第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その59
ジェド・ランドールとの取引は成立したよ。ホテルの外へと連れ出したあと、路地裏で彼の拘束を外し、戦槌をテッサが手渡した。彼は病魔に冒されて、痩せてしまった体ではあるものの、自分の戦槌を確かめるように自在に操ってみせる。
……見事なものだな。彼は、自分の戦槌が戻って来たことに、大きく満足しているようだった。
「……ソルジェ・ストラウスさま。猟兵の皆さまに連絡を出します」
「いや。そっちは問題無い。ゼファーなら、オレの心とつながっている。屋敷で眠っているメンバーを、速やかに運んでくれるさ……それより、手の空いている『アルステイム』を回してくれ」
「分かりました。お任せ下さい、『アルステイム』のメンバーを集めます……それで、エルゼ・ザトーさんは、どうするんですか?」
「私も、今の『ルカーヴィスト』のリーダーとして、『ゴースト・アヴェンジャー』として……この戦いの結末を見守りたい」
「わかった、来い」
「はい。ありがとうございます」
「……ソルジェさま。十分にお気をつけ下さい」
「エルゼが裏切るとでも?」
「いいえ。そんなことは思いませんよ。一般論です。『ルカーヴィ』と一戦交えるんですから。それに……彼女たちは、ソルジェさまに忠実なようですからね」
「ええ。私もキュレネイも、ソルジェさまには忠実ですよ」
「そうでしょうね。アスラン・ザルネも死んだとなれば、『ゴースト・アヴェンジャー』を操れる者は……私が考えるに、エルゼ・ザトーさんだけでしょう」
「……はい。私になら、キュレネイを操れなくも、ないかもしれませんね」
「まあ、君はアスラン・ザルネの助手だった子だからな」
「気づいていたんですよね、ソルジェ・ストラウスさまは?」
「どうだろうな。だが、彼女はしないよ。キュレネイの姉だ。妹が悲しむようなことは、誰もやれないさ」
「……それだけじゃないと思いますけど。とにかく、エルゼ・ザトーさん」
「なんでしょうか、ニコロさま」
「……貴女ではなく、貴女が周りの方へと注ぐ感情を、私は信じることにします」
「まあ、光栄ですね。私は、自分のことを信じていただくよりも、そちらの方が……ずっと嬉しい」
聖なる笑顔は、ニコロに通じたらしい。ニコロは、ずっと準備していた暗殺の技巧を、この時になって、ようやく解除していた。袖に含む毒針で、エルゼを狙いつづけていたが……それを外した。
オレがニヤリと笑うのを見て、ニコロはため息を吐く。
「……私が彼女を殺そうとしていたことを、知っていましたね」
「そうだが、正確には、ちょっと違う」
「どういう、ことですか?」
「君がエルゼを狙う理由ぐらいは、察しがついた。君は、ヴェリイのために、彼女に有益であるオレを殺させたくない男だからな……」
そのために、キュレネイを『家出』させた人物だ。オレを守りたい、ただヴェリイのためにな。
「……私は、貴方の怒りを買ったとしても、彼女を暗殺しようとしていたんです。殺されたって、貴方が死ぬリスクを減らす……全ては、ヴェリイさまのために」
「まあ、ニコロさまは、ヴェリイ・リオーネさまを愛しておられるのですね」
「そ、そんなことは、貴女に関係がないでしょう!?」
「否定は、なさらないのですね」
「う……っ」
エルゼも女子だな。色恋沙汰とか好きらしい。エルゼの聖なる笑顔に見つめられ、ニコロは顔を真っ赤にする。
「と、とにかく!!……私が、ヴェリイさまに、どんな感情を持っていたとしても、いいでしょう?」
「はい。とても、素敵なことだと思います」
「ああ、もう!……調子が狂いますね。エルゼ・ザトーさんといると!……それで、ソルジェ・ストラウスさま。どうして、私を放置していたんですか?……私は、エルゼさんにとって、危険な存在だったのに」
「君がエルゼを殺すとは、考えてはいなかった」
「……どうして?」
「現に殺さなかったじゃないか」
「はい、殺されませんでした」
「……エルゼさんにまで、気づかれていましたか」
「『ゴースト・アヴェンジャー』だからな」
「はい、『ゴースト・アヴェンジャー』なので」
「はあ……それで、質問の答えをもらっていませんけれど」
「たんに、君がエルゼを殺さないと信じていただけだよ」
「……キュレネイ・ザトーさまを、窮地に追い込んだ私のことを、ですか?」
「ああ。君は正直だからな。嘘はつかん。『ゴースト・アヴェンジャー』とは仲良くなれないだろうし、『ルカーヴィスト』とも、一生、相容れないだろう」
「ええ。アルトさまを殺され、ヴェリイさまの赤ちゃんも……私は、変えることの出来ない過去を、許すことはありません」
「それでいいさ。君は、君の『正義』を貫けばいい」
「……私は、エルゼさんにも、キュレネイさまにも、有害な存在で在り続けると思いますが?」
「別に仲が悪くてもいいだろ?殺し合いをしないでくれるのなら、乱世じゃ十分だ」
「……甘いんだか、厳しいんだか……よく分からない方ですよね、ソルジェさまは」
「罪悪感を背負っている男は、よく働いてくれるだろうからな」
「ええ。働きますとも。もちろん、貴方のためにも」
「それならいい。連絡は、任せたぞ」
「はい。お気をつけて下さい。『オル・ゴースト』の、得体の知れない最終兵器と戦うんですから」
そう言い残して、ニコロは片脚を引きずりながら、ホテルへと戻っていく。
オレとエルゼは彼を見送りながら、ランドール父娘がすでに乗り込んでいる馬車へと向かったよ。ここに来るときに使った、4人乗りの馬車。父娘は向かい合うようにして座っていた。オレは、ジェド・ランドールの隣に座り、エルゼはテッサの隣に座る。
馬車が動き始めた。ジェド・ランドールは、御者に対して、まずは東地区に向かえと命令する。
なかなか、緊迫感のある車内ではあったな。ランドール父娘は、睨み合いをつづけていたから。これから、殺し合いをするわけだからな……仕方がないか。
それでも、テッサ・ランドールは、やはり無言が嫌いなようだ。
「……親父。東地区……『ザットール』の縄張りに隠していたのか」
「……『オル・ゴースト』の施設も、多くあるからな」
「闘技場なのか?」
「いいや。違う。その内、分かるさ」
「……ああ、そうだな」
「…………しかし。テッサの横にいる娘よ。お前は、アスランの?」
「助手でした。今は、『ルカーヴィスト』のリーダーです」
「お前がか……アスランは、滅びたか」
「はい。ソルジェさまが、仕留めました」
「……赤毛、貴様か」
隣の席に座るもんじゃないな。友人を殺した男とはね。ジェド・ランドールに、当然ながら殺意に満ちた瞳で見られる。
「仇討ちなら、すぐに挑める。焦るなよ、ジイサン」
「……そう、だな。楽しみだ。貴様が死ぬ瞬間が」
「だろうな。ああ、ちなみに……バレたついでに、教えておくが。オレは、アッカーマンも殺している」
「……ほう。アッカーマンまでをか」
「こっちは怒れないだろう。アンタも、ヤツを裏切っていた」
「……ああ。そうだな。彼の敵である『ルカーヴィスト』に、援助をしていたからな」
「ヤツは気づいていたっぽいぜ―――アンタの危ない本性にも」
「あれは勘の冴えた男だからな。知恵も利いた」
「腕も良かった」
「……アッカーマンも越えたか。魔王ベリウスにゆかりのある戦士よ」
「陛下を知っているみたいだな」
「名前だけだがな。竜騎士たちが仕えた、ガルーナの王……亜人びいきで、まるで『ヴァルガロフ』のようであったと」
「そうだ。悪人だらけではなかったがな」
「……お前は、竜を連れているのか」
「ああ。竜騎士だ」
「……なるほどな。『自由同盟』も、力を得るわけだ」
「皆で力を合わせているだけだ。アンタも、力を貸してくれたら、良かったんだがな。呪術のプロで、屈強なドワーフたちを率いていた。頼りにしたかったよ」
「アスランを殺す前に、口説くべきだったかもしれん」
「くくく。そうだな」
「……しかし。アスランが死ぬのは分かっていたが、辺境伯軍に殺されるハズだったのだがな」
「ヤツらは、『生け贄』でもあったのか?」
「……『ゴースト・アヴェンジャー』と、『シェルティナ』はな。それらが死ぬほど、多くの力が『ルカーヴィ』へと還元される。そんな呪術をかけているのだ。その活力を得て、『繭』から孵化する」
「かなりのバケモノになりそうだな、『ルカーヴィもどき』は」
「ああ。『シェルティナ』とは、比べものにならない……」
「そうかい。自信作らしいが、負けんぞ。アンタの守るべきはずの街を、オレとテッサで守ってみせる。そして、『自由同盟』に組み込むのさ、より多くの力を」
「……貴様は、故郷の奪還を望むか」
「そうだよ。そのためにも、ファリス帝国を打倒する必要がある」
その言葉を境にして、ジェド・ランドールは沈黙した。およそ、二分ほどか。その時間が経った後で、彼は御者に右に曲がれと指示を出していた。
富める『ザットール』の支配する、うつくしい街並みが馬車の窓から見えた……『オル・ゴースト』の施設に、『ルカーヴィ』は持ち込まれているらしいな……。
また沈黙が続くと思われたが、ジェド・ランドールの口は開く。オレでもテッサでもなく、エルゼに彼は話しかけていた。
「…………『ルカーヴィスト』は、どうなった?」
「戦士の大半が滅びました。でも、戦士は500名ほどが、逃げ延びています」
「……そうか。全滅はしなかったのだな」
「ソルジェさまのおかげで」
「……この男は、敵の部下まで駒に欲しがるか」
「まあな」
大陸の95%を支配する帝国をぶっ潰すには、あまりにも人手不足だからな。
「…………アスランの助手よ。お前は、彼の『最高傑作』。大切に扱われて来たはずだ。それなのに、仇を討つ気は、起きないのか?」
「……アスラン・ザルネは、私たちを『道具』としてしか、見ていませんでしたから」
「彼は……少しばかり、そんな傾向はあったな」
「ジェド・ランドールさまは、『ゴースト・アヴェンジャー』や『予言者』にも、敬意を表してくれているようにも見えますが……実のところ、あなたも、私たちを『道具』や『部品』にしています」
……聖なる笑顔は変わらない。でも、感情の変化には気づけるよ。今のエルゼは、怒っているんだ。
「ジェド・ランドールさま。私たちは、必死に生きて、大勢死んで、気づきました。『道具』になりたくて、生きて来たわけじゃない……私たちの生まれて来た意味は、そんなものじゃないと証明するために、苦しみに耐えた。存在の軽さに、耐えてきたんです」
「……君らを軽んじているだと?……否定したいが……当事者の言葉は、否定出来んな。ワシらは、君たちに、たしかに大きな苦痛と孤独を与えては来た……しかし、今、道を捨てれば……全てが無意味になるのだ」
「だからこそ、ソルジェさまや、実の娘であるテッサさまとも、戦われるのですか」
「そうだ。ワシらも、多くを捧げて来た。君たち『灰色の血』の子供たちの犠牲は全て、神の実在を証明し、人々と神の心をつなぐためだ。それこそが、魂の恒久的な平穏と、社会の安定につながる……戦神バルジアのもとに、皆が一つに集うことで安らぎは訪れるのだよ」
「……私たちの信じる道は、相容れませんね。私たち、『オル・ゴースト』の仔は、選んだのです。あなたの信じる道とは異なる、聖なる戦いを」
「……理解して欲しかったよ。『ゴースト・アヴェンジャー』である、君たちには……」
「あなたは、ザルネとは異なる部分があります。他者のために、祈れるヒトであるのならば……悲しい戦いを、一つだけ、確実に消せることも分かるでしょう」
「……悲しいかもしれんがね、それでも、ワシの聖戦は、まだ終わってはいないのだよ」
ジェド・ランドールは、さみしげに語っていたよ。
ああ、そうだな。
これから、悲しい戦いをすることになる。ランドール家は、父と娘で殺し合うのだから。ジェド・ランドールと、エルゼ・ザトーは、目を閉じて……戦神に祈りを捧げている。勝利を祈るのか、殺す相手の黄泉路での安らぎを祈るのか……どちらもだろうな。
憎しみからではなく、ただただ『正義』が違うから。オレたちは、これから殺し合う。
東の空の下で、血のように赤い『ヴァルガロフ』の夕暮れが街並みを彩るころ……オレはその古びた建物を見つけていたよ。神の実在を求める老いた戦士は、白い口ひげを揺らしながら呟いた。
「……あの『オペラ座』だ。あそこに、『ルカーヴィ』の『繭』はある」
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