第五話 『戦神の荒野』 その29


「―――ずいぶん、待たせてくれたものだなあ、赤毛の竜騎士……いいや。ソルジェ・ストラウス」


「名前を名乗ったかな?」


「あまりバカにしてくれるなよ。私だって、見た目ほど幼くはないんだぞ」


 くくく!と、金髪ロリ顔ツインテールの、テッサ・ランドール28才は笑っていた。


「……今夜は、ロリっぽく振る舞わないんだな」


 一昨日の夜は、最初はロリっぽくハナシ始めて、本性がどんどん出ちまうパターンだった。今夜は、最初から、28才のマフィアっぽい口調だ。ロリ体系だがな。


「そういうのが、好みなら、してやらんこともないぞ?」


「どうだろうな。まあ、マジメで大人の話をするのには、今の方が向くよ」


「ふん……お前、竜だけでなく、部下まで連れて来たか。『白虎』と……貧弱な坊や?」


 城塞の上から、テッサ・ランドールは荒野に待機しているゼファーたちを見る。


「『白虎』じゃない。『虎姫』、シアン・ヴァティ。須弥山の伝説だ」


「……なるほど。いい戦士を揃えているってわけだな。しかも、あの『虎姫』だって?ああ、気に入ったよ。戦うのも一興の相手だ」


「……あまり、彼女を睨むなよ。彼女の方も、君と戦いたがっているんだぜ」


「なるほどな。『相思相愛』というわけか」


「いい風に解釈するんだな」


「一定の領域に達してしまうと、自分より強い相手と戦う機会は、そうあるものではないんだ。お前にも、分かるだろう、ソルジェ・ストラウス。私の渇望を」


「まあな」


「……それで。けっきょく、どんなハナシをしに来た?……クソ忙しいのに、来てやったんだぞ。部下も連れず、一人でな」


「……ああ。忙しいところをすまないが、手紙に書いていただろ?」


「私を殺すか。ククク!」


「笑い事じゃないぜ?……本当に殺す気もあるんだ」


「分かっているぞ。露骨なまでの殺気を感じるからな。『パンジャール猟兵団』の長……ガルーナ最後の竜騎士、ソルジェ・ストラウス。お前に問うが……」


「……なんだ?」


「私に、何を期待しているわけだ?」


「……単刀直入に言う。『マドーリガ』を『自由同盟』に参加させろ」


「……ほう!『侵略者』に、尻尾を振れというのか?」


「いいや。オレの仲間になれと、勧誘しているだけさ」


「断れば、『マドーリガ』をどうするつもりだ?」


「あくまでオレは、君を殺すだけにするよ。『マドーリガ』の実権を握る君が消えれば、『マドーリガ』は瓦解するだろう」


「……まだ、『マドーリガ』は親父の代なのだがな」


「事実上は、もう君のモノなんだろ?」


「否定はせん。しかし、建前もある。いや……建前など、よそ者であるお前には、どうでも良いことだろうな」


「ああ。どうでもいいね。オレが求めているのは、力。そして、君の意志さ」


「……私の意志だと?」


「君は、自分の故郷をどうしたい?……このままだと、辺境伯軍と、ハイランド軍は衝突し、辺境伯軍は消えるぜ。ハイランド軍の質は、この大陸の軍隊のなかで、間違いなく最強。疲弊が無い限り、どんな軍勢とぶつかっても、勝っちまうさ」


「6万から成る、『虎』……武術の達人だらけの軍隊など、たしかに、この大陸で最も恐ろしい存在だ」


 テッサ・ランドールは『ヴァルガロフ』の闘技場で最強と謳われた、超がつくほどの一流の戦士。『虎』こと、ハイランド王国の武術家たちのことも、よく知っているのだろう。


 オレも戦ったから、よく分かる。


 帝国兵の4倍は強い。おそらく、20万の軍勢とは、刺し違える力があるさ。兵士の『質』が、あまりにも違うからね。


「……辺境伯軍は、ハイランド王国軍には絶対に勝てない。そもそも、あの軍隊に勝てる集団は存在しない。傷を負い、疲れ果てるまでは、『虎』の群れに敗北はないのさ」


「そうだろうよ。私も『虎』と戦うときは、何度も苦戦したからな。アレが、群れを成して襲ってくるのであれば、ロザングリードの首も遠からず落ちるのも当然至極」


「そうだ。だが、そうなった後は、ハント大佐は『地固め』をしようとする」


「……『ヴァルガロフ』を支配するわけだ」


「ああ。辺境伯と組み、難民の敵であった君たちを、ハント大佐は許さないだろう」


「ふむ。私は、お前に斬られ―――私の仲間たちは『虎』どもに食われるか。そいつは、面白くないオチだな」


 深緑の瞳を細めながら、テッサ・ランドールは『虎姫』を睨みつけていた。ハイランド王国の『虎』に対して、大きな怒りを隠せないらしい。


「……その流れを変えるために、君は選ぶことが出来る。『ヴァルガロフ』の『王』になってくれないか?」


「……ほう?魅力的な言葉ではあるが、意味はよく分からんぞ?私は貴族でもなく、王族などでもないんだぞ?何を成せと言う?」


「……具体的には、『マドーリガ』を動かし、辺境伯を殺してくれってハナシなんだ」


「辺境伯を討つ……つまり、『国盗り』をしろというわけか」


「……ああ。そうだ。君がヤツを殺して、ゼロニアの新たな支配者となる。そして、四大マフィアを統一し、マフィアではなく、『軍』として君が掌握するんだ。その後で、『自由同盟』に参加しろ」


「ハハハハハッ!!……おいおい、色々と無理難題を言ってくれるな、ソルジェ・ストラウス。私は、ただのマフィアでしかないんだぞ?」


「いいや。君は、ただのマフィアではない。得がたい力、人望を持っている」


「……くすぐったい言葉だね。居心地が悪くなるから、やめてくれんか?」


「……アッカーマンとは、本質的に違う部分もあるからな。君は、ヤツより、はるかに多くを背負っている」


 歴史、血筋、伝統―――君はそれらを好んでいないのかもしれないが、それに所属する仲間たちは、君のもとに集っている。


「……君が利用し、道具にしている売春婦たちにさえ、君は慕われているな。だからこそ、『マドーリガ』の仲間は、アッカーマンと組みたがる君の父親ではなく、君のもとに集まっているのだ。君には仲間を守る力がある。それは、仲間に守られる力でもある」


 そいつが、一体どんな力なのか、理解しているか?


 ……悪人である君には、くすぐったいことかもしれないがね。そいつもまた『正義』と呼ばれるモノの一つさ。君は、善人とは言いがたいが、『ヴァルガロフ』流の『正義』を持ってはいる。


「君の生きざまそのものが、『マドーリガ』にまつわる者たちの心を掴んでいるのだ。君には、『正義』を掲げるに足る器がある。ヒトを率いる力があるんだよ」


 アッカーマンのように、悪徳が生み出す『利益』だけで仲間をつなぎ止めるのではない。テッサ・ランドールには、それとは異次元の魅力がある……。


「ふん!!……よそ者のお前に、私の何が分かるというのだろうな?」


「色々と分かるさ。仲間を巻き込まないために、君は一人で来た。もしも君がここに来なければ、『背徳城』に乗り込んで、君を殺すために大勢、斬っていた。オレが君を狙えば、君のところのドワーフたちが、命がけで君を守ろうとするからな」


「……買いかぶられている。私は、そんなにやさしい女ではないのだぞ」


「そうかな?……でも、アッカーマンなら、一人じゃ来ないさ」


「だろうな。あいつは、私よりも合理的な計算で動いている男だから」


「アレは根っからの悪人だ。ただの損得勘定のみで動く。ヒトの命も、銀貨のかたまりにしか見えてはいない」


「じゃあ、私はあの悪人以下の阿呆か?」


「ちがうね。ヤツと君とじゃ器が違うってだけだ。仲間を守るために、一人で死地に赴ける覚悟がある。そいつは、クズ野郎のマフィアじゃなく、本物の戦士の質だよ」


「―――マフィアであることは、私にとっては誇りなのだがね?」


「悪く言ってすまないが、褒めているつもりなんだよ。噛みつかないでくれ」


 誇り高いところも、『王』の器じゃあると思うんだがな。


 テッサ・ランドールは、いらいらしているのか。育たなかった胸元に指を突っ込んで、あの葉巻を取り出していた。歯で先端を噛み千切り、口に咥える。小さな『炎』を呼んで、火をつける。


 少女にしか見えない28才のレディは、葉巻が生み出す煙を吸い込んだ。人生最後のタバコかもしれんしな。ゆっくりと吸わせてやるのも、礼儀かもしれん。


 イラついているテッサ・ランドールは、あいかわらずシアンを睨んでいる。シアンは瞳を閉じて、腕を胸の前で組んでいるな。


 臨戦態勢だ。瞳を閉じるのは、動きを悟らせないためさ。戦意にあふれている。となりにいるジャンが、ちょっとビビっていた。


 『マドーリガ』の若きリーダーは、夜空に紫煙を吐きながら、こちらに視線を移すこともなく言葉を放って来た。


「……『クルコヴァ』は、お前たちと組んだのか?」


「組んだ。彼女には、もしも君が断ったときは、君に変わって『ヴァルガロフ』を掌握してもらおうと考えている。彼女なら、やるだろう。仲間のために、長まで裏切った。まあ、彼女らの長こそが、先に『アルステイム』を裏切ったのだがな」


「……生け贄にするつもりだったからな。親父は、『アルステイム』を潰すことまではしたくなかっただろうが……最終的に、長の血筋さえ守れば、再建出来るとも考えていたようだ」


「血筋か……君の親父は、それにこだわるな」


「古い男ということさ。血に、多くの者が引きつけられると考えている。権威主義的な部分が強くなるのは、年老いた証でもあるんだろうよ」


「……『アルステイム』のリーダーたちは、『王』にはなりたがっていない。君を推しているほどだ。オレより長く君を知る彼女たちが、そう判断するのなら、間違いはない」


「おいおい。ソルジェ・ストラウス。詐欺師で名高い、『アルステイム/長い舌の猫』の女の言葉を、信じるってのかい?」


「ああ。仲間だからね。彼女たちの能力を、オレは信じている」


「……ふむ。『亜人種びいき』は、亡くなった君主ゆずりってか?」


「ベリウス陛下の生きざまは、オレの価値観を作ってくれている。『誰もが生きていていい世界』が欲しい―――しかし、そいつを作るには、大きな仕事が成せる軍隊がいる」


「……『自由同盟』か」


「そうだよ。それで……結局のところ、君は、どうする……?オレは、今夜、まだ他にすることがあるんだ。君にだけ、時間を費やすことは出来ん」


「―――ん?軽んじるのか?……このテッサ・ランドールを?」


「いいや。最大限の敬意を払おうとしている。君が、オレの誘いを断り、これ以上、帝国に組みしたままでいるのなら……オレ自身が竜太刀で、君を斬る。他の誰にもさせやしない。オレの敵なら、オレが斬るべきだからな」


「……戦士としては正しい発想だ。他者の手を汚さず、私の返り血を浴びる覚悟をしているか!!……お前のことは、嫌いになれんよ」


「オレも君のことは好きだよ」


「相思相愛だな。殺し合うにはいい相手だがな……」


「それが君の答えか?……帝国について、亜人種の敵として死ぬ道でもいいのか?」


「いいか?竜騎士?……私だってな、帝国人は嫌いだよ。ヤツらと戦うことには、抵抗はない。だが……だがな、ソルジェ・ストラウス!!……気に食わんぞ!!」


「……何がだ?」


「ハイランドに、我々の地が、屈するということがだッ!!……『虎』どもに!!我らと同じような生き方をして来た、『白虎』などにッ!!……私の故郷が、屈することは耐えがたいッ!!」


「……なら、どうする?ハイランドの支配を、少しでも軽くするために……君が出来ることは、この乱世では一つだけ。オレたちに協力する他に、君の願いに沿った道はないぞ」


「……分かっているさ、そんなガキにでも分かるようなことはなッッ!!帝国に媚びるか、ハイランドに媚びるか!!『ヴァルガロフ』はなあ、そうでもしなけりゃ、この街みたいに、とっくの昔に、荒野の砂に、食われちまっているッッ!!」


「……ああ。そうだな。そのことが、誇り高い君には、耐えがたいか」


「そうだ!!コイツは、ただのワガママだ!!『弱者』の、戯言だッ!!どいつもこいつも、私の故郷を、我が物顔で踏みにじるッ!!ここは、我々の土地のはずだが、我々には、それを我々だけで守る力すらないのが、否定しがたい真実だッッッ!!!」


 気高き戦士は、その運命が呪わしい。この平坦で、多くの国に囲まれたゼロニアは、幾度となく、様々な国の軍隊に食い物にされた来た。ここは、あまりにも侵略されやすい土地なのだ。


 『自由同盟』の『正義』?……それが彼女も認める正しさを帯びていたところで、ハイランドを受け入れれば、『よそ者に支配される』という点では、帝国の支配下である今と、そう変わることではない。


 だから彼女は、腹が立っている。彼女自身には、どうすることも出来ない、大きな定めに、テッサ・ランドールは怒っているのだ。よそ者に、好き勝手に利用される故郷。その真実に、たまらなく腹が立っている。


「―――そうだとしても、受け入れることなく、戦うべきだろう?……これ以上、敵に屈することが、私が、この地に生を受けた意味だとしても……それで、一族が助かったとしても……ッ!!そんなクソみたいな選択を、黙って受け入れることなど、耐えられるものかッッ!!」


 気高き闘志に歪んだ貌のなかで、深緑の眼は、『敵』を睨みつけている。


「『虎』などに、舐められっぱなしでは、私は、自分が死ぬ意味さえも見い出せんッッ!!」


「……オレでは、君の相手に相応しくないようだな」


「ああ。そうだ!!そうだともッ!!ソルジェ・ストラウス!!お前では、私の首を斬り落とすに、相応しくはないッ!!……おいッ!!『虎姫』、シアン・ヴァティ!!ハイランドの『虎』ッ!!私の故郷を踏みにじる、クソ蛮族ッ!!お前が、私と戦えッッ!!」

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