第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その28


 辺境伯の城に近づくほどに、死体と、それから流れる血の色に出会えた。荒野のジャガイモ畑を走る道は、深い赤に染まっている。地上のジャガイモ畑は赤く、空は不謹慎なぐらい青く晴れ渡り。なんとも不思議な光景を目の当たりにしている。


 死臭が無ければ、これを悪い夢だと考えるかもね。ジャガイモ畑に、バラバラになった死体は似合わない。ここは、そうだな。とても間違っている場所だった。倫理や常識から逸脱した、サイテーな空間を、オレたちは駆け抜けていく。 


 アッカーマンの護衛なのだろう、巨人族の戦士の死体もあったよ。かなりの凄腕だったようだな。狂気に染まった十数人の村人たちを仕留め、怪物化してしまった村人も3体ほど仕留めたか。


 今では、その英雄も命を落として、彼の体はカラスのような屍食の癖を獲得した村人たちに貪られていた。戦士としての同情心が湧いてしまうな。あの巨人族の死体にたかる村人たちを追い払ってやりたくもなるが……彼らは、正気に戻る可能性がある。


 呪術師キースから奪った知識が、そう教えてくるんだよ。だから、無視するとしよう。コイツらの動きは遅い。ヤツらは馬に追いついてくることはないし、肉を食い始めればそれに夢中となるのだから。


「……地獄絵図だな、ストラウス隊長……っ」


「村人にリンチされて殺される敗残兵なんてのは、よく見ているが……」


「食われちまうってのは、斬新なパターンだわ。オレの地元の連中でも、やんねえ」


 戦士たちは口々に惨状を言葉にした。悪いコトじゃない。ヒトは共感することで精神的な苦痛を和らげるものだからな。よりマトモな精神状態でいるためにも、オレたちは自分の心に、この惨状についての嫌悪をため込むべきではないんだよ。


「団長、死んでいる村人の半数は自分たち同士で殺し合ったように見えるであります。でも。兵士の死体も混じっている。騎士の死体も」


「ああ。辺境伯の護衛だ。彼らも人間族のはずなのに、呪われていなかったようだ」


『ど、どうしてでしょうか?……人間族用の呪いなんですよね?』


「キャパシティーの問題というかな。より対象の数を減らす方が、呪いの力は濃くなるんだよ」


「つまり、そこらが今回の犯人の限界でありますな」


「そういうことだ。『ルカーヴィスト』の呪術師どもの呪術も、限界はある。まずは、『人数』。村ごと全てを呪えない。腕の限界だろう。それに、戦士や兵士の類はかかりにくいようだな」


『え、えーと?つまり……犯人は、辺境伯の護衛を、呪えないんですか?』


「この呪いを、オレたちがあっさりと破れたことを思えば、そうなのだろうよ」


『どうして、戦士には効果が……?』


「それなりに後悔や自己嫌悪に、なれている人種ということも大きいだろう。戦場での残酷さを知っていれば、その他のことに対しての罪悪感は減る。この呪いは、そもそも戦歴の多い戦士には向かない部分もあるデザインだ」


 罪悪感との付き合い方は、皆、心得ているだろうからな。ヒトを殺したことを悔やむヤツもいれば、救えなかった仲間が夢に出てくるヤツもいる。職業として戦士を選んだ者たちは、喪失になれてしまい、罪悪感に対しては鈍感さも持っているんだよ。


 何度も考えて、自分なりの答えや対処法を持っている。酒や女に逃げたりする、どこかの赤毛の蛮族サンなんて、その筆頭かもしれない…………自虐は不毛だ、やめておこう。


『え、えーと。戦士には、効果の少ない呪い……ってことですか?』


「そうだよ。それに、この呪いは……『対策』を知っている者には、かなり効果が低いようだしな」


「それは、言えるっすね?」


「オレたちみたいな、呪術に関しちゃシロウトでも、それなりに耐えれたもんなあ」


 コイツらが無事だったということが、それの証明ではある。怪物になるまではともかく、何人かは精神的にやられて、戦力として使い物にならなくなるかもしれないと考えていたが、そうでもなかった。


 その事実を、敵の呪いの貧弱さと評価したいところだな。呪術師の腕前が知れてくる。自分の過去の傷だけを見ている、呪術師キースの限界だろう。


『……じゃ、じゃあ。これは、強烈な呪いに見せかけて、そうでもない……?』


「村一つ破壊できる。威力はあるが……脆弱性もあるのさ。対処が間に合う呪い。だからこそ、『ルカーヴィスト』は兵士を呪わなかった。辺境伯やその護衛は、『ルカーヴィスト』を警戒していた可能性が高いからな」


『対策……?』


「近所にテロリストが出るのなら、備えは万全にしておきたいところであります」


「そういうことだ。呪術による攻撃も、すでにあったのかもしれない。だとすれば……本職の呪術師に助言を求めて、何らかの対策を兵士や周囲の使用人たちに実践させているかもしれん」


 専門家を呼べば、かなりの対策を準備することが出来るだろうよ。『垂れ首の屍毒獣/カトブレパス』退治の専門家を、大学に探し求めるような男だ。用心深く、コネも広そうだ。そういうヤツらは、徹頭徹尾で守りを固めるものさ。


 今回の呪いに関しては、呪術師でないオレでさえ、それなりに対策をすることも出来たんだ。本職の呪術師ならば、キースの呪術を、かなり無効化したんじゃないかね。


「……だから、最初から兵士を狙わなかったということですかい?」


「おそらくな。『効果が薄い対象』に割けるほどの余裕が、『ルカーヴィスト』の呪術師にもない」


『そ、そのあたりで、呪術師の実力が分かるわけですね……?』


「そういうことだ。いいか、ジャン。敵の動きや結果から、意味を探れるようになれ。人類の感覚を超越しているお前ならば、オレより多くの情報を嗅ぎ分けられるようになる」


『だ、団長よりも?……そ、それは、難しそうです……で、でも!精進します!!』


「ああ。この戦場も糧にしろ。地獄のようなサイアクの状況だが、『生きた呪い』に出会えるチャンスでもある。この戦場の空気を、肌で覚えておけ。猟兵としての成長につながるはずだ」


『は、はい!!了解です、ソルジェ団長ッ!!覚えよう……覚えておこう……っ!!』


 ジャン・レッドウッドは素直な青年だ。あの素直さは得がたいものである。オレが得た知識を、ジャンに多く伝えてやりたくなるね。


 ジャンには冴え渡る勘の良さはない。器用さにも欠く。だが、経験を積み重ねることで、ジャン・レッドウッドは最弱から最強の猟兵に近づいていくのが分かる。呪術を鼻で嗅ぎ分けられるようになれば?……ジャンは、どんな呪術にも対応するようになるさ。


 負けるつもりはないが―――いつか、追い越されてしまう可能性もある。そういう存在が、すぐ近くにいると、こちらも気合いが入っていいんだよ。


 さてと。


 若手の指導という大切な仕事もこなしながら、オレたちは辺境伯の城に到着した。無数の死体が転がっているな……辺境伯とアッカーマンの護衛が、ここを死守しようとして、狂った村人たちと決戦を繰り広げたらしい。


 積み重なった死体の山があって、死体を貪りつづける村人たちがいる。ストラウス隊の戦士たちが顔をしかめるが、猟兵3人は涼しい顔だ。ジャンは観察することに専念しているし、キュレネイはいつでも冷静。オレは慣れた。


 馬の背から飛び降りて、死体のあいだを抜けていく。狭い城門に足音を立てることもなく近づくと、死角に怪物どもが潜んでいないかをしっかりと確かめた後で、門をくぐって城塞のなかへと侵入していく。他の者も、オレにつづいた。


 城塞の内側も、死体にあふれていた……かなり激しい戦いが行われたようだった。


「静かなもんですが。こいつは、全滅ですかねえ……?」


「いいや。城内から魔力の気配を感じるよ。身を潜めて隠れている。砦を使う戦い方とすれば、悪くはない。脱出用の隠し通路の一つや二つはあるはずだ。そこに逃げ込むタイミングを作るだけで、辺境伯側は勝利と言える」


「……王サマを逃すために、ほとんど全員が犠牲になったというわけですか」


「軍隊とすれば、マシな負けだ」


「たしかに……そりゃ言えてる」


「『ルカーヴィスト』も、辺境伯の野郎も、まだ生きているらしい……城内に入るぞ」


「―――団長、攻撃目標を指示して欲しいであります」


「ああ。そうだな。目的は、『ルカーヴィスト』の排除。そいつらは四人。呪われた瞬間、相手サンを覗き返してやったんだが……メンバーは、人間族の呪術師、ハーフ・エルフ、『灰色の血』……それと、もう一人だ」


「『ゴースト・アヴェンジャー』でありますか?」


「そこまでは分からんが、可能性はある」


 手強そうな敵だな。ストラウス隊の隊員たちを軽んじるわけではないが、超一流の戦士に襲われては、彼らでは耐えきれない可能性がある。キュレネイ・ザトー並みの戦士でなかったとしても、かなりの強者だと考えなければならんからな、あの連中だけは。


「……最前列は、オレたち猟兵が務める」


「わかったよ。隊長たちが前列なのが一番そうだ。オレたちは背後を固める」


「いるかどうかは分からないが、生存者や負傷者の救護も頼む」


「了解っす。まあ、元々、同僚になる予定の連中でしたし……顔見知りも、いないわけじゃあなかったんです。やさしくしてやりますよ」


「……ああ」


 ……顔見知りか。馬を預かってくれていた門番たちのことが頭に浮かぶ。『フェレン』の村で生まれ育った兵士と、お調子者のファーガソン……二人のことを、コイツらも知っているのかもしれない。


 二人は、いるのだろうか?


 可能性は高くないように思う。この状況で、門番をやっていれば……助かりそうにない。そこら中に転がる死体を、確認する気は失せた。あの二人の死体を見つけたくはなかったからだ。


 生者と死者の顔は違うもんだ。とくに、戦場でのそれは。だから、彼らの死体を見つけられても、オレは彼らのことを認識出来ないかもしれんな。


 ……作戦に忠実に動こう。感傷は、動作の邪魔になることだってあるんだからな。


「……ジャン。ヒト型に戻れ」


『は、はい……っ!!」


 ボヒュン!という音がして、ジャンが巨狼からいつもの痩せた青年の姿に戻っていた。戦士たちが、おお!と驚きの声を上げる。


「本当に、あの青年がオオカミに化けていたんだな」


「スゲーな。さすが、ストラウス隊長の部下だ」


「は、はい!!ソルジェ団長は、スゴいヒトなんです!!」


「……ジャン」


「あ!は、はい!!となりにつきます!!」


 サーベルを抜いたジャンが、オレのとなりにやって来る。キュレネイは、すでに正門に取りついている。鍵がかけられてあったようだが、彼女の指はガルフ・コルテスが残したピッキング・ツールを握っていた。そいつを差し込み、彼女はその鍵穴を屈服させる。


 ものの数秒のうちに、ガチャリと重たげな音を立てて扉は解錠されていた。キュレネイが音を立てずに、後退し、オレの右につく。オレは左手を動かして、ジャンを使う。あの扉は相当に重量がありそうだが……ジャンの筋力ならば問題はないよ。


 ジャンは緊張した顔で、こちらを見ている。本来ならば歯車のついた開閉装置に頼らなければ動かない、あの重量感に満ちた扉に背中を押し当てたまま。うなずいた。時間をかける必要はないからな。


 うなずき返したジャンは、その強靭な筋力を使って、ゆっくりと扉を押し開いていく。その扉の裏側には、敵意を感じない。だが、誰かがいるようだ。オレはジャンが開いてくれたその扉のすき間から、最初に入ることを選んでいた。


 予感がしたからな。いいタイプの予感ではない。戦場で、オレの頭をよぎる悪い予感。そいつは、いつも当たるんだが―――今回もそうだったよ。

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