第五話 『戦神の荒野』 その30


 この土地は多くの国に囲まれた、平坦な土地だった。それは不幸な定めを帯びた地形。歴史上、幾つもの国家が、この土地を戦場にして、覇権を競い合っていた。


 他国へと攻める道でもあった。平たい土地は、軍靴の走りをよくしてしまう。そして、貧しく実りの少ない土地は、他国からの経済的な支配を受けやすくもある。


 戦神を崇拝するこの荒野は、あまりにも多くの『侵略者』に支配されて来た。その歴史が持つ痛みと、苦しみが―――テッサ・ランドールの心に耐えきれぬ屈辱として暴れているのさ。


 その屈辱を晴らすことは、個人の力では到底、難しいことだ。大地の形状でも変わらぬ限り、このゼロニアの土地は、他国から侵略されやすいという呪いからは解放されることはないのだ。


 ……全てを理解している。子供ではないからな。


 それでもなお、真に誇り高い者であるのなら……その支配に抗うことなく屈することは、許されないことなのだ。


 ……理解していたつもりだが。それ以上だ。明らかに『王』の気概。気高いよ、君は本当に、まぶしいぐらいにプライドが高いぜ。


 シアン・ヴァティは、ゆっくりと瞳を開ける。金色の双眸が、テッサ・ランドールを睨んでいる。


「―――来るがいい、テッサ・ランドール。ハイランド人として、『虎』として……貴様の人生の、最後の敵となってやる」


「……ハハハハハハハハハハッッ!!……ありがたいぞ、シアン・ヴァティよッッ!!悪名高き、須弥山の『虎姫』よッッッ!!!」


 金色の戦槌を担いだまま、『戦槌姫』が飛んでいた。城塞の上を、ドワーフ族の『狭間』特有の、脅威的な筋力で蹴りつけたのさ。爆発的な加速をしたテッサの戦槌は、シアンのいた場所を穿っていた!!


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンッッッ!!!


 ゼロニアの荒野が破裂する。『チャージ/筋力増強』を帯びた攻撃だ……あの強打が命中すれば、馬車でも吹っ飛んだだろう。大地が揺れているな、吹き飛んだ地面が、土煙と化して、周囲を土臭く塗りつぶしている。


「……と、とんでもない、威力ですねえ」


 巻き込まれてはいけないと考えたのか、ジャン・レッドウッドが城塞の上に登ってきていた。


「ああ。二人とも、相当な猛者だ。ジャンよ、しっかりと見学しておけ、これほど糧になる戦いなど、そう出くわせるものじゃない」


「……は、はい!!が、がんばれ、シアンさん……っ!!」


 応援などされたら、激怒するかな―――シアン・ヴァティもプライドが高い。いや、シアンも気は抜けない。テッサ・ランドールの動きは、一昨日の夜とは比べものにならないほどに冴えている。


 短期間で、調整したらしい。闘技場という、武術家の技巧を識るには最良の空間。そこで最強と呼ばれた猛者だ。『虎』との対戦経験まで豊富となれば……シアンとて、楽に勝てるような敵ではないのさ。


 ……それに。瞬発力の速さだけなら、テッサ・ランドールはシアンを超えている可能性もある。『雷抜き』ではなく、ただの鍛え上げられた脚力と、加速のための歩法が、彼女にあのスピードを与えている。


 そして、長い柄を持つ戦槌。シアンのミドルソードよりも、わずかに長いほどの双刀と比べては、リーチでは圧倒的に、金色の戦槌の方が長いじゃないか。パワーについては、桁違い……。


 あのシアン・ヴァティでも、不用意に近づけるような相手ではない。テッサ・ランドールは、シャーロンが作ってくれた、『こけおどし爆弾』を初見で見抜くようなヤツでもある。


 経験値は……オレたちと変わらん。とくに、『一対一』に対しての経験値は、オレたちよりも上かもしれんぞ。


 ……さて。シアンは、土煙に姿を隠しているな。


 テッサに近づくのは、まだ早いと考えている。テッサは、カウンターを狙っているからね。大技の隙を突こうと、突撃を仕掛けていたら?彼女は、あの金色の戦槌を、竜巻みたいに振り回してくるだろう。


 そのための、構え。わずかな重心の移動。彼女を強者だと認識して、細心の注意を払わなければ―――見逃してしまう、極小の予備動作だ。


 動きの意味を隠す、あるいは騙すことに関して、テッサ・ランドールは超一流さ。


 戦槌なんて重たい武器は、戦場では使い勝手があったとしても、道場や試合での戦いには向かないはずのものだ。威力は最高だし、リーチもあるが……回避された直後の隙は大きい。


 だが、それを使いこなす技巧を、彼女は持っている。シアン・ヴァティは、無音の足運びで収まりつつある土煙のなかを歩いた。テッサは気づけるだろうか?シアンが、背後へと忍び込んだことを。


 無音の足運びは、突撃に化けた。テッサは、勘づき、脅威的な反射神経で金色の戦槌を横に振り抜いた。戦槌を、一回転させていた。シアンは、その戦槌のフルスイングを、しゃがみながら躱している。


「チャンスですよ!!」


 未熟なジャンがそう叫ぶ。


 シアンは、チャンスなどとは思ってはいないだろうが、テッサに接近する。双刀で斬り裂こうとしたのさ―――自分の動きが、止められる前に。


 『雷』が放たれていた。シアンの双刀が、テッサの体に触れる直前で……テッサは、あらゆる包囲に向けて、『雷』を放った。回避不能の攻撃術だ。予知してなければ、絶対に当たる。


 予知することは、オレにも出来てはいなかったな。何かを仕掛けてくることは悟れてはいたが、具体的な手段までは発想が及ぶわけがない。


 『戦槌姫』は、『虎姫』があのフルスイングを避けると確信していた。あの常人ならば絶対に避けることが出来ない速さと範囲を、たやすくすり抜けると。だからこそ、魔力を放ったのだ。


 ……命を削る手法だぞ。魔術のために、魔力を溜め込むのが通常の魔術。今の『雷』は、人体が生きるために必要最低限確保していなくてはならない『雷』の属性を帯びた魔力を、体外から無理やりに放ったのだ。


 心臓が止まりかねん荒技だよ。


 それでも、彼女はそれを放ち、シアン・ヴァティに『雷』を当てやがったのさ。シアンの体に雷電が走り、彼女の肉体は痙攣する―――魔術を組む気配があれば、完璧に対応しただろうが……敵の多い戦場では、発想することのない攻撃だな。


 自爆技だ。


 アレを戦場で使えば、必ず死ぬことになるだろうが……『一対一』という『特殊』な戦いにおいては、アレもまた有効な策ではある。しかも、ドワーフ族の『狭間』であるテッサ・ランドールは、『雷』に愛されているらしい。


 体内から必要最低限の『雷』を失っているのに、動きやがる。吐血しながらも、彼女は獣の貌で笑い、戦槌をフルスイングしたのさ。


 金色の戦槌が、膠着するシアン・ヴァティを打撃していた―――シアンの体が、あまりにも軽々しく、夜の宙を舞った。


「し、シアンさんが、死んじゃったああああああああああああああッッッ!!?」


 不吉なことをジャンが叫ぶ。オレは、この未熟な若手の頭を小突いていた。


「痛っ!?」


「……よく見ろ」


『……しあん、じぶんで、とんでたよ。かたなで、うけとめてもいる!』


 荒野でひとりぼっちは寂しいのか、ゼファーもこの崩れかけの城塞によじ登って来ていた。そうだ。ゼファーの言う通りだ。シアンは直撃をもらったのではなく、あの強打に、自分から乗ったのだ。


 わずかに動く体で、テッサのフルスイングに対応したのさ。空中で、くるくると軽薄な回転をした後で、『虎姫』はやわらかく大地に降りていた。影のように、なめらかな所作で、手脚を広げる……高所からの墜落によるダメージを、ああして分散しているのさ。


 黒い尻尾は、『雷』の痺れか……あるいは、さっきのフルスイングの衝撃にか、ビリビリと痺れているように痙攣している―――?


 いいや。喜んでいるのさ。


 一種の武者震い。フーレンの……というか、シアン・ヴァティのそれは、あんな感じだ。テッサ・ランドールを認めたのだ。強敵中の強敵であるとな……。


「はああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 気合いの歌を放ち、テッサ・ランドールが攻めに転じる。戦槌を振り回しながら、猛牛の群れのような威力の突撃を乱発する。戦槌のリーチと、彼女にのみ許された脅威的な腕力を用いて、避けるシアンを追い回していく。


 ……ムチャクチャな威力だな。戦場で振り回せば、何十人も殺しまくれるだろう。あの突撃は、騎兵のそれよりも桁違いに強い。巨人族の槍兵たちでも、テッサ・ランドールの猛攻の前には、打ち崩されていただろう。


 シアンは、集中力を使っていた。真剣に避けることに徹しているのだ。そうでなければ、一瞬で強打の餌食にされる。シアンも無限の防御法を持っているわけではない。


 テッサに最適の防御法は、先ほど見られてしまった。次に、それを繰り出そうとすれば、技巧を崩され命中して死ぬ。次の防御法は、最適よりもワンランク劣る技巧になるわけだ。それは、テッサ・ランドールの威力を考察すれば、あまりにもリスクが大きい。


 避けるしかないのだ。命中を相殺する防御の技巧は、もう無いと考えるべきさ。当たれば必殺、それが、テッサ・ランドールの攻撃であり、それは無尽蔵かと思えるほどの体力を使い、乱射されていた……。


 シアンは、狭まった間合いを嫌い、バックステップを連鎖させて、テッサ・ランドールから離れてみせた。いい動きだ。ステップのあいだが読めない。右に左に、わずかにジグザクと動いていたせいで、テッサは追撃を外されてしまう。


「……影みたいに、動くんだなあ、『虎姫』ってのは?」


 テッサ・ランドールはシアンの技巧に、驚いていた。読みと駆け引きに優れた彼女からしても、シアンのステップ・ワークの謎は見抜けなかったらしい。


「……でも。私の、威力の方が上のようだ。お前をコントロールしている。『虎姫』よ、そのステップは、貴様の脚を痛めるだろう。貴様は、今日、何度も戦っているな。技を駆使するお前は……長い戦いには向いていないらしい。そこを、攻めさせてもらうぞ」


 ……今日は、長い一日だったからな。そして、シアンは戦い通しだった。たしかに、シアンの技巧を使う戦い方は、長い時間の戦いに向くもんじゃない。かんたんに言えば、彼女は疲れ切っているのだ。


 ……回避の技巧も、脚を使う。今のシアン・ヴァティには、かなりの体力消耗につながる。シアンは、追い詰められつつある―――いいや。猟兵は、負けるようには出来ちゃいない。


 シアンは……あの路地裏で語っていたな。『先がある』。そうだ、シアン・ヴァティには、まだ見せていない技巧がある。オレさえも未知の技巧がな……。

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