第五話 『戦神の荒野』 その5


 キュレネイ・ザトーに斬られるか―――楽しくはない予言だよ。しかも、ヴェリイ・リオーネにお墨付きをいただいている。『オル・ゴースト』と四大マフィアの『発展』を支えたのが、『予言者』たちの能力だと。


 対策は、一つだけだという。


 『予言者』が『予知』しているのは、『ゴースト・アヴェンジャー』の知覚や思考に過ぎない。キュレネイ・ザトーが、オレを斬ろうとする意志を、アレキノは『予言』したに過ぎない。つまり、キュレネイの殺意を、実行出来なくすればいいのだ。


 ……殺せってことさ。


 まあ。


 そんなことは絶対にしないんだけどな。オレが、キュレネイ・ザトーを殺すなんてことは、彼女がオレを殺す以上にないハナシだよ。


 明鏡止水の心を持たない、未熟者の指が、酒入りチョコに伸びて、その茶色いカタマリを口へと運んだ。美味いね。ビターなチョコが、アルコールと合う。甘ったるくて、濃厚で、舌に絡みついてくる。


「……対策は、しないの?」


「キュレネイ・ザトーを殺す?……ありえんね」


「拘束するとか?」


「理由に勘づかれる。キュレネイは、感情こそ希薄だが、戦術や戦略については、かなり理解度が高い。意味のある行動は、全て察知して、連携してくれる」


「有能なのね。騙せないほどに」


「騙せば、疑われ、調べられ、バレる。自分がオレに危険な存在であると彼女は、間違った認識するかもしれない。そうなれば……彼女は、自害する可能性もある」


 ……『裏切り者を殺す役目』。オレは、彼女にその任務を与えている。猟兵に裏切り者は出ない。出ないが……彼女は、自分をためらいなく殺すかもしれない。それが、とても怖いんだよ。


「……じゃあ。野放しなの、ソルジェくんを殺すと『予言』された子を?」


「どうすればいいかな?」


「私に聞くの?」


「知恵を借りたい」


「……最高の対策は、殺すこと。その次は、拘束すること」


「さっきも聞いたヤツだし、否定したばかりだよ」


「さらに、その次は、身近に置かないことね。物理的に殺せない間合いなら、殺しようがないでしょうから」


「いつまで、それをすればいいってんだ?」


「アレキノは……3年先までは『予知』したことがあるみたいね」


「それは困ったな。3年もキュレネイと合流出来ないのは難しい。それもダメだ」


「……じゃあ。護衛をつける。とびっきりの護衛をつけるってのは?……たとえば、黒尻尾ちゃんとかね」


「……悪くない。私ならば、キュレネイ・ザトーを封じられる」


 好戦的な輝きが、琥珀色の双眸から放たれる。強敵が好きなシアン・ヴァティは、キュレネイ・ザトーとの戦いと聞けば、どうしても楽しくなってしまうよな。


 正直、危険な香りがするぜ。


「……いい、ソルジェくん?」


「納得しているわけじゃないぜ?」


「納得しようがしまいが、『アルステイム』としては、ソルジェくんに対策してもらわないと、安心出来ないわ」


「オレをそこまで心配してくれるとはね」


「そりゃそうでしょ?……ソルジェくんが死ねば、『アルステイム』と『自由同盟』……ハイランド王国軍をつないでくれる代理人がいなくなるわ」


 ……まあ、分かっていたよ。友情だけではないってことぐらいね。


「『白虎』時代のつながりは、全て切れているのよ。ハイランド王国の新しいリーダー、ハント氏は、清廉潔白。私たちのようなマフィアとは、相性はサイアクよ」


「彼と組むためには、クッションがいるってわけだな」


 両者のあいだで、軋轢や対立を和らげる、献身的な竜騎士サンがよ。


「ええ。それに、次の戦とやらのサポートをするのは、ソルジェくんでしょ?……君がいなくなれば、『ヴァルガロフ』の損害も増えてしまう。アレキノの『予言』を知った以上、このまま無策でいれば……私たちの責任問題になるわよ」


「……君が、キュレネイにバラすとか?」


 緊張感を生んでしまう言葉だった。反省すべきことかもしれないが、オレはどうにも感情的な男だ。


 部屋にいる若く、ヴェリイに忠実なケットシーの暗殺者たちが警戒心を強め、シアンの尻尾が、殺気に反応するように静かに動いていた。獲物に飛びつく前に蛇のようだったよ。


 『アルステイム』の若きリーダーの一人が、はあ、とため息を吐いた。


「友人との、もめ事は嫌いよ」


「オレもだ」


「でもね。対策せざるをえなくなる。うちには、『アルステイム』の未来を憂う根性ある若造がたくさんいるのよ?……ニコロとかね。ソルジェくんに殺されたとしても、状況次第では、動くわよ」


 たしかに、あのニコロ・ラーミアならば、やりかねない行為だ。善良な男であり、ヴェリイ・リオーネの役に立ちたいと、死をも厭わぬ青年だ。現に……『サール』で死ぬ気だったわけだしな。


 本来は、自爆に敵を巻き込むつもりだったのさ。命を惜しまず、組織とヴェリイに忠を尽くそうとするのなら、オレの生存が『アルステイム』にもたらす利益のために、キュレネイ・ザトーを追い詰めるかもしれない。


 死を覚悟した者には、何の脅しも効かないもんだ。


「……彼を死なせたいわけじゃない。彼は、とても善良だよ。マフィアとは思えないほどにね」


「そうだと思うわ。でも、あの子が死に場所を求めているってことも、分かっているでしょ?片脚がロクに動かないのに、戦いの場に出たがる。聞きやしないわ」


「……シアンを護衛につけていたら、君は安心出来るか?」


「ええ。それ以上の対策は、無いでしょ?」


「……長よ、文句を言える立場では、無いぞ」


「……たしかにな。『アルステイム』の命を、オレは担いではいる。君たちの協力に、応える義務がある」


「そうよ。それに、友人としても、ソルジェくんに死んで欲しくはない。ガルーナ王国を再建するのでしょ?……大義があるなら、死んでる場合じゃないわ」


「……キュレネイは、オレを殺さないよ」


「そうだとしても、対策はすべきよ。そうでなければ、我々が、動かないとは言えなくなるわ。私たちを、苦しめないでくれる?」


「……了解だ。君との友情のために、シアンを護衛につける……時期は、オレがアスラン・ザルネを仕留めるまでだ」


「ええ。ヤツを殺せば、『ゴースト・アヴェンジャー』を操れる者はいなくなるでしょうからね」


「……さっき、逃したことが、悔やまれるな」


「……ラナを確実に助けるためには、仕方がなかった。彼女を死なせるという選択は、どう考えたって間違いだっただろ?」


「……それは、そうだがな……」


「終わったことよ。前に進みましょう。私の黒尻尾ちゃんが、ソルジェくんの護衛として行動する。それで、十分」


「……うむ。そう、だな。あとは……アスラン・ザルネを殺せば、終わりだ」


「ああ。しばらくは、シアンに守られるとするよ」


 これで、『アルステイム』を納得させられただろうかな。正直、そこは分からない。ヴェリイは納得するかもしれないが、他の連中はどう出るのか。


 『アルステイム』にオレの生存が有利と働く以上、その脅威とアレキノが『予言』したキュレネイ・ザトーを仕留めようと動く可能性は、払拭することが出来ないままだろうな。


「……釘を刺しておいてくれるか、君の忠誠心にあふれる部下たちに」


「……ええ。下手なマネはさせないようにする。約束よ」


「ああ。キュレネイは、有能な猟兵だ。帝国との戦いには必要不可欠な存在。彼女の不在は、オレたちも、そして君たちの生存も、危うくする。何より……オレの報復を招くことがないように、行動してくれると助かるよ」


 言葉の後半は、この食堂にいる若手の暗殺者たちを見つめながらの言葉だった。オレは感情的な男だ。キュレネイに、『アルステイム』の連中が何か悪い影響を与えようと動けば、『アルステイム』との友情も同盟も―――拒絶する。


 その結末は、誰もが望むものではないはずだった。


「……うちの若い連中も、心得ているわよ。ゴメンね、私が迂闊だった」


「いいや。君は、オレとの友情のために、誠意を見せただけだ。言葉に出さずに、裏で工作することだって、君は選べた。口にしたのは、わざとだろ」


「……まあね。私も、あの食べっぷりのいい子を、死なせたくなんて、ないのよ」


「ああ。分かっているよ。ありがとう、オレたちのキュレネイ・ザトーを気にかけてくれて」


「……彼女も、『オル・ゴースト』の犠牲者よ。これ以上、傷ついては欲しくない」


「……そうだな。このことは、これでお終いにしよう」


「そうね。他にも、ソルジェくんには仕事があるもの」


「ああ。厄介なコトは色々とあるからな……今夜の内に、片づけておくべきことが幾つかある……アッカーマン。ヤツを仕留めておきたい」


「東の難民キャンプを、ヤツが襲う可能性があるのよね?」


「荒野に『ゴルトン』の人員が割かれているようだからな。ヤツに、難民たちを食い物にされるわけにはいかないんだよ」


「そうね……ソルジェくんにとっては、それが最大の目的だったもんね」


「そうだが。正直、それだけでもない」


「どういうこと?」


「脅威に感じているんだ。アッカーマン。ヤツは、この土地において、最大の脅威かもしれん。今、このゼロニアの地で起きている事象の大半を、ヤツが創り出しているような気がしているんだよ」


「……どこまでを?」


「ほとんどだよ。ヴェリイ・リオーネ。君や、そして『アルステイム』すらも、アッカーマンの『策』に組み込まれているような気がするのさ」


「私、まで……?」


「ああ。そして、アスラン・ザルネも、ヤツに動かされている部分もある気がするのさ」


「……つまり、それは、『ルカーヴィスト』も、アッカーマンがコントロールしている部分があるということを、言いたいわけよね?」


「そうだ。なあ……ちょっと、オレの考えを聞いてくれるか」


「……ええ。ぜひ、聞かせて欲しいところだわ」

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