第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その5


「……32年前の情報にはなりますが、ドワーフ族の地下ダンジョンを、ジェド・ランドール氏は調査しています。祖先の残した道が、どうなっているのかを、彼なりに確かめたかったようですね」


「ジェド・ランドールらしい気がする。彼は、信心深いし、伝統を重んじる古風で保守的な男のようだったからな」


 そして、やさしい男だったよ。最愛の妻を病で亡くし、彼は己の人生が悪行で満ちていたからなのかと悔やみ、深い慈愛の心を手に入れたらしい。


 『信仰でしか救えない弱者がいる』。この世界の現実に対して、ジェド・ランドールは神の実在を証明することで応えてやろうとしていた。オレの『正義』には合わないが、彼の行動は、全て彼なりの『正義』に準じた行動だったのは確かだ―――。


「―――そのジェド・ランドール氏が残した、当時の日誌によると……そのダンジョンは最短距離で、10キロのルートを走れば、『シェイバンガレウ城』から、『ヒューバード』の地下にまで到達するようです」


「……地図によれば、その地点から『ヒューバード』は西に直線距離でも、6キロほどですから……間違えなければ、かなり素直な道のようですね」


 ロロカ先生は、そんな予想をしている。オレも同意見だった。


 そして、オットーもそうらしい。


「はい。比較的シンプルな形状のダンジョンのようですね……複雑なのは上層部だけで、深く潜れば、複雑さには乏しい…………乏しいみたいです」


 なんだか、残念そうな顔をオットーは浮かべているな。彼からすると、難易度の低いダンジョンは魅力が半減するのだろう。


「良いことですな」


 冷静なガンダラが、いつもの無表情で呟いた。赤ら顔のハーフ・エルフも、ジャンの首を脇に捕まえたまま同調した。


「そうだぜ!!楽な仕事なんて、最高だ!!」


「うぐぐ……っ」


 ジャンは首を絞められて、ちょっと苦しそうだけど……じゃれ合って喜んでいるようにも見える。だが、酔っ払った上での絞め技は危険だからな。注意しようと思った矢先、ギンドウは弟分の首を解放していた。


 ギンドウは立ち上がる。珍しくやる気というモノを見せているな。


「よーし!ラクショーな仕事っていうのなら……オレも参加するぜ!!」


「……そうだな。城塞の基底部を爆破して、『ヒューバード』の城塞を無効化する。それがベストの形ではある」


「ギンドウは、爆薬に詳しいですからな」


「おうよ!オレの爆薬と『雷』に、壊せないモノはねえっつーの…………まあ、実際のところ、爆破して崩せる場所が、老朽化で壊れちまっている可能性もあるけどな」


 破壊すべき場所が、とっくの昔に壊れてしまっているパターンだ。それだと、どうにもならない。


「その場合は、侵入経路の確保に努めるべきでしょう。32年前は、ルートが存在していました。王族の緊急時の避難路ですからね……そのルートは強固かつ、隠蔽されている」


「隠蔽されている?……ということは、『ヒューバード』の街の連中は、帝国人どもは、その存在に、まだ気がついていないのだな、オットー?」


 酒を呑んじゃいないリエルは、ベッドの上に腰掛けながらも、頭の回転がいつも並みだ。オレは、一瞬、そんなことも思いつけなかったよ。酔ってるな……会議に、しらふのメンバーがいてくれると助かるぜ。


「ええ。ドワーフの建築物は高度なものです。今は、その『出口』は……『ヒューバード』にあるイース教の教会施設の地下にあります。イース教の教会では、ビールなど酒類の製造が認められているのはご存じですね」


「ああ。酒好きだからな」


 ……アーバンの厳律修道会の黒ビールは、有名だもんな。『シスター・アビゲイル』、元気だろうか……?


「教会の地下にある、エールの酒蔵。そこに王家の脱出路の『出口』は接続している」


「遺跡を利用して街作りをした結果なわけですね。アルジャーンやモルダゴなど、ドワーフ族の遺構を利用した街には、地下通路の『出口』の上に、重要な施設が建ってしまうこともあります」


 猟兵で最も博学な人物である、ロロカ・シャーネルは、眠れるミアを膝枕で受け入れながら、オレたちアホ族に大いなる叡智の一端を示してくれた。


 聞いたこともない街のハナシだが……各地にドワーフは穴を掘りまくっているようだってことは分かったよ。


「頑丈な基盤になるから、そいつをいい土台にしちまうってことか?」


「ええ。その通りですわ、ソルジェさん」


 ヨメさんにニコニコ笑顔で褒められた。気恥ずかしさもあるが、褒められたことには素直に喜ぶことにしよう。


「ファリス帝国は、イース教を国教と定めています。様々な宗派がイース教にも存在し、一枚岩ではありません。ですが、一定の信頼と尊敬を集めた組織……この教会が軍の調査を受ける可能性は低い―――そうですね、オットーさん?」


「ええ。さすがはロロカさん。その通り。最近まで『ヒューバード』に出入りしていた、『ゴルトン』系の商人たちの目撃談によると、ここの教会の司祭は、街に駐留している帝国軍の幹部と仲が良いようでもあります……家捜しをされる可能性は、ほぼゼロ」


「なるほど。ということは、仮にギンドウの爆弾が出番すらなく終わったとしても……有効な侵入経路は確保できるわけでありますな」


 キュレネイがそう言いながら、ギンドウの肩を叩いていた。


「キュレネイちゃーん……もっと、オレが活躍するパターンもあるかもよ?」


「老朽化しているでありますからな。期待しすぎは、よくないであります」


 キュレネイは冷静だった。無表情で冷静、しかも、そこそこ賢いからね。その言葉を聞いたギンドウの、弱めのやる気が吹き飛びそうだった。いじけるようにギンドウがイスに座る。普通と反対に座っているな、つまり背もたれに腹をつけるようにしている。


 細いアゴをイスの背もたれの上端に乗せながら、ギンドウは酒気に染まるため息を吐いた。


 オレは悪友がいじけるのを見るのがさみしいからか、フォローに入る。


「まあ、状況は確かめないと分からない。活躍する時があるかもしれんぞ」


「……どうっすかねえ。世の中、そんな上手いことばかりじゃねえっすもんねえ」


 ダメだ。すっかりといじけているな。キュレネイは、うなずいている。彼女はシビアだな。


 だが、オレも経営者。部下のモチベーションを上げる言葉を吐かねばならん時もある立場だ。何かを考える……脳みそがアルコールに毒されているのが分かるが、それでも、オレは脳みそを働かせていく……。


 『ヒューバード』のヤツらが籠城という作戦を選ぼうと言うのであれば―――。


「―――ギンドウ。地図によると、『ヒューバード』の近くには川が流れているわけでもない……」


「ん。そうみたいっすねえ」


「ならば、地下のドワーフ族の遺構にある水道だとか、あるいは古い井戸を再利用して水を導いているのかもしれん。何せ、川から離れているのに、大きな街を作れた。ドワーフの遺構を頼っているからのように感じるぞ」


「……それを、ギンドウ・アーヴィングの爆弾で、爆破するか」


 シアン・ヴァティが赤くなった顔で、静かに語った……。


「そうだ。可能性のハナシだが……井戸や水道を、ドワーフの遺構に依存しているとすれば、それを破壊するだけでも、『ヒューバード』の籠城策を著しく妨害することになるはずだぜ」


「おおおおお!オレの爆弾、使いドコロがキタアアアアアアアアアアアッ!!魔力と火薬を混ぜるタイプの、ヤツなら……ドワーフ族の水道だろうが、簡単にぶっ壊せるぜ!!オレの魔力舐めんな!!瞬間的な威力なら、リエルちゃーんにも負けねえんだ!!」


「まあ、瞬間的な威力だけならばな」


 気高き森のエルフの弓姫も、ギンドウ・アーヴィングの魔力の強さは認めている。ギンドウの魔術の威力だけなら、リエルを上回る可能性もある。


 魔術師としての技巧や知識、経験、練度……それらを圧倒的にリエルの方が優れているのだが―――単純な魔力だけなら、リエルよりも、あると言えばある。


 魔力の量そのものはリエルの方が優れているが、魔術として放てる魔力の鋭さ、威力だけならギンドウの方が強いのさ。だからこそ、爆弾に込める魔力の質に、ギンドウは向いていたりもするらしい……。


「……その水道破壊作戦、ただの思いつきなんだがさ、ロロカ、ガンダラ、オットー、どう思う?」


 アホ族の作戦を、ガチで賢い人々の前で発表するのは勇気がいることだ。教師に答案用紙を差し出している気分だなあ……。


「いい策だと思います。食料よりも、水源の消失の方が、彼らには有効な打撃になりますもの」


 ロロカ先生からは高評価だ。しかし、インテリ三人衆は、よく分かっている。一人が賛成したら、他の二人は、それに抗うアングルで作戦を評価する方が有益だってことをさ。


「……ですが、地下が水没する危険もありますな。『アルトーレ』のように、『虎』を密かに送り込むとすれば……その攻撃で、侵入経路と退避の道も断たれます。使いどころが限定されますし、他の水源の調査もすべきでしょう」


「ドワーフの遺構に頼らない水源もあるか」


「ええ。酒などは、長期間の保存が利く『水』の一種ですな。雨が降っても、しばらくは水が確保できる……交易都市ですし、酒がどれだけの量、備蓄されていることやら」


「調査が必要だな……」


「しかし。悪い攻撃ではありません。短期間の深い騒ぎと、組織の混乱を招くには。使うタイミングが肝心なだけです」


 精密な『攻撃』を考えるガンダラらしいはある、いい意見だ。オットーは?


「……調査結果次第ですね。城塞を大きく崩落させられるのであれば、それがハイランド王国軍にとっては、最も理想に近い攻撃ですし。同時に、複数の遺構を破壊することは、こちらの作業能力を超える可能性もありますから……」


「優先順位を見極めよう、欲張るなということだな」


 探険家らしいアングルとだと思う。目標を多く掲げることは、戦力を割くことになるからな……オットーは最大の目標を、優先すべきであると主張してくれている。


「あくまで、有効な選択肢の一つとすべきでしょう。城塞を崩せるのであれば、それを狙うべき。現地を確認して、判断する必要はありますが……」


「1、『城塞の破壊』、2、『味方戦力の潜入経路』、3、『水道や井戸の破壊』……そういう優先度なわけですね」


 賢いククルが酔っ払いのオレに分かりやすく説明してくれたよ。たしかに城塞を地下から大きく破壊出来るのであれば、それが最高だ。そこから侵入してしまえば、籠城という作戦そのものが出来なくなるしな……。


「……つまりは、現地に行って、直接、確認するべきだということだな」


「ええ。となると、メンバーを団長に決めていただきましょう」


「ああ。それについは、考えはまとまったよ」


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