第四話 『祈る者、囚われる者』 その2


 ガンダラは食いついて来ていた。おそらく、ガンダラも想定はしていた作戦だったろうからな。まあ、作戦というほど形になっているモノではなく、あくまでも方針と言った方が正確かもしれないな。


 オレは自分なりの考えを話してみたよ。ガンダラの賢者の瞳が、オレをじーっと見つめていた。少し緊張をするし、ちょっと得意げな気持ちになれる。インテリのガンダラにビジネスのハナシで注目してもらえるのは、なかなかの快感でもあった。


「―――たしかに、それは面白い」


 好感触だった。否定の要素は、ほぼない。蛮族がインテリを納得させられるなんて、進歩を味わえるよね。とはいえ、驚愕って顔をされることもなかったから、ガンダラも考えてはいたことのようだ。


「……お前も、考えていたんだな?」


「私は、貴方の副官。考えるのが仕事ですし、そういうのは得意ですから。色々と考えてはいますが……決断するのは向いてはいない」


「そうでもないとは思うけどね」


「いえ。団長は、勘がいい。私やロロカよりも、はるかに野生的で、一種、獣のような考え方をする」


「なんだか、野蛮人だって、バカにされた気がするよ」


「そうでもありません。褒めているんです。迷いなく、悲惨な道も選べる貴方の強さを」


「悲惨かな……?」


「かなり『スケジュール』が、前倒しになる可能性もあります。混乱は大きいかもしれない」


「動くべきだぜ。より前掛かりになってな!……春の連勝で、ヤツらは疲れている。アイリス・パナージュの策で、侵略師団に対する帝国人の有望株の流れが鈍る今……ダメ押しすることで、戦略を補完できる。畳みかける時期だ」


「それは、理想ですが……後方の憂いもある」


「アリューバとザクロアの軋轢か」


「はい」


「たしかに、あそこが安定しなければ、東への攻略は難しい……でも。いいことに、ジーンのヘタレが、根性出してやがる。おそらく、勝利をフレイヤに捧げることで、彼女の指導者として価値を飾るために」


「でしょうな。彼らは、恋人同士なのでしたな?」


「ああ。ジーンは国とか政治に興味は薄いが。理解はしている。どうすれば、愛するフレイヤの利益になるのか、彼は何でも知っているのさ。ジーンが活躍してくれるのなら、フレイヤの政治力は盤石だよ。ジーンもそうなるように振る舞っているだろうしな」


「……フレイヤ新議長は、強硬派を押さえられると?」


「行けるよ。海賊騎士団の連中は基本的にフレイヤの忠臣だし、そもそも、お気楽な連中が多い。フレイヤが船長職にいないせいで、不安がっているからこそ、ザクロアへの警戒心も強まっているようだがね」


「歴史は必ず繰り返しますからな」


 羽根戦争。両国の悲しい歴史。隣接する商業国家同士で、森林地帯の多さも同じ。商売敵になりやすく、商売でもめてる隣国とは、必ず戦になるのが定め。


「……ああ。アリューバとザクロアは、いつかまた戦をする日も来るだろう。だが、それは50年後にして欲しい。オレの生きている間は、やめておいてもらいたいところだ」


「……両国に縁がありますからな、団長は」


「そうだ。共に、故郷の一部のようなものだよ。まあ、ジーンが戦果を多く稼いでくれたことで、海賊騎士団の緊張はかなり解けている……こいつは、オレの肌で得た感覚が頼りになるが……セルバー・レパントも安心して顔の険が取れているはずさ」


「……つまり、勘なわけですか」


「知り合いだからこそ働く勘でもある。爺さんは、祖国を再び奪われたくないと必死なだけで、ルードからの報告書がしている評価よりも、実際は好々爺だ。自分が攻撃的すぎるってことを、ちゃんと理解している。安心すれば、フレイヤの策に今より忠実になるよ」


「……『自由同盟』への正式な加盟に……旧敵ザクロアとの協力に、アリューバの保守派議員たちも賛成すると?」


「ああ。セルバー・レパントが賛成に回れば、アリューバ半島の乱暴者たちも冷静さを取り戻せる。彼は、荒くれ者たちの尊敬を集めているし、伝統あるアリューバの自由騎士の一人でもあるからな」


「カリスマなわけですか。たしかに、先の戦でも大きな貢献をしたと」


「頭も悪くない。復讐心は強いし、ムチャをやるが……見た目よりは、ずっと賢いよ」


「シャーロン・ドーチェにも連絡しておきたい事実ですな。人物の評価を、ルードの工作員は読み間違えているのかもしれません」


「……見た目で損する荒くれ者だからなあ。まあ、海賊騎士団の再建が進んでいるのならば、セルバー・レパントはザクロアという敵に接近することも受け入れる」


「新議長のフレイヤ・マルデルは、まだ若い。彼女に、愛国心に燃えるアリューバを、冷静に導ける政治的手腕があるのですか?」


「あるね。彼女は、それぐらいはやれる」


「断言しますか」


「彼女の強さを知っている。脅威的な状況把握と、誠実さだ。そして、命を賭けた判断にも慣れている」


「リーダーの資質つあふれている才女なのですね」


「彼女は、第二のクラリス陛下だよ。より攻撃的だけどね」


「……頼りになりそうなお方だ」


「ああ、フレイヤの読みは絶対当たる。彼女も、この世界で2番目か3番目の船長だ」


「ジョルジュ・ヴァーニエを買うのですな?」


「あの二人の海賊船長を、完全に手玉に取ったからな。オレとゼファーも殺されかけた。最強の敵ではあったよ」


「早めに処分出来て良かったようですね」


「そうだな。長生きされていると、北の海は完全に帝国海軍に掌握されるところだった」


 そうなれば、『自由同盟』はアリューバ半島から送られてくる大量の軍隊に北から攻められ、東からも攻撃されるところだった。多勢に複数の方向から攻撃される?……少数の我々としては、悪夢のようなシナリオだ。


 ヤツに半年与えていたら?


 『自由同盟』は、冬が来るより先に全滅していた可能性もある。


「……ヤツが消えたおかげで、最高の船長はフレイヤとジーンになったよ。これで海は安心だ」


 あとは、もう一つ強力なダメ押しをしておきたいところだな。


「フレイヤ議長は、アリューバの政治的安定よりも、『自由同盟』への参加を優先してくれますか?」


「『準備』が整えば、必ずそうする」


「『準備』……海賊騎士団の復活ですね」


「ああ。新造船も、略奪して来た船も合わせれば、相当なものだ。レイチェルとジーンの活躍のおかげで、そいつは想像以上に早く成し遂げられる。フレイヤは、そろそろ選んでくれるだろうよ。『自由同盟』への参加と……ザクロアの都市代表、ライチとの会談もな」


「……政治力の低下を招きかねない行いですが」


「選ぶよ。彼女は、オレより大人だから」


「……敵対する定めの国と手を組むことを拒む。その選択を、『幼い』という単純な評価をつけたい気は、私にはしませんがね。より長い国防を思えば、敵にすり寄らないのも正解です」


 ガンダラにフォローされている……というか、フォローじゃなくて、ガンダラ自身の価値観に根ざした見解ってだけだな。ガンダラは出来るプロフェッショナルだから、無意味なヨイショはしないのさ。


 ガルーナの潜在的な敵であるバルモア人ども。そいつらと手を組むことは、オレに対してメリットもあるがデメリットもある。難しいね。政治ってのは、正解がない選択だ。どっちもサイテー。合理的な答えはない。あとは、ただの感情論で決めるしかない。


 それがヒトってものさ。好きな生き方を選び、嫌いなモノに抗って死んでいく。ヒトの歴史は、それで出来ている。


 だが。


 それでも、フレイヤ・マルデルはオレよりも大人だ。


「……彼女は優先順位を違えることはないよ。帝国を倒せるのは、今年だけだ。来年じゃ遅い。『自由同盟』に対して、まだ戦力を集中させてない今だけが……帝国に回復不能の致命傷を与えられる。必ず、彼女は、帝国の完全破壊を目指す。成さねば、滅びるから」


「……アリューバとザクロアの問題が解決すれば、かなり動きやすくなりますな」


「そうだ。そろそろ、そうなってもらわないと困る」


「拙速なようにも、思えます」


「そうだとしても、前のめりに倒れ込みながら敵に噛みつく。そんな根性が無ければ、ファリス帝国には勝てん」


「……そうですな。敵は、あまりにも大きい。長年の戦をするのは、難しい」


「ああ。少数精鋭で帝国を滅ぼす。あと数ヶ月の内に、どれだけヤツらを破壊出来るにかかっている」


 キツいがね。『スケジュール』を前倒しに持っていくべきだ。前線を、東に導く。そうでなければ……『自由同盟』の指導者たちも、祖国の防衛のみに意識を向けてしまう。オレたちの欲しい未来を築くのは、平和でも安定でもなく戦争だ。


 あの差別主義者が運営する巨大な帝国を破壊し、オレたちの生存が許される領土を奪い返す。そいつを成せるのは、暴力の他に存在しない。ヒトの指が握る、小さな鋼。それを命がけで振り回すことでしか、理想を体現出来ないのさ。


 悲しいかな、乱世を支配する、絶対の法則だ。


「…………ちょっくら、本筋とは脱線しちまったな。悪い癖だ」


「……そうですな。戦略よりも、戦術……我々は、傭兵。前線での戦果をあげることに集中しましょう」


「そういうことだ。さてと、『さっきのハナシ』は、ハント大佐にも伝えておいてくれないか?」


「ええ。連絡しておきます。ハイランド王国軍に依存する戦略ですから。それに、各国の指導者たちにも報告しなくてはならない」


「……そうだな。だが。結局のところ、ハント大佐次第ではあるよ。彼が、どれだけを望むかによって、オレたちの命運は決まるんだ」


「……おそらく、我々の仕込みと結果次第では、乗ると思います。作戦そのものは魅力的ですので、『自由同盟』の指導者たちを納得させるに至る、結果がいりますな」


「まあ。アッカーマンの『欲深さ』につけ込めば、オレの作戦は成功するはずだ。ヤツは計算高いが、自信家だよ。自分の作戦が外れるとは思っちゃいないし……おそらく、ヤツ以上に『ゴルトン』の連中がアッカーマンを信じているだろう」


「……成果を出していますからね」


「組織を掌握しているはずだ。そして、おそらく準備も万端だろう。『兵士を送り込むための道は出来ている』に違いない」


 そいつを乗っ取れば?


 オレたちは、一つの戦を楽に勝てるだろう。そうなれば、戦力が余る。ならば、欲張るべきだろうさ。飢えた猟犬みたいに、全力で喰らいつくべきさ……。


「……アッカーマンは、欲深い男らしいですからな」


「ああ。推理以外にも裏付けになりそうなことがあるよ」


「ふむ。お聞かせ下さい」


「昨夜、『ゴルトン』たちの警備が手薄で、ギンドウとジャンが、楽に大型馬車を盗めたのも……『ゴルトン』たちは、『そのための作業をしていたから』ってのもあるんじゃないかね?見つからないように、夜間、コッソリと」


「可能性はありますな。辺境伯に気づかれたくは、ないでしょうから」


「まあ、論より証拠ってハナシになるがね」


「ええ。確かめるべきですな。荒野に、『それら』が準備されているかどうかを」


「ゼファーが戻り次第、確かめられることだ。それに……ヴェリイ・リオーネ。彼女と接触して、情報を共有したい。オレと組むのなら、オレも助かるし、彼女たち『アルステイム』のケットシーたちも、『その戦』の後の身分を保証出来るはずだ」


「全員、『自由同盟』側に亡命するという選択肢もありですかな」


「選択肢の一つとしてならな。一番は、それではないかもしれない」


「『ヴァルガロフ』……『故郷』を捨てる気持ちは、起きないものですか」


「おそらくな。彼女たちも、この土地で歴史を刻んできた。オレたちからすると悲惨で、血なまぐさいかもしれないが……彼女たちには大切な歴史かもしれん」


「……『故郷』を持たない身とすれば、想像がしにくいものです」


「『家族』がいる場所だ。つまり、ガンダラにとっては、『パンジャール猟兵団』さ」


「……ずいぶんなこじつけですな。ですが、まあ、捨てられそうにないことは分かりました」


「いつかは、お前の何番目かの『故郷』はガルーナになる。永住してもらうつもりだ」


「そうですね。いつか、そうなるでしょう」


「必ずな」


 ガンダラはクールだから、オレの微笑みにもつられやしない。だが、それがいい。ガンダラってのは、そうでなくちゃね。クールな大人の男は、ほんと笑わないものさ。


「……さて。魅力見的な『老後』についてはともかく……現状をどうにかする必要がありますね」


「ああ。正直なところ、協力者が欲しい。オレたちの手持ちでも、それなりに有効な作戦を構築することが出来るだろうが……やはり、この土地に詳しいヴェリイ・リオーネの強力が欲しいな」


「ええ。彼女と……それに、『アルステイム』のケットシーたち。盗賊と詐欺師の集まりのようですが……工作員としてのスキルを有していますからね」


「そうだ。彼女たちの書類偽造の力があれば……オレの作戦は、かーなり有効に機能するはずだ。サクッと、街一つ奪えてしまうかもしれない」


「そうですね。連携が密に取れたなら、それぐらいは容易いかもしれません」


「彼女が、オレたちと心中するぐらいの立場になってくれたら、かなり楽なんだが」


「心中する覚悟があるかは判断しかねますが、団長に協力的なのは事実でしょう。見返りを多く期待されてもいるのでしょうが」


「……シアンに、多くの土産を持たせてくれたのか?」


「はい。ああ、ちょうど良い。シアンが、戻って来ましたよ。直接、彼女から報告を受けて下さい」

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