第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その56
ニコロは仲間に、『第六聖堂』とやらのことを伝えに行った。その場所に、もしかしたら『ルカーヴィもどき』は配置されたままかもしれないからな。
そこに向かって、身軽な『アルステイム』の暗殺者たちが向かうことになるだろう。彼らなら、十分な戦力になる。ジェド・ランドールの一派は、少数のようだしな。
「『第六聖堂』……まさか、あんなところにあったのですね」
「エルゼは、知っているのか」
「もちろん。私も、一応は『オル・ゴースト』に属していましたから」
「どんな場所だ?」
「その名の通り、戦神の聖堂です。華美な装飾は施されてはおらず、祈りの歌がよく響くような、ドーム状の構造をしていました」
地下の聖堂というわけだ。エルゼの感想では、かなり地味なようだな。カルトの連中は、そこに開祖の死体で創った『戦神もどき』を保管していたのか。
祈りを捧げる場所という意味では、相応しいのかもしれないが―――。
「―――おまたせしました。テッサ・ランドールさまのところに、まいりましょう」
片脚を引きずりながらも、ニコロは急いで戻ってくれた。エルゼは、彼の脚が『首狩りのヨシュア』により壊されたことを知ったせいか、ニコロに手を貸そうとしたが……ニコロは彼女の差し出した手を拒絶していた。
差し出された手を、悪い脚に負担をかけてまで遠ざけながら、躱してみせた。
「……同情は、よして下さい」
「……すみません」
「仲間同士でケンカするなよ、ニコロ」
「ケンカでは……ただ、何というか……」
紳士的なニコロ・ラーミアではあるが、森羅万象に無条件で紳士の顔を見せてくれるわけではないのだな。『ゴースト・アヴェンジャー』が、やはり許せないらしい。
……エルゼたちが、『ルカーヴィスト』として背負っていくべき罪でもある。テロリストではあった。彼らなりの正義を帯びた闘争ではあったが、罪無き者たちを大勢、巻き込んだ戦い……。
テッサやニコロのような反応こそが、大多数の『ヴァルガロフ』の者が彼女たちに見せる反応となるだろう―――貧しい少数派が搾取して、武器を取り蜂起する。その結果が敗北であった場合?……世界には変革は起きず、少数派は居場所を失う。
ならば。黙ったまま搾取されつづけるしかない世界であれば良いのか?……それは間違っている。しかし、世界が正しさで動いているとは限らない。政治とは、暴力を帯びた正義。違う正義を暴力でねじ伏せて、支配し搾取する。それが真実だ。
弱いということは、罪深い。どんな正しい言葉も、正しい行いも、正当化することなんて出来やしない。だからこそ、力を求めて……『ルカーヴィスト』は『シェルティナ』や『ルカーヴィもどき』を求めたか。
狂った世界を破壊して、少しはマシにしようとしている。
生きるに値しないと感じた国ならば、捨てるというのみ道なのだ。古来より、ヒトは望むべき土地を求めて、世界を旅して来たのだから。
今のガルーナは、何にもない国だからね。エルゼたちが来てくれるのなら、大歓迎なのだが……『ルカーヴィスト』の願いを、彼らが生まれた要因を解決出来なかったら、ゼロニアの土地に、再び彼らと同じ存在が現れるのだろう。
呪われた輪廻を繰り返しながら……ヒトは、より良い時代にたどり着けるのだろうか。
―――『進化』をしなければ、戦から解放されることはない。だから、『進化』とやらに至る道を、『オル・ゴースト』どもは探してもいたか。
戦神の土地に生まれた、カルト組織らしいぜ、まったくよう。
「……では、行きましょう」
咳払いをしながら、ニコロはそう宣言する。エルゼは笑顔のまま、オレは眉間にシワを寄せたまま、脚を引きずって歩く彼の後ろについて行く。
エルゼもニコロも、良心的な人物だし、どっちも人殺しなんだが……仲良くなれないものだな。まあ、誰もが仲良くなるという方が、不自然ではあるが……双方の友である身からすれば、辛いもんだぜ。
……ああ、脱線している。
集中すべきだ。
オレは『ヴァルガロフ』で最も敬虔な狂信者と、これから出会うんだぜ。『オル・ゴースト』の、最大の後援者である、ジェド・ランドールと。
仲良くなれないゼロニア人たちを見て、『オル・ゴースト』の目指した道に、わずかばかりの共感を手にしそうになったが―――オレのキュレネイやエルゼ、それにアレキノやラナを『改造』し、『道具』にしたヤツらの掲げる正義など……完全否定すべき悪だ。
オレの正義とは、相容れぬはずだぜ。
目的がいかに尊かろうとも、あらゆる手段が肯定されることはないのだ。そうだよな、アーレス……ヤツらは、オレの妹、セシル・ストラウスみたいな年齢の子供たちまで、『改造』しやがった。
アスラン・ザルネは、『灰色の血』が生まれてから6年は改造が出来ない、だから研究のペースが悪いと愚痴っていたな。つまりは、6才からは、脳をいじくられていたわけだ……。
外道どもだよ。そんなことしてまで平和な世界を創らなきゃいけないのなら、皆で鋼を振り回して、殺し合いで正しさを決めた方がマシな気がする。
鋼を振り回す殺し合いなら、お互いに死ぬ。痛みがあれば、双方の理解につながる。戦いながら、相手を理解するというのは、至極一般的な行為だと思うが……まあ、いいさ。カルトどもの平和主義など、本気で考える価値など持っちゃいない。
ガルーナ人の頭は、哲学には向かない。
『正義/正しいこと』の理由を考えて、説明するのが哲学です。ガンダラ、ロロカ先生、オットーたちが、蛮族であるオレにそんな分かりやすい言葉で教えてくれたが……そういうモンの追及は、オレには向かないんだろうよ。
……とにかく、オレは、『オル・ゴースト』の哲学が、どうにもこうにも気に入らねえんだ。きっと、シスコンだからだろうな。ガキの脳みそいじくるヤツらなんて、ガルーナ人は許しちゃいけねえんだよ。
「……ソルジェさま、難しい顔をなされていますが?」
「んー。そうだな、ちょっとした哲学的な悩みを抱えていたのさ」
「まあ、どんな悩みです?」
「答えは出たよ」
「どんな答えですか?」
「……オレはシスコンらしいってこと。オレの正義の半分は、妹で出来ている」
「ミアちゃんは、可愛らしいですからね」
「……ミアも妹だが。オレには、別の妹もいたんだ」
「……ゼファーちゃんの背で、聞きました」
「ああ。オレは……『アイツ』と違って、妹を守ってやれなかったよ」
『首狩りのヨシュア』。その名前を口にすると、ニコロの心が乱れそうだから、あえて言わなかった。ヨシュアは、ラナを助けた。オレは?……セシルを死なせた。
大きな差だ。
どうにもならない、大きな差だな。
うらやましいよ。立場を、入れ替えて欲しいと願うほどに……。
「…………妹を、失うのは、とても辛いことですよね」
「……エルゼは、キュレネイが死んだと思っていたのか」
「……はい。ザルネは、あの子が死んだと……私は、その言葉さえも、笑顔で聞いていました。ヒドい、お姉ちゃんですね」
「君は、怒りや悲しみを、『オル・ゴースト』たちに奪われただけだ。悲しみがあれば、きっと泣いたし、怒りがあれば、ザルネをとっくに殺していたさ」
「……そうでしょうか」
「そうだと断言してやる。妹ってのは、それぐらい大事な存在だから」
「うふふ。ソルジェさまらしいです」
「ああ、オレはシスコン野郎だからね」
重度のシスコンであることを、エルゼに二度も宣言しながら、オレたちは通路を進み、その場所にたどり着く。
葉巻を噛み千切りながら、壁を蹴っているテッサ・ランドールがいるから、そこで間違っていないだろう。
「……ソルジェ・ストラウスか……ッ」
「そう睨むな、『戦槌姫』。戦果が無かったコトは分かるよ」
「……ああ、まったく進展無しだ。親父の野郎、一言も口を開かねえッッ!!」
「こちらは進展がありましたわ、テッサさま。『ルカーヴィ』のニセモノは、『第六聖堂』に配置されていたそうです」
「……ほう。過去形なのが気になるが」
「残念ながら、どこかに運び出されたようですね。部下を派遣しましたが、そこに見つけられるかは……不透明というよりも、かなり確率が低いでしょう」
「だとしても、進展ではある……闘犬は使ってもいいと、許可を与えているが」
「ええ。使わせていただいています」
「戦場には連れていかないのか?」
「大型の闘犬は、戦場に連れて行く。騎馬の脚を噛み千切るぐらいには、狂暴なヤツらだからな」
「……仲間の騎兵には噛みつかないのか?」
ロロカ先生たちのユニコーンに、噛みついてもらっては大いに困る。
「『ウォーウルフ』の呪術に、統制された闘犬だからな……問題はない」
「なるほど。見物じゃある」
「ああ。『マドーリガ』の戦士の伝統を見せてやる……だが、今は、伝統よりも、私の親父が問題だ……」
「そうか。じゃあ、テッサ、オレと一緒に入ろうぜ」
「……私もか?……怒りで、気が狂ってしまいそうなんだが……ッ」
「場合によっては、オレは彼を斬るかもしれん」
「……ッ!!」
「基本的に、彼の命をどうするかは君に委ねるが……オレも短気でバカなガルーナ人だ。もしもがいつ起こるか分からん。君がそばにいろ。オレの殺人を止められるほどの戦士は、この場には君しかいない」
「……発破をかけているつもりか?」
「バレたか。君は冷静になれば、オレよりはるかに賢い。彼から情報を引き出せ」
「私が殺すかもしれない親父を、お前に人質にされているわけか。我々は、何を追いかけているのやら……ッ」
「決まっている。ニセモノの『ルカーヴィ』だ。そいつに『ヴァルガロフ』を攻撃されたくないだけだ」
「……明快な答えだ。そうだな……頑固者には、シンプルに語りかけてみるとするか」
葉巻を吐き出した後で、テッサは首を回して骨を鳴らす。深緑の瞳は、彼の父親を監禁している部屋の扉を睨みつけている。『戦槌姫』は、床に置いていた黄金色の戦槌を持ち上げると、背中でオレに語りかけたよ。
「……行くぞ。親父の口を割らせる。この扉を出てくるのは、情報を得たか、この戦槌で親父の頭をかち割ったときだけだ」
「ああ。そうしようぜ。出来るなら、前者が好ましいな」
「努力はする。だが……もしものときは。私を、止めようとするなよ」
「……約束はしかねる」
「女を庇うつもりか。お節介な男め」
「騎士道ってのは、そんなもんだ」
君には父親だが、オレからすれば他人なんだ。もしものときの処刑人、その適任者は、どう考えたってオレだよ、テッサ・ランドール。
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