第四話 『祈る者、囚われる者』 その1


 荒野を歩き抜いた我々が、あの教会にたどり着いたのは深夜遅くになってからだった。大半の者が徒歩であることを考えれば、かなりのハイペース……というか、常識離れした移動ではあった。


 ときおり、『風』の術を使い、足跡を消す工作もした。全ての気配を断つことは難しいだろうが……辺境伯の軍隊も、オレたちを相手にしているヒマは無いだろう。北上して、山岳地帯に潜むという『ルカーヴィスト』どもを、徹底的に攻撃するさ……。


 ……『フェレン』の納屋を、オレたちに燃やされてしまったしな。奴隷小屋という収容施設が消えてしまった以上、難民を確保する意志は、辺境伯殿には希薄なハズだろう。捕まえたって、閉じ込めておく場所が無いのなら、何にもならないからね。


 ……ガンダラも、オレの意見にはうなずいてくれたよ。


「―――その認識は、間違いではないでしょうな。辺境伯は失脚を逃れるためにも、北部でのテロリスト狩りに戦力を集めるはず」


「だよな?」


「ええ。アッカーマンが密告しないとしても、我々が帝国側にリークすることも可能ですよ。辺境伯の地位を狙っている有力諸侯は少なくない」


「ライバルが多い土地なのか?」


「そうです。帝国領で最も腐敗が許される土地ですから」


「なるほど。私腹を肥やすことが出来る土地ってか……」


「堕落しきった土地ですがね。個人の富を違法に増やすことが可能となっている土地ではあります」


「……何でも使いようってことか」


「ええ。そういうことですよ。団長も、いい社会勉強をしておられる」


「世界の複雑さと、悪人どものしたたかさを身をもって体験している最中だからね」


 オレとガンダラがいるのは、あのホコリだらけの教会。まあ、ホコリだらけだったと過去形で表現するべきだろう。ケイト・ウェインを始め、『背徳城』から救出した少女たちが完璧な掃除をしてくれていた。


 ホコリもなく、蜘蛛の巣も張っていない。快適な空間になった。地下にあのバルモア人の盗賊くずれがいなければ、最高の空間だろうがね……。


 難民たちはキャンプをしている。夜風にさらされることは辛いが、『フェレン』で大量に毛布を盗んで来てもいるからね。雨にさえ降られなければ、風邪を引くこともない。この教会とテントは、女やケガ人に優先している。


 夜風がキツい季節でもないから、旅慣れてしまった難民たちならば、風邪を引くこともなくやり過ごしてくれるだろうよ。


 しかし。屋根がある寝床は嬉しい。ホコリが全て消え去ってしまってことで……ガルフ・コルテスの足跡も消えちまっていたが―――まあ、構わない。ガルフ・コルテスの教えは『パンジャール猟兵団』が受け継いでいる。


 『自由』を求める酔っ払いの称号も、オレが団長職と同じように引き継いでいるから問題はないのさ。ホコリについた足跡を、崇めたところで、ガルフは気持ち悪がるだけだろうからね。


 イスに座って、テーブルもある。ギンドウが造ってくれたそうだよ。近くの廃墟を周り、色々と物資を回収している。手癖の悪さはさすがだな。おかげで、コーヒーの入ったコップをテーブルに置ける。イスもガタついてはいるが、ケツ置きとしては十分だ。


「お疲れのようですな」


「……まあな。伝説のモンスター、『垂れ首の屍毒獣/カトブレパス』も殺したし、『ルカーヴィスト』たちの呪術の罠にハマって、不器用なことに力尽くで色々と解決してしまった」


「団長は、相変わらず、行く先々にトラブルが舞い込むようです。伝説のモンスターの狩りと遭遇するとは……あまりにも運が悪いとしか考えられません」


 真顔で言われる。


 ガンダラの大きな瞳が、冗談の成分を一切含むことなく、まっすぐと見つめて来る。自分の運の悪さとやらが、心配になって来てしまう。


「……運について真剣に語り合うことはないだろ?オレとすれば、伝説のモンスターを狩れたということは、悪いことではない」


「……貴方の馬の尻に、ぶら下がっていたモンスターの首、どうするおつもりで?」


「リエルが、毒液を回収している。キュレネイとジャンのサポートもあるから、危険なことなく回収するさ。毒を研究すると、呪いや病を治癒するための薬になるんだろ?」


「ええ。医学が進みますな。全身の毒があれば、より多くが解明したでしょうが」


「口周りだけでも、毒は一杯ありそうだ。リエルの秘薬の効果が、今より上がるかもしれないし……強力な毒を使えるようになるかもしれん」


「戦闘にも資する、ですか」


「ああ。まさか、伝説のモンスターの毒を使うなんて?……猟兵らしくて、いいじゃないか。それに……いつか医学界にも大きな貢献をするかもしれない」


「……たしかに。そういう面では、運が良かったのかもしれませんな」


「いい戦士も見繕えた。馬の扱いは上々。戦力としても、中の上としては評価していい」


「ストラウス隊ですか。団長と隊長を兼任なさるとは、肩書きが増えて羨ましいことですよ」


 まったく羨ましくなさそうだ。ガンダラはコーヒーを飲む。美味そうには飲まないが、苦味が眠気を取るから好きなんだろう。黒い肌のスキンヘッド野郎は、コーヒーの味についても風味についても語ることはしないが、嫌いじゃないはずさ。


 コーヒー好きの副官さんが、オレを再びまっすぐ見て来た。ガンダラは、雑談をしながらも複数のことを頭のなかで考えられるらしい。ストラウス隊の隊長の権利よりも、よっぽど羨ましがられそうな能力だし、実際、オレはその知性が羨ましい。


「―――状況は、アッカーマンが掌握しているように感じます。辺境伯も、彼を疑ってはいるでしょう」


「……そんなカンジだった。露骨に疑っていたけど、アッカーマンははぐらかしていた。実力も隠していた。おそらく、本当に危ない状況になれば、忠義者の執事を犠牲にして、ロザングリードを連れて『フェレン』を脱出するぐらいはやってのけただろう」


「厄介な連中ですな」


「ああ。頭も切れて武術の腕もあるマフィアの大幹部サマと、有能な辺境伯サマのコンビと来ている」


「……どちらかを斬り捨てても、私は怒りませんでしたが?」


「そうだとは思うが、あの三人に背中を向けるリスクは選択出来なかった。ジャンに、辺境伯の臭いも覚えさせている。ハント大佐には、いつでも辺境伯の暗殺は可能だと伝えておけ」


「より時間を稼ぐことを考えれば、辺境伯の身柄を確保して……人質にするのが最適かもしれませんね」


「ふむ。なるほど。ハイランド王国軍が『ヴァルガロフ』を占拠したあかつきには、ロザングリードを人質にして、帝国側を交渉のテーブルにつかせる。たしかに、時間稼ぎにはなりそうだな」


「ええ。その間は、新たな辺境伯が就任して、この土地に進軍して来るという行いも抑制される。可能性はゼロにはなりませんが……ロザングリード卿は、かなりの大物貴族ですからな。形だけでも交渉を続けている内は、帝国軍も無茶な侵攻はしないでしょう」


「……時間稼ぎになれば、『自由同盟』の軍隊も、ここに呼べるか?」


「……ええ。帝国軍の戦力は、今だ回復してはいません。より深い打撃を与えるためにもゼロニア平野まで『自由同盟』の軍を進めておくべきでしょう……東を攻め滅ぼすことが出来なければ……長期戦になれば、『自由同盟』は帝国の巨大さに呑み込まれる」


「崩れている内に、攻め立てろか」


「そうですな。それ以外に、『自由同盟』が生き残る道はありません。三つの師団が壊滅状態にある今こそ、帝国領に攻め入るべきタイミングではあるのです」


「……そうだな。それは全員が認識しているだろうが……死者は蘇らんからな」


「補充兵がいります。そのためにも、難民たちを西に送る……今夜、あの長距離をあの短時間で走破した人々は、最高の兵士にもなる才能を持っておられます」


「……追い詰められた者に、手を差し出しながら武器も渡す―――いい行いではないが、オレたちには、どうしたって戦力がいるからな」


 難民を、軍事的に利用している。我々は、たしかに善良ではない。しかし、そうでなければ、帝国の人間族第一主義に駆逐されるだけだ。亜人種の未来は、『自由同盟』の勝利によってしか守れないのも事実だよ。


「……いい知らせも入っています」


「……なんだい?」


「最新の情報では、団長の盟友であられる、ジーン・ウォーカー殿の率いる海賊船団が帝国領への遠征を再び敢行。12もの帝国軍船を奪ってみせたようですよ」


「ハハハハハッ!!……さすが、ジーンだ」


「海賊船を修理しながら、海を渡ってみせたようですな。とんでもない船乗りです」


「この海で、2番目か3番目には強い船長だからな」


「ほう?1番目は?」


「帝国海軍のジョルジュ・ヴァーニエ。間違いなく、ジーンよりもフレイヤ・マルデルよりも上だった。海戦だけなら、最強の男だろう。まあ、ヤツは死んだ。海でジーンに勝てそうなヤツはいないよ」


「……アリューバの勝利は、大きな意味があったようですね」


「ああ。おかげでジーンくんは海で無双の海賊王さ。しかし、出来すぎだな。我らがサーカスの花形女優、レイチェル・ミルラも出ていたってことか?」


「もちろん。彼女の任務は、アリューバの海を完全に防衛することです。攻められる前に攻めて、奪ってしまう」


「攻撃は最大の防御か」


「人魚対策を確立されるよりも先に、仕事を果たしておきたいのでしょう」


「たしかに。いつまでも彼女の個人技に頼っているわけにも、いかんだろうからな」


 特大の『火薬樽』を、海中で爆発させたなら―――おそらく、人魚だって気絶するだろう。竜であるゼファーさえも、あの衝撃で意識を失いかけたのだからな。


「ああ、そういえば、催促の手紙も来ていましたな」


「ん?催促?」


 最近のオレに、借金はないはずだが―――ああ、そうか。


「レイチェルからか」


「ええ。そうです。団長、彼女に貴方の名義で給料を送らねばなりません」


「……んー。どうしてか、オレの財布を彼女は狙うよね……」


「お金を差別する主義は、巨人族にはありませんが……『人魚』殿の美学によると、『リングマスター/団長』から貰うべきなのでしょうな、給料とは」


「サーカス・アーティストの美学って、難解なところがある」


「彼女の亡き夫の代わりも、貴方は役回りとして与えられてもいるのでしょう」


「……ああ。なんか、そいつは分かる。彼こそが、レイチェルの真のリングマスターだもんね。オレがレイチェル・ミルラに惚れていたら、とんだピエロにされていたところさ」


「良かったですな。三人のヨメと……ああ、死者とも結婚したので、四人のヨメがいる男の恋愛事情が、より混沌にハマることなどなくて」


 ……ガンダラって、オレの恋愛事情を面白がっていると思うんだよね?我が死せる妻、ジュナ・ストレガよ……君を、このガンダラに会わせてみたかった。どんな意見を言うのだろうか?


 まあ、基本的に女性にも男にも紳士的な人物だから、気に入るハズだけどね。このスキンヘッドのインテリは、いいヤツなんだぜ。とっても有能だしね。


「……オレのユニークな恋愛模様は置いておいて……ともかく、アリューバ海賊騎士団の再建は早そうだってことか?」


「ええ。レイチェル・ミルラの強大な戦力……そして、ジーン・ウォーカー殿の力量。造船業も順調ではありますよ。ストラウス商会の力もあって」


「……ロロカか。順調そうで何よりだ」


「天才商人ですな。天才学者でもありましたが……乱世において、ユニコーン商隊の物資輸送能力は、圧倒的かつ独占的……」


「……ザクロアとの貿易上の摩擦が出てるってか?」


「今のトコロは、調整されておられるようです。クラリス陛下とルード王国の商人たちがザクロアとアリューバのあいだで、上手く立ち回られている」


「……そうか。ああ、ロロカ。我が第二夫人殿を、ベッドのなかで褒めてやりたいよ」


「そのうち来られるでしょう」


「ん?」


「アリューバ海賊騎士団の再建が順調な以上、レイチェルと共に、東へと進む機会は近いでしょうから」


「たしかに、アリューバの戦力回復が順調なら、ロロカもレイチェルも西にいる必要は薄まってくるな……となれば、ハイランド経由で、ユニコーンの『騎兵』と共に、東に出てくるか……戦力と、機会が、過剰になるな。なら、いっそのこと、このまま―――」


「……団長?」


「……いや。ちょっと面白いコトを考えただけでね。『ヴァルガロフ』を取り合いにしなくても、済む方法がありそうだ……アッカーマンの悪だくみに、オレたちも参加しちまうことでな」

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