第三話 『辺境伯の城に、殲滅の使徒は来たりて』 その2


「猟兵じゃなければ、死んでいたであります」


 そんな感想をキュレネイは口にする。


「たしかに、我々のようにユーモアを追求する人種でなければ、死んでいるところだったな」


「イエス。ユーモアを追求していて、良かったであります」


 キュレネイが親指を立ててる。きっと、オレの言葉に共感してくれているのだろう。我々は言葉を使うことなく、ハイタッチする。


「……朝から、愉快な出し物をありがとうございます。おかげで、皆の安眠が妨害されてしまいましたな」


 ほとんど悪口みたいな気がするけれど、ガンダラに褒められたよ。オレは、そういう風に解釈するよ。知っているんだ。オレのセクハラと、それに対するリエルの反撃を、ストラウス劇場って名付けて、楽しんでいるってことをさ。


「アハハハハ。あー、面白かった。シャーロンに、フクロウで報告しなくちゃなあ」


「……おい、ギンドウ・アーヴィング。何か言ったか?」


 殺意を帯びたリエルの視線はうつくしい。だけど、ヒトの心を凍てつかせてしまう迫力を帯びているんだ。ギンドウの体が反応し、ガタガタと震え出していた。


「い、いや。なんでもないっすよ……っ」


「……で、でも。あれだけの『雷』を受けても元気だなんて、さすが団長とキュレネイですよね!」


「まあな」


「まあな、であります、ジョン」


「だから。ボク、ジャン・レッドウッド」


「知っているでありますが?」


「……え?」


 ジャンが言葉に困ってしまっている。昨夜の活躍が、夢であったかのようだ。ドワーフの戦士たちを、軽々と蹴散らしていたのになあ……。


「……ふん。朝から騒がしい。娘たちが、驚いていたぞ」


 『虎姫』サマは常識的な発言をしていた。少女たちが、社交性を発揮する。


「だ、だいじょうぶです!!」


「びっくりはしたけど!!」


「シアンお姉さまが、守って下さるって、私たち信じていましたから!!」


 ……社交性?


 何というか、『雷』が落ちたとき、シアン・ヴァティはあの少女たちに男前な言葉でも口にしていたのだろうか?……少女たちの支持率がスゴそう。いや、なんだか恋する乙女みたいな表情に見えるな……。


「……脅かしてしまって、すまなかった。だが、ソルジェとキュレネイが悪いのだ。文句は、あの二人に言うといい」


 木の実を蓄えたリスさんみたいに、ほほをふくらませたリエルはそう言った。怒っている?……どうかな。本気で怒っていたら、もっと黙ったりするから、セーフのはずだ。


「で、でも。本当に大丈夫なんですね、ストラウスさんにキュレネイさん……」


 ケイト・ウェインは驚いているというか、引いている。錬金術師の手伝いをしていたというからな、医学的な知識を両親から学んでいたりするのかもしれない。かなりの才媛ではある。


 賢いハーフ・エルフの瞳は、黒焦げたフェルト生地のテントを見つめていた。オレとリエルの『愛の巣』の残骸である。


「……魔術とか、効かない体質なんですか?」


「いや。そういった特異体質ではない」


「あえて言うのなら、『受け身』を使ったであります」


「う、『受け身』、ですか?」


「『雷』に撃たれる直前に、体内を流れている『炎』の魔力を活性化させるのさ」


「そうすると、属性の優劣の法則に従い、ダメージが分散するであります」


「……なるほど。そんな技術が、あるのですね」


「鍛錬次第では、誰でも出来る」


「それでも、死ぬほど痛いは痛いであります」


「し、死ぬほど痛いんですね……」


「だ、大丈夫だよ!団長もキュレネイも、とても強いから。あんな強力な『雷』を浴びても、へっちゃらさ!」


 そこそこ美人なケイトに、モテようとしているのだろうかね。ジャン・レッドウッドがそんな発言をしながら、ぎこちないスマイルを浮かべていた。


「そ、そうなんですね」


「う、うん。あんな殺意に満ちた攻撃でも、二人なら―――」


「―――ジャン・レッドウッドよ」


「ひいいいいいいいいいいいいッ!?り、リエル!?」


 ヘタレな声を上げながら、ジャンが後ずさりをしていた。狩人の……いや、暗殺者の技巧を足に宿して、無音でジャンの背後を取っていたからな。女の子と話せて舞い上がっているジャンは、気づけなかったようだ。


 まだまだ甘いな。


 そして、オレのヨメにビビり過ぎるのは、やめてくれないか?


「……ジャン・レッドウッドよ。殺意と言ったな?私が、朝から夫と同僚を『雷』で殺すような殺人鬼だとでも言うのか?」


「ち、ちがうよ!?ちょっと、その、こ、言葉のあやってヤツです!!」


「私が戦場で使う『雷』と、先ほどの『雷』。まるで違うものということを、貴様に教えてやらねばならないのか……?」


「だ、だいじょうぶです!!ま、間に合っていますうッッ!!」


 カッコいいジャン・レッドウッドは、今朝もオレの網膜に届くことがないらしい。泣きながら土下座して謝る姿か……なんとも言えない、悲しい光景だ。どうしてだ?あの、テッサ・ランドールの剛力よりも、はるかに力が強いんだぜ?


 フライパンを引き千切れるような、規格外すぎる力の持ち主なのに……どうして、あんなに気弱に育ってしまったのだろう。あれだけ強ければ、もっと調子に乗ってもいいはずなのに?


 身体能力だけなら、間違いなく人類最強のハズなのだがなあ……。


「再教育してやる。このリエル・ハーヴェルは、模範的で、心優しい良妻なのだと、貴様は認識を深めるべきだ、ジャン・レッドウッド!!」


「い、いやだあああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』


 ジャンが、巨狼に化けて全力で荒野に逃げ出してしまう。だが、『雷』の一撃を躱すことは、ジャンの馬よりも速い走りがあったとしても不可能だったよ。晴天に、稲妻が刻まれていた。天罰だ!と叫ぶエルフの弓姫の声が響き……ジャンの悲鳴も後につづいた。


 ……そうか。


 周囲が、もっとバケモノだらけだからか。


 ジャンは、あんなに強いのに、『パンジャール猟兵団』で最弱の地位を欲しいままにしているもんな。


 腕力だけで、戦いは組み上げられているわけじゃない。技巧、知恵、経験値、そして運。さまざまな要素で強さは成立しているんだ。ジャンは、技巧とか知恵とか経験値とか、運とか……色々なものが少なくもある。


 そう言えば、11才だったミアにボコボコにされていたからな……チョーシに乗ってるから、と言う可愛らしいセリフを、お兄ちゃんの耳は忘れられない。ゾクゾクした。きっと、ミアは小悪魔系の美少女ケットシーになるんだなって、確信したんだよね。


 あのせいだろうか?


 いや。それとも、『アリアンロッド』の影響で、マザコンを患い、女性に弱くなっているのだろうか?


 ……どうしたもんかね。ギンドウの作戦通りに、売春宿に一晩預けるという荒療治で、女性に対する苦手な性格を矯正するとか?


 ……かつての酒の席で出た案だ。だが、ガンダラの「かえってトラウマになるのではないですかな」……という言葉に正直、かなりの説得力を覚えた。ジャンは、繊細な青年だから、あんまり過激な治療が過ぎて、逆に女嫌いとかになったら大変だしな。


 難しい性格しやがってよ?


「……団長たちと一緒にいるって気持ちになれますよ」


 ガンダラの言葉だ。きっと皮肉が込められているのさ。


「そいつは、良かった。オレも既視感がスゴい」


 朝から大騒ぎしてるのも、ジャンがリエルに『雷』で攻撃されているのも。ホント、『パンジャール猟兵団』らしいってものさ。


「―――団長。お腹が、はんぐりーであります」


 グッタリとしているキュレネイ・ザトーを見ていると、急がなきゃなあと感じてる。大量に作れて、美味いメシ……しかも、すぐに出来るとか?なかなか難しい条件のミッションじゃないか。


 本当は、もっと手が込んだモノを喰わせてやるつもりだったんだが……パスタだ。手抜きというよりも、十数人分を手早く作ろうとなると、パスタぐらいしか作れないんだよ。調理もこれだけの人数になってくると、本当に大変ではある。


 大量の玉ねぎを刻み、握力頼みのミートチョッパーで挽肉を生み出し、トマトを潰して鍋で煮込んで、赤ワイン入れて、ナツメグを……ホント、戦場で料理が疎かになってしまう理由もよく分かるってものさ。


 でも。


 キュレネイ・ザトーに美味いモン食わしてやるって言ったから、手は抜かない。ミートソースは大量に作っておけば、昼飯にも使ってもらえるはずだからな。調理開始から30分。魔術と焚き火の合わせ技で時短調理を目指したが、美味くつるにはこれ以上は削れん。


 しかし、完成したぜ。シンプルだが美味い、ミートソースがよ?……パスタの方は保存用のヤツだが、ハラペコ・モードのキュレネイに文句はないはずだ。


「出来たでありますか?」


「ああ。完成だぜ、皿に注げ!!」


「了解であります」


 キュレネイは自分専用の大型皿を、すでに両手で大事そうに握っていたよ。無表情ながら、そのルビー色の瞳が、ミートソースを射抜くような勢いで見つめているってことは理解している。


 オレは、キュレネイから注いでやるのさ。固めに茹でた大量のパスタと……ストラウスさん家のミートソースだ。赤ワインは、煮込んだときに飛んだと思うから、酒が呑めないキュレネイでもへっちゃら。


 未成年の少女たちもいるしな。でも、風味が良くなるから、ワイン無しはありえない。オレも間接的に、酒と触れ合うことが出来て嬉しいからな!!


 腹が減ったときの、ミートソースのかかったパスタ。コイツほど、美味いモンはあまりない。キュレネイ・ザトーのがっつく様子を見ていれば、オレのチョイスは間違っていなかったのだと確信を抱けるよ。


「よく噛んで食べろよ?」


「了解であります」


「美味しいか?」


「イエス、とってもデリシャスであります」


「……そっか。みんなも、どんどん食ってくれ。腹が減っては、何にも出来ないからな。ここは、旅の途中。栄養は、取れる時に出来るだけ取ってくれ。そいつが、この危険な土地を生き抜くための最大のコツさ」


 ……オレの料理は、好評だった。パスタは食べやすいしな……それに、肉と玉ねぎとトマト。それなりに栄養を取れたはずだ。少女たちも、夜中の大移動は疲れ果てていただろうからな。


 オレも煮込みの甘さは気になるものの、十分に楽しめる味になったミートソースをパスタに絡めて口にする。いいメシだ。これから、馬に乗っての大移動さえなければ、コッソリと運河沿いの土手に向かったギンドウのように……昼寝するのも最高なんだが。


 まあ。


 大人だもん。働かないとね?

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