第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その7
やる気の昂ぶるジャン・レッドウッドは、いつもは気弱なあのブラウン色の瞳に、強い闘志を燃やしているように見えた。闘犬酒場のオーナーのドワーフ野郎は、いいトレーナーだったらしいな。
「ボクの任務……な、なんでしょうか!?」
「こっちも偵察だ。小さい方のオオカミに化けて、単独で『ヒューバード』の周辺を偵察してくれ。ゼファーは上空からの偵察を行うが、地上からお前が見て回ることで、罠や地形の細かな情報を察知出来る」
「わ、罠、ですか?」
「敵は七メートルの城塞に、身を隠すだけじゃない。ハイランド王国軍が移動を開始したとしても、たどり着くまで、ハイランド王国軍は数日の時間がかかる……罠を仕掛けられる限り、仕掛けているだろう」
帝国軍とてアホではない。少しでも時間を与えれば、思いつく限り、実行出来る限りの対策を使ってくるはずだ。
「有能な指揮官がいれば、ハイランド王国軍に対して、多くの妨害工作をするだろう。こちらのイヤがることをする」
「じゃ、じゃあ、ボクは、逆に『それ』を妨害するんですね?」
「ああ。敵の策を看破しつつ……少数の敵兵を狩り続けろ」
「こ、交戦しても、いいんですね!?」
「そうだ。6人以下の敵集団に限定するがな。それ以上でも、今のお前なら仕留めることは容易いだろうが、ムリをする必要はない」
「わ、わかりました!!」
「細かく、敵の数を減らすことで、敵の作戦を鈍磨させることが目的だ」
「なるほど。大勢を殺しすぎると、その作戦そのものを、変更されるでありますものな」
キュレネイ・ザトーがオレの側にやって来ながら、そう語った。オレは無言でうなずく。
そうさ。敵の作戦が破綻しながらも、続いてくれるのなら?
……敵に、より多くのムダな時間を使わせ、人員を消耗させることになる。『オオカミに数名が殺された』。それならば、そのムダな作戦を続けるかもしれない。オオカミ狩りに、そんなに多くの兵士を使うことはないしな。
だが、数名ではなく、『十数名が同時に殺されたら』?……あまりにも大きな被害を与えられると、作戦そのものを変えてしまうかもしれん。オオカミの群れに襲われたとは、さすがに思わんさ。
こちらが見抜いて、妨害している作戦……つまり、『潰れる作戦』に、時間をかけてくれるのならば、こちらとしては得なのさ。
反面、崩せないほどの大量の人員を使う作戦には、近寄る必要もない。ジャンは無視するべきだ。その『大きな作戦』は、ゼファーでも察知するし、ハイランド王国軍も、ルード・スパイも見抜いてくれるだろうからな。
どうにもならないものは、放置しておくべきだ。時間のムダになる。
「ジョ……ジャンに、敵をコツコツ削らせながら、その作戦を、ゆっくりとダメにしていくわけであります。新たな作戦や、大勢で動かれる作戦ばかりになると、単独での狩りが難しくなる」
「そうだ。さすがだな、キュレネイ。オレの言わんとすることを、よく理解してくれる」
「団長の『秘密の犬』でありまから」
……『パンジャールの番犬』。我々を裏切った存在を、殺す。それがキュレネイ・ザトーに与えた役目なんだけど……女の子が自分のことを、『秘密の犬』とか言うのはどうだろうかな?
なんだか、それでは、愛人みたいというか……。
……リエルとロロカ先生とカミラが誤解するかもしれない―――ていうか、ジャンが、『犬』って言葉に反応している。性的な興奮とかじゃないよ?……アレは多分、嫉妬。『パンジャール猟兵団』の『犬』は、自分だと言いたいのかもしれない。
闘犬の歴史とか心構えとかを、あのトレーナーから、おそらく多少、過大評価された言葉で教わっていると思う。
ジャンは、まさか『犬』という言葉にプライドを持とうとしているのか?……いかんな。『犬男』を認めるようなことになりかねん。
……オレは、何かイヤだぞ、自他共にジャン・レッドウッドが『犬男』と呼ばれる日が来る?その日の訪れを、避けたかった。
「ジャン。お前は、『狼男』だからな?」
「え?は、はい?ボクは、い……『狼男』です!!」
『い』……って言いかけていたな。まったく、悪い傾向だよ。それから先に続く言葉を、オレは聞きたくなかったな。
「……とにかく、ジャンよ。偵察しつつ、『ヒューバード』の周辺で、少数の敵を狩る。少数で敵が行動している意味は、分かるな?」
「え、えーと。こちらから、か、隠れるため……?」
「そうだ。こちらにバレたくないような罠を構築するためかもしれない。伏兵用の陣地とか、あるいは……地雷の設置なども考えられる」
「それは……は、ハイランド王国軍の進軍の妨げになりますね……」
「ヤツらは、そういうコトもするだろう。それで、地雷を見つけたら?」
「石を、な、投げつけて、ちょっと離れたトコロから爆破処理します!」
「そうだ。こればかりは上空からでは行えない。ゼファーでも出来ない、お前にしか出来ない行動だ。地雷で、一人でも死ねば、軍隊の行軍は大きく遅れる。警戒するからな。その警戒は、隊列を乱し、速度を遅くする……帝国軍は大きい。時間を与えれば援軍も来る」
こちらを数で潰そうとするだろう。会戦が起こるしかない状況だと判断すれば?……そこに戦力を集中させる可能性が高い。
戦いとは、どれだけの兵士をその場に呼べるか。それで決まる。『ヒューバード』が城塞に立て籠もり、長々とハイランド王国軍と戦っていたら?……帝国の援軍が攻め疲れしているハイランド王国軍を潰しにかかる可能性があるのさ。
「地雷の配置、少数の待ち伏せ攻撃、厄介な敵の偵察用の陣地構築。お前には、それらの看破出来るし……排除することも可能だ。それらは、基本的に少数の戦力で運用しているからな」
「な、なるほど……ぼ、ボクなら、そういう任務はやれます……っ!」
「というより、そういった任務では、お前が『パンジャール猟兵団』の中で、最も適しているんだ」
「ぼ、ボクが、この仕事には、い、一番、向いている……っ」
「ああ。『狼男』の鼻と、『狼男』の機動力、そして、『狼男』だからこその戦闘能力があるからこそ、お前はハイランド王国軍の進軍を妨げようとする、敵の小細工をしらみつぶしに粉砕することが出来るんだ。それは、大きな価値がある行動だぞ」
……『狼男』という言葉を連呼して、ジャンのアイデンティティにすり込んでおきたい。お前は、『狼男』であり、断じて『犬男』などではないのである。
「いいな?ジャン・レッドウッド、お前の『狼男』としての能力を用い、ハイランド王国軍の進軍を助け、敵の小細工を削り取ってやれ。偵察と遊撃。それがお前の任務だ」
「はい!!か、必ずや、実行します!!」
「いい気合いだ。だが、単独任務は危険だということを忘れるな。オオカミに化けているお前の毛皮は、常人の矢は通さない。しかし、敵にどんな強者がいるか、分からない。偵察兵が死ねば、それは目を潰されたのも同然。必ず帰還することも、お前の任務だ」
「は、はい!……ムチャしない程度に、ぜ、全力で……バランスよく、が、がんばり……ます!」
「それでいい」
ジャン・レッドウッドのやる気もプライドも維持することが、出来たハズだ。若手の教育ってのも、大変だが。ジャンは、作戦の意味と重要さを理解してくれる。
単独の偵察任務だぜ?……かなり難易度が高い任務をこなすことになるんだ、得られる経験値は多い。
『狼男』の圧倒的な機動力と、嗅覚、それを使いこなせば?……戦場における最強の偵察兵になれるさ。
『マドーリガ』の闘犬の技巧で、個人的な戦闘能力を上げることも大切なコトだが、乱世の戦場を理解し、敵の考えや作戦を読めるようになったら?……『狼男』の力を駆使することにより、一人で数万の軍勢を混乱させることだって狙えるだろうよ。
それは『パンジャール猟兵団』を、桁違いに強く、有能にすることなんだぜ、ジャン・レッドウッド―――ということまでは、プレッシャーになるかもしれないから、あえて言わない。
ムチャすると、ヒトは死んでしまうからな……この赤茶色の髪の毛をした、地味で素朴で、オレの『家族』である青年を、この戦で死なせるつもりはないよ。
「……ふむ。ジャンは、大きな任務に就くのでありますな」
「お前もだぜ、キュレネイ」
「私も偵察でありますか?」
「いや。君の任務は護衛であり、政治でもある」
「ふむ?……具合がよく分からないでありますぞ」
「テッサの護衛とサポートだ」
「オットーの抜けた穴を、私が埋めるでありますか」
「そうだ。ロイド・カートマンの連続殺人を止めることは出来た。だが、あの男のような輩が、再び出現しないとも限らない」
戦が終わった後の国というのは、どこか浮き足立つものさ。初めて、ヒトを殺す者もいた。普段とは異なり、戦場での殺人は咎められることもなく、むしろ栄誉とされる。
世界観が変わってしまう体験かもしれないな。
そして、ヒトには少なからず、狂気が潜む。
殺しを楽しむことが出来る者もいるのだ、その殺人に意味を求めることがない殺人狂という者たちがな。
戦士は、目的のために殺すだけだ―――しかし、殺人狂は、殺すことこそが快楽である。ロイド・カートマンは、そういう意味では、まだマシだった。剣闘士だからこそ、戦いと殺しを結びつけられていた。
強くなるために、ヒトを斬っただけだ。
ユニークであり変態ではあるが、殺人狂であるとは言いがたい人物さ。あくまでも、オレの価値観のハナシになるんだがな……。
「戦場での殺人により、殺人癖が目覚めるバカがいてもおかしくない。『ザットール』のチンピラのように、テッサに不満を持ち、オレたち『パンジャール猟兵団』へ挑戦しようとするバカも現れるかもしれん」
「テッサ・ランドールを守り、バカを狩るでありますな」
「そういうことだ。そして、『ゴースト・アヴェンジャー』であるお前がテッサの隣りにいることで……『オル・ゴースト』を継承したという雰囲気も出せる」
「……私は、『オル・ゴースト』代表でありますか?」
「イヤかもしれないが、『ゴースト・アヴェンジャー』を従えていることで、この街の老人たちは、テッサ・ランドールが『オル・ゴースト』の継承者であると認識してくれることにつながるかもしれない。少なくとも、文句が減る」
「なるほど。それが、政治でありますか」
「テッサの政治力を上げる。『ヴァルガロフ』は、悪人だらけの街だ。テッサは有能だ。しかし、この街にマトモな政治基盤を所有するのは、骨が折れる作業だよ。すまないが、彼女を政治という面でも手伝ってやれ」
「……イエス。私は、団長の命令には忠実な、良い子であります」
「ああ、頼んだぞ」
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