第二話 『背徳城の戦槌姫』 その35


「……『ヴァルガロフ』の四大マフィアたちの『クーデター』、それにより『オル・ゴースト』は滅び去っていた。だが、その戦闘部隊である『ゴースト・アヴェンジャー』は生き残り、四大マフィアたちへの復讐を果たそうとテロリストになったか」


「そういうことだ。欲望や大義に衝動された、よくある殺し合いということだ」


「我が故郷らしい事案であります」


 キュレネイ・ザトーはそう言った。たしかに、と同意をするのは『ヴァルガロフ』の人々に失礼にあたるのだろうか?……でも、実際のところ、彼女の言葉は正しい。『ヴァルガロフ』らしさにあふれているな。マフィアの抗争と、戦神バルジアという宗教……。


「戦神の形態、『ルカーヴィ』に、大神官殿たちの復讐を重ねたということか」


「そうなる。元・『ゴースト・アヴェンジャー』どもは、私から言わせてもらえば、戦神の教えを利用しているのだ」


「君らは、『ルカーヴィスト』からすれば、殲滅獣に駆逐されるべき『堕落した信徒』というわけかい」


「まあな。堕落に関しては、自覚もあるよ。フフフ。思いついた限りの欲望は、追求して来た口だからなあ」


 童顔を悪女の貌に歪めながら、女マフィアは人生を振り返りながら笑っておられる。ずいぶんと欲深く、そして愉悦に彩られた日々を過ごしてこられたのだろう。


 戦士としての本能を闘技場で満たし、女とか男とかを抱いたり抱かれたり、高そうな葉巻を愛好してみたり、『背徳城』の経営で成功してみたり。ああ、堕落しきっているが、テッサ・ランドールさんは人生を愉しんでこられたようだ。


 欲望を追求する。


 オレも嫌いじゃないテーマだが、彼女の行いに比べたら、あまりにも達成度が低いような気がしてくるね。でも、彼女のような人生を送りたいとは思わない。楽しそうではあるが、オレの役目ではないのだろう。


「……それで、赤毛よ?」


「なんだい?」


「訊きたいことは、それだけか?」


「まあ、こちらとすれば最低限の情報は手に入れたつもりだ。訊きたいことは山ほどあるが、あまり時間もかけられないさ」


「どうしてだ?」


「君が、ゆっくりしているからだよ」


「人生を急ぐとつまらん。ゼロニア平野の夜は長い、私はお前を気に入っているから、何なら抱かれてやってもいいぞ?」


「団長、モテモテであります」


「……テッサの言葉を信じるな。彼女は賢い。ときおり、ハナシを脱線させて、自分が知りたい情報を手に入れたり、こちらに揺さぶりをかけてくる」


「なるほど、悪女でありますな」


「フフフ。悪女。いい響きだ。しかし、赤毛の団長サンのことを気に入っているのは本当だぞ?」


「そいつは光栄だが、賢い君が、無策でオレたちを追いかけてくるとは思えなくてな」


「ほう。ますます気に入った。私を褒めるし……私の作戦を読んでいるようだ」


「時間稼ぎをしている。後詰めの部隊がいるな。オレたちの戦力を評価していた。君は負けることさえも作戦に組み込んでいたか」


「負けるつもりはなかったが、高い戦闘能力を有しているとは考えていた。お前たちの正体はイマイチ分からなかったものの、『マドーリガ』の戦士たちを相手に、殺すこともなく無力化してみせた。負けることも考えるさ、当然な」


「君は、オレたちを包囲するつもりだろう。オレたちが『背徳城』で不殺を貫いたことで、君は敗北しても生き残れると考えていたようだな」


「その通りになっただろう?時間を稼げば、我々は大部隊でお前たちを包囲することが可能だ。時間稼ぎのために犯されるのもありだ。強い戦士になら抱かれてやるのも一興だからなあ。美男か、あるいは強者の子を産みたいとは、常々に考えている」


「じゃあ、美男で強者のオレは適任だな」


「半分だけだ、最適解ではないよ」


 イケメンではないらしい。まあ、強いって褒められただけで満足しておこうか。戦士としては、最高の褒め言葉の一つだからね。


「このまま時間を稼げば、お前との第二ラウンドも可能だが……双方の負担が大きな行為だ。馬でも奪って、さっさと撤退するがいい。不要な殺生は、好まないのだろう?」


「賢明な申し出だな。そのあたりが落としどころだよ。それで、君はオレから知りたい情報を手に入れられたかな?」


「大体な。確実ではないが、見当はついたよ、赤毛の外国人。『帝国を嫌いな連中』に飼われているようだな。傭兵。赤毛。鬼のように強い……ふむ。お前の名前を、私は当てられるかもしれないぞ」


「当てなくてもいいさ。ややこしくなる」


「藪蛇はつまらんな。撤退してくれるのならば、それで文句はない。お前も、知りたい情報は無いのだな?」


「『ルカーヴィスト』の正体も……君が、アッカーマンを嫌いだってことも聞けたしな」


「アッカーマンが嫌いなことが、お前にとって大事なコトか。なるほど。我々を、戦力として組み込みたいわけだ」


 テッサ姐さんは気づいているようだ。あの小さな頭の中身は、素晴らしく高性能のようだからな。『自由同盟』側の勢力の傭兵が、『マドーリガ』に接触している。しかも、従業員を殺さないという気遣いをしたわけだ。


 テッサ・ランドールも乱世を生き抜くリーダーの一人。いつまでも『自由同盟』とファリス帝国の戦いから、離れていられるとは思ってもいないだろう。もしかして、ルード・スパイあたりが、彼女をスカウトしているかもしれない。


 ……シャーロンが報告をして来ないことを考えれば、その交渉は上手くいかなかったのか、あるいは……他のマフィアと組もうとしているかだろう。国家の安全保障に関わる情報だ。クラリス陛下も、オレたちに教えてはくれないかもな。


 まあ、それはどうでもいいことだ。オレたちの目的は、あくまでも、難民が西に抜けることだからな……。


「君となら、いいチームを作れそうな気がしている」


「……お前たちは、他にも粉をかけていそうだがな。この土地に詳しくないのに、目的を達成しようとしている……不完全ながらも、情報を与えたヤツがいる証だな。あるいは、お前が情報収集よりも行動することを重視しているのか。そうすることで、ケチな情報屋から主導権を奪いたいわけだ」


「ノー・コメントってヤツだよ」


「ククク。分かりやすい男だ。だが、気をつけろよ。その情報屋が、お前を利用している可能性は、極めて高い」


「それは覚悟の上だ。何をするにもリスクはある」


「いい考え方だ。『ヴァルガロフ』の住民を信じることはするなよ。私のように、裏の少ない女ばかりとは限らん」


「助言してもらって感謝しているよ…………そういえば」


「どうした?」


「女を返せとは言わないんだな」


「返す気があるなら、苦労して盗まんだろうからな。それなりの外見の女たちだ。お前の好きにするがいい」


「団長、より取り見取りであります」


「そんなことをするつもりはないよ」


「……つまらん男だな。だが、彼女たちを乱暴に扱わないという判断は買おう」


「……売春宿の経営者のくせに、人道的なことだ」


「『商品』は大切にするものさ。それに、ムダな苦しみを与えることは、つまらんことだとは考えている。闘いは好きだが、弱者を嬲る趣味はない。したこともあるが、いまいち乗らんかったしな」


「そうかい。まあ、彼女たちについては無事だ。心配するな」


「心配はしていない。まあ、どちらかと言えば、我が異母弟は、繁殖相手が消えて、安心しているかもしれないな」


 マフィア女の口から、何だか変な言葉が飛び出ていた。


「……君の異母弟の、『繁殖相手』?」


「ククク。ああ、そうだ。私ではなく、親父の考えだがなあ」


「どういうことだ?……あの『狭間』のハーフ・エルフについてか?」


「目ざとい赤毛め。ああ、あの金のかかった女についてだ。金貨噛みのヤツら相手に競り落とすのは、大変だったんだがな。まあ、いい。くれてやる」


「……ケイト・ウェインを、君の弟に与えたかったのか、君の父親である、『マドーリガ』のボスは?」


「狂っていると思うかもしれないが、親父からすると聖なる宗教行事のつもりでな」


「……宗教行事?……『狭間』の血を、取り込むことが?」


「まさに、その通り。親父は、ベルナルド・カズンズになりたいらしい」


「『オル・ゴースト』の開祖か」


「四大マフィアの祖でもある。年寄りというのは、懐古趣味で、過去を再現したがるらしい」


「君の弟と、ケイト・ウェインのあいだに子供を作って、どうなるというんだ?」


「……『灰色の血』を創るんだろうよ。弟は、親父と『アルステイム』の猫のあいだに生まれた子だ。あのハーフ・エルフの娘とのあいだに子を成せば、四種の血筋が混ざっていく。『灰色の血』に近づく。そうすれば、その子を、アッカーマンと『ザットール』のエルフ女のあいだに生まれたガキとでも、婚約させればいい」


「……種族の血が、混ざるな。『灰色の血』が生まれたら、その子が四大マフィアの王というわけかい?……しかし、赤子同士の婚姻で、権力を作り出すか。王侯貴族のようだな。その赤子たちの後見人が、実質の権力者になるってか」


「露骨な結婚政策だな。新聞の政治欄を読んでいるようだ」


「そんなコトで、権力が生まれるのか。この土地にとって、『灰色の血』は『オル・ゴースト』の象徴……支配者の証ってことでもあるのかよ」


「そうだ。よそ者には理解しがたいかもしれない。だがしかし、我々の文化と歴史は、『灰色の血』の多いなる価値を認めるのさ」


「……疑問がある」


「なんだ?宗教行為に、意味や合理性を求めることは、野暮ってものだぞ?」


「……権力を集めたいなら、『ヴァルガロフ』の女を君の弟くんに嫁がせる方が確実じゃないのか?」


「ふむ。お前の言う通りだがな。それでは『灰色の血』が生まれにくくなるのだ」


「どういうこった?」


「『灰色の血』を発現させる条件は、多種族を混ぜることだ。だが、『ヴァルガロフ』人たちの血は、あまりに混血が過ぎているのか……理屈は分からんが、『ヴァルガロフ』人同士のあいだには『灰色の血』が生まれにくい」


「……そうなのか」


「理屈は分からん。だが、実際に『外』からの血を混ぜる方が、『灰色の血』が生まれる確率は高まるようだ」


「……なるほどな。ケイトは、帝国領から来た。『ヴァルガロフ』との血縁はなさそうだよ」


「そうだ。そして、アッカーマンも流れ者の両親から生まれた、生粋の巨人族。外からの血も混ぜることで、『灰色の血』は誕生しやすくなるという理屈がある以上……それが実現するかはともかく、建前として実行したことにこそ意味がある。『灰色の血』を求めていることの証になれば良いのだ。敬意を払ったことになるのだからなあ」


「なるほど。まさに儀式的だ」


「我々は敬虔なる戦神の信徒なのだ」


「……君の弟くんの子供と、アッカーマンの子供……それらがそろうだけでも、『オル・ゴースト』の再建が始まるか。四大マフィアの調停役の誕生だ」


「そうだ。親父は、それを利用して『ヴァルガロフ』に平和をもたらせようとしているんだよ」


「……そんなに大切な子を産ませる予定だったケイト・ウェインを、どうして『競り』にかけるんだ?」


「いいか?『供物』とはな、価値がなければ意味がない。あの娘は有能だ。きちんとした教育を受けている。『ザットール』のごとく錬金術と薬草学を修めた娘。いい娘だが……さらに価値を高めるために、他の女どもと競り合い、弟が大金で落札することが重要だ」


「……茶番に見えるね」


「茶番だ。競りも『やらせ』に過ぎない。しかし。儀式とは、そういうものだ。高値で落札された女だぞ?……拝金主義者である我々にとっては、分かりやすく最高の女ではないか」


 価値観ってのは様々あるもんだよ。言わんとすることが分からなくもない。オレの想像していたことが、少なからず事実でもあったわけだからな。


「何にせよ、『ヴァルガロフ』の狂気に、ケイトが犠牲にならずにすんで良かったよ」


「あの娘だけではなく、弟も安心しているさ」


「……どうしてだ?」


「まだ12才の弟からすれば、プレッシャーも相当だったろうからな」


「12才?ガキじゃないか」


「そうだ。女を孕ませられるかどうか、微妙な年頃だろう。そもそも、戦神の神官たちに学んだ、マジメな子だ。母親以外の女に、抱きしめられたこともなかろう」


「そんな子に子作りさせようってか?……正気の沙汰じゃない」


「親父は、正気じゃなくなってもいるんだよ。大神官を次世代の指導者である我々が殺したことを、嘆いて悔やんでいる。あまりにも騒ぐから、こうした茶番を企画することを許してもやったのだが……戦神の思し召しだろうか、台無しになった」


「……善行をした気持ちだ。君のお父さんは、かなり頭がおかしい。引退させて、健やかな余生を過ごさせてやるといい」


「そうなるだろうな。お前のおかげで、私は、アッカーマンにケンカを売れるようになるからな」


「アッカーマンと仲の良すぎる君の父親を、失脚させる口実になったか」


「そうだよ。おかげで、すんなりとボスの座を譲ってもらえそうだ。私の人生が背負う業を、減らしてくれてありがとう」


 この様子では、父親を殺してでもボスの座に就こうとしていたのかもしれない。テッサの父親の策略は、アッカーマンに力を与える。『マドーリガ』を奪われるかもしれないからな。そうなる前に、テッサは行動しただろう。


 父と娘の抗争を、未然に予防出来たようだぜ。テッサが戦神たちの教会に寄付をして来た御利益かもしれないな。


「……情報は十分だ。この土地は、かなり信心深い土地ってことが、よく分かった」


「ああ。理解してくれてうれしいぞ、赤毛。じゃあ、そろそろ行け。私の部下たちが、追いついてくる。お前たちを追い込めば、部下を大勢、殺されそうだ」

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