第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その33


 捕虜二人を連れて、『ルカーヴィスト』の拠点に戻った。『ルカーヴィスト』たちは、ゼファーが運んでくれた大量のイシュータル草を、倉庫や拠点に搬入していく。搬入しきれないモノには、雨よけのテントの布をかけて、屋外に放置していた。


 まあ、雨ももうすぐ止む。風のにおいに、雲の動き……東から、やさしく温かい風が吹いてくるさ。そうなれば、霧が発生するだろう。


 オレは捕虜を『ルカーヴィスト』たちに渡した。


 それぞれを別の部屋で尋問して、辺境伯軍と『ザットール』の戦士たちの作戦を知っていないかを聞き出せと命じたよ。口裏を合わされないように気をつけろとね。あと、殺すなとも助言しておいた。死人は喋らん。


 若い戦士たちはうなずいていた。オレたちを、協力者として認めているらしいな。エルゼは、彼らと有益な話し合いをしてくれたようだ。


 エルゼは、リーダーシップを発揮して、悩める若者たちだらけの組織を掌握してみせたようだな。おかげで、戦場のプロフェッショナルの助言に聞く耳を持ってもらえているらしい。きっと、双方の利益になると思うよ。


 『ザットール』は、『ルカーヴィスト』の『残党狩り』の任務に就く可能性が高いからな。強行軍で短期決戦を望んだ辺境伯軍が、いつまでもこの山の中にいたい理由はない。


 『ルカーヴィスト』を力尽くで叩きつぶし、『フェレン』の報復を成せば十分だ。辺境伯ロザングリードは、支配者としての仕事を果たしたさ。あとは、もう一つの軍事的命題に従うだろう。


 帝国軍もバカではないのだ。『アルステイム』の流してくれているウワサだけでなく、帝国軍の偵察兵たちもハイランド王国軍の大まかな動きを悟ってはいるはず。6万の軍勢が動いている。いつまでも見落とされることはない。


 難民たちの『逃亡』も悩ましかろう。いつまでも、こんなところで、『ルカーヴィスト』に構っている場合ではないのさ、ロザングリードはな。


 連れて行かれる捕虜の姿を見つめながら、あのエルフたちが素直に『残党狩り』の手はずを教えてくれることを祈る。『ルカーヴィスト』の若者たちは、シロウトであり、『ザットール』の被害者たちだ。捕虜たちに過激な行動を選ぶ可能性は高いからな。


 誰も、無意味に死ぬことはない。辺境伯軍は、もうすぐ滅びてしまう定めにある。この土地は、テッサ・ランドールが新たな支配者であり、『自由同盟』に組み込まれるのさ。そうでなければ……より多いゼロニア人の血が、無意味に流れるだけになる。


 それは避けたいことだ。


 オレは雨のなかを歩いた。あの屋敷に向かう。こちらの仕事の結果を報告し、あちらの話し合いの結論をエルゼから聞かねばならないからな。


「……お待ちしていました、ソルジェさま」


 聖なる笑顔を絶やすことはなく、エルゼ・ザトーはオレたちをあの屋敷の玄関で出迎えてくれたよ。オレは、手招きする彼女に……一瞬、得体の知れない恐怖を感じるが、それは、あの感情を読めない笑顔のせいだろうか?


 勇敢なのはガルーナ人の長所さ。竜鱗の鎧に頼るように、オレは先頭を選ぶ。シアンもミアも警戒はしているな。ジャンは、怯えている。おそらく、エルゼに頬をぶたれたことの影響であろう。


 ……キュレネイは、いつものように無表情。しかし、警戒している様子はない。おそらく、エルゼのことを『姉』と認識し始めているからか。


 再び、あのナイフが突き刺さった肖像画のある部屋へと招かれる。そこには、コーンのスープが用意されていた。今度は、ジャンの分もあるな。ジャンは明るい顔になるが……オレが、どうして毒の説明をしたのか、察して欲しいところだ。


「ちょうど、か、体が冷えていましたから、こういうの、嬉しいですよねえ!」


 ……無邪気に喜んでいるところを見ると、ジャンの鼻が毒だと認識する物質は入っていないらしいな。


 だが、用心するには越したことがない。アスラン・ザルネの『助手』……毒にも詳しい可能性がある。呪毒への知識があり、このメンバーの中で最も体重があるオレが毒味役になろうじゃないか。


 最初に、そのコーンスープを飲んだのは、オレ―――のハズだったんだが、キュレネイが魔法のような勢いで、コーンスープを飲み終えていた。不思議なものさ。スプーンですくうペースは、オレと似たようなモノなのに……?


「ごちそうさまであります」


 どうなっているのかは、よく分からなかった。時間の流れが、違っているようだったよ。状況を正確に把握することは困難だ。


 でも。驚けていない自分がいる。


 キュレネイの食事に大いなる謎を見出すことに、オレは慣れてしまっているんだ。そのため、不思議なことにも驚愕することが出来ないんだよ。科学では、解明できないこともあるものさ。


「……あらまあ。本当に元気なのね、キュレネイは」


 『ゴースト・アヴェンジャー』の内臓疾患は多いらしい。エルゼ自身も体調が悪そうな顔をしている……脳を壊されるということは、内臓にも多大な影響を与えるようだ。


 キュレネイの脳にある『統率種』の呪術、それは壊れてしまったらしいが……『脳の負担を減らす』という呪術は機能し、脳の傷を修復したわけか。その回復の呪術は、『ゴースト・アヴェンジャー』にしか効果が無いのか、あるいは万人に効果があるのか。


 ……アスラン・ザルネは、医学的な大発見をしているのかもしれない。悪人でなければ、多くを救うだけの存在でいられたのか。あるいは、ヒトを何千人も犠牲に出来る悪人だからこそ、成しえた発見でもあったのか―――。


「―――イエス。ゴハンは、食べられる時に食べておくべきであります」


 ……まあ、なんであれ、キュレネイが元気なことは、いいことだ。エルゼも嬉しそうに笑う。今の笑顔の意味は、きっと嬉しいからだ。『先生』の死を見ながら浮かべた笑顔とは、異質なはずさ。


「みなさんも、どうぞ。おかわりも用意させてありますから」


「……ああ。ありがとう、エルゼ」


 感謝の返事を口にしながら、オレはスプーンでコーン・スープをすくっていたよ。温かくて、甘味があるな。クルトンのカリカリとした食感も、口を楽しませてくれる。雨に打たれた体を、内側から温めてくれるね。


「おいしいですか?」


「ああ。おいしいよ」


「それは、とても良かった。ソルジェさまも、おかわりいたしますか?」


「……うん。頼むよ」


 彼女の白い腕に、オレはスープのためのカップを渡していたよ。どうやら、オレには、エルゼ・ザトーを疑おうとする理性と、無条件に彼女を信じたくなる傾向が同時に頭の中に存在しているようだ。


 これは、彼女のカリスマ性なのか?……スケベな蛮族が、美女に弱いってだけか?……キュレネイの姉を疑いたくない感情由来のことだろうか。


 それとも。もしかすると、『統率種』とやらの能力……もしも、そうだとすると怖い。


 アスラン・ザルネの野郎は、『進化』を目指していたそうだ。


 『新たな種』を創りたいという願望だよ。その新種の人類に、『統率種』って言葉を与えていたわけだよな。思うのだが、『ゴースト・アヴェンジャー』や『予言者』に対してだけなのかね?……『統率』する『対象』は?


 『オル・ゴースト』とアスラン・ザルネは『多種族の混血者/灰色の血』の子供たちを犠牲にする一方で、自身も『灰色の血』であり、四大マフィアの支配者でもあった。


 結果的には、『ゴースト・アヴェンジャー』と『予言者』を、『道具』として使ってはいるが、それは副産物の有効利用に過ぎない。


 ヤツらの宗教的には、彼女たちに施された『改造』というものは、素晴らしい『未来』へと至るための研究でもあった。聖なる神への生け贄。その犠牲は無意味なものではなく、特異亜な能力を持つ存在たちを創り出すことに成功している。


 『オル・ゴースト』は、大勢の子供たちの脳を呪術と薬で壊して来たが、それらは全て善意と宗教的正義の追及から起きたこと。


 オレからすれば邪悪な行いでしかないそれらも、ヤツらからすれば純然たる『正義』だったのさ。


 おそらく、戦神バルジアにもたらされる楽園めいた世界を、管理して支配する生命を創造したかっただけ―――キュレネイやエルゼは、ヤツらが求めた世界の支配者となるべき新種……。


 武術を教えるのも、もしかして、支配者として必要不可欠な暴力を、付与させるためだったりしてな。


 戦士を下級な消耗品と見なすことも出来るが、戦士は王の支配を確立する暴力の担い手であるのも事実。暴力に優れていなければ、支配者としての座は常に危うくなる。自身が強いのであれば、権力は安泰だな。


 アスラン・ザルネが創造したかった『進化した人種/統率種』というのは、聖なる戦の歴史の果てに、戦神バルジアがもたらす『楽園』の管理者であり、支配者というところか。


 『統率種』という名の意味は、たんに『ゴースト・アヴェンジャー』を統率する者というだけではないはずだ。それでは、アスラン・ザルネ自身がすでにそうだからね。あの言葉の真の意味は、オレが予想した通りなのではないだろうか。


 つまり、『統率種』とは、戦神バルジアの代行者……進化した人類、『未来』における楽園の支配者……『全ての人類の統率者』。


 ……カルトな話だぜ。


 しかし。この19才の少女が、『ルカーヴィスト』たちを完全に統率している事実を見ると、エルゼ・ザトーに与えられようとした能力の本質は、そういったモノではないのかと考えてしまう。


 ……疑い深く、慎重にエルゼに接しようとしているオレ自身が、ときおり彼女を無条件に信じてしまいそうになる。二杯目のスープを飲んでいる。ああ、ホント、警戒心が薄らいでいるな。薄くわずかな毒を、少しずつ飲ませてくるかもしれないのに?


 警戒すべき状況なのに、今のオレは、彼女のスープに毒が入っている可能性などムシしている。その事実が、オレには少し寒気がするんだよ。コントロールされていないだろうか、オレの精神は。


 『予言者』たちの『予言』を統括し、未来も現在も掌握する力を持ったカリスマにして、猟兵並みの戦闘能力を持っている存在。まるで、人工的な神さまみたいだな―――『オル・ゴースト』の残した遺産には、まだ何があるか分かりそうにないよ。


 『ルカーヴィ』、オレはその存在を疑えなくなっている……アスラン・ザルネは、それで『ヴァルガロフ』にいる四大マフィアへのテロ攻撃を仕込んでいるのだろうか。その予想を疑うことも、オレには出来そうにない。


 ニコロ・ラーミアは、今ごろ命がけで情報を漁っている頃か。彼ならば、どんな危険もかえりみない。


 オレが、エルゼから『ヴァルガロフ』に対する攻撃の情報を得られない場合、ニコロとジェド・ランドールだけが頼りになる。ジェド・ランドールは口を割るのだろうか?……どれほどの攻撃を仕掛けているのかね、アスラン・ザルネは……。


 エルゼは組織を掌握している。彼女を説得することが出来たなら、その攻撃計画も判明するどころか……攻撃を停止してくれるかもしれない。


 コーン・スープを食べ終わる。


 オレは、笑顔を絶やすことのない大神官サンとの交渉を始めなくてはならないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る