第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その57


 オレとテッサで、その部屋に入る。ジェド・ランドールは、背中の後ろで手を縄で縛られているようだ。イスに座らされているな。白髪であり、肺腑を患っているせいなのか、ずいぶんと痩せていたよ。


 だが、先代の『マドーリガ』の長だけあって、その深緑色の眼光は鋭いものがある。彼は、テッサよりもオレを睨んでいた。見慣れた娘ではなく、謎の赤毛の男に、興味というよりも警戒を示している。


 あいさつしてやろうじゃないか。


「初めまして、ジェド・ランドール。オレはソルジェ・ストラウス。『自由同盟』の傭兵だよ」


 『自由同盟』という言葉に、反応を示したな。眉がわずかに動き、警戒心が高まっているようだ。というよりも、怒りを感じているのだろう。


 オレは彼の前に立ち、マフィアの老人を見下ろすような姿勢になる。唾でも吐きかけられるかと考えたが、彼は唾はおろか悪口の一つも発することはない。


 黙秘を貫いているのか。


 頑固者にとっては、選びやすい尋問対策かもしれないな。オレは眼帯を外し、アーレスの力に頼る。心の色……感情が放つ光を、魔眼は見ることが出来るからね。今の彼は、怒りの赤を帯びていたよ。魔法の目玉を使うまでもなく、分かっていたことだが。


「……なあ、アンタ。オレが、テッサをそそのかしたとでも思っているのか?……だとすれば、思い違いだぞ。彼女は、故郷のことを考えて、正しいと思える道を選んだのさ」


 『自由同盟』と組む。そのことを、ジェド・ランドールはどう考えているのか。義理堅い男である彼ならば、辺境伯ロザングリードにも忠義を尽くすのかね?……そうかもしれないし、そうでないかもしれない。


 戦神の教えは、おそらく裏切りを許容するのではないだろうかな。姿を変える神……それは柔軟であり、浮気性でもあるだろう。それに、戦の場では、裏切りもまた武器ではある。


 ジェド・ランドール自身も、アッカーマンを支持しながら、その裏ではアッカーマンの暗殺に燃えるアスラン・ザルネや『ルカーヴィスト』に協力していたようだからな。彼が誠実なのは、戦神と、愛する者に対してだけなのかもしれない。


「……お前の娘は『ヴァルガロフ』を守ろうとしている。だが、お前はそうじゃないらしいな?……滅びを望んでいるんだ。お前からすれば不信心になった者に対しての当然の罰なのかもしれないが―――破壊の果てに、人心が変わることはない」


 『オル・ゴースト』の在った時代に戻りたいのかもしれないが、それはもうムリなことだ。機能していた。真の統治者がいなくても、この街は機能し、テッサやアッカーマンたちにより、かつてよりも豊かになった。


 アッカーマンと辺境伯の野心により、難民たちを奴隷にして売りさばこうという巨大な悪事を画策してはいたし、間違っても善良であるとは言えない土地だが……『オル・ゴースト』がいた時のように、アスラン・ザルネが2000人の子供を犠牲にすることもない。


「……反論は、無いのか?」


 竜太刀を抜いたよ。テッサが反応するが、まだオレに殺意が無いことを気取り、オレの行動を止めたりはしない。ジェド・ランドールは竜太刀の鋼を睨むが、口は開かない。


 彼の首にアーレスの宿る鋼を当てた。指を動かせば、彼の老いた首に致命的な傷を負わせることは可能だ。生殺与奪を握っている。だが、それでもジェドは無言のままだ。


「……お前が口を開かなくとも、分かることはある。お前の落ち着きようからな。お前はすでに『仕掛け』を終えているな。お前たちがベルナルド・カズンズの死体を弄んで造った、ニセモノの戦神。そいつを、どこかに仕掛けてある」


 竜太刀の刃を押し当てる。首の皮がわずかに斬れて、血があふれる。彼の高級感あるシャツの襟元に、赤が広がる……テッサが動きそうになるが……オレが気にしているのは、ジェドの方だ。


「……『第六聖堂』に、『ルカーヴィもどき』は置いてあったな?……最初から、そこで造っていた。お前たちは、神さまに祈りの歌を聞かせたかったのだろう。狂信者の自己陶酔だな。お前は、それを聖なる行いだと感じているのだろうが、ただの偏執的な狂気だぞ」


 ジェドは動かない。死にたければ、首を動かせばいい。傷口を深くすれば、致命傷を負うことが出来るのにな。なのに、動こうとしない。彼が動こうとすれば、素早く刃を離す予定なのだがな……そのために集中しているんだが、彼にそのつもりはなさそうだ。


 命を惜しむようなタイプの男ではない。


 嫌うのは、ただ犬死にすることだけさ。


 ……今のところ、オレたちの尋問はジェド・ランドールの脅威にはなっていない。しかし、この男。何故、死なないのか……自分の口が、絶対に情報を吐かないという自信があるからか?


 本当に、それだけの理由で、コイツは自害する絶好の機会でも、何もしないのか?……オレたちの放つ言葉は、彼の作戦を脅かしてはいないのだろう。


「……おい。親父」


 テッサが静かに語りかける。オレが彼の首元に竜太刀を当てっぱなしにしている意味を、彼女は察してくれたらしい。冷静さを取り戻している。オレの『役割』も、賢い彼女は理解したのさ。


 オレはジェド・ランドールが取りそうな、唯一のリアクションを引き出すための道具だ。無言を貫きたい男が選べる、最良の方法は?……『死人に口なし』を実行することさ。


 つまり、彼が『自殺しようとすれば』、尋問の言葉が、彼の作戦に近づいている可能性は高いんじゃないかということだ。無言のままで過ごさせるよりは、彼の思惑を推し量れるかもしれないだけ、マシな環境だろう。


 野蛮なお膳立てはしているんだぜ。テッサよ、話してみろ。娘の言葉なら、頑固者にも通じるかもしれない。


「なあ、状況を分かっているな?……私は『自由同盟』と組む。ハイランド王国を素通りさせて、ヤツらに、この土地を奪われないようにするためと、亜人種に排他的な帝国とも決別するためだ。打算的かもしれないが、私は、その道を選んだ」


 ジェド・ランドールはテッサを見ている。竜太刀のことはムシしてな。首は動かさない。眼球だけを動かして、彼は娘を見ていた。


「私はな、親父。この『ヴァルガロフ』を守りたいんだ。親父は、かつての街並みを取り戻したいのかもしれないが、私は、今と『未来』の『ヴァルガロフ』を守りたい。そのために、そこの短気な赤毛と組んだ……ガルーナの、次の魔王だ」


 その言葉に、老いた瞳は鋭く動き、オレを見る。


「……ああ。オレはガルーナの次の魔王だ。帝国から祖国を取り戻し、再興させる。そのために、オレは戦っているんだよ、ジェド・ランドール」


「親父よ。皆が、故郷を守ろうと必死になっている時代なのだ。親父の信仰に、今の『ヴァルガロフ』は反しているのかもしれない。『オル・ゴースト』の時代が懐かしいのかもしれいない。私には分からない良さが、その時代にあったのかもしれない……だが……」


 テッサが、泣いている。あの強気な『戦槌姫』が、気高き深緑の瞳に、涙をあふれさせていたよ。


「だが……親父よ。『四大自警団』の末裔として、それが本当に正しい選択と言えるのかよ!?……私たちは、今では悪人と成り果てたが、それでも、かつては、この街の守り手だ!!そもそも、悪徳さえも、街を守るための手段だったろうがッ!!その歴史を、私に教えてくれたのは、親父だろッ!?」


 『ヴァルガロフ』の悪名高き四大マフィア。『アルステイム』、『マドーリガ』、『ゴルトン』、『ザットール』……それらは皆、元々は自警団だったという。


 ゼロニア平野、軍靴に踏み荒らされるその土地に誕生した、『ヴァルガロフ』。滅び去った多くの国の末裔たちが、そこの流れついた。さまざまな歴史を持つ、さまざまな人種たち……柔軟な価値観を持つ戦神バルジアの教えが、彼らの器となり、街が生まれた。


 そして、その街を守るために、『四大自警団』は発足したのさ。『開祖』ベルナルド・カズンズに率いられて―――。


 今では悪に堕ちているが、四大マフィアのそもそもとは、自警団だった。『ヴァルガロフ』を守るための存在。テッサは、明らかにその気高き魂を継承しているのだ。やはり、彼女こそが、『ヴァルガロフ』の『女王』として相応しい人物だろう。


 父親が『開祖』から受け継ぐ信仰を曲げないのと同じで、テッサ・ランドールは『開祖』から受け継ぐ守護者の誇りを曲げられないのだ。


 この乱世において、『ヴァルガロフ』が自由を保ちつづけることは、あまりにも難しい。悪徳で稼いだ金で、辺境伯なんぞを取り込まなければ、とっくの昔に、この世から消えていた。


 街を守るために、犯罪に手を染めて来た。


 目的は正しく、手段は間違っていた。


 無垢で純潔な正義からは程遠いものだったとしても、目的だけは揺らがなかった。街を守るために、テッサ・ランドールは稼いでみせたぜ……『背徳城』を大きくしながら、彼女なりの正義を求めていた。


「親父よッ!!私はな、守りたいんだよッ!!色んなヤツの犠牲で、成り立って来たこの街をッ!!この悪人ひしめく邪悪な魔窟をッ!!……クソみたいに下らなく、それでも私の故郷である、この街のことをッ!!ランドールは、そうして、生きてきたんだろうがッ!!」


 ……ランドールの血が持つ意味か。テッサは、これから『四大自警団』の長として、辺境伯ロザングリードを討ち取り、この土地をゼロニア人の手に取り戻す戦いへと向かう。そうだ、ランドールの戦士の血は、『ヴァルガロフ』の真の守り手へと帰還するのだ。


「それなのに、親父は……親父は、この街を破壊しようと言うのかッ!?戦士ランドールの一族が、最も古い、『ヴァルガロフ』の守り手であるはずの、私たちが……やっていいことのワケがないだろうがッ!!」


 ジェド・ランドールは……テッサの叫びを浴びながら、老いた眉間にシワを寄せたよ。彼にも守り手の血が流れているのだ。そして、テッサにその魂を受け継がせた者は、他ならぬジェド・ランドール自身だろう。


 老いて、病に蝕まれ、その腕はかつてとは比べようもない程に細くなっただろう。それでも彼は、ランドールの戦士だった。テッサの振るう、戦槌の技巧の数々。それは闘技場だけで磨かれたものではない。ランドールが受け継ぎ、難題もかけて完成させた強さだ。


 苦悶するジェド・ランドールは歯をギリリと噛みしめる……オレは、竜太刀を彼の首から離していたよ。ランドール家の深緑の瞳が、オレを睨みつけてくる。


 自殺という選択を、オレが奪ったことに気づいたらしいな。


 そうだ。『逃げ道』など、誰が渡すものかよ。


「……おい、戦士ジェド・ランドールよ。もう一度言うぜ。お前の娘は、この『ヴァルガロフ』を守ろうとしているんだ。腐り果てた、悪人だらけの魔窟だが……それでも、彼女は故郷に守るべき価値があると信じているのだ」


 お前は、どうなのだ、ジェド・ランドール。


「……選ぶ時だ。『ヴァルガロフ』の戦士として、娘の仲間になれとは言わん。敬虔なマフィアとして、娘の敵になることも、お前の生きざまに相応しい選択だ。だがな、『家族』の言葉からは、逃げるべきではない。そろそろ、話せ。お前の『正義』とは何かをな」


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