第四話 『祈る者、囚われる者』 その8


 『垂れ耳』の青年の言葉は、オレとシアンの興味を引いた。


「組織と同胞の行く末を憂うヴェリイ・リオーネが、ついに反旗をひるがえしたというわけか」


「……はい」


「……『背徳城』の襲撃のせいで、『ゴルトン』と『マドーリガ』が、対立しようとしている。長よ。我々の攻撃を、その女に利用されたようだな」


「いいタイミングではある。両者の対立があれば、『アルステイム』が混乱しても、どちらからも攻撃される可能性は低い」


「はい。そう判断されたようです。彼女も、我々の新たな『ボス』も」


「……暗殺者たちのリーダーか?」


「ええ。ソルジェ・ストラウスさまは、一度、『彼女』と出会っています」


「……ああ。なるほど。手料理の上手い、あの御仁か」


「お気づきでしたか?」


「君が誘導している。オレは、ケットシー族の知り合いが、『ヴァルガロフ』に多いわけじゃないからな」


「……誰だ?」


 シアン・ヴァティが仲間外れはイヤだって顔をする。


「シアンは会ったこともないヒトだし、おそらく、見たことないヒトだよ。オレが見たときも、かなり地味だったから」


「……そうか。なら、気にしないことにしよう」


「……私の誘導だけで、『彼女』が出たんですか?」


「まあ、違和感を覚えたというのもある。ヴェリイ・リオーネは、恋人と流産した子供のために戦う復讐者……言い換えれば、『家族想い』だからな。それなのに、オレたちみたいな連中を『彼女』と会わせるってことは、ちょっと変だしな」


「二度しか会っていない、あの方の性格を、よく把握しておられる。その洞察力、感服いたします」


「褒めすぎだ。ただの偶然だよ。それで、この手紙は白紙か?」


「はい。情報を残すことを、ヴェリイさまは嫌いますから」


「なかなか慎重に行動しているな」


「組織を掌握するまでは、彼女は反逆者ですからね。というか、私の身を心配して下さった結果でもあるでしょう」


「……君が捕まり、拷問を受ける可能性もあるか。君は、ヴェリイと、どんな関係なんだい?」


「……彼女の恋人の、部下でした」


「……なるほど」


「私は、彼を守れませんでした。『首狩りのヨシュア』に、脚をダメにされた」


「ヴェリイと組んで、復讐の機会を探った来たわけか」


「ええ。情報収集をしながら……『首狩りのヨシュア』の情報を集めて来ました」


「この土地にいても、それが出来たか」


「酔っ払いたちは、饒舌ですからね。ここは、『ヴァルガロフ』から離れています。飲んだくれていても、幹部の連中に見つかって怒鳴られることはない」


「サボりには、いいトコロってか」


 悪人ってのは、ガキみたいのところがある。合理的でシンプルで、アホで浅はか。まさにガキだな。隠れて酒をチビチビやるってのは、オッサン臭いけども。


「しかも、通常ならば駅馬車が頻繁に出入りしてくれます。一週間ほど前から、『ゴルトン』の駅馬車の便数が激減しましたがね」


「……どこに行ったと思う?」


「おそらくは、東……難民キャンプだけではないでしょうね。辺境伯の事業を、アッカーマンは奪い取りたいようです」


「さすがは『アルステイム』。情報収集能力は、一流だな」


「いえいえ」


「……それで。ヴェリイ・リオーネはどこにいる?」


「ここから、西です。村ではなく、古びたワイナリーがあります。かつてはワイン造りをしていたんですよ、この枯れた土地でも」


「彼女ひとりか?」


「……いいえ。我々の『切り札』になる仲間がいます」


「どういう『切り札』だ?……この反乱における切り札か?……それとも、君とヴェリイ・リオーネの目的……『首狩りのヨシュア』を仕留めるための切り札?」


「……どちらかと言うと、後者です」


「そうか」


 ……キュレネイ・ザトーを連れて来なくて、ある意味では正解だったかもな。キュレネイの予想では、ヴェリイ・リオーネには『ゴースト・アヴェンジャー』の存在を察知出来る人物がついている……。


 『首狩りのヨシュア』も、おそらく『ゴースト・アヴェンジャー』。彼を追いかけるために、ヴェリイは、その人物を確保したのではないかね。『オル・ゴースト』に所属していた呪術師の一人を、この『垂れ耳』たちと協力することで捕まえていたのかもしれん。


「……そのワイナリーに行くべきだな」


「行って下さいますか?」


「もちろんだ。君同様に、彼女にも危険が迫っているだろうからな」


 竜太刀を抜く。


 シアンも双刀を抜いていた。


 ……オレたちに、わずかばかり遅れて、『垂れ耳』の青年も気がついていた。


「……ようやく、お出ましですか」


 この村の周りを囲まれようとしている。『風隠れ/インビジブル』を使いこなす、有能な暗殺者どもが、接近しているのさ。『サール』の村を取り囲もうとしている。オレたちが気づく理由?……殺気を感じるのさ。


 『風』に足音を隠せたとしても、集中力を帯びて尖った体内の魔力の気配は殺し切れないものだ。集中し過ぎても、殺気は強まる。暗殺者の難しいところだな。ヤツらはヴェリイ・リオーネを完全に殺すため、数と質で、殺しにかかっている。


 気づかれても、逃げられそうにない。


 だから、殺意を隠さないのかもね。


 かなりの数だよ。20人ほどかな。腕利きの暗殺者でも、ちょっと数を揃えすぎていることも察知される原因ではあるけど―――まあ、多勢で仕留めるって発想は、最も無難な戦術として評価出来るものだよね。バカでも勝てるよ、多対少の戦いなら。


 確実に、殺したい。その考えの現れだろう。


 暗殺という発想には相応しくはないが、殺し屋としての発想と評価するなら素晴らしい。いい仕事さ。そして、この『垂れ耳』のことも、褒めてやりたいね。でも、オレが口を開く前に、シアン・ヴァティが『垂れ耳』に刀の切っ先を向けていた。


「―――お前。敵を、引きつけておく役か」


 『虎』の琥珀色の瞳は、『垂れ耳』をにらみつけている。しかし、『垂れ耳』は、苦笑しつつ、彼女の視線を誤魔化すように外していた。愛嬌のある男は、アレが画になるから羨ましい。オレがすると、皮肉っぽくて後味が悪そうだ。


「……はい。この反乱を成功させるための『切り札』は、あなた方なんですもの」


「つまり、君自身をエサにして、この村に『アルステイム』の暗殺者たちを誘導し、その場にいるオレたちが、その暗殺者たちを処分するということか?」


「……すみません。私のアレンジです。ヴェリイさまの作戦ではないんですけど……あのですね、ダメなら正面から逃げて下さい。あなた方にケンカを売るほど、あちらも余裕はありませんから。素直に、脱出させてくれるハズですよ」


「左脚を引きずる君を置いてか?……マフィアは残酷なんだろ?バラバラにされるとか、皮を剥がれるとか……ロクな目に遭わされそうにないぞ」


「ええ。でも、自分で選んだ道です。そもそも承諾されてもいないのに、ヒトさまを戦いに巻き込もうとするなんて。とんでもない悪さですから。大丈夫。彼らを引きつけて……自爆でもしますから」


「それを聞いて、この場から撤退しないあたり……オレもお人良しちゃんだな」


「いいヒトですね、ソルジェ・ストラウスさまは」


「……合理的な判断の結果でもあるよ。君を死なせると、ヴェリイ・リオーネがオレの言うことを聞いてくれないかもしれないだろう?」


「私は、そこまで重要な男じゃありませんよ」


「ヒトの命の重さなど、自分で決められるものじゃない。得がたいものだぞ、この乱世で忠臣なんていうものはな」


「……私は、組織を裏切った側の者ですけど?」


「その理由は、組織とケットシーたちを守ろうとしてのことだ。そういう反逆を、オレは嫌わんよ。シアンもだろ?」


「―――タイミング次第では、私も長も、この場から去っていた。お前は、初めから、敵と刺し違える覚悟があったか」


「ええ。まあ、それぐらいは。手負いの私が時間稼ぎを出来て、何人か殺せるなら、十分な戦果じゃないですか」


「ハハハハッ!なかなか、クールなヤツだな。死にたがると、なかなか、長生き出来んもんだが……悪くない命の使い方だ。戦士としては、いい考え方だよ」


 彼女のためならば、己の命を捨てられるか。ヴェリイ・リオーネにはいい部下がついている。彼女の『ボス』も魅力的なのかもしれないが……彼女自身が『アルステイム』の長になっちまうってのも良さそうだ。


 まあ、それは彼女たちの問題だな。


「……それで。どうします?敵サン、かなり近づいていますけど?」


「もちろん、戦うさ。ヴェリイ・リオーネに貸しを返しておく。彼女に、より多くを求めるために彼女の敵を殺して、彼女の仲間を守る」


「願ったり叶ったりではありますね」


「……おい。刺し違えるためにも、準備はあるのだろ?」


「ええ。大きいのとか、小さいのとか」


「ほう。そいつは面白そうだ。どっちが見たい、シアン?」


「愚問だな」


「……くくく!そりゃそうだよな。なあ、青年、名前は?」


「ニコロ・ラーミアです。ソルジェ・ストラウスさま」


「そうか。ニコロ。その大きいヤツ、一発、喰らわせちまおうぜ?」


「派手好きなんですね、お二人とも」


「地味な小技に付き合っている場合じゃない。君らの情報収集能力は、超一流。地元で隠れつづけることは、ヴェリイ・リオーネにも難しかろうしな。さっさと、外の連中を仕留めて、ヴェリイと合流したいのさ」


「了解しました。それでは、始めましょうか?……暗殺者の技には、注意して下さい」


「……誰に、言っている。『虎』に、小細工は効かん」


「そういうことだ。暗殺の技巧にも、オレたちは詳しい。戦いでは、負けるようには出来ちゃいない。心配はいいから、さっさと仕掛けろ、大きいヤツをな」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る