第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その27
「ブヒヒヒヒイイイインンッッ!!」
「中のヤツ、無事か!?無事なら、返事をしてくれ!!」
納屋の周囲を馬で走りながら、腕まで使った四つ足歩行を披露するモンスター化をしてしまった農民たちを、次から次に斬り殺していく。ヒトの尊厳を感じさせない姿に成り果てたか……ここの連中は、とくに呪いの進みがヒドいな。
二流呪術師のキースの心を覗いたからかな。何となく、理由が頭に浮かんでくる。コイツらは……イース教会の周囲に住んでいた連中だよ。キースは、イース教徒の子として生まれて、捨て子になっちまったらしい。
親父に、借金のカタに売られちまったようだ。悪人のペットになった。北の山岳地帯の豊かな麻薬農家の奴隷だった。家の主人にも、そして奥方にも性的な虐待を受けていたか。ろくでもない人生を歩みながら、ヒトを恨む手段と、その精度を磨いた。
許すことを、教えてくれるような出会いはなかったらしい。
太った中年女と、筋骨隆々の大男も大嫌い。もちろん、イース教会に関係する人々も大嫌い。そして、子供を犯すようなクズもか。キースくんは、仕事のなかにも、大いに自分の趣味を反映しているようだ。
それを美学だとでも思っているのかもしれない。復讐者じゃあるな。社会そのものへの強くてしつこい憎しみを感じるよ。キースくん、コイツらは、君とイースさまの祭壇に捧げるためのワインを引き替えにしたパパとは、別人なんだぜ?
「ぎゅがあががあああ!!」
「……おらあああああ!!」
馬上からの斬撃で、一刀両断にする。イース教の聖職者だったモノを、オレは斬撃で叩き斬った。キースくんは、この坊さまの心も覗いて、絶望に堕ちる姿を見ていたのだろうか?多分だけど、そうだと思う。彼は粘着質そうだからね。
まあ、悲惨な幼少時代を過ごしすぎたかもしれん。同情すべき青年でもあるが、彼自身が犯した罪も、相当に重たいぞ?……オレの目の前にいる。彼の罪が。
「ぎぎぎいいいいいいいい」
炎の宿ったたいまつを持っていたよ。松ヤニたっぷりつけて、通り雨に打たれたぐらいじゃあ、消えやしないだろうな。その勢いよく燃えるたいまつを片手に立っている者は、若い娘だったはずのモノだ。
エプロンのように垂れた皮膚の下に……鮮やかな黄色いスカートがあった。上半身は怪物そのものだが、そのスカートのせいで、彼女の性別と、若さが想像できた。兵士たちに見つからぬよう、家の奥に隠れていたんだろう。
魅力的な子だったと思う。明るいスカートが似合う子は、みんなそうだろうから。
「……クソが」
斬らねばなるまい。おそらく、この娘の家族と同様に。竜太刀の鋼に斬り裂かれることが唯一の選択肢だ。それを救いと断じるような傲慢さは、オレにはないが。それでも、他に道などなかった。
彼女が二度と黄色いスカートの似合う体に戻れぬことを、識ってしまっているんだ。キースくんからブン取って来たのであろう知識が、勝手に考えを補完していく。一定の段階まで進めば、不可逆的な変身となる―――つまり、彼女は手遅れだ。
醜い姿のまま、永遠と他者の脅威となって生きていく……いつか、誰かに殺されるまで。その生き方を、オレは認められるほどに寛容な精確はしていなかった。それに、残念ながら、あの子はね、納屋を燃やそうとしているんだ。あのたいまつは、そのためにある。
……そんなことを、許すわけにはいかない。
馬が、重心の変化と、傾けた頭の位置で悟ってくれる。あの子を殺すために、馬の脚は大地を蹴ったよ。彼女は、オレたちを見ると、そのたいまつを向けてくる。怖がっているように見えたんだ。
見えたけど。
どうしてやることも出来なかった。
竜太刀を放つ。
黒い馬の疾駆と、銀色の斬撃が戦場に赤を招く。醜い怪物と成り果てていた、オシャレな少女。誰に見せることもないのに、それでも明るい色のスカートを、家のなかで来ていた彼女のことを……オレは偉大なるアーレスの宿る鋼で斬り裂いていた。
罪深い行いだ。
柄を握る指と、奥歯が力に満ちた痛みを覚える。馬はいななき、殺戮仕事を終えた今、深くて昏い息を肺から吐き出していた。顔についた血も、砕けた骨片と共に飛んで来た脂も拭うことはない。
この罪の重さを、心に刻もうと思う。キース。『覚えておけ』と、消えて行きながら貴様は言葉を残したな。よくあるつまらん捨て台詞で、お前のような根の暗そうな呪術師のためにあるような言葉だ。とても、よく似合っている。
……そのまま、お前に送り返してやりたい。
『おぼえておけ』。オレは、お前の生存を許すと思うなよ。ここの安全が確保されたら、この馬は全力で貴様のいる、あの辺境伯の小さな城へと走るだろう。見つけて、殺してやる。
……『灰色の血』の青年と出会い、『ルカーヴィスト』の道に導かれていたらしいな。復讐の道か?……お前のような悲惨な男には、お似合いだ。だが、そうだとしても、オレは貴様を、もう許さない。若い娘を、オレのような騎士に斬らせやがって。
「―――あ、ありがとうございます!!」
怒りに貌を歪めていたら、頭上から声をかけられた。納屋に潜んでいた、エルフ族の娘だった。
「……無事か?」
「え、ええ!おかげさまで、助かりました!!」
「……壁が崩されていないのなら、可能な限り、そこで粘っていてくれ。この周辺は、バケモノになった村人だらけだ」
「は、はい!あなたは、どこの騎士さまなのですか?」
「……オレは、『自由同盟』に雇われた者だ。『パンジャール猟兵団』。その団長、ソルジェ・ストラウスだ。ルード王国の女王陛下の命により、四大マフィアに誘拐された君たち難民を助け出しに来た……よくぞ、無事でいてくれたな」
「ええ……どうにか」
「……諸悪の根源を、斬り捨てて来る。君らは、待機していてくれ。後で、必ず、ここから脱出させてやる」
「は、はい!!お待ちしております!!」
いい子だ。元気ではつらつとしていて……黄色いスカートが似合いそうだ。まったく、『ルカーヴィスト』どもめ。オレを、どこまでも怒らせやがる……ッ。
闘志に反応した馬が、嬉しそうに駆け出していた。
魔眼が、戦場を把握する。
『フェレン』のあちこちで、猟兵と戦士たちは勝利していたよ。最初の個体ほどの怪物はいなかったようだな。いたとしても、一度、見ているからな。熟練の戦士たちでは、驚くこともないはずだ。
そもそも、『垂れ首の屍毒獣/カトブレパス』との戦いを経た後だから、よほどの怪物を見たとしても、慌てることはないだろうさ。経験値というのは、強い。あの強敵と渡り合ったことで、戦士たちの強さはさらに磨きがかかっているだろう―――。
ジャンとキュレネイが合流する。
「お待たせしたであります」
『ど、どうにか、ハナシを聞いてもらえました!!……ボク、こんな見た目だから、こ、恐がれちゃったけど』
……慣れというのは恐ろしいな。オレは、4メートルもある巨狼に、難民たちを説得させに行かせていたのか……何の疑問も思うことなく。
ああ、彼らが武器を持っていなくて良かった。いきなり4メートルもあるオオカミがやって来たら、攻撃されてもおかしくはない―――戦場の混沌が、ジャンと彼らのコミュニケーションを成り立たせたか。
「……ご苦労だったな。それでは、行くぞ」
「イエス。いざ、古巣狩りであります」
『そ、そっか、キュレネイには、昔の仲間……』
「今は、猟兵、キュレネイ・ザトーだ」
「イエス。そうでありますぞ、ジョン」
『ぼ、ボクは、ジャン・レッドウッドだけど?』
「知っているでありますが?」
『……だ、だよね?』
「ストラウス隊長!!」
弓兵クリスが、仲間たちを引き連れて合流してくる。皆、心なしか顔色が悪いな。呪いを受けているのかもしれん。
「無事か?」
「の、呪いは受けちゃいましたよ。みんな、肉に包まれる夢を見た」
「美味しそうでありますな」
「そういうタイプじゃないんだよ、キュレネイちゃん……あれは、ヒドい夢だった。でも途中で終わっちまった」
「ほんと、オレ、懺悔しちゃいそうになってた……昔、決闘で殺した相手が、出て来ちゃっていたよ」
ふむ。人間族を全員、呪ってくるか。『ルカーヴィスト』のヤツらは、四大マフィアを攻撃していたはずだがな。四大マフィアの亜人種……巨人族、ドワーフ、エルフ、ケットシーだけじゃなく人間族用の戦い方も研究していたわけか?
それとも。
対象の種族を変えることで、どの種族も、あの呪いをかけられるのだろうか……『ヴァルガロフ』の多すぎる人口の全ては、難しいのかもしれないが……数百人単位で呪えるとすれば……とんでもない大打撃になるな。
想像よりも、大きな力を持っているテロリストどもかもしれん。さすがは、『オル・ゴースト』の残党か。
「―――でも、なんだかしらないけど、あの悪い夢がねえ、みーんな、途中で終わっちまったんすよ。ブツっといきなり終了さ。オレもそう。ねえ、ストラウス隊長が、何かしたんじゃないですかい?」
「買いかぶり過ぎだよ」
「へっへへ。そうかいそうかい……まあ、なんでもいいさ。おかげで、ちょっと気持ちは冴えないけど、体力はある。バケモノになりそうにもない」
「つまり、全員で城に攻撃でありますな」
「ああ。そういうことだよ、キュレネイちゃん。さあ、ストラウス隊長!あのクソみたいな夢を見せて来たテロリストどもを、ぶっ殺しに行きましょうぜ!!」
「そうだ!!このまま引き下がれるかっつーの!!」
「やられたら、やり返す。そういう生き方が、戦士ってもんだ!!」
モチベーションが上がっているな。このまま、いい戦いが出来そうだよ。『ルカーヴィスト』に……そして、アッカーマンと、辺境伯ロザングリード。想定していた状況からは、大きく変わってしまったが、そろそろヤツらの顔を拝むときが来たようだ。
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