第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その22
ジャン・レッドウッドの鼻が告げた不穏なる言葉に、オレたちは馬を走らせていた。ゆっくりとした帰路であったことが幸いしてか、馬たちの脚は十分に休まされていたよ。荒野を駆け抜ける馬群は、すぐさまに『フェレン』へと帰還を果たしていた。
村に近づくほどに、オレたちの鼻もその臭いを嗅ぐ。どこまでも広がるジャガイモ畑を走る風には、むせかえるほどの血の臭いが満ちていた……。
「どういうこったい、ストラウス隊長!?」
「……わからん。オレたちが出かけているあいだに、何かが起きちまったようだな」
「な、何かって、なんだ!?」
「オレにも把握出来ちゃいない!……ただ、この血の臭いは、戦場と同じことだ。ヒトが大勢、殺されている!!致死性の傷が無ければ、こんなに血なまぐさい風は生まれん!!」
「……い、戦!?」
その言葉に、一瞬だけハント大佐の顔が心に浮かんでいた。彼がハイランド王国軍の総力をあげて、このゼロニア平野への侵攻を開始した……?いや、いくらなんでも唐突すぎるか。
『自由同盟』のリーダーたちが、一介の傭兵団の団長に過ぎないオレに、その重要な軍事行動のタイミングを教えなかったとしても、占領するとしたら『ヴァルガロフ』からだろうからな。
こんな戦略的な意味のない村を襲うことは、ありえない―――オレたちの情報は、まだ未確定だった。ここに難民たちが囚われている可能性を、ガンダラ経由で伝えられたとしても、いきなり軍事行動を取ることはないだろう。
「……軍隊の攻撃じゃない」
「な、なら?」
「軍隊じゃないなら、一つだけであります」
「え……」
「この土地、最大の荒くれ者どもさ。『殲滅獣の崇拝者/ルカーヴィスト』ども、あいつら以外に、辺境伯ロザングリードと、ゲストである『ゴルトン』の幹部、アッカーマンを襲うようなヤツはいない」
……この土地でそんな二人に堂々とケンカを売るのは……まあ、後はオレたちと、テッサ・ランドールが事実上率いている『マドーリガ』ぐらいのものだ。『マドーリガ』は、昨夜の襲撃のせいで、戦力を減らしている……死なせちゃいないが、重傷者もいるからな。
昨日の今日で戦を仕掛けてくることは、無いとは思うし、こんなに血の臭いを流すような戦いをするような女にも思えない。狡猾さ、よくいえばスマートさがある偽ロリ女だ。民間人の死者を許容するような行いは、この土地の戦士としては喜ぶまい。
この土地は、ジャガイモを作ってくれる農村だ。安く手に入る食材を作ってくれる農民たちを、テッサ・ランドールは無意味に殺したりはしないだろう。
「……堕落した戦神の信徒だけではなく……ッ。イース教徒の農民に対しても、むごさを見せつけるというのか、『ルカーヴィスト』どもはよ!!」
「し、しかし、隊長。どうするんだ!?」
「お、オレたちも参戦するのか!?」
「……ああ。報酬をもらう相手を、死なせるつもりもない―――」
―――何よりも、あの納屋にいる多くの難民たちを、死なせるわけにはいかない。
「オレたち3人は、脅威を排除するために、『フェレン』に突入し、『ルカーヴィスト』たちと戦う。可能な限り殲滅し、人命を救うつもりだ」
「そ、そうかい……」
「しかし……『ルカーヴィスト』かよ……ッ」
「……だがな。共に来てくれとは、言えない。これは、お前たちに出す報酬も保証されていない戦いだ。テロリストどもが、辺境伯を殺しているのなら……一銭も出ない。ヤツらの戦力も不明だが、辺境伯を仕留めに来たのなら、かなりの戦力だろう」
「……た、たしかに……」
「ここらで、おさらばのようだな。達者で暮らせよ」
「みなさま、達者で暮らすであります」
「い、行きましょう、団長!!」
猟兵たちは、馬を加速させる……他の戦士の馬たちを置き去りにするつもりで。だが、他の馬たちもついて来てくれる。
「……おい?」
「……い、いや。オレは、金貨がいるんだ。分かれたヨメんとこには、ガキがいる。オレのガキだよ。た、たまには……親父として、あいつに何かしてやらんとな……っ」
「命を賭けることになるかもしれんのだぞ?」
「ははは!!『カトブレパス』に挑もうって時点で、命なんて賭けちまってるぜ!!」
「そうそう。金が欲しくて、こんな何も無い荒野にまでやって来たんだ」
「金貨をもらわないうちには、どうにもこうにも回らん首があってな」
「……じゃ、じゃあ。ボクたちと一緒に、来てくれるんですね?」
「そういうこったよ、青年!」
「……助かるよ。本当にありがたい」
8人の戦士たちは、理由は主に金貨ではあるものの、逃亡することなくオレと共に戦ってくれるらしい。ふむ。オレに対する信頼も、わずかにながらはあるのだろう。それを見せてもらえたのならば、応えなくてはなるまいな。
呪文をつぶやく。
風に吹かれる、オレの黒い髪から『変装魔術』が解除されていく。見る間に、本来の赤毛へと戻ったハズだよ。
「……す、ストラウス隊長!?」
「アンタ、髪の色が……!?」
「ああ、スマンな。少々、事情があってな。変装と偽名をつかう必要があったんだが……共に命を二度も賭けて戦うお前らには、真実の姿を見せておきたくなってな」
「は、はは。怪しい仕事を請けるようなヤツだ。みんな、何かを抱えてたり、隠していたりもんだよ」
「そう言ってくれると嬉しいね。キュレネイ」
「イエス。変身・解除であります」
オレの胸の前で、キュレネイ・ザトーも真実の髪の色に戻る。水色の、幻想的なうつくしさを宿す、あのサラサラした髪さ。瞳の色も、青からルビー色に戻したよ。
「キュレネイちゃんまで!?」
「キュレネイちゃん、『灰色の血』なんすね?」
「イエス。『ヴァルガロフ』生まれの、暴れん坊であります。文句、あるでありますか?」
「ハハハ。いやいや、ないよ。この土地に揉まれちまうと、人種の差なんて気にしなくなっちまうもん」
「ふむ。いいコトであります。我がサイテーな故郷にも、ヒトを育てる部分があるものであります」
まあ、彼らは、『灰色の血』が『オル・ゴースト』の構成員の証でもあるとか、『ルカーヴィスト』どもが、キュレネイと同じく、『ゴースト・アヴェンジャー』であることまでは知らないだろう。
そこら辺の事情は、戦場に今まさに飛び込もうかというときに、聞かせるべき情報ではないだろうな。混乱し、恐怖し、作戦の効率を下げてしまう。
「……いいか。戦友たちよ。オレの名前は、ソルジェ・ストラウス。『自由同盟』に雇われた、『パンジャール猟兵団』の団長だ」
「……ん?」
「……ソルジェ・ストラウスに、『パンジャール猟兵団』?」
「聞いたことが、あるな」
「団長は、ルード、ザクロア、グラーセスで帝国軍の侵略師団の撃破に大きく貢献した、『自由同盟』側の英雄であります」
「ま、マジかよ!?」
「お、おいおい、それじゃあ、アンタ、かなりの大物じゃないか!?」
「そ、それだけじゃなくて……アリューバ半島で、帝国海軍も沈めたんですよね!!」
ジャンがオレの活躍を嬉しそうな顔で口にしてくれる。でも、会話のタイミングが遅れたから、皆、感心する言葉を口に出来なかった。ジャンらしいな。しかし……ちょっと、若手の部下たちにストレートに褒められて、団長のオレは照れちまうぜ。
だけど、照れている場合ではない。
「……オレは、『自由同盟』の依頼で、『フェレン』の納屋に閉じ込められている難民たちを救出しに来た」
「……あの納屋……なるほど、そういうことか」
「辺境伯は、人身売買目的に、難民を捕らえているでありますぞ」
「おお。やっぱり、かなりの悪党じゃねえか……さすが、オレたちの命をギャンブルのダシにするような、お貴族サマであられる」
「……辺境伯を殺すつもりは、まだ無い。今回は、純粋に人々の命を救いたいだけだ。辺境伯の執事からも、必ず金貨を手に入れる……足りなきゃ、オレに雇われろ」
「『自由同盟』側にかい?」
「ああ。この戦いに生き抜いた後に決めるがいいさ。全ては、お前たちの自由だ。お前たちのような戦士に、無理強いは似合わない」
「……なんだか、現実離れしちまってるが……戦場の臭いだけは漂ってきているよ」
「そうだ。オレたちに手を貸すのは、今日限りでもいい。とにかく今は、戦場に突撃するぞ!!ジャン!!」
「は、はい!!」
「オオカミに化けて、先行しろ!!その馬には、キュレネイが乗る!!速度を稼ぐんだ!!」
「い、イエス・サー・ストラウス!!」
ジャンが馬から飛び降りて、ぼひゅん!!というマヌケなあの音を放ち、巨大なオオカミに姿を変化していた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!?」
「あ、あの、ショボそうな兄ちゃんまで、バケモンかよおッッ!!?」
『ば、バケモノじゃないです。『狼男』ですから!!』
「十分にバケモノだろ!?いや、いい意味でだぜ!?」
「……アンタたち、本当に『自由同盟』側の英雄ってことか。褒めてる意味で、言わせてもらうぞ。バケモンぞろいかい?」
「そういうことだ」
「……アンタも、バケモンなのか?」
「いいや。ただの人間族だよ。左眼に、竜の魂を宿してはいるがね?」
眼帯を外しながら、金色に輝く瞳を世界にさらす。これで、全開だ。真のソルジェ・ストラウスに戻った。あとは、全力で大暴れしてやるだけだな。
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