序章 『鋼に魅入られしモノ』 その23


 闘技場に向かう。馬車の窓から、太陽を見る……まだ昇りきってはいない。正午には時間がある。竜鱗の鎧は、まだ完成していないかもしれん。


 もしも、あのポール・ライアンが市庁舎を襲撃した犯人だとすれば……人間族ばかり狙ったヒト斬りだとすれば……トミーじいさんと顔を合わせにくいな。


「……ソルジェよ。気になるのなら、私が…………いや、なんでもないぞ」


 隣の席に座る、リエルが気を使ってくれていた。どうやら、オレの顔には迷いが浮かんでいるようだな。いかんな。オレは猟兵。しかも、『パンジャール猟兵団』の団長サマなんだ。


 誰よりもプロフェッショナルでいなければな。


「安心しろ。誰が相手でも、迷わない」


「うむ!そうしてくれ。皆も、追いかけてくれている。敵がどんな卑劣な罠を仕掛けていたとしても、問題はないぞ」


「罠か……」


「どうした?」


「……そういうモノは、無い気がするよ。市庁舎に堂々と乗り込むようなヤツだ。頭がかなり悪く、自信過剰で……腕はそれなり以上にある」


「ふーむ。つまり、あくまでも正々堂々とお前と戦おうとする?」


「可能性はあるさ。この敵は、愚か者だからな……」


「しかし。何かしらの罠がある可能性は否めません。我々、『アルステイム』も、『マドーリガ』の戦士も闘技場を囲んでいますし、十人以上でチームを編成し、内部も外部も調査中です」


 ニコロ・ラーミアにも抜かりはないようだ。かなりの権限を与えられているらしいな。ヴェリイを守ろうという忠誠心は、誰よりも強い。彼は全てに優先して、盲目的なまでに、それを実行する。


 だからこそ、信じられるというわけか。『クルコヴァ』とヴェリイが同じ方向を向いている限り、彼は絶対に『クルコヴァ』のことも裏切らないだろうからな……。


「ふむ。戦士で取り囲んでいるわけだな。蟻さん1匹だって、隠れられそうにない!」


「ええ。調べ尽くすつもりではありますが、どんな敵なのかは、分からない」


「……人間族の太刀の使い手、そして、オレの『ファン』だろ」


「そう、ですね。ソルジェさまを真似ている……だからこそ、貴方を指名した」


「オレを殺して、練習の成果を試したいのか」


 あの戦の夜から、毎晩毎晩、剣士を斬り殺してきた。一昨日の夜は、太刀を使わせれば、この街一番のキール・ベアーを斬り殺してみせた。自信がついたのか。それとも、オレを模倣するための練習が完了した……?


「ふん。私の夫にケンカを売るとは、狂気を宿しているらしい!」


「……そうだと思いますよ。この襲撃者は、本当に狂気に取り憑かれているのでしょう。ソルジェさまの力が、襲撃者には魅力的なんですよ。同じ人間族の剣士として、あまりにも、ソルジェさまの強さを気に入ってしまった」


「どうにも感情的な推測にも聞こえる。不確かな予測に満ちているな……つまり、そんな言葉を君に使わせるほど、殺し方が似ているのか?」


「死体の傷が、ソックリですね。貴方の斬り方は、印象深いものがあります」


「しかし。ソルジェの戦い方を、少しばかり戦場で見ただけで、真似られるものか?……ソルジェの、同門であるとか……?」


 オレと、同門?


 ……残念ながら、竜太刀の真髄を継承した者は、オレだけになっている。ガルーナ人の戦士は皆殺しになっているし、ガルーナの直系と呼べるような技巧は……オレ以外、使えるとすれば姉貴ぐらいだが―――姉貴は、オレを闘技場に呼んで決闘なんてしないさ。


 オレを殺したければ、戦場で殺す。その方が、名誉になる。自分の息子と一緒になって、いつか戦場でオレの首を狙ってくるんじゃないかね。


 ここは敵地のド真ん中。息子を連れて、生きて帰れる見込みのない場所に乗り込んでは来ないさ。そもそも、ストラウスの血を継ぐ者なら、戦場で殺したがるだろうよ。


「……同門ではないさ」


「でも、似ているのであろう?」


「らしいな……」


 その死体を自分で見たわけじゃないから、何とも言えない。頼るように、視線をニコロ・ラーミアへと向ける。リエルもオレの目の動きを追いかけて、彼を見たよ。


 『垂れ耳/ハーフ・ケットシー』の紳士は、静かに持論を述べてくれた。


「たとえば、こういうのはどうでしょうか?襲撃者は『東方の流派』を、元から学び……達人の腕前だった。武術は、地域性を反映しているものですし、ヒトからヒトへと伝わるもの。ガルーナ人の剣は、ガルーナ人の『隣人たち』も使えるはず」


「似て否なるモノだろうがな」


 竜騎士ストラウス家のプライドがあるのか、そんな言葉でニコロの持論にケチをつける。ガキっぽい行動だなと、自己嫌悪の感情もわくが―――ストラウスの剣を習得したければ、竜に乗るための筋力と体さばきが必須なのだ……。


「ええ。もちろん。似て否なるモノ……ですが、よく似ている」


「……ああ。そうだな、おそらくマネすることは出来るだろう。東の流派をマスターしている、オレと似た体格の剣士なら、ものまね以上の域で、模倣することも可能だろう」


 たとえば、このオレ自身が、バルモアの熊野郎どもの剣をマネすることが出来るように、武術というのは近い土地であれば似ているトコロが多い。


 ガルーナ人の周辺国の連中も、似たような剣が伝わっていてもおかしくないわけだ。ニコロ・ラーミアの口から出た言葉は、真実だ。オレの言葉は、プライドから来た、見栄のようなものだ。


 技巧は、誰か一人のモノにはならない。


 誰もが、習得する可能性を持っているのだから。


 近隣諸国の剣士が、ストラウス家の剣を見て、それをマネすることもあっただろう。あるいは、ストラウス家の剣鬼が、他の土地の流派の技巧を目で見て盗むこともある。


 『東方の剣術』を継いだ者が……戦場で、オレの戦い方を見て、マネしやがったのか。器用さはいるが、器用なヤツになら難しくない―――ポールのヤツは、両利き。そして、鎧を『使う』ぐらい器用で、戦歴が豊富な剣闘士……。


「ここは『ヴァルガロフ』なのです。東からも西からも、南からも北からも、多くの者が流れつき、剣闘士として己の手の内を見せ合う日々を過ごしています。ソルジェさまを真似るための下地を養うには、悪くはない環境ですよ」


「……むう。つまり、ニコロの予想では、今度の犯人は剣闘士なのか?」


「その可能性は、高いと考えています。わざわざ、闘技場に呼び出すですからね。土地勘もあるようです……」


「……だが、名乗ってはおらぬ」


「そうですね。そのあたりに、私は狡猾さを感じもするんです」


「どうあれ。ソルジェの背中は、私が守るぞ。そのために、ついて来ている!」


「もちろん、私も危険な時は、身を挺して盾になりますよ」


「……おい。ニコロ、キュレネイの件は気にするな」


「……いいえ。気にしますよ。これは性分なんです。女性を、悲しませてしまいました。私は、それを無視できません。キュレネイさまが喜ぶことなら、何でもします」


「オレの背中を守る仲間は間に合っている。キュレネイには、君がオレのために凶刃を浴びる姿を見せるよりも、美味いメシでも奢ってやった方が喜ぶよ。それに、君の命はヴェリイのために使うべき命だ」


「……そう、ですね。分かりました。私も捨て身で、ソルジェさまの盾になるつもりでしたが、止めておきます。キュレネイさまには、いつか美味しい料理をご馳走しましょう」


「ああ。それでいい」


「……さて。着きますよ。『ヴァルガロフ』の闘技場に……」


 馬車の窓から、その場所は見えたよ。レンガが高く積また円形の闘技場。『アルステイム』と『マドーリガ』の戦士たちが、たしかにうろついている。剣闘士たちの姿も見えた。やけにカラフルだったり、実用性には欠きそうな奇抜な形状の鎧を着ているからな。


 戦士である前に、見世物としての価値も必要とされる立場だ。派手な『衣装』を普段から着て歩いている方が、知名度も上がって良いのだろうな。


「むー。どいつもこいつも、怪しく見えてしまうぞ……」


 翡翠色の瞳で、馬車の窓から剣闘士たちを観察するリエルがつぶやく。


「……剣闘士には、娯楽の要素もいますからね。没個性的な風貌は、お金になりません。試合中は、実用性のある装備を使う者も多いですけれど。試合が無いときでも、名前と顔を売るために、ともすれば滑稽な姿にさえなりますよ、若手の頃は」


「どこの仕事も、大変ということだな」


「……しかし、混乱が起きていないようだが?」


 剣闘士どころか、大道芸人たちもいる。鶏肉を焼く屋台もあった。日常の光景が、そこには広がっているように見えた。


「殺人鬼のことを、告げていないのか?」


「闘技場の運営者たちには、事情を通しているはずですが、剣闘士たちにまでは伝えていません」


「……こちらの動きが、バレるからか」


「はい。リエルさま。剣闘士の中に、犯人がいるかもしれない。出来るだけ情報は、与えたくないんです」


「むう。私としては、邪魔者を退避させた方が、ケガ人が出ずに安心な気もするぞ?」


「……昼間から、闘技場の近くにいるような人々は、『ヴァルガロフ』の住民の中でも、とくに荒事が大好きな人々ですよ?……殺人鬼とソルジェさまの決闘があると分かれば、面白がって見に来ますよ」


「……そういう発想をするのか。この街の連中は。オレの戦いに巻き込まれるとは、勘がないのか」


「『ヴァルガロフ』ですからね。それに、剣闘士たちに知られたら、殺人鬼を捕まえようとして、あちこち走り回ったりしますよ……剣闘士があふれたら、殺人鬼は来ないかもしれません」


 金のために命がけで相手と殺し合う連中は、腕利きの殺人鬼さえも恐れないか。


 当然だな。昨夜も、目の色変えてヒト斬りを探し回っていたのだ、闘技場に賞金の懸けられた危険人物が来ると言われても、退くわけがない……むしろ、確実に獲物と出会えることを喜びそうだ。


「だから、言わない方がマシなのですよ」


「……うむ。納得したぞ。お前たちの判断は、正しそうだな。それで、闘技場には到着したが、どこに行くべきなのだ?」


「ソルジェさまとの戦いを望むのならば、武舞台にいれば、ヤツの方から襲いかかって来るかもしれません」


「武舞台か……どんな場所なのだ?」


「三つの階層に分かれた、円形の客席。それに見下ろされるような形で囲まれている、石畳、あるいは土が敷き詰められた場所です」


「あるいはとは、どういうことだ?石畳と、土に、別れているという意味なのか?」


「いいえ。そうじゃありませんよ。基本的には石畳ですが、土や砂利を敷くこともあるんですよ」


「あえて、泥をまくと?」


「そういう日もあるんです」


「んー……どうして、そんなことをするのだ?」


「剣闘士たちの試合を、より複雑にするためです。同じ条件で、同じ剣闘士が戦えば、おそらく前回と勝敗は変わらない」


「なるほど。環境を変えることで、戦いを読めなくするというわけだな!」


「ええ。これは戦争ではなく、娯楽なのですよ。ヒトが実際に死ぬことも多いですが、観客を楽しませる工夫がいりますからね……賭けの対象でもある」


「賭けならば、誰しもが予測のつくような試合では盛り上がらないというわけだ。オレなら、前回の勝者に賭ける」


「ですが、環境が変われば?……ぬかるむ土地では、重装な者よりも、軽装の者が勝ることもありますからね……剣闘士は、多芸な者が多い。環境や相手に合わせて、装備や戦い方を変えることで、勝敗は読みにくくなります」


「……胴元が儲かる賭けになりそうだな」


「ええ」


 複雑な賭けほど面白いものだが、当たりにくくなるものさ。弱いヤツにも賭けさせる仕組みだな。この闘技場が東地区にあるということは、『ザットール』の縄張り。『金貨噛み』どもは、商売熱心らしい。


 とにかく。


 このまま馬車にいてもしかたがない。さっさと、闘技場の中に入って、武舞台とやらに行ってみるとするか……。


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