第五話 『戦神の荒野』 その4


 フクロウが運ぶ暗号文で、ロロカ・シャーネルに文章を送った。呪術で縛られたフクロウたちは、今回もいい仕事をするだろう。シアンは疲れた顔をしている。武術訓練では見せない顔さ。尻尾のしなりも、何となく元気がないぜ。


「本当に頭脳労働、苦手なのね、黒尻尾ちゃん」


「……地味な作業だからな。むろん。仕事の重要性は、理解している。『虎』は、頭が悪いわけではない」


「でしょうね。さあ、お茶にしましょう。甘いモノも、たっぷりあるわよ」


 テーブルには、若いケットシーたちが運んで来た菓子と紅茶が並んでいたよ。ああ、酒入りチョコとクッキーだ。


 迷うことなく、酒入りチョコを指で掴まえて、そいつを口の中に放り込む。チョコよりも、アルコールを求めている。本能的な欲求だよ、ガルーナ人の血肉は酒を求めるもんだ。


 シアンは……ギラついた瞳でクッキーを狩猟していた。大人女子だから、貪るようなことはしないが、鋭い視線でクッキーさんたちを射抜いていたよ。そして、小さな口で噛み始める。


 誰もいない場所だったら、豪快に噛みついていたのだろうか?……どうあれ、糖分補給は確実に出来ている。疲れた脳みそには、甘いモノってのは、有効そうな哲学だ。


 まったりとした時間が過ぎていくよ。


 紅茶もいただく。風味の良い紅茶だったな。高級品ってカンジだ。『アルステイム』は四大マフィアでは弱小みたいだけど、食文化は充実しているらしい。『マドーリガ』のドワーフたちにはない、上品さってものがある。


 『ゴルトン』や『ザットール』の地域では、メシを食べていないな。いつか、機会があったら行ってみたい気がする。


 ……まったく。居心地の良いイスに座りながら、菓子なんて食っていると気が緩んでしかたない。鎧を身につけていなかったら、自分の状況を色々と忘れてしまいそうだ。忘れてしまいたくなる件もあるしな―――。


 ―――何かって?


 決まっているじゃないか。アレキノがくれた、不吉な『予言』についてだよ。


 オレの顔は、このときどんな表情を浮かべていたのだろうか。鏡がないもんで、分からなかったけど……『アルステイム』の凄腕暗殺者さんに気づかれる。


「……ほとんどのことは、順調そうだけど。不安なのね」


「不安ってほどじゃないよ。ただ、アスラン・ザルネを取り逃したことを、少し惜しいとは思っている」


「……キュレネイを操れるとすれば、その呪術師だけか」


「黒尻尾ちゃんも、キュレネイちゃんを信用しているのね」


「……キュレネイ・ザトーは、ソルジェ・ストラウスに忠実だ。あいつが、自分の意志で、裏切ることはない。しかし……」


「操られる可能性はあるわよね。ああ、ソルジェくん、気分を害さないでね?」


「分かってる。八つ当たりはしないさ。ヴェリイがオレのことを心配しての言葉だって、分かっているよ」


「それなら良かったわ。私もね、ソルジェくんの仲間を悪く言いたくはない。でも、『オル・ゴースト』の呪術を侮ることは、とても愚かなことよ」


「……『予言者』の、言葉は外れないってか」


「『オル・ゴースト』を支え、つまりは四大マフィアを巨大化させた者たちの能力。十分な実績はある」


「……けっきょく。アレは、どういう、仕組みなのだ?」


 紅茶をすすりながら、シアン・ヴァティが質問していたよ。『予言』。気になる呪術じゃある。オレの命もかかっているらしいしな。


「私だって全てを知っているワケじゃない。でも、『ゴースト・アヴェンジャー』の『人生』を、のぞき見ることが出来るのが『予言者』ってことみたいね。あるいは、『人生』のそれぞれの時期や瞬間における、『思考』を読めるのかもしれない」


「……つまり、未来における、事件そのものではなく……『ゴースト・アヴェンジャー』の考えを、読んでいるだけ……なのか?」


「そうよ、黒尻尾ちゃん。だからこそ、『ゴースト・アヴェンジャー』を殺すと、『予言』が外れるのよ」


「……殺せば、『考え』を『行動』に移すことは、不可能だからか」


「ええ。『予言者』の『予言』とは、おそらく、そういう仕組み……あくまでも、私が考えている範囲だけど……彼らの使っているのは、時間と空間を超えた、視覚や聴覚や思考の共有ってトコロなんでしょうね。『予知』ではなく、『未来を盗み見している』だけよ」


「……ムチャクチャな力を、しているな……」


「そのとおり。現在については、リアルタイムで盗み見することが出来ることも、証明済み。おそらく、『盗み見する』っていうのが、この呪術の本質に近いことなんじゃないかしらね……ソルジェくんは、どう思う?」


「……君の言っていることは、正しいと思うよ。この『予知』という呪術は、オレがゼファーの視覚や思考をつなげる感覚に、かなり似ている」


 だからこそ、呪術師でもないオレが、『予言者ラナ』を追跡することも出来たし、アスラン・ザルネの未熟な弟子であろう呪術師キースの心も見えたのだろう。


「竜と竜騎士をつなぐ呪術と、似ているのね?」


「おそらくな。そして……連中には、もう『予言者』もいない。おそらく、『ゴースト・アヴェンジャー』も、ほとんど残ってはいないさ」


「どうして言い切れるの?」


「元々、かなり希少な存在だったからさ。君らも、かなり殺したんだろ?『予言者』も、『ゴースト・アヴェンジャー』も。連中は君らにとって、最大の脅威だからな」


「ええ」


「……『予言者』を作るには、手間もかかるし、時間もかかる。ゲリラ戦の最中で、そう何人も作れるものではないはずだ。アスラン・ザルネには、かつてと違い、『灰色の血』を供給してくれる『オル・ゴースト』も存在してはないからな」


「たしかにね。私たち四大マフィアも、『ルカーヴィスト』との戦いで、『予言者』の力を強く感じたことは、あまり無かったわね……今回を含めて、せいぜい数回かしら」


「アスラン・ザルネが『予言』の恩恵を受けることは、もうないさ」


「……『首狩りのヨシュア』を殺せたからね?」


「ああ。ラナと『首狩りのヨシュア』は、兄妹みたいに一緒だった。おそらくは、ラナとヨシュアのあいだの絆を深めるために、アスラン・ザルネがそうさせていたんだろう」


「より強く、あの二人を組ませて……ラナに、『首狩りのヨシュア』の『未来』を読ませるためね?」


「あちらのトップ戦力の一人だろうからな、『首狩りのヨシュア』は。なかなかの手練れだったよ。猟兵以外で勝てそうなのは、ここらじゃ、テッサ・ランドールかアッカーマンぐらいか」


「闘技場の、伝説の王者たちね」


「そのレベルだ。『首狩りのヨシュア』も、彼らと並び、この地では最強の存在だ……『首狩りのヨシュア』の敗北を、アスラン・ザルネは想定してはいなかっただろうよ」


「つまり、『首狩りのヨシュア』の『未来』ばかりを読ませていたのね、ラナに」


「他の『ゴースト・アヴェンジャー』よりは、間違いなく優先的にな……殺されたら『予言』が外れてしまうのなら、戦闘能力の低い『ゴースト・アヴェンジャー』の『予言』は、あまり意味がない」


 それに依存して、組織や重要人物の命を賭けるわけにはいかないさ。『ゴースト・アヴェンジャー』は確かに強い存在だが……テッサ・ランドールやアッカーマンのような達人レベルに遭遇すれば、簡単に殺されちまうだろう。


「気になるんだけど。『首狩りのヨシュア』は、今日の敗北を『予言』されていなかったのかしら?」


「おそらくね。されていたら、君をもっと手早く殺せと彼はアスラン・ザルネに命令されていたよ。そして、何よりもラナは、ヨシュアに依存していた……いや、家族愛を持っていた。彼女が、それを予知出来ていたとするのなら……間違いなく話す」


「……『ゴースト・アヴェンジャーの死』は、『予言』することが出来ないのね」


「おそらくな。だからこそ、アッカーマンと四大マフィアは、『オル・ゴースト』を仕留めることが出来たのだろう」


「『オル・ゴースト』が、四大マフィアの反乱を読めなかったのは、事実よね」


 アッカーマンは、そのルールを読んでいたのかもしれない。ヤツは……反乱を決行する直前、試しに『ゴースト・アヴェンジャー』を殺して、実験でもしていそうだな。それをやれる腕も頭もある。なら、やってるかもしれない―――。


「―――つまりは不完全な力ってことさ。力ずくで変えることの出来る『予言』……『オル・ゴースト』をアッカーマンに潰され、その事実を思い知らされていたからこそ、アスラン・ザルネは『首狩りのヨシュア』に依存していたんだよ」


「『オル・ゴースト』を潰された経験が、ヤツの視野を狭めてもいたってこと?」


「手駒も減っていただろうからな。それに、四大マフィアと戦いながらの日々さ。『シェルティナ』の呪いを、新たな弟子に教えてみたりと、ずいぶん大忙しだよ……ヤツに、多くのことをする時間も余裕も無かった」


「……たしかにね。北部の貧農を自分の戦力に取り込むためには、大きな手間がかかっていたはず。四大マフィアは、『ルカーヴィスト』対策には、協力して、全力を挙げてもいたもの」


「とにかく、『首狩りのヨシュア』の『未来』は潰えた。アスラン・ザルネのクソ野郎が最も信頼していたであろう『予言』の数々は、無意味になったのさ。ヤツは、もう『予言』には頼れない」


 ……言い換えれば、少なくとも今日の午前中までは『予言』を頼っていたわけだ。『アッカーマンめ、全ては、あいつの思い通りに動いたのかもしれんな』……。


「いい予想だと思うわ。でも、それは直感でしかないわよね?……他にも色んな可能性が浮かぶけど。それを信じてもいいの?」


「信じろ、コイツはただの直感以上だよ」


「根拠は?」


「オレが、アスラン・ザルネの心も覗いていたからだ。ヤツの臆病な性格も理解しているし……ヤツの正体も分かっている」


「正体?」


「アイツは正確には、『ゴースト・アヴェンジャー』じゃない」


「……どういうことだ、長よ?」


「あの男は、脳に呪術を刻まれてはいないんだよ。戦闘能力も、呪術や錬金術の知識も十分らしいが……おそらく、『変異』を強要されて来た身分ではない。君やテッサ・ランドールのように、『血筋で保証された支配者』さ」


「なるほどね。『ゴースト・アヴェンジャー』を作り、管理して、支配する……そういう血族の男ってことかしら」


「多分な。少なくとも、他の連中とは違う。脳を壊されて、能力を引き出されているってワケじゃない。とても感情が豊かな男だ。心を覗いていたオレには分かるよ。ヤツは、動揺しながらも、恐ろしく計算高かった」


「……心を覗くなんて、まるで『予言者』と同じ―――なるほど。似ているわね、たしかに」


「ああ。だからこそ、覗けたんだろう。直感以上の情報を、オレは把握できている。ヤツの性格も分かった。ヤツは……『切り捨てること』に慣れているんだ。ルールと状況を理解して、最も合理的な選択肢を選ぶ」


「知的な人物?」


「賢いかもしれないが、クズ野郎さ。ヤツは、もう、『予言』を捨てたよ。それに深入りすれば、オレに狩られると理解している。オレには、『予言者』が二人いるからね。『ゴースト・アヴェンジャー』の生き残りがいたとしても、重要な使い方は出来ない」


 『ゴースト・アヴェンジャー』の視線を、覗かれることを恐れるだろう。『作りかけ』の『予言者』がいたとしても、それに接触する気も起きないさ。ゼファーの姿を知った。オレが呪いと魔力を追いかけられることも知った―――ヤツは、危険なことはしない。


「……『予言』は……『ルカーヴィスト』どもを、助けんか」


「ああ。そうだよ、シアン……むしろ、『予言』に支配されているのは……今は、オレだけだろうよ」

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