第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その48


 『ルカーヴィスト』たちは焼身自殺を偽装するために、古く小さな家に入り、敵兵の前で焼け死んでいく。炎に呑まれて、焼け落ちる家屋に兵士たちは満足するだろう。


 屋敷に残っていた100人の弓兵たちも、盾を構えて全ての包囲から近づいてくる辺境伯軍の前には無力で、すぐに矢も尽きていた。最後は、特攻を試みたが……敵の群れにたどり着く前に、敵が温存していた矢で射殺されていく。


 オレたちはゼファーの背の上で見ていた。


 エルゼの悲しみのために、ゼファーはオレに促されるまでもなく、散っていった戦士たちのために歌を捧げるのだ。


『GAAHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 ……霧が晴れている。戦士たちの故郷は、血と炎の赤に染まりながらも……闘争の苦しみからは解放された。聖なる戦は終わったのだ。『ルカーヴィスト』の戦士たちは、己の見つけた道を全うしたぞ、戦神バルジアよ。


 辺境伯軍の兵士が、あの屋敷に近づいていく。そして、神官の服を着せられたアスラン・ザルネの死体を見つけるのだ。ヤツらは歓声を上げて、アスラン・ザルネの死体を屋敷から引きずり出していた。


 敵の首領にまつわる情報を、辺境伯軍も有していたわけだな。アッカーマンからか、あるいは『ザットール』からか……どちらからなのかは分からないが、どちらでもいいことだよ。


 とにかく、アスラン・ザルネの死体は仕事をしてくれる。兵士どもは、ヤツの首を斧で刎ねると、それを掲げて勝利を示した。


 そうだ。


 これは辺境伯軍の勝利である。表面的には、その通りだ。だが、オレたちも戦士たちも、十分な仕事を成し遂げたぞ。


 オレは、鉄靴の内側をゼファーにコツンと当てて、辺境伯軍の本陣がいるあの丘に近づいていく。弓兵が矢を射るが、ギリギリ当たらない場所に、ゼファーを留まらせる。


 攻撃をしに来たわけじゃない。


 負け惜しみを言いに来てやったのだ。


「聞こえるかああああああああああああああああああッッッ!!!我が名は、ソルジェ・ストラウス!!『自由同盟』の傭兵、『パンジャール猟兵団』の団長だッッッ!!!ゼロニア辺境伯、ロザングリード卿よッッッ!!!まずは、貴殿らの勝利を、祝ってやろうッッッ!!!この戦では、貴殿らの勝利だッッッ!!!」


 300の兵で、2500の兵を殺してみせた。意地は見せてはいるが……ヤツらの勝利であることは疑う余地もない。攻めにくいこの土地を、たった二日で攻略したのだからな。


 兵士の練度も、将の指揮も、間違いなく上等なものだよ。四大マフィアの中にも支持者がいる複雑な状況下であったとはいえ、あの知恵の回るアッカーマンでさえも成し遂げることが出来なかった『ルカーヴィスト』の壊滅を、見事にやってのけたのだからな。


「良い戦いぶりだあったなッッッ!!!しかし、覚えておけッッッ!!!『自由同盟』の軍は、ゼロニアへと進んでいるぞッッッ!!!貴殿の勝利は、これで終わりだッッッ!!!次は、ゼロニアの荒野で会おうッッッ!!!」


 負け犬らしい捨て台詞を残して、オレはゼファーを南の空へと羽ばたかせていたよ。ロザングリードは喰らいついてくるだろう。ヤツにとって、この戦は前哨戦に過ぎない。『自由同盟』……主に、ハイランド王国軍との戦いが本番と考えている。


 ヤツにとって、『フェレン』を襲ったテロリストである『ルカーヴィスト』を滅ぼすことは当然の責務だが、ハイランド王国軍の侵攻に対応することは、それより大きな命題でもある。


 たとえ勝てなくとも、強敵の勢いを削るのだ。時に負け戦を演じることも、戦士の役割でもある。辺境伯軍も帝国本土のために、ハイランド王国軍に勝てぬ戦を挑まなくてはならないのだ。


「……これで、彼らは南に向かうのですね。ゼロニアの荒野に」


「そうだ。ここでの戦は終わった。イシュータル草の煙を浴びたことを、ヤツとて分かっているだろう。『ザットール』の裏切りも警戒することになる……アッカーマンに相談したくなっているかもな」


「でも、アッカーマンとやらは死んでいるでありますな」


「ああ、オレがぶっ殺しているぞ。ロザングリードは、すぐに南下するさ。この山岳地帯で『虎』に襲われる恐怖を、ヤツも理解している。フーレン族は、山道を人間族の5倍は速く走るし、剣術の達人ばかり。白兵戦で一方的に血祭りにされたくはないさ」


 無意味な全滅を好むほど、酔狂な軍人ではないだろう。北西から山伝いに、恐ろしいハイランド王国軍が襲いかかって来るかもしれない。


 ……騎兵の多い辺境伯軍は、この絶対的に不利な山岳地帯ではなく、機動力を存分に発揮することが許された、ゼロニア平野での衝突を望むだろう。ハイランド王国軍には騎兵は少ない―――それを知らないほどのマヌケでもないさ。


 軽装歩兵の多いハイランド王国軍に、最も好条件で戦えるのは平地で騎兵をぶつけることだからな。練度の高い騎兵の突撃ならば、ハイランド王国軍であったとしても貫くことが出来るだろう。


 ハイランド人たちも、ただでやられるような人々ではないだろうが……1000騎や2000騎の騎兵の突撃に対して、弓や長槍を持たない軽装歩兵では、相性としてサイアクなのは確かだし、辺境伯軍は、騎兵による突撃が得意のようだからな。


 難民相手に油断していたとはいえ、辺境伯軍はそれを見せて来た。弓兵の援護射撃を受けつつの騎兵の突撃であったら?……難民たちは、あっさりと蹴散らされていただろうよ。騎兵だけが相手だから、あの夜は幸運にも止めることが出来た。


 騎馬の突撃というものは、歩兵にとっては悪夢のような威力を持っているのさ。辺境伯軍は、そいつを持っている。


 ……ゼファーで大きく南下した後で、それから西へと進み、再び北上を開始する。辺境伯軍に見つからないように、可能な限り低く飛んだよ。何をしているの?……北の砦へと向かった『ルカーヴィスト』たちと、合流するのさ。


 シアンとジャンも回収しないといけないだろう?……それに、敵の追撃が行われていないかも気になるところだしな。読みと現実が乖離することなんて、よくあることだ。


 軍隊は合理的な行動を好むものではあるし、とくにファリス帝国の軍隊は極めて合理的だ……しかし、何事にも例外はあるものだからな。


 ロザングリードが気まぐれを起こして、全軍で『ルカーヴィスト』の残党狩りに乗り出す可能性もゼロではない。


 しかし、幸いなことに、辺境伯軍は南への撤退を開始していた。丘の上の主力部隊は、山道を南下していく。屋敷を攻め落とした軍勢も、足早に撤収を始め、ロザングリードのいる主力部隊の後を追いかけていったよ……。


 残党狩りに貴重な兵力を割くつもりはないらしい。辺境伯軍も、かなり疲弊しているからな。


 イシュータル草に悪酔いしているヤツらも大勢いるし、連日の山岳地帯における強行軍。体力を消耗しているあげく、負傷者も少なくはないはずだ。山を走れば足首の一つや二つ捻挫ぐらいするものさ。1万3500いた兵力も、1万1000にまで減らされた。


 ロザングリードには、これ以上、『ルカーヴィスト』につき合うほどの余力はないのさ。


 ……だが、山道を確保しつづけたおかげで、辺境伯軍の撤退はスムーズで滞りがない。退路の確保まで、ヤツらは完璧だ。練度を感じる。さらに付け加えていうのなら、馬が無傷だ。


 山岳地帯の戦いには、騎兵をほとんど投入していない。連絡や物資運搬には馬を使ったが、それだけだ。つまり、主力である騎兵たちを、しっかりと休ませることが出来ているわけだな……。


 ゼロニア平野に戻れば、休息十二分の馬に、兵士たちは乗ることが出来る。遠征で歩き疲れているハイランド王国軍に、体力が十分の馬で挑めるわけだよ……悪い条件ではない。まあ、辺境伯軍の相手をするのは、ハイランド王国軍では無いんだがな―――。


『―――とうちゃーく!』


 ゼファーは旋回しながら、『ルカーヴィスト』たちが次々に到着している北の砦に降り立っていた。


 エルゼを求めて、『ルカーヴィスト』たちが集まって来る。エルゼは、彼らに戦士たちの死にざまを語り、戦士たちのために祈りを捧げていた。立派な大神官さまだと思う。事実、この砦にいる者たちは、彼女を慕い、信頼している。


 オレたちも、死んでいった戦友たちに祈りを捧げたよ。


 小一時間ほどして、500人の移動は完了していた。ジャンとシアンとも合流を果たす。


「そ、ソルジェ団長!任務、完了しました!!」


「……無事に、済んだぞ」


「ああ。二人とも、ご苦労だったな。炊き出しのスープがある……少し早いが、昼飯にしようぜ」


 猟兵は砦の片隅に集い、皆でコーンのスープと硬いパンを食べたよ。竜に乗ると、腹も空くし、体も冷える。温かいスープは嬉しかったな。晴れてくれているから、日中は穏やかで温かい風が吹く……。


 しばらく、皆で仮眠を取った。二時間ほどして、目を覚ました後で、エルゼや『ルカーヴィスト』たちと会議をすることになった。


 議題は幾つもあるが、彼らからすると大きな問題は二つある。今のところ、攻撃を仕掛けるそぶりを見せない『ザットール』……いや、四大マフィアの存在だ。『ルカーヴィスト』の支持者も少なくはないらしいが、四大マフィアの主流派とは敵対している。


「……和睦をする必要があるでしょうね」


 エルゼはその結論に達したようだ。四大マフィアに対する武力攻撃を停止する代わりに、あちらからの攻撃も停止させる。


「四大マフィア側からすれば、都合の良い申し出と受け取られるでしょうが……」


「生き残るには、『自由同盟』側についたことを証立てするのが一番だ。『アルステイム』と『マドーリガ』に合流し、少なくとも、四大マフィアの二つとは不可侵の約束か、もっと言えば、協力関係を結ぶべきだな」


 『ルカーヴィスト』たちは、マフィアとの結託には後ろ向きなようで、迷いもあるらしいが……。


「……今は、生き残ることを優先してくれ。君たちの仲間は、君たちに『未来』を生きて欲しくて命を捧げたんだ」


 その言葉には、『ルカーヴィスト』たちも納得するしかなかった。


「軍門に降るわけではない。正義や主張を捨てろと言うつもりもない。『自由同盟』という存在を、上手く利用して生き延びて欲しいだけだ」


「……ええ。ソルジェさま、お願いがあります」


「なんだい、大神官エルゼ・ザトー」


「……私を、南に……『ヴァルガロフ』に連れて行ってもらえませんか?」


「『アルステイム』と『マドーリガ』のリーダーに、会いに行くんだな」


「はい。両者と和睦し、少しでも生存の確率を上げます。ソルジェさまを、利用しても、よろしいでしょうか?」


「ああ。十分に利用してくれて構わん。抗うことの尊さを、オレは君たちから再確認させてもらったからな……」


 手段を問わないという部分は認められないが、悲惨な現実に立ち向かう勇気と、その覚悟の気高さには敬意を表したいものだ。


「……それに、いつか君たちの中にも、オレのガルーナ王国の民になってくれる者もいるかもしれないからな。恩に感じてくれたなら、いつかガルーナに来てくれ。民がいなければ、魔王はやれん」


「はい。そのときは、生涯、ソルジェさまにお仕えいたしましょう」


 聖なる笑顔は、そう語ってくれた。オレには勿体ないぐらいの言葉だよ。オレは笑顔になりたいが……心に、忘れることの出来ない痛みが走る。『ゴースト・アヴェンジャー』たちの寿命だった。


 キュレネイの頭にある呪術だけが、頼りの状況だが……それは、エルゼの寿命をどれぐらい延ばしてくれるのだろうか?……オレには分からないし、多分、エルゼも含めて、誰にも分からないことか―――。


「―――ああ。君が来てくれるならありがたい。いいか、長く生きてくれよ。エルゼ・ザトー。君の死は見たくないんだ」


「はい。力の限り、生きるであります」


 聖なる笑顔は、そう約束してくれた。何とも嬉しいことだな。


 さてと。より良い『未来』を目指して……南に戻るとするか。戦の本番は、もうすぐ始まることになる。辺境伯ロザングリードとの決戦は近いぜ。


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