の誰にもマネ出来ないタイプの力を得られるはずだ」
「が、がんばります!」
「ああ。がんばれ、オレのカミラ・ブリーズ」
「……はい。ソルジェさま」
『吸血鬼』、絶大な能力がある。第五属性、『闇』―――人類には、本来扱うことの許されない禁断の属性。
様々な脅威的な力を秘めている。コウモリは、空を飛ぶし、あらゆる攻撃を無効化する、反則的な力だ。そもそも、『闇』を操れば、三大属性の魔術も、およその呪術も吸収してしまうのだからな……。
数百年の呪いとか、数百人分の呪いはムリでも、戦場で使われる、即席的な呪術は全て無効化出来るはずだし、三大属性の魔術を無効化するというのも、魔術師キラー過ぎるからね。
『吸血鬼』の能力は、幅広い可能性がある……医療現場での知識は、彼女に最高の応急処置を学ばせるだろうし……ヒトがどう死ぬのかを識るということも、『吸血鬼』としての強さを上げるよ。
敵の弱点、魔力を帯びた血の流れを、カミラは把握することが出来る。いつもはオレの知恵を貸すことで、それを効果的に戦術として成り立たせているが、解剖学や医学の経験を積めば……その弱点を、利用することだって可能だろう。
ちょっとした手傷を与えるだけでも、『闇』を使えば、そこから大量失血させることも可能だ。おそらくだが、その術こそが、『吸血鬼』と呼ばれる所以かもしれないな。
それをマスターすれば?……彼女は、最強の戦士への道を進むことになる。医療現場での知識は、カミラ・ブリーズにとって、命を救うことも奪うことも教えることになるわけだ。
オレは、残酷かな?
でも。カミラにも強くなってもらう必要がある。オレたちは、強い。だが、無敵ではない。いつ瀕死のケガを負うかなど、分かったものじゃない。そんな時、カミラが強者であれば?
オレたち『家族』の命を救う日もあるだろう。
死にかけているオレたちの傷から、出血を止めてくれることにより。オレたちを殺そうと襲いかかって来る強敵を、素早く殺してしまうことにより。『パンジャール猟兵団』は、血にまみれた道を進むしかないのだ。
団長であるオレが、ファリス帝国を破壊し、ガルーナ王国を復興させると決めたから。死ぬまで、その道を歩ませることになる―――ならば、強くなければ、より多くを失ってしまうのだ。
勝ち取ることでしか、オレたちは幸せを維持出来ない。生きるためには、全ての困難から自分と『家族』を守るための力がいる。
政治も、腕力も、魔術も、呪術も、精神力も……あらゆる力を用いて、この生存競争の日々を乗り切り、勝者になるしか道はない。少しでも、強くなるのだ。乱世において、弱ければ何も得られることも、何も守ることも出来ない。
それを理解しているからこそ、オレはカミラに残酷な修行を与えられる。カミラも、そんなオレを信じている。それだからこそ、『魔王のヨメ』でいられるのだ―――。
「―――最後になってしまったが、ククル。お前にも任務を与えていいんだな」
「は、はい!私は、ソルジェ兄さんの妹分。姉さんに代わり、お仕えします」
「ありがとう。だが、君は君だぞ。我が死せる妻、ジュナ・ストレガの代わりじゃない」
「……はい。私の、意志です。『パンジャール猟兵団』の一員として、扱って下さい」
「ああ。その言葉ならば、オレは、お前を受け入れられるよ……ククル。お前は、『メルカ』と連絡を取り合いながら、『ストラウス商会・錬金薬部門』……こと、『ザットール』の錬金術士たちに、『自由同盟』の兵士用の傷薬を作らせるんだ」
「了解しました」
「ククル。お前は完成された戦士だ」
「『メルカ・コルン』ですから……」
「だが。閉鎖された空間で過ごしすぎている。お前は、最高のオール・ラウンダーになれる。賢いし、三大属性を使いこなす。剣術も弓術も体術も一流、錬金術の知識もある。何だってやれるんだ」
羨ましいことに、ククル・ストレガには、ほとんど全ての才能がある。あとは、柔軟さだな。全てのことが出来るからこそ、オーソドックスで無難な答えで対応する。読みやすい。
完成されている戦士だけに、指導で歪めることは難しい。というか、惜しい。
「お前に足りないのは、多くの環境や状況を学ぶ機会だけだった。受け継いだ経験では、実体験には及ばない。現実は、想像よりも良いことも悪いことも起こり得るからな」
「で、では、どうすれば……?」
「ガンダラ、カミラ、シアン、キュレネイ……その四名の手伝いも同時にこなせ。情報の連絡だけではヒマなはずだし、お前ならば、戦略も理解し、医学も分かる。新兵の指導も出来るし、護衛も可能だ。多くのことを体験するほど、お前は理想を体現出来るようになるさ」
「兄さん……っ!」
「ククルよ、たくさん働いてもらうことになるぞ。それでも、いいか?」
「はい!『パンジャール猟兵団』のお仕事を、学ばせていただきます!」
素直ないい妹分だ。
……才能が多い。それは一見、良いことに見える。だが、選択肢が多くあるということの不便さもある。
一芸にのみ秀でる者たちは、それをひたすらに極めればいい。他の選択肢は凡庸なのだから。優れた部分だけを磨き、それで勝負するのがベストだ。
だが。
才能が多い者こそ、スランプに陥りやすいものだ。何でも出来る。だからこそ、どれがベストなのか分からない。ヒトはマジメだ。ベストを尽くそうとする動物でもある。それゆえに、多彩な者は、ムダに迷い……迷いを抱えた者は、最強の存在にはなれない。
多くのことに手を出すほど、無意味に体は削られる。一つの道を追い続けた者に、二つの道を追いかけた者は絶対に敵わない。迷って鍛えすぎて壊れていくだけのこと。ガルフが言うには、スランプの原因なんて、大体そんなものらしい。
そして、アーレス曰く、多彩な戦士ほどのマヌケはないそうだぜ。無意味に迷う定めらしい。オレぐらい無能なヤツなら、戦うことばかり追及していられるからな。他のコト、得意じゃないからね。
ククルは器用すぎる……『コルン』の潜在的な危険性かもしれん。器用だから迷う。器用だから自己評価も高く、器用だからこそ不器用な一芸のみを鍛えた者に及ばない。だから負けたことを必要以上に気にする。
エリートが打たれ弱い理屈にも似ているかな。そんなククルに必要なのは、場数だ。
世の中とは強者と弱者、天才とアホ、色々なモノで複雑に構成されている。器用だから、有能だから、勝つわけでも負けるわけでもないのさ。
ただ運命に与えられた状況や環境の中で、必死に生きているだけ。上手く行くことも、ダメな時もある。
……世の中を知り、敗者と勝者の境目なんて、毛ほどの差もないことを知ればいい。そうすれば多才過ぎる者でも、状況への合わせ方を理解出来るかもな。
世界ってのは、理不尽なのさ。完璧なことをしても、負けることもある。不完全でも勝者になっている日もある。
そういう当たり前のことに気づくことが重要だと思うんだよ。天才という者には、自分の知らないコトをたくさん経験させて、世の中が有能な者だけで支えられているような錯覚から、早めに解放されるべきだろうよ。
ククルには、敗北をたくさん知ってもらおう。
カミラ、ガンダラ、シアン、キュレネイ……ククルの多才な能力でも、彼らには敵わない部分を、たくさん思い知らされるさ。でも、そんな猟兵たちだって、ククルに敵わない部分もある。
ククル・ストレガの『最強』ってのは、汎用性だと考えているんだ。どの状況においても、有効に機能する人材。その万能さだな。
何かの道で、一番にはなれない。だが、あらゆる面で活躍出来る存在は……組織において最高の戦力であるとも言えるのだ。ククルには、皆をどんな状況でも支える、大いなる力があるのさ。
一番ではない『最強』ってのも、あるんだよ。
ククルよ、自分よりスゴいヒトたちの、弱さを知るがいい。そして、自分より劣っていると考えているヒトたちの、強さも知るといい。
そうすれば、きっと……お前の多才さを、力を抜いた、やわらかな構えで、いついかなる時でも使えるようになると思うんだ。
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