第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その25


 首を右に左にと振り回しながら、その異形の獣は飛びかかって来る。あのヒトの限界を超えて延長された長い腕で、打撃を浴びせるつもりらしい。スピードもあり、サイズもある。力も感じさせるし……何よりも、迷いが少ない。


 こちらの反撃を受けるとか、躱されて手痛いカウンターをもらうとか、全く頭に無いらしい。駆け引きを抜いた、攻撃性。それは威力だけなら十分に素晴らしいものだ。しかし、熟練の戦士に対しては、その攻撃はあまりにも単調だった。


『ささげりゅるるるるるううううううううううううううううううううううッッッ!!!』


 信仰を帯びた強打が、上空から叩き込まれてくる。だが―――戦士の脚はヤツの打撃をギリギリまで引きつけた上でステップを踏み抜いた。躱すという技巧は、より紙一重に近いほうがいい。


 何故かって?


 反撃のための動きを作るために、無意味に動いて時間と距離を失いたくないから。空振りして、大地に突き刺さった大きな爪。それが生えているヤツの長くて歪んだ左腕の横で、ステップで生み出したスピンに鋼を合わせる。躱しながら、回転し、斬るんだよ。


 ドワーフ族の竜巻のように激しい『回転斬り』……ってほどじゃないかもしれないが、回避と同時に出せる技巧としては、十二分の威力だという自負はある。


 ザシュウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!肉が切り裂かれる音を耳に捕らえながら、オレの剣舞は継続する。竜巻の斬撃ではない分……次の動作へと連係させることは容易い。左腕を切り捨てられたバケモノ目掛けて、突撃する。


 肘から先の部分を失ったバケモノの守りは、弱い。デカくて醜いが、片腕では迫力が鈍るよ。竜太刀の重心と一つになり、オレはストラウスの嵐を放つ!!四連続の斬撃が、バケモノ目掛けて叩き込まれ、ヤツの胴体を深く斬り裂いてやるのさ!!


 醜く浮かぶ肋骨を斬り裂き、それが守る肺腑を壊した。ヒトだった頃の名残の皮が垂れている痩せた腹の肉を断ち、人肉を喰らって来たはらわたを切る。重心を動揺させて、動きを止めるために脊柱を叩き割るように背中から打ち。最後は、あの醜い頭部を斬撃する。


『ぎゃがひゅうう……ッ』


 鶏の頭骨みたいに歪んでいた、バケモノ顔面が竜太刀の鋼を浴びて砕け散る。眼球と嘴をかち割るように入った斬撃の余波は、歪んだ頭骨の構造に破滅的な衝撃となって伝わっていく。脳が揺れ、ヤツの醜い巨体は立つことさえも許されない。


 崩れゆく巨体は、それでも残された右腕を、こちらに目掛けて放ってくる。だが、あの長く伸びて骨張った指が掴むものは何もないのだ。竜爪が篭手より飛び出し、敵意をまとって伸ばされた怪物の長い指を切り裂いていた。


『ぎゅうううッ!?』


 身を捻るような形で倒れてしまったバケモノに、オレは容赦もしなかった。竜太刀を力一杯に叩き込んでやったよ。ヤツの異形化した頭蓋骨と、その中身を目掛けて、破壊的な斬撃が打ち込まれて、ヤツの命はその瞬間に終わりを迎えていた。


「……つ、強えええええええええええええええええッッッ!!!」


「さ、さすが、ストラウス隊長だああああああああッッッ!!!」


「バケモンだぜ。このヒトはよおおおおおおおおおッッッ!!!」


 戦士たちは褒めてくれる。だが、それに気分を良くしているヒマはなかった。オレは死んだばかりのバケモノの死体を睨みつける。左眼でな。魔力の動きを見ているわけじゃない。興味があるのは、この呪術のことだけだ。


 ヒトを苛み、ヒトを追い詰め―――ヒトをやめさせた、この『殲滅獣の呪い』。それはヤツから消えて行こうとしていくのが分かる。情報は、集めたはずだ。


 この呪いの情報はある……四人の外敵、『音の鳴る杖』を叩き合わせて『音』を出す。心のなかにある、罪悪感を増大させて、ヒトを攻撃的にさせる……自我を壊すために、頭の中で呪いはささやくようだな、その声に追い詰められて、罪を認めたとき悲劇は始まる。


 暴走するだけではなく、異形と化すのだ。『ルカーヴィ』の忠実なる使徒として戦うことで、己の贖罪とするために。


 その呪術の特性から、おそらく過去に深い罪を犯した者ほど、深く呪いにかかってしまうのだろうか?……いいや、コイツのような犯罪歴を持つ者が、この村に数多くいるわけがない。どんなわずかな罪でも、構わないのかもしれない。


 己を責める後悔など、ヒトは誰しもが抱えているものだ。法で裁かれるべき犯罪もあるかもしれないし、友情や愛情を裏切った罪悪感でもヒトは壊れる。誰もが、全ての友人知人家族に対し、完璧な対応のみを取りつづけることなど、不可能なのだからな。


 おそらく些細な罪の意識からでも、この呪いは心に侵入してきて、心を砕き、乗っ取ろうとするのだろう。自己嫌悪の原因は、人それぞれだ。自分を拒絶することが、おそらくはこの呪いの深みにはまるということだ。


 ……そうでなければ?戦神がくれる『報酬』に惹かれることもないだろうな。


 さぞかし、甘く誘うのだろうよ、『ルカーヴィ』サマはよ。心のなかで、語りかけていたはずだ。私に仕える戦士になるのなら、その罪は許されると。契約することで、全てを捧げることで、己の自己嫌悪や劣等感や後悔や悩みから、解放されるのさ。


 強制的な改宗までさせる、邪悪な呪術というわけだよ。カルト組織の宗教家どもが好みそうな呪い、そう言えるかもしれない。『宗教とは、全てを捧げること』。ルチア・アレッサンドラの言葉を思い出す。あの農夫は、川に捨てた少女を、忘れられたのだろうか。


 ……宗教を、罪から逃れる行為に使うってのは、不純なのか……それとも神への反省だけが、真の贖罪の意識と言えるのかもしれんな、宗教を心の底から信じている者たちからすれば。


 だがね、『ルカーヴィスト』の教義は、どんな論法で証明しようとしたところで、狂気から離れることは出来ない。ヒトを、こんな異形の怪物に変えてしまう。その現実を正当化する正義なんて、嘘っぱちだよ。彼らの正しさに、オレは納得する日はないだろうよ。


 とにかく、読めることもある。『これ』を使う人物は、熱心すぎる『ルカーヴィ』の信徒だ。盲目的に、堕落した信徒や、『異教徒』を殺すことを推奨するような……かなりの原理主義者で、常識からは逸脱した狂信者でしかない。


 さて。この呪いの『ステージ』は、サイアクの『ステージ4/常に個人を支配し、他者にも伝染する』……にほど近い『ステージ3/常に個人を支配する』ってところか。どちらと判断すべきかね。


 今のトコロ、オレに呪いがかかる様子はない。ということは、ステージ4ではないのだろうか。それとも、複数の人物が呪われている時点で、他者にも伝染した可能性があるのだろうか?……経験不足のオレには難しいところだよ、ガントリー・ヴァント。


 だが、短期間で呪いが進行したことは分かる。


 最初、ヤツは正気を失っているだけのように見えたが、わずかな時間、正常な会話を行えたんだ。あの瞬間だけは、『ステージ2/だいたい常に個人を支配する』の特徴を帯びていた気がする。でも、そこから、一気に悪化した。


「……こいつは、『課題』をクリアする度に、深く己を縛る呪いだ。いいか、皆、昔、犯した罪が心に浮かび、罪悪感で心が破裂しそうになったとしても、気にするな」


「も、ものによるかなぁ、気にせずにいられるかどうかは……っ」


「後悔とか、少なくない人生を歩んでいるしな……っ」


 まあ、傭兵なんて大なり小なりそんなもんだ。


「頭のなかで、『ルカーヴィ』の声が聞こえて来たとしても、全力で、否定しろ。自分の罪を、『ルカーヴィ』などに非難されることはないと叫べ。そいつさえ出来れば、この農夫のように、バケモノになったりすることはないはずだ。呪われても耐えろ、あれほどのバケモノにならなければ、呪術者を殺せば呪いは消える」


『……わ、わかりました!!』


「イエス、団長」


「う、うむ。そうしよう!!」


「たしかに、『ルカーヴィ』なんぞに、文句を言われる筋合いはねえ!!」


「ああ!!だって、オレは、戦神教徒じゃないしな!!」


「そうだ。もしも、怪しげな声が頭に響いたら、その真実を忘れるな。オレたちの罪は、戦神のエサなどではないという真実だけを思い出せ!!」


 そう断言しながら、呪眼を発動させる。『呪い追い/トラッカー』だよ。ガントリー・ヴァントから教わった力。情報を多く手に入れるほど、これが発動する精度は上がってくれるというハナシだ。


 さてと……どうにか、成功か。推理も幾つか当たったいたらしいな。目の前にあるバケモノの死体から、赤い『糸』が見える。ぼやけているがな……ヤツの歪んでしまった肉体を満たす、呪われた魔力……それから、上空に向かって糸は伸びていた。


 青い空に、赤い霧がかかっていた。雲のようにか。左眼にだけ見えるな。アレが今回の呪術の範囲なのかもしれない。村ごと周囲を包んでいる……そして、その雲から無数の糸が、この『フェレン』の土地へと降り注ぐ。


 オレは馬に乗りながら、指示を出す。


「手分けするぞ!!三つのチームに分かれる!!オレとキュレネイ、ジャンは、このまま納屋に向かう。納屋の周りにも、呪いの進んだ者がいそうだからな!!他は東と西に4対4で分かれるんだ!!村を走りながら、呪いの深刻そうな者を見つけ次第、殺せッ!!」


「了解だぜ、ストラウス隊長!!」


「呪いの、弱そうなヤツは?」


「変異の始まっていない者には、矢で脚を射抜け。殺さなくてもいい。この呪いは、波があるはずだ。自我を取り戻せる時間もある……自我を取り戻せば、暴れんはずだぞ。そいつらは放置していて構わん!!」


「わかったよ、ストラウス隊長!!」


「厄介な仕事だが、頼むぞ!!村で暴れているバケモノを排除したら、北西にある辺境伯の城に向かえ!!あそこに、諸悪の根源がいそうだ!!」


 辺境伯とアッカーマンを狙って、この土地を襲撃して来た『ルカーヴィスト』。そいつらは、そこにるはずだろう。4人の狂った呪術師がな。四つだけね、異質な『赤い糸』が辺境伯の城に向かっている。


 それらは左眼だけに見える、あの呪いの赤い雲に向かって伸びているのだが、雲に近づくほどに広がっている。想像するに、4人の呪術師こそが、この呪いの発生源ということだろう。つまり……最終的に、そいつらを殺せば呪いは解けそうだ。


 だが、ハイランド王国の『呪い尾』のように、変異してしまった肉体は、二度と戻らないだろう。あの肉体の異変が、逆転してヒトの形に戻る?……そう期待することは全く出来なさそうだ。


 呪術師を殺しても、この呪いを深刻に受け止めてしまった者の肉体は、元に戻らないだろう。となれば、呪術師を殺しても、村を破壊して暴れている連中はそのまま。


 先に、そいつらを排除しておかねば……オレが真に救うべき存在である、納屋の中の難民たちを死なせることになる。馬を走らせる。難民たちの納屋へと向かって。


『ま、間に合うでしょうか!?』


「難民の人々まで、モンスターになってしまっていれば、被害は深刻そうであります」


「……いい知らせもあるぜ。この呪いは、『人間族専用』らしい。人間族にのみ、呪術の『糸』が伸びているんだ。種族を限定することで、効果を強めたいのだろうさ」


「全員を呪うよりは、より限定された数を狙う。呪術は条件を定めて、より少数にかけた方が効果的であります」


『な、なるほど!!じゃあ、難民の皆さんは、無事ってことですね!!亜人種さんたちですもん!!』


「……彼らは、無事だがな。彼らを襲おうとしている、呪われた者たちもいるようだ」


『そ、そうなんですね……』


「助ければいいだけであります」


「そういうコトだッ!!」

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