第四話 『祈る者、囚われる者』 その10


 まるで叩いたばかりのシンバルが、頭のなかにあるみたいだ。ジンジンとうなる鼓膜に苦しめられながらも、斬撃は理想を追従してくれていた。鋼が暗殺者の魔獣の革で作られた革製鎧を切り裂いて、その体に致命的な損傷を与えていたよ。


 二人目をそうして血祭りに上げていた。


 魔眼を使いシアンを把握する。彼女も順調。むしろ、彼女の方が順調だったよ。オレよりも脚の速さがあるからね。低く沈みながら敵に近づき、双刀の左右を腹へと叩き込む。


 『ピンポイント・シャープネス/一瞬の赤熱』で強化された斬撃が、暗殺者の胴体を真っ二つになりそうな深さで斬り裂いていた。命を壊す、強力な一撃だ。心臓から下に伸びる巨大な動脈と、血流豊富な人体急所である腎臓を同時に切断するのさ。


 切れ味が良すぎては、威力が減るからね。シアンは、体から刃を抜き去るとき、あえて刃を揺らして衝撃を残す。傷口をより広げて、重心を後ろに傾けるための技巧でもあるのさ。


 腹を斬り裂かれている―――その症状において、重心を後ろに押し込まれることってのは、更なる悲劇を加速させることにつながるのさ。腹の筋肉ってのは、体を前に起こすためにある。その筋肉が破断しているということは?


 体を起こせないのさ。より正確には、『起こすための力が存在しない』といった症状にある。だから、シアンの斬撃の最終段階のように、あえて後ろに押し込まれたら?……二度と体は起きないのさ。そうするための動力が、存在しないのだからね。


 剣聖に斬られるということは、そういうことだ。


 斬られて殺されるだけではない。


 死にざますらも決めつけられる。


 あの斬られ方をした者は、シアン・ヴァティをにらみつけることはおろか、地上にいる敵を目で見ることもなく、ただただ空を見あげながら後ろに倒れていく。斬り裂かれた傷口を、倒れる自分の重さで開いてしまいながらな。


 『虎姫』シアン・ヴァティは、その技巧の真髄を、『アルステイム/長い舌の猫』暗殺者どもに叩き込んでいく。移動しながらの殺しだ。しかも、斬られた者の反撃さえも封じている。3人目、4人目と、彼女のうつくしい指に握られた鋼が、死を量産している。


 シアンは力を惜しむことなく、全速と全力を、神がかった効率の良さで見せつけているんだ。ああ、疾風のように速く、稲妻のように激しい。黒くて長い髪を揺らしながら、白銀の双刀を自在に操る……。


 『虎姫』。


 須弥山に渦巻くように並ぶ、螺旋寺の頂き。


 シアン・ヴァティは琥珀の瞳で獲物を捕らえながら―――残酷なる笑みが映える美貌のままに、剣聖の奥義を披露する。戦神どもの信徒には、最高の死に方だろう。あそこまで完璧な技巧の前に、斬り殺されてしまうことはね。


「……すごい、ですね……ッ」


 オレは3人目の暗殺者を斬り殺しながら、ニコロ・ラーミアがつぶやいたその言葉を聞いてしまう。ちょっとだけ嫉妬していたよ。目立ちたがり屋のオレよりも、シアン・ヴァティの方がはるかに目立っているのだから。


 まあ、そんなことでメソメソしている場合ではない。速さではシアンに勝てないのは、ずっと昔からそうだし、おそらく永遠にそうだろう。『チャージ/筋力増強』を脚に使う荒技、『雷抜き』でなら……一瞬だけ勝てるかもしれないが。


 魔術に力を借りなければ、『虎姫』のスピードには、絶対に勝てない。筋力とタフさなら勝てるが……スピードだけは、負けているんだ。


「こ、こいつらあああッ!?バケモンだッ!!」


「建物の北側は全滅寸前だ!!密集して、備えろ!!」


 ヤツらがこちらの戦力を把握したらしい。しかし、誤解もある。集まったところで、我々が止められるとも限らないし―――もうすぐ、30秒が経過しようとしていた。


「よし、これなら―――――――」


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンンッッッ!!!


 再び、爆音と閃光が荒野で暴れていた。先ほどの爆発で、ほとんど崩れかけていた待合所が、二度も爆発するとは、オレたち以外は想定外だったらしい。『終わった戦術』として意識から外してしまった待合所が、まさか、また爆発するなんてね。


 崩れかけていたニコロの職場は、爆風のせいで粉々になった木片の雨を『アルステイム』の暗殺者たちに浴びせかける。彼らは、混乱し、その体を再び固めていた。さっきよりもパニックに陥る度合いは薄いだろうが……予期せぬ爆破にノーリアクションは出来ない。


 訓練では、本能を抑制しきることは不可能だ。環境に生じた大きな異変には、ヒトはどうしたって気を取られてしまうものだよ。


 そこに、オレは襲いかかったよ。竜太刀と、左の篭手から生やした竜爪のコンビネーションだ。密集している、小柄なケットシーたちに対して、体躯を活かした腕力任せの強襲を浴びせていた。


 まとまってくれているだけに、オレの攻撃力を存分に知らしめることが出来るのさ。ガードされるが、お構いなしだ。ダガーも、細剣も、小型の盾さえも、そんな小さな鋼でストラウスの剣鬼の猛攻をしのげるわけがない。


 ダガーを指から弾いて捨てさせる。そのまま斬撃で首を刎ねる。細剣を持つ手を竜爪で斬り裂き、竜太刀の斬撃で頭をかち割った。盾?……二メートル超えで、20キロはある盾ならば有効性を認めよう。それ以外は、竜騎士の前では無意味なオモチャでしかない。


 小さく使い勝手の良い円形の盾。たしかに、軽装の敵相手ならば護身術用に有効だろうが、巨大な竜太刀を受け止めるという発想自体が間違っている。小さな鋼は嫌いだ。扱いが難しいし、場合によっては本当に無意味だから。


 小型の盾なんぞ、強打を受けた瞬間、腕のほうが壊れちまうしな。戦場でヒトを斬るための斬撃ってのは、防いだ鋼ごと敵を砕く威力が無ければ……二流の攻撃なのだ。


 一撃で殺す。


 そのための威力を出すために、戦士はみんな努力している。戦場では、必殺の一撃以外に意味は薄い。二度三度と連携の技巧を叩き込んでいる内に、こちらが疲れて殺されてしまうからな。戦場の正義は、いつだって一撃必殺だよ。


 一刀のもとに殺せなければ、攻撃とすら言えんのだ―――。


「う、う、うあああああああああああああああああああああッッ!!?」


 オレが振り下ろした斬撃を、円形の盾が防ごうとしていた。


 受け止める?……まさか、丸みを帯びた鋼なら、刃を弾くとでも信じているのか。残念ながら、真実ではない。弱者の振り下ろす鋼ならばそれも叶うが、強者の鋼を、そんな小さな盾などで受けるなど、愚の骨頂である。


 ザギュシュウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!


 円形の盾ごと、竜太刀は敵を斬り裂いた。


 盾の鋼を切断し、盾を構えた手をも裂きながら、盾兵の頭部を叩き斬るだけのこと。指に死が伝わってくるのさ。血潮がたぎる。ストラウス家に流れる剣鬼の血が、もっと殺せと、わめき立てやがるんだよ。


 ああ。


 血が熱い。


 野蛮なストラウスの血が、燃えてくるのさ。闘争本能が全開になり、オレの体はより速く、より強くなっていく。鋭さには、今は頼らない。獣のように荒ぶる魂が、肉体が突き動かしてくれる。


 一撃必殺を、乱打するのさ。回避不能のリーチを使い、暗殺者どもを蹴散らしていったよ。パワーとスピードとリーチ。身体能力由来の威力で、敵を圧倒していく。


 コイツらは、それなり以上には有能な戦士だ。しかし、装備が残念だった。オレとやるのには、あまりにも相性が悪い。


 爆発の衝撃から立ち直ったケットシーの暗殺者たちは、オレの斬撃から逃れようと技巧を見せつけて来る。たしかに、いい動きだ。軽いフットワークに、柔軟な身のこなし。躱すための技巧は、一流だが……。


 いかんせん、小型の鋼ばかりでは、リーチが足りなかった。


 攻撃するための余裕が、彼らには捻出することが不可能なのだ。ストラウスの剣鬼は、容赦など知らない。暗殺の技巧を有する彼らが、どんな暗殺武器を放ってくるかも分からないからな。


 過剰なまでの殺意で、殺しまくるってのが正解さ。


 現に、オレが斬った最後の暗殺者は、口の中から毒針を噴き出しやがった。顔面狙いだから回転しながら避けていた。回転しながら放つ、竜太刀のカウンターで、そいつの胴体を斬り裂いていた。


 斬るべき敵を斬り終えて、オレはシアン・ヴァティの戦いを見守る。彼女の方が、やはり大勢を仕留めていたよ。速さで劣るとは、こういう結果になってしまう。


「は、は、は、速いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!?」


 琥珀色の双眸を輝かす『虎姫』は、低く走るが高くも跳んだ。右に左に軽やかに、ステップを刻みながら戦場で剣舞を踊る。双刀が狙うのは、急所ばかりだ。


 攻撃を躱しながら相手のノドに右の刃を走らせ。待ち構える敵には神速の突撃からの、いきなりの跳び蹴りを浴びせて首の骨を折りにかかる。崩れ落ちていく死体を足蹴に再び跳んで、速さが売りのハズであるケットシーの背後を取ってしまう。


 死体を足場に跳ぶなんて、ミア並みの軽やかさを大人女子の体躯でやってのけるんだ。初見では、あんな動き、誰も想像なんて出来ないさ。敵の背中にぬるりと舞い降りた『虎姫』は、獲物の首筋に右の刀を、左の刀では腰裏からの腎臓突きだ。『虎』に噛まれたよ。


 シアン・ヴァティの凄さは、その圧倒的の個人技だけではない。彼女は、戦場を全て俯瞰する兵法家でもある。牙で串刺しにした死体を、支えながら踊る。敵のサーベルの刺突を受けるための盾に使ったのだ。


 重さ70キロぐらいの盾なら、砕ける鉄製の盾よりも上等な防御力を成立させる。死者を貫通したサーベルだが、抜くことは叶わなかった。シアン・ヴァティの双眸が、刺突の軌道も質も威力までも、全てを読み切っていたからだ。


「……なにッ!?」


 死体を貫くサーベルに、腎臓をえぐっていた左の刃を当てているのさ。そこに刺さるように死体を踊らせたというわけだ。死体の中で、シアンの刃がケットシーのサーベルに圧を加えている。だから、そのサーベルは抜くことさえ許されない。


 シアンは冷酷さに輝く琥珀の双眸で獲物を見ていた。獲物は、悪い反応をした。オレならサーベルを放すことを選ぶ。予備の武器に切り替えて、一か八かの勝負に出る。だが、シアンの双眸に睨まれているせいで、彼は焦っていたのだろう。


 あの瞳は、焦らせるために使っている。『虎姫』は、全てを戦闘用に使う。表情だって戦いのためにあると断言する。だから、普段はあまり使わない。戦場の彼女は感情表現たっぷりだ。敵の心をも操るために、うつくしさも残酷さも使うんだ。


「うああああああああああああああああッッ!!?」


 パニックになり、サーベルを全力で引き抜こうとした。だから、シアンはその動作に乗った。刃先をわずかに、ずらすことでサーベルの拘束を解いていた。暗殺者は、大きく後ろに仰け反ることになった。そして……シアン・ヴァティから視線を外してしまう。


 神速で動く剣聖を、見失っていたのだ。取り返しのつかない過ちだった。二秒後には、獲物は剣聖を探すために必死に首を振る。三秒後には悟っていた。低く沈んで走った彼女が、己の背中にいることに。


 慈悲ではなく、ただの狩りの作法として。


 シアン・ヴァティの双刀の斬撃は、暗殺者の命を一瞬で奪っていた。血霧舞う戦場のなかで、鋼についた暗殺者どもの血を振り払いながら……彼女は、自らの狩りに満足して、微笑みと共に、黒い尻尾をしならせた。

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