第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その23


 ジャガイモ畑を貫く道を、10騎と巨狼が駆け抜ける。オレたちはすでに一丸となっていた。細かな事情は、それぞれ皆違うが、混沌が支配するような戦場での振る舞いなど、ヒトは多く選べるものじゃない。


 これからヒトが死ぬ場所に突撃していく。我々の目的は一つだけ。戦士として敵を殺して、オレたちの利益を手にする。利益は、色々とあるが……まあ、集中すべきはそんなことじゃないよ。とにかく敵を殺す。そのことだけに集中して、結束するのだ。


 そうでなければ、狩られるのはこちらの命になるだろうからな。


 それゆえに、迷うことはない。


 ……そうだよ。深く考えてなんていないさ。当たり前だ。戦場で深く考えていられる余裕はない。敵を見つけて鋼を叩き込み、そいつの命をぶっ壊してやるのさ。それだけだよ。他のことは、どれもこれもが些細なもんさ。


 バカだからこそ、戦場で生き延びることもある。少々賢いぐらいのヤツは、考え過ぎちまって、判断と行動に遅れがちだ。いっそバカな方が生き残ることもある。結束という力を生むには、知性は邪魔なときもあるんだよ。


「……ジャン!!敵の気配は!!」


『……た、たくさん。な、なんというか、あちこちで、戦闘があるような!?』


「敵は多いということか」


『そ、そうです……でも、それにしては……それにしては、あんまり、『外』から来た臭いが少ない……っ!?』


「敵が多いのに、『外』から来ていないでありますか?」


「どういうことだよ、オオカミくん?」


「そこらへん、詳しく頼むぜ?」


『ぼ、ボクにも分かりませんよ。でも……たしかに、『外』から来た敵は少ない……少ないのに、あちこちで戦いが起きているんです』


「……ふむ。どういうことだろうな」


「団長、村から煙が上がっています。家を、焼いているであります」


「……クソ。まずいな。納屋には、何十人単位の難民たちが押し込まれているんだぞ。外に逃げ出せない状況なら……全員で焼け死ぬだけだな」


 ―――心の傷が疼いてしまう。燃え落ちる竜教会の光景が浮かび、セシルの声が聞こえてくるのさ。焼けながら、死んで行く。我が妹、セシル・ストラウスの声が……。


 ……感情に流される。あんまり経営者がすべきモノじゃあないと自重したい癖なんだがね。それでも、やはり感情ってのは素直で、オレは、そういうモノのコントロールに長けてはいないんだよ。


 ……情報を知るためにも、敵を捕らえるべきだが。いかんね。村を焼くようなヤツを、生かしておける自信がなくなっている。


 まあ、いいさ。


 オレはガルーナの野蛮人でしかない。魔王を継ぐ男、ストラウスの剣鬼……とどのつまりは、殺戮者でしかないんだよ。血潮が殺意を帯びて、燃えるのが分かる。肌が熱いのさ。殺意ってのは熱量で、冷静さとは対極に位置するもんだ。


「ブヒヒンッッ!!」


 馬も殺したがっている。さっきの戦いで、味をしめたようだな。こいつは、戦場で敵兵の死体を食らえるタイプの馬かもな。戦士の質に目覚めてしまった、肉食動物。胃袋に合う合わないを超えて、動物ってのは、すべて殺し屋たる獣の質を秘めているもんだ。


 『垂れ首の屍毒獣/カトブレパス』との戦いで得た経験値が、コイツを戦士として目覚めさせている。オレも、コイツのことを理解出来ている。いいコンビとして、戦えそうだ。


『……ソルジェ団長!!前方に、います!!いますけど……ッ!?』


 戸惑うジャンの声を聞く。ジャンは戦場では普段よりも落ち着くが、今は、そうでもないらしい。口下手な言葉を解釈するよりも先に、オレは魔眼で戦場を睨みつける。ヒトがいる。ヒトがいるんだが……。


「……なんだと……?」


 色々と戦場を見てきたもんだ。小さな村にいる変な殺人鬼とかとも話したことがある。何だかんだで、色んな人生経験は積んできたつもりだが……目の前にある光景を解釈するのに、時間がかかった。


 こういうときは、感情を排して分析するべきなのだろうな。ただの事実を口にする。自分と周りの仲間に言い聞かせるために。幸い疑問が大きすぎるせいか、怒りの感情が抑制されているのが自覚出来た。


 己の目で見てしまった現実を、冷静に言葉へと変えてみる。


「……食ってやがるな。理由はよく分からんが、殺した相手の肉を、食ってやがるぞ」


「は、はああああッ!?」


「ひ、ヒト同士でッ!?」


「き、気持ち悪うッ!?」


 何とも同意の容易い言葉たちが返って来た。オレも疑問のままに叫んでみたい気持ちもあるのだが……状況把握に努めるのが先だ。オレはこのストラウス隊のリーダーだからな。戦況を知っておく必要はある。


 魔眼が映しているのは、悲惨な現実。どういうことか知らないが、ヒトがヒトを食っている。


 たぶん、加害者も被害者も、この『フェレン』のジャガイモ農家の農夫だろう。土に汚れた働き者が、大地に仰向けで倒れ込む農夫へと噛みついている。噛みつかれている方は、とっくの昔に死んでいるよ。


 死を断定する理由?動いていないからというのもあるが、生きていると考える余地はないほどに、その死体が損壊しちまっているからだよ。


 アゴを脱臼しそうなほどに開いたそいつは、赤く染まった歯を使って『食事中』だ。この小さな村の閉鎖性を考えれば、おそらく昔からの顔見知りであるはずの農夫だと思うが……そんな親しみを抱いていそうな隣人を、そいつは喰らっている。


 ああ、残酷なことに、指も使っていた。死体の肋骨に指をかけて、へし折りやがったよ。エビかカニでも喰らっているつもりなのか。骨格を壊して、『中身』を開こうとしている。


 歯で皮膚と肉を切り裂いた後で、その切り口に手を突っ込んで肋骨を掴む。そこから、指を使って力任せに肋骨を割っているのさ……。


 獣は、獲物を腹から食うモンだ。あそこから食うのが、柔らかくて喰いやすいってことなんだろうよ。そして、ヒトは……ヒトを素手で食うときも、獣と同じことをするものなんだな。


『ど、どうしましょう……ッ』


「介入の仕方など、決まっている。暴虐なことをしている者を、止めるんだよ」


『そ、そうですよね!!』


 オレたちはその殺人現場に雪崩込む。農夫を食う農夫を、オレたちは馬で取り囲んでいた。弓使いのクリスが怒鳴る。


「……おい!!やめろ!!」


「……がぎゅうう!?」


 友人のはらわたを口咥えたまま、食人鬼の農夫は立ち上がる。我々は、おもわずその残酷な行為に吐き気と強い嫌悪を覚えてしまう。勇敢なる戦士たちがどよめいていた。この農夫の目は血走っていて、白目の部分が完全に赤くなっている。


 赤、赤、赤……全てが赤い。ヤツの服までも赤く染まっていた。隣人を喰らうときに、彼自身が返り血に汚れてしまったようだからな。手も顔も、歯も……とにかく、一言で彼の在る状況を語るには、その色についてだけは、のぞくことが出来ない。


 深い赤に染まった農夫は、くちゃくちゃと脂身のついた大腸を噛んでいる。正気とは思えないね。だから、クリスは舌打ちして嫌悪を現すと、弓で食人農夫を食い殺そうとした。オレはその行動を腕で制する。


「す、ストラウス隊長……?こ、コイツを、許すんですか!?完全に、狂っているんですよ!?」


「呪術で操られている可能性が高い。この男も犠牲者だ」


「じゅ、呪術……っ」


「外から来た臭いが少ない理由が分かったであります。外から来た呪術師は、呪いを村人にかけた」


「……ああ。そして、呪われた村人たちを兵隊として運用したらしい。兵隊というよりは……殺し合わせているだけか」


 こちらを赤い目で見つめる村人が、正気を保っているようにはとても思えない。


「こんな、おぞましい呪術が、あるのかよ……ッ!?」


「あるようだな。だが、呪術というものは、数を限定した方が効果的なはず。条件付けして緻密さを練り上げるもんだから。たくさんの者を呪ったということは……この呪いは、解けやすいものかもしれないな」


「……その理屈は、なんとなく分からなくもねえ。しかし、どうすれば、呪いが解ける?コイツにキスするのだけは、ゴメンだぜ?」


 王子さまのキスで呪いを解くか。傷だらけのベテラン戦士から出た言葉としては、貴重なものだ。自前のガキにでも読み聞かせてやったことがあるのかもしれない。まあ、我々には、王子さまなんていう麗しい身分のヤツはいないってのは確かだな。


 オレは馬を下りて、その食人鬼に近づいていく。


『だ、団長、気をつけて!!噛まれたら、何かの呪毒をもらうかもしれません!!』


「分かってるよ。襲って来たら、竜太刀で真っ二つにしてやる。だから、大人しくしていろよ?」


 農夫に諭すように語りかける。ヤツは棒立ちし、両腕をだらりと下げている。うなってはいるが、攻撃的な姿勢ではない。食欲が満たされているからか、大人しい。でも、油断はしちゃいない。コイツが飛びかかって来たら、殺す。


 ……とはいえ。敵が呪われた一般市民だというのなら、解呪を試すべきだろう。騎士道を歩む者としては。


「ぐるう…………」


「そうだ。大人しくしてろ。暴れるなよ?……さあ、コイツを見ろ」


 ヤツの目の前に左手を突き出した。視線を誘導するために。その血走った赤い目玉の直前で、手のひらに強い輝きを放つ『炎』を発生させる。目くらましの『炎』だよ。


 しかし、他の効果もある。顔面の近くで、この一瞬の爆発的な光を浴びると、精神的なショックを与えられる。


 つまりは、驚かせるんだよ。弱い呪術なら、自力で解くことだって、たくさんある。精神的に揺さぶりを与えて、自力で呪いから解けてくれないかと期待しての行為だった。これがダメなら、頭部を強打する。それで正気にならなければ、残念だが殺そう。


 人食い農夫は『炎』の閃光を浴びて、あの白目の部分がすべて血走った、いかにも不健康な眼球を両手で押さえていた。指も赤い。土を握りしめるための農夫の指は、今では血と脂に汚れてしまっている。罪深いものだな。一瞬、彼は正気に戻るべきなのかと疑問したよ。


 それが、彼自身の幸福なのか……よく分からないなとも。でも、この状態が彼のベストな精神状態であるとは、とてもじゃないが思えなくもあるよね。


 農夫は目玉を押さえたまま、頭を右に左にと揺すっていた。効果は期待出来ないのだろうか。言葉も使う。


「おい!!しっかりしろ!!自分を取り戻せ!!自分の名前を言ってみるんだ!!」


「うぐ……うう……ううううッッ!!?」


「……隊長、ダメですよ。コイツは、もう心なんて無くしちまっているんだ……」


「情報が欲しい。正気に戻れる呪術だというのなら……他の呪われた連中に対しても、取るべき行動が分かるはずだ」


「……っ!……そうか、正気に戻るのなら、殺すよりも、無効化を目指すべきか」


「ああ。考えたくないが、ガキにもこんな呪術がかけられている可能性もある」


「が、ガキ……っ。そうか、そう、だよな……っ」


 酷い現実だよ。だが、対応しなくてはならない現実だ。この状況を解決するための力は、おそらくオレたちだけだろう。どう使うべきなのかを、知らねばならない。


「……うう……うう、ううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 農夫が雄叫びをあげる。戦士たちが鋼に力を込めて、殺すための体勢を練り上げる。オレも竜太刀を握りしめながら鞘から抜いた。これ以上の怪しいそぶりを見せるなら……同情なく処分してやるほうが、お互いのためなのかもしれん。


 しかし……。


 現実は、彼を狂った精神状態から解放していた。


「……ど、どうして……どうして……こ、こんなことにいいいい……ッ」


 農夫が言葉を話していた。うなり声ではなく、言葉だ。戦士たちは安堵する。猟兵は緩んではいないがね。農夫は涙を流している。この涙も赤く、異常さを宿していた。呪術は解けちゃいないってことさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る