第四話 『祈る者、囚われる者』 その17


 荒野を見ているよ。砂っぽい風の向こうから、馬の群れがやって来る。アレキノの探索に時間をかけちまったからな。ヴェリイとの合流が、あっさりと終わると考えていたのが、甘かったのか……。


 どうあれ。


 戦闘に遭遇したことは、ある意味では救いになる。猟兵として鍛え上げた精神が、キュレネイ・ザトーに対する不吉な『予言』に対する動揺をも掻き消してしまう。今、心は鋼のように硬く、冷静になれていた。


 普段のオレに近づけている。


 戦いの気配が、心を落ち着けてくれるんだ。骨の髄まで猟兵ってことだよ。


 シアン・ヴァティが語りかけてくれる。静かな声でな。


「……敵の数は、16騎。殺すのか?」


「殺すことは容易そうだが、あまり大勢殺すってのも、『アルステイム』の戦力を削ぐことになるからな」


「……『次』の『アルステイム』は、我々と組む。つまり、帝国を滅ぼすための、力」


「そうだ。殺すことは、得じゃない。被害を出さなくてもいいさ。ヴェリイの居場所も、アレキノのおかげで把握出来たようだしな。時間にも、余裕はある」


「……あの病人を、信じるのか」


「ああ。信じるに値しないものならば、ヴェリイもわざわざヤツを連れ回さない。それにニコロも、もっと慌てているさ」


「……信じるに、足るか」


「キュレネイのことについては、後から考えるさ。今は、ヴェリイのために働こう」


「……そうだな。それで、作戦は?」


「説得してみようと思う」


「口車が、効く相手たちか?」


「コイツらは、さっきの連中よりも『真剣さ』の度合いが下がっている。『サール』で、オレたちが斬り殺した死体を見ちまったろうからな。追いついたトコロで、どうにもならんことぐらい察っしているだろう」


「……それでも、来た」


「そういう命令を受けているからだ。彼らの本意ではない。魔眼には、怯えの感情が見えているぜ」


「……ふむ。相変わらず、便利な目玉だ」


「オレたちと戦うことの意味の無さを、知っているさ。さっきのヤツらのようには、なりたくないと考えてはいるだろう。それに、敵をこちらに引きつけた時点で、オレたちには彼らを殺すことで得るモノはない」


「……決戦の地は、『ヴァルガロフ』か」


「次の『アルステイム』の長の座を巡り、幹部たちは殺し合いをしているさ。有能なヴェリイを仕留めるために、敵さんは有能な駒を投入したはず。ヴェリイのボスだけが、『アルステイム』に他を圧倒出来る戦力を有しているってわけだ」


「……囮となり、誘導したか。『アルステイム』と『ルカーヴィスト』。その、どちらも」


「ぶつけ合わせたかったのかもしれない。どちらもが武装した状態のまま荒野で出会う。よくない傾向の始まりだな」


「……私たちが来なかった場合は、そうするつもりだったか。『首狩りのヨシュア』は、想像を超えた早さで、ここに現れたようだな」


「偶然それは無いだろう。『首狩りのヨシュア』は……この場所に来る準備を、あらかじめしていたのかもしれない」


「……『ルカーヴィスト』にも、アレキノの、同類がいるのか」


「そんな気がしているよ。ヴェリイが、どうやってアレキノを確保したのかは知らない。『オル・ゴースト』を四大マフィアの若手が潰したときか、それより後か……どうあれ、元々は『オル・ゴースト』側の人材」


「……『オル・ゴースト』の継承者である、『ルカーヴィスト』にいても、おかしくなどないわけか」


「全くもってな。そして、『予言者』が『ゴースト・アヴェンジャー』の位置を把握する呪術を使えるのなら……『予言者』の位置も把握出来るんじゃないかな」


「……両者は、同じか」


 同じ。


 うちのキュレネイと、あのクマ人形をかじっているアレキノが?


 そうじゃないと叫びたい。どうにも嫌悪感で胸一杯になるが……戦いの風が吹く場所では、猟兵は冷静なもんさ。そうじゃなければ、仲間を死なせる。シアンがいるから、オレはこの場所では冷静でなくてはならないんだよ。


「―――ある意味では、同じなのだろう。キュレネイも、呪術や、『オル・ゴースト』の作為の産物。戦闘用の『道具』として創られたのが、『ゴースト・アヴェンジャー』」


「……家畜のように、血統まで管理されてか」


「あるいは、絢爛豪華な王侯貴族みたいにな」


「……いい風に、考えるべきか」


「ああ。そうすべきだ。キュレネイはオレたちの大切な仲間だからな」


「……わかった。そうしよう」


「とにかく、『ゴースト・アヴェンジャー』たちには、妙な記憶の欠落があるし、『予言者』アレキノは……あきらかに色々と壊されている」


「……呪術で、心の源である脳を、『変異』させられたか」


「そういうことだろう」


「……この土地の戦神教徒どもは、生命を変えることに、特別な執念があるらしいな」


「無数の姿を持つ戦神バルジアに対する信仰の、歪んだ実践だよ。もしかしたら、『灰色の血』は、その呪術や『変異』に耐える体質があるのかもしれない」


「……だとすると、尊い存在に、認定される理由も、見えてくるな。戦神の『変異』を、体現できる。素材として、有能なわけか」


「かもしれん。とにかく、両者には、精神状態に異常を来す呪術がかけられている。その呪術が、『予言者』と『ゴースト・アヴェンジャー』をつなぎ―――」


「―――『予言者』と『予言者』も、つなぐ。つまり、『予言者』も、『予言者』に予知されるわけだな」


「そう考えている。ヴェリイが、ドジった理由は、それだけだろうよ」


「……有能な女か」


「ああ、とってもな。『首狩りのヨシュア』は……今日、何が起きるかをあらかじめ知っていて、アレキノに気づかれないギリギリの距離で待っていたのさ。上司からの命令をな」


「……だからこそ、ヴェリイ・リオーネの、スケジュールが狂ったか」


「予知と言うよりも、呪術で縛られたお互いの『位置』や『意志』を読み取るだけの力のようにも思える。まあ、それでも十分にとんでもない力だが、使いこなすためには、かなり条件が多い。その不自由さを知り尽くしていれば、出し抜くことも可能だろう」


「……敵が、一枚上手だと?」


「『予言者』は、元々はあちらさんの力だからな」


「……経験の差か」


「そういうこったろうよ。さて……目の前の敵に集中するか」


「ああ……ヤツら、止まったぞ」


 『アルステイム』の暗殺者たちは、馬を止めている。半分、廃墟のワイン倉庫の前に突っ立っているオレたちに、しっかりと気づいているはずだがな。隠れることもしない。かつてはブドウ畑だった斜面の裏側にでも回るなり、策を使うべきだろうが、何もしない。


 それはある意味で、何よりのメッセージだ。


「戦意ナシ……つまらんな」


「やる気のないザコを斬っても、『虎姫』のプライドは満たせんだろう」


「……まあな」


「ヤツらは、未来において、オレたちの仲間かもしれない。仲良くやろうぜ」


「……交渉は、長に任せる」


「わかった」


「……決裂したら、殺しにかかる。合図しろ」


「そうならないように、祈っていてくれ」


「……『虎』は、戦いを避ける祈りは、しないものだ」


「より多くの戦士を、手に入れることが出来ますようにってのなら、どうだ?……『虎』の哲学にも反しないだろ」


「……ああ、それならばな。ソルジェ・ストラウス。行って来い。背中は、私が守る」


「くくく!君に守られる。最高に頼りになる言葉だ」


 『虎姫』シアン・ヴァティに背中を守られる―――これほど安心する状況はない。さてと、暗殺者の皆さんと会話しに行こうか?


「……おい!!『アルステイム』の暗殺者!!今から、そっちに行ってやる!!……少しハナシをしようじゃないか?」


 そう声をかけた。


 反応を待つ。


 しばらくしたら、三人の中年ケットシーたちが、こちらに向かって馬を進めてきた。だから、オレもその馬たちに向かって歩いたよ。攻撃の意志はない。あちらも、鋼に指を伸ばす素振りは見せていない……いきなり、毒針を放つ可能性もあるが……。


 反応することは出来るだろう。ニコロ・ラーミアが、あの待合所で教えてくれているからね。『アルステイム』の暗殺者が、どんな秘密の道具で、暗殺を試みるか。魔眼で調べている。彼らも、ニコロと同じ装備だ。


 繊細な道具には弱点も多い。


 壊れやすい、威力がイマイチ、値段が高価で管理が難しい。


 そして、精密かつ繊細な暗殺武器が持つ、最大の欠陥は……使い方が一つだけと言うことだ。ニコロのやろうとした使い方以外では、隠した毒針を放つことが出来ない。ニコロと同じような装置を袖に隠している。


 ニコロは不発どころか、する前にオレたちに悟られていた。肩をわずかにすくめるようにしながら、手首を小指側に動かす。それが、あの毒針を使うために必須な予備動作。バレている動きなら、対応することも可能だよ。


 場数を踏むと、色々と知恵を覚えちまうものさ。


 そして……結局のところ。戦術や作戦なんてモノは、少数同士の接近戦では無意味になる。『強さ』。これが全ての小細工に意味を無くしてしまうもんだよ。オレと、三人の暗殺者が荒野で出会う。この間合いに入ったら、強者の暴力が全てを支配する。


 彼らは、やけに緊張している。


 殺しを扱う者たちだけに、悟ってはいるのだ。自分たちの圧倒的な不利を。無意味な動きをしまいと、体を固定している。いい傾向だ。オレにメッセージを伝えて来てくれている。そして、ベテランの唇が静かに動いた。


「―――戦う気は、ない。とくに、『背徳城』を襲って無傷で突破してしまうような猛者とはな」


「……賢明な判断だと思うよ。君らは、暗殺者。平地の戦場で、真っ昼間では、猟兵であるオレたちの方が有利だ」


「ヴェリイ・リオーネは、いるか?」


「いないよ。合流する予定だったが、『ルカーヴィスト』に誘拐されちまった。今から助けに行く予定なんだがな」


「……そうか。彼女は、自分を囮にしたか」


「ああ。だが、死なせるつもりはない。君たちも、内心では分かっているんじゃないか?ヴェリイは、君たちのことも心配していた。他のマフィアたちから孤立した『アルステイム』の行く末を滅びだと予測し、彼女は憂いていたぞ」


「……ああ。そうだろうな。オレたちも、気持ちは、彼女と同じ。とはいえ、『掟』があるんだ」


「……戦うのか?オレは、どちらでも構わんが、ヴェリイの意志は、君らの死ではない」


「……オレたちを、その剣で攻撃しろ。本当に、斬れと言うんじゃない」


「死んだフリか」


「オレたちがこのチームのリーダなんだ。他は、若手ばかり。手練れ20人の死体を見ているせいで……とっくの昔に戦意はないさ。オレたちが殺されたら、逃げ戻って報告しろと命じて来たよ」


「……いい作戦だが、それをする必要もない」


「なに?」


「君らに、撤退するに相応しい戦力差を見せつける。一目瞭然の、力の差をな」


「どうするっていうんだ?」


「……理解すると思うよ。君らよりも、あっちの若手たちが。全力で逃げる」


「……どういうことだ?」


「『ヴァルガロフ』に戻る頃には、君らの長は代替わりしているさ。気にせず戻れ。その後は、君たちはオレの仲間。『自由同盟』につけ。『ヴァルガロフ』は、ハイランド王国軍が占領するが……無用な衝突が起きないように、両者のパイプ役となるんだ」


「……なるほど。まあ、どうあったとしても、オレたちは長に従う。新たな長が命じれば、それに全てを捧げるだけのことだ」


「……そうか。それでいい。共に働ける日が楽しみだよ。オレは、この土地を気に入っている側面も多いんだ。悪人も多いが、ガルーナと似た風が、確かに吹いているからね」


「アンタ。何者だ?」


「ソルジェ・ストラウス。ガルーナ最後の竜騎士。『パンジャール猟兵団』の団長さ」


「西の英雄サンかよ……」


「ああ。だから、力を見せつけるなんてことは、簡単なんだよ!!」


 猟兵のスマイルに唇を歪めて、オレは荒野の空を見あげるのさ!!魔眼を通じて、心を通わせるんだ。大地が見える。白く乾き、どこまでも広がる荒野が。馬に乗る若いケットシーたちの姿も。だから。伝えるんだよ!!


「歌えええええええええええええええッッ!!ゼファーぁあああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


『GAAHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 竜が歌い、黄金の灼熱に煌めく炎球が蒼穹を焦がす!!劫火は空の青を貫いて、白く乾いた大地に命中し、炸裂していた!!


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンンッッッ!!!


 砕けた大地の破片が宙に舞い、若きケットシーの暗殺者たちと、怯えきった馬が、恐ろしいまでの勢いで東に向かって逃げ去っていく。


 ベテランたちも、怯えて暴れる馬に手こずっていたが、どうにか落馬はしなかった。冷や汗と恐怖に引きつる顔は、どこか笑顔に似ていたな。


「……うおおおおおおッ。マジで、竜かよ……ッ」


「ああ。一緒に、大陸の支配者、ファリス帝国を焼き払おうぜ?」


「はは、ははは!!……帝国の打倒か……なるほど。英雄サンらしい大きな野心だ」


「そうする必要がある。そうでなければ、やがて、大陸に人種が共存する場所は消え失せるだろう」


「……アンタのガルーナは、『ヴァルガロフ』に似ていたのかい?」


「ああ。だから消えた。だからこそ、取り戻す。力を貸せ。君らも、自分の家族と同胞たちを守りたいだろう。そのために、命を賭けたヴェリイのようにな」

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