序章 『鋼に魅入られしモノ』 その30


 古典的ではある。自分の出血を目つぶしに使う。しかし、古典的なのは有効だからだ。血は水よりも粘りつくからな。アレを目に入れてはマズいのさ。


 だから?


 低く沈みながら血のつぶてを躱し、そのままこちらも突撃する。竜太刀による刺突。それを選んでいた。ロイド・カートマンも、こちらの動きを予想済みだったらしい。


 躱されて攻撃されるという流れをな。血を投げつける?指で無理やり相手の目玉に塗り込むのならともかく、投げつけて命中させるのは難しいさ。


 ヤツもすでに突撃を行っている。接近しながら、ヤツもまた刺突を放っていた。ヤツの方が先手を取った。主導権はヤツにある?……そうとは限らない。血のつぶてを放つ作業が、ヤツの突きを鈍らせていたからな。


 銀に煌めく突きが、迫る。


 刺突に対する有効な防御は?……三つある。速いが、それだけに単調になってしまうその軌道から身をそらす。難しいハナシじゃない。ステップ一つで、突きなど躱せるものさ。


 もう一つは鋼で捌くこと。お互いの武器をぶつける。突きは軌道が単調な動作だ、見るのは難しいが、『読む』ことは容易い。


 三つ目は、相手よりも先に刺突を当てることだな。攻撃されるよりも先に、攻撃を当てる。それもまた有効な防御になる。


 右の刺突と、左の刺突が交差する鋼が触れて火花が散り……お互いの腕は同時に伸びていた。身長は、ほとんど一緒。刀身の長さも、ほぼ同じ。しかし、こっちの方が肩幅があるし、骨盤はデカい。しかも沈みながらの突きだ。


 つまり……オレの突きのリーチの方が、長かったな。


 ガキイインンンッッ!!ロイド・カートマンの胸に、竜太刀の先端が命中する。分厚い革製の鎧だが、所々にミスリルの板が仕込まれているわけだ。刃の先端が、止められた。ヤツの突きと重なり、勢いを削がれた影響が出ているな。


 ……咄嗟に放った突きだからな。こっちの威力も、十分とは言えないのさ。


 貫けなかったが、ヤツは止まる。加速中の体ってのは、不安定だ。そして、そもそも攻撃ってのは、多くの関節が参加して作られる精緻な技巧。敵の攻撃を受けてしまえば、その精密さは容易く狂う。


 右耳の斜め上あたりを、空振りした太刀がいた。頭を狙っていたわけだ。突きの最中には頭は動かないからな。それを射抜くつもりだった。たとえ、自分が死んだとしても、相討ちでも十分だと考えている。冷静に計算された、殺し屋の突きさ。


 当たらなければ、無害なものだがね。


「ぐう……ッ!!」


 鋼に勢いを削がれたことと、職人が仕込んでくれたミスリルの質。武術と装備が、心臓を竜太刀から守っている。どちらも高度な水準だ。鍛錬と鎧への投資を怠っていたら……とっくに、心臓をえぐっていただろう。


 ……やるじゃないか。


 肋骨を砕かれただろうが、それぐらいじゃ死なない。痛むだろうが、それでもお前は笑うだろう。呻きながら、衝撃に傷ついた肺腑からの出血を、口のなかに感じ取り。生きていることを認識し、楽しい戦いがつづくことを歓喜するのさ。


 殺気が動く。


 反射的にその場から身を退いた。剣闘士の右手の指が竜太刀を掴もうとしていたし、何よりもヤツの太刀が動いていたからだ。ヤツは牙を剥きながら、片手持ちにした太刀で斬りつけてくる。


 雑な動き、しかし、威力と速さは十分だった。笑顔のまま、その斬撃の群れを放ち……こちらの攻撃の行動を阻む壁をつくる。


 似ているからな。


 ストラウスの剣に、よく似ている。だからこそ、ヤツの考えが『読めすぎる』のさ。血肉に融け合って、どうにも精神と切り離すことが不可能となっている経験値が、雑だが威力のある攻撃を危険と判断して、無意味なほどの慎重さを行動に与えてくる。


 『同門対決』にありがちなことだ。お互いの意志を理解しているからこそ、攻守どちらの動きに対しても、つき合ってしまうのさ。


 ……なんとも不本意ではあるが、あの狂人と、噛み合ってしまっている。他の敵ならば、無視するはずの鈍い攻撃にさえ、守りの反応を強いられているのだ。


 守ってしまっていたからね。


 せっかくのダメージが、敵の体から抜けてしまう。攻撃しながらも休んでいやがったのさ。負傷した体の動かし方を、学ぶためでもある。熟練した剣豪は、準備運動を終えて斬りかかって来る。


 竜太刀を振り、ロイド・カートマンの斬撃に対して、こちらも斬撃を打ち込んでいた。鋼が震え、歌を放ち……火花を散らしながら、お互いの顔を睨みつけている。刃をぶつけ合わせたまま、狂人の口が開く。


「ハハハハハーッ!!……ああ、楽しいぜ、ソルジェ・ストラウス!!キールの兄貴を斬り殺した時よりも……百倍ぐらい楽しいよ」


「……兄貴分も、練習台にしたか」


「そうだ。かなり優秀だった。オレよりも、強く、迷いがなかった。あのテッサ・ランドールにしか、負けたことがなかったんだ」


「惜しい人物を亡くした」


「戦場で、アンタの有能な駒になったかもなあ……彼も、アンタに近づける才能を持っていたはずなのに……」


「お前は、お前が斬った男たちが笑って死んだと言っていたが、キール・ベアーもか?」


「……いいや。キールの兄貴は、笑っていなかったな。口惜しそうだったよ……それと、悲しみもあった。オレも、悲しかったよ。だって、彼は一番の友だちでもあったんだ」


「……悪人め。その罪過を、そろそろ命で償ってもらうぞ」


 問答は要らんな。ただ、斬り合うのみだ。


 鋼を押し合うようにしながら、間合いを開いた。即座にお互いが反応し、それぞれの斬撃を打ち込んでいく!!交差する鋼の威力を耳と指で識りながら、次から次に斬撃のために身を躍らせた!!


 必殺の精度を宿す鋼が幾度も衝突し合う。刃の切っ先が、オレを軽く斬り、ヤツの体も斬っていく。血霧が舞う。両者の血が闘技場の風に舞う。


 鎧無しで、剣豪と正面から斬り合っているからな。無傷というわけにはいかない。


「……いい腕だよ、ソルジェ・ストラウス!!さすがは、オレの理想!!」


「……黙っていた方が、いいぜ」


「呼吸が乱れて、動きが悪くなっちまうからね。でも……それでも、この幸せを叫びたいのさ」


「……好きにしろ」


「ああ。好きにするよ……アンタ、強え。オレよりも、強えや、やっぱり」


 そうだ。オレの方が強い。圧倒的にとまでは言えないが、確実に強い。運ではくつがえらないほどの実力差というものが存在している。体に刻まれていく傷の深さが、ずっと違う。鎧を身につけていたとしても、防げる威力ではないからな。


 ロイド・カートマンは、この鋼が暴れる戦いに終始、より深い傷を追う形となっている。血まみれになりながらも、それでも剣舞に精彩を欠くことはない。


 死をも受け入れているからだ。死んでも、オレに迫りたい―――あるいは、一瞬でもいいから、超えてみたいと願望してやがる。


「……フーレンみたいに、深く沈んだな。あの突きは、だからこそ速く打てた……利き腕の違いのせいで、突きがぶつかり、オレの突きは弾かれ、アンタの突きは揺れながらもオレを刺した―――こうやって、放つんだ!!」


 まるで、『虎』のように、瞬時に身を伏せながら走り、左腕ごと太刀を突き出してくる。いい動きだ。東方の流派と、その体の使い方は合う。鋭く、速く、威力もある。その突きを竜太刀で叩き、回避していた。


 どんなに見事な突きだったとしても、似た動きをするオレには通じない。読めるんだ。必殺の軌道で突き出された、最高の一撃だったとしても。


 間合いは……もうやらん。


 あまりにも長くコイツに、つき合っていれば、こちらが狩られる可能性があるからな。突きを打ち崩されている剣士に迫る。ストラウスの嵐だ。四連続の斬撃の嵐を、ヤツに向かって叩き込んでいく!!


 崩れた体勢だったが、それでもなお防ぎにかかる。両手持ちにして、攻撃に備える。さっきは、しのいで見せたが、今回はそうはならない。体勢が崩れていたから、ステップを刻んで回避運動を取れないからな。


 だからこそ、ヤツは両手持ちして、防ぐしか出来なかった。不利なはずの力勝負を選ぶしか、即死を免れる選択肢はなかった。


 竜太刀の一撃に宿る重さに、ロイド・カートマンは一打目を受けた瞬間に押し負けてしまう。斬られていた右手首の骨が、骨折していた。半分ほど切断されていた骨にかかった威力が、骨をへし折っていた。


 両手持ちが死ぬ。


 ……だが、骨が折れたことはヤツに祝福を与えてもいた。骨が折れた瞬間に生まれた、揺れ。そいつに竜太刀の威力が呑まれてしまう。想定外の揺れだからな、太刀筋に込めた力が、わずかに減衰していた。


 だから、二打目もロイド・カートマンの鋼に受け止められる……いや、ヤツは斬撃に反応して、斬撃を放ったのさ。威力に威力で応じた。たとえ、瞬時に競り負けたとしても、意味はある。致命傷を与えられなかったし、攻撃のためのリズムが、わずかにだが狂う。


「くれて、やるよ!!」


 三打目の横薙ぎに、使い物にならなくなった右腕を『盾』にしてきた。


 あえて、間合いに飛び込み、右の上腕を竜太刀に衝突させて来た。鎧に仕込まれた鋼と革を斬り裂き、ヤツの鍛えられた筋肉と骨に刃が食い込む。ストラウスの嵐が、止まる?……いいや、竜太刀の刃は、引くときにも斬れる。


 バックステップを組み込んで、後ろに下がりながら傷を深めてやるのさ。ヤツの右腕が死ぬ。骨を断ち斬ることはなかったが、深手を与えて、こちらは自由を手にしている。


 だが。


 剣闘士は狂気に命を捧げてきた。


 突撃してくる。再び突きを放つ気か?……そう考えながらも、必殺の四打目を打ち込む。頭を狙って放った四打目―――ヤツはそれに対して『頭突き』をして来やがったよ。


 竜太刀に、頭突きだぜ?


 狂気だが……計算もしていた。即死することはない。ストラウスの嵐という連続攻撃の技巧に、一打目は手首の骨を折らせて、二打目は必死にしのぎ、三打目は右腕を喰わせて来た。走る竜太刀の威力と速度を、失わせて来たのさ。


 ……ストラウスの嵐を攻略するために、この技巧が持つ『弱点』につけ込むためにヤツは命を捧げている。


 『弱点』……連続攻撃が、どうしても有する欠陥がある。それは威力が鈍ることだ。手数と速度に、威力は分散される。どうしても、一撃に全霊を込めるような攻撃に比べては、威力が弱まるのさ。


 この攻勢を、ヤツは自分の持っている全てを費やして、威力を削ぎにかかった。四打目には、威力が失われていた。だからこそ、オレが速さに頼ると勘づいていたな。それに、ストラウスの嵐に五打目はない……必殺の威力と速度を保てるのは、四打が限界だから。


 最も威力が弱まる、その一刀。


 威力よりもスピードに頼る、その攻撃だけを、狙っていたのさ。竜太刀に走り、額から加速する直前の竜太刀に頭突きを入れる。威力もなく、速さもない場所に打撃を浴びせられたら。


 しかも、それが鍛え上げられた剣豪の加速と、全身の体重が込められた頭突きならば?竜太刀でさえも止めることは可能だった。


 鋼が皮膚を斬り、頭骨を斬る―――だが、断ち斬るほどの重さは出せず。吼えるヤツの頭突きに負けていた。研究しきった動き。命を捨てて『攻撃』すれば……自分よりも強いヤツに勝てる。


 ロイド・カートマンは確信していた。深手を負った右腕が、竜太刀に絡む。竜太刀を動かさないように、その場に止めておきたかったのだろう。ヤツの狙いは、頭骨さえも捧げた、この『攻撃』は、まだ続行するのさ。


 左腕は無事だ。左腕が握る太刀も、当然ながら生きている。視界は揺れているだろう。頭骨に斬撃を受けたから。即死しないが、すぐに死ぬし、そんなことよりも脳震とうが起きているはずだ。


 それでも、練度が技巧を実行させる。ヤツの『得意技』なのだろうな、突きを放つために太刀を持つ左腕を伸ばそうとしていた。


 ……そうさ。ずっと考えて戦っていた。突きで『誘った』のも、この状況をもたらすため。『ザットール』のチンピラどもから、聞いていたのさ。オレが自前の鎧を、まだ預けたままである可能性を……考えていた。考えて、策を練り、この突きのために全て捧げた。


 狂気に歪む貌が、勝利を嗅ぎつけて笑う―――だが、こちらにも経験がある。死闘を勝ち抜いて来た経験がな。


 竜太刀を持つ右腕の肘を曲げながら、ロイド・カートマン目掛けて踏み込む。ヤツに抱きつくような形になった。突きが、空振りする。近づき過ぎた相手を突き殺すことは、出来ないからな。


「……くそが……ッ」


 脳震とうに揺れる瞳で、すぐ側にあるオレの顔を睨みつけながら……ロイド・カートマンは野心の結末を知るのだ。オレは竜太刀を握ったままの右の拳と、左の手のひらを使い、ヤツを衝き上げるように押していた。


 ふらつく体が、後ずさりする。


 間合いを作ったのさ。ヤツが太刀を捨て、ナイフでも取り出す可能性があるからな。この間合いでなら、密着した状態での殺人も不可能……いい勝負だった。あの頭突きのタイミングが、わずかにでも早かったら、オレの腹に刃は到達していたかもしれないな。


 ……いい腕だったよ、ロイド・カートマン。


 敬意を表するために、最後の一刀も全力を尽くした。ヤツの右側に走り抜けながら、その胴体を竜太刀で斬り裂いていた。剣士の体は、その一刀で破壊されて、そのまま前のめりに崩れ落ちていたよ。


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