第五話 『戦神の荒野』 その14


 ゼファーに乗り、東のキャンプの近くへと戻る。殺戮者どもの足跡を、追いかけてはいた。偵察するのさ。当初からの予定ではある。砦を上空から観察し、戦力を把握しなくてはならないからな……。


 その足跡が向かっていたのは、予想した通り、南側の砦だったよ。まあ、この辺りに大きな敵の拠点は、あの川沿いにある南北の砦だけ。そこより遠くから荒野を渡って来るのは、効率が悪いからな。


 さてと、南の砦だが……規模の割りには兵士の数は少ない。本体の砦もそれなりに大きいし、周囲にある兵士用の宿舎の数だけでも、ちょっとした街のようだ。2000以上は入れるかもな。


 しかし、晩飯時だってのに、焚き火の数が少ない。四分の一以下だ。せいぜい、400ってところかな。大勢が、出かけている。だが、川沿いを巡回する軽装騎兵は、十騎ずつだ。弓を身につけているな。


 川を渡ろうとした者を見つければ、的確に射殺すだろう―――その巡回チームが、複数ある。強引な突破を、許してくれそうにはないな。この場所に吹く夜風も冷たい。無茶な突破は、荒野で野垂れ死にを招く。作戦がいるな……。


 しかし。この南の砦からは、北に向けて大半の部隊が出発したことを予想させる、無数の足跡が北へと向かっていたよ。馬と馬車と、徒歩の者もいるな。魔眼で見れば、足跡の種類がよく分かる。


 歩兵には、若い者を使いたがる。熟練の兵士よりも、体力の強さは低いが―――体力の回復がいいからだ。どんなに歩かせても、一晩寝れば回復している。未熟さも、使いようだ。行軍向きなのさ、ガキはな。


 ……歩兵の足跡の数から、ここは、元々、新兵の多い部隊だったのだろうな。そいつらの経験値を稼ぐために、難民を殺させたというわけか。


 殺すことをストレスに感じる者も、いなくはないからな。楽しむ者も数多くいるが……殺人に向いているかどうかは、試してみないと分からないものだ。


 そして、向いていなくても、場数をこなせば慣れるものでもある。仕事ってのは、何であれそうだよ。


 辺境伯ロザングリードは、新兵の熟練に、難民の虐殺を使ったというわけだ。実戦ほどの経験値にはならんだろうが、それに継ぐ殺人体験ではあるだろう。


 ……ヤツは、戦場で残酷さが強さに化けるということを、よく理解しているらしいよ。ただの欲深い男というワケではないな。相対した時に感じた、武術家としての腕前……戦場で、かなりの武勲を上げて来ているようだ。


 ロザングリードもアッカーマンに負けず劣らずの、難敵であるかもしれない。ただの金持ち貴族サマってわけでは、どうやらなさそうだからな―――。


『―――ホーホウ!!ホホウ!!』


 夜空のなかで、フクロウの歌が響いていた。気づけば白フクロウが、ゼファーと併走するように飛んでいる。


 オレはゼファーに減速させながら、左腕を闇に伸ばして彼を腕に誘った。篭手に爪を立てた白フクロウが、脚からぶら下げている袋を外してやる。


 満足したのか、解放感なのか。フクロウは上機嫌になりながら、夜空のなかに飛び降りて、くるりと身を回転させると、西の方角へと消えて行く。


「な、何が、届いたんです?」


「ガンダラから届いた。『ゴルトン』の輸送隊に命令出来る、アッカーマンの書類だよ」


「ストラウス卿。それを使えば、今夜の『ゴルトン』の馬車の動きを、止められるんですか!?」


「上手いこと、届けることが出来たならな。しかし、オレは人間族だ。これを持って『ゴルトン』の馬車が集まっている土地に向かっても、バレてしまうな?」


「……じゃあ!オレなら、どうですかね?」


「願ったり叶ったりだな」


「……オレは、幸い、巨人族ですから。若いけれど、巨人族が主体の『ゴルトン』と人種が同じってことで、まとめ役に選んでもらっています……」


「君の顔を、『ゴルトン』の連中が知っている可能性はあるな」


「……はい」


「危険だぞ?バレたら、その場で殺されるかもしれない」


「……そのときは、『ゴルトン』と通じていたフリをします……仲間を、裏切っていたと主張すれば、信じてもらえるかもしれない」


「なるほどな。それなら、アッカーマンの『伝令』という重要な役を務めても、おかしくはない。リーダーの一人がスパイというハナシも、大げさで、むしろ説得力がある」


「……少なくとも、オレは、あのキャンプの中にいる巨人族の中で、一番、『ゴルトン』に詳しいはずです。それに、根性がある」


 自分で根性があると言い出したか。嫌いではないな、自信が無い者は、戦場で命がけの嘘つきにはなれない。


「……長よ。コイツに、任せてみてはどうだ?」


「シアン?」


「……私も、同行する。もしものときは、そいつを救助してやる。なにせ、『ゴルトン』どもは、巨人ばかり……ヤツらが乗る馬の脚は、遅い」


「君が護衛についてくるなら、問題はないな」


「……ああ。『護衛対象』であるお前を、守れんですまないな。しかし、すぐに、戻る」


「迎えに行くさ。ゼファーとジャンがコンビを組めば、君らがどこにいても見つけだす。そうだな、ジャン?」


「は、はい!もちろんです!猟兵が、どこにいるかは、ボクの鼻なら、す、すぐに分かります!!」


「……頼んだぞ、鼻血オオカミ」


「そ、それ、まだ言うんですか……っ?」


「……なら、ちょっくら、駅馬車強盗でもするかね。ゼファー、スマンが北西に向かえ。その道すがら、ジャンは馬の臭いを探すんだ」


『らじゃー!!』


「わ、わかりました!……『ゴルトン』の駅馬車ですね?」


「ああ。四頭引きの馬車あたりが理想だが、二頭でも、三頭でもいい」


「はい……さ、探します」


「……うちの若手を、馬車で突っ込ませるってのかい?」


 ドワーフの男が不安げに語る。その問いに応えたのは、猟兵ではなく、あの若い巨人族自身だった。将来が有望そうだな。オレたちの作戦を理解しやがったようだぜ。


「違いますよ。フーレンの……あの、シアンさんで、いいですか?」


「……ああ。そう呼べ。『虎』は、戦術に賢しい者を、認める」


「ありがとうございます。あのですね、シアンさんは、オレたちに馬車で『ゴルトン』の拠点に向かえとは言っていないんです。ストラウス卿は、駅馬車を襲い、馬を確保したいだけです。馬に、オレとシアンさんが乗って、拠点に向かう」


「……馬車で行くより、よっぽど速えってことかよ?」


「ええ。それは、離脱するときにも有利です。シアンさんは巨人族より軽い。彼女の馬は、絶対に『ゴルトン』の馬に追いつきません。複数の馬がいれば、乗り継げばいい。オレは二頭いれば、ほぼ間違いなく『ゴルトン』からも逃げ切れる。あちらの巨人族は、オレより大柄で、かなり重たい」


 巨人族にも色々いるものさ。この青年は、やや小柄で細い……つまり、人間族と巨人族の間に産まれた『狭間』だよ。


「……なるほど。逃げ切れそうだ」


「まあ……オレが、馬を乗りこなせたらというハナシなんですが……」


「一目瞭然だ」


「ストラウス卿?」


「ゼファーに乗った君の背骨の置き方は、乗馬歴の十分な者のそれだからな。オレとシアンは、君がゼファーに乗った姿勢を見たら、すぐにその能力を悟る」


「……スゴいですね。そうです、オレは……南方では馬の輸送隊にいました。軍属の、奴隷兵士でしたから」


「経験を活かしてくれ。度胸も見せろ。シアンが、バックアップに入る。もしもの時は、どこへでもいいから逃げろ。彼女が背後を守り、やがて、ゼファーとジャンが回収しに行く」


「……バレないように、してみせます。今夜、死んでいたら……仲間たちへの償いが、足りないと思うんです」


「……いい覚悟だ。君の名を、教えてもらえるか?」


「ガームルです、ストラウス卿」


「ガームルだな。覚えたぞ。しくじるな、やり抜け」


「はい!!」


「……そ、ソルジェ団長!!四頭引き、み、見つけました!!」


「どっちだ、ジャン?」


「あっちです……そ、その!ここから、北北西……15キロほど!!」


「ゼファー!!」


『らじゃー!!』


 ゼファーが首を低く下げ。夜空を貫く『槍』となる。翼での羽ばたきではなく、降下することで加速を得るのさ。


「くくく!いい姿勢だ、風を貫いているぜ!!おい、いいか、全員、振り落とされるなよ?しがみついとけッ!!」


 仲間たちの返事を背中に浴びながら、竜騎士はお仕事だ。竜が速く飛びたいのなら、竜騎士はそれを与えてやるのさ。


 オレの体重を、ゼファーに与える。加速の軌道に重さを与えるために前屈みになる。そして、風を読むのも竜騎士の仕事。竜は、こちらのタイミングに全てを委ねて、翼の羽ばたくタイミングを待てばいい。


 力を放つのが竜、その頃合いを指揮するの竜騎士だ。


 真の竜騎士は、竜の骨格も筋肉も、飛び方さえも……空と風も、竜のために全てを識っている。オレがいれば、ゼファーは、自分の限界を超えて飛べるということを、ちゃんと理解しているのさ。


 いい仔だぜ、アーレス。お前の孫は……オレのゼファーはなッ!!


 大地が迫り、ゼファーはますます加速する。


 風を読む。星空に浮かぶ雲の形と位置、そして肌に感じるこすれた空気の歌を聴く。口を開き、牙と舌で空を舐めるのさ。湿度でも、タイミングはかなり違って来るからね。


 加速し、地面に墜落するその直前。


 最高の風と位置は、そろい―――鉄靴の内側でゼファーにそれを伝えていた。ゼファーの漆黒の翼が、開く。鋭くもなめらかに、そして力強くもやわらかく。


 矛盾を体現する。なめらかで強い。固くやわらか。達人とは、矛盾をも体現する者たちを言う。オレとゼファーの技巧は、このとき、その領域に入っていた。


 ゼファーの軌道が変わる。墜落から、水平に。それでも速度は落ちない。翼は空に逆らったわけじゃなく、支配した。広がった翼に荒野を走る風を浴び……軌道は安定する。さらに、その風を翼で叩くことで、ゼファーの速度は鋭さを増していた!!


 羽ばたきが起こす爆風に、大地が削られ、荒野に砂塵の爆風が走る。竜が作り出せる、最高の速度の一つ。ゼファーは地表スレスレで、そのスピードをまとっていた。


 愛しき竜の成長を、鎧と顔を打つ風の強さで味わいながら……ストラウスの剣鬼は、ニヤリと獣じみた貌で牙を剥く―――獲物は、すぐに見えて来た。

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