第二話 『背徳城の戦槌姫』 その36


 情報は十分に獲得することが出来た。これ以上、ここに留まる理由はない。『マドーリガ』の戦士たちに囲まれることを、見過ごすわけにも行かないさ。


 オレたちは馬に乗り、荒野へと向かう。テッサ・ランドールは新たな葉巻を取り出して、歯を使って吸い口を作っていた。表情は幼女のように穏やかなものになっていたよ。今夜の敗北を気にしている様子はない。


 ベテランの戦士であるようだ。オレならば、力負けした日は、口惜しくて眠れそうにない。なかなかの人物ではあるようだ。悪人ではあるが、それだけにハナシが分かりそうだし、『マドーリガ』の戦闘能力はかなりのものだよ。


 ……クラリス陛下に報告をしなくてはな。クラリス陛下に告げれば、同盟国であるハイランド王国のハント大佐にも伝えてくれるだろう。


 知性と柔軟さを備えた女傑ではある。『ヴァルガロフ』の新たなリーダーには相応しいかもしれん。あくまでもオレの個人的な評価でしかないが、『マドーリガ』の戦闘能力を敵に回すのは惜しい。敵として戦うよりは、味方として組みたい戦士たちだ。


 オレたちの敵は、ファリス帝国なのだからな。


「……長よ。情報は、集められたか」


 馬を寄せてきたあとで、シアン・ヴァティが訊いてくる。


「まあな」


「……それは、良かったな」


「君は、不満そうだ。戦えなかったからか?」


「そうだな。もっと、早くに、呼ぶべきだった」


「テッサ・ランドールは、いい戦士だったよ」


「見ていれば、分かる。長だけ、楽しむか」


「そういう作戦だったんだ」


「……分かっているが。不満もある」


「寝る前に、手合わせでもするか」


「……うむ。それは、楽しみだ」


 戦いが大好きだよ『虎姫』サマは。まあ、オレだけが戦槌姫の腕を堪能してしまってことは、後ろめたくもある。あのシアン・ヴァティに気絶させた敵兵を縛るだけという、つまらない仕事をさせてしまったしな。


 威嚇にはなったと思うがね。シアンとジャンが来てくれてことで、小細工をするような気もテッサから奪い取れたと考えている。愛想良く毒入りの葉巻を差し出してくるような人物だ。戦意を喪失させておいたことは、有利に機能したさ。


 シアンもジャンも役に立ってくれていたんだぜ。


 オレたちはそのまま荒野を馬で走らせて、仲間と十人の難民の少女たちが待つ運河のそばへと帰還した。ジャンには、見張りについてもらった。少女たちの衣装は、ジャンには刺激が強すぎるかもしれないから。


 ……それに。


 『マドーリガ』とテッサ・ランドールが、このまま何もせずに引き返してくれるとも限らない。実力差は見せつけてやったが、舐められっぱなしで満足するような性格ではないだろう。


 他の部下の手前、オレたちを追跡ぐらいさせるさ。


 あの教会のアジトに戻るためにも、『マドーリガ』の追跡を許すつもりはない。そのための工作が、始まってはいた。馬車を解体して、船を作るんだよ。ガンダラの腕力が活躍していたな。ギンドウも、楽しそうにノコギリを使っていた。


 健気なことに、恩返しのつもりなのか、10人の少女たちもガンダラとギンドウの手伝いをしてくれていた。リエルは、夜食を作ってくれているようだ。シチューの香りがする。明日の朝は、オレがキュレネイのために朝食を作るから……オレは、大工仕事をするか。


 ガンダラに近づいていき、声をかけた。


「……精が出るな」


「ええ。なかなかの重労働ですよ」


「こっちも仕事を済ませてきた」


「どうでしたかな?」


「色々と分かったから、作業しながら話すよ」


 人手不足なもんで。大工仕事をしながら、作戦会議さ。オレは仕入れてきたばかりの情報を、仲間たちに聞かせていく。ジャンは遠くにいるが、聴覚がすぐれているから聞こえるだろう―――さみしがり屋だから、後で個別にも教えてやるがな。


「―――なるほど。キュレネイの予測は当たっていたわけですか」


「そうだ。『ゴースト・アヴェンジャー』の残党が、『ルカーヴィスト』の中核らしい。その経緯は説明した通りさ」


「四大マフィアの裏切りが、事の発端だったわけですな」


「そうらしい。そして、アッカーマンに対して、『マドーリガ』の現在のボスは義理があるらしいが、テッサ・ランドールは嫌っている」


「……それは好ましい。アッカーマンは、排除すべき存在。敵の敵は、歓迎したい。手を組みやすいですから」


「オレもそう思う。『マドーリガ』の戦士としての質は、なかなか高い。規律もある。善良とまでは言わないが、あの戦闘能力には大きな価値があるんだ」


「……報告しておきましょう。クラリス陛下とシャーロンに」


「ああ。頼むよ。陛下とシャーロンなら、オレの期待も汲んでくれるだろうから」


 作戦会議をしながらも、手は動かしていた。高級馬車は解体されて、あっという間に不細工なイカダが誕生していたよ。何をするのかって?……こいつで運河を進むのさ。


『じゃ、じゃあ、行ってきます!!』


「任せたぞ、ジャン」


『は、はい!!』


 ジャン・レッドウッドにしか出来ない任務の始まりだ。オレたちが乗っていた馬車を、引っ張ってくれるのさ。馬代わりになり、馬車を走らせる。方角は西だよ。『ヴァルガロフ』方面に向かって、運河の流れに沿うように走ってもらう。


 巨狼に化けたジャンは、馬よりもはるかに速くはしれるからな。このまま西に戻ったようなフリをしてもらうのさ。追跡者たちが車輪の痕跡を追いかけて、西へと戻るように差し向けるんだよ。


 ジャンにはそのまま十数キロ走ってもらったあとで、馬車を噛み砕き、運河へと投げ込むように指示してある。追跡車たちは、その時点でオレたちの痕跡を見失うんだよ。


 ジャンはそのまま、運河をしばらく泳いでから向こう岸に這い上がった後で、ここに戻って来させるのさ。いくら『ヴァルガロフ』の闘犬どもが有能であったとしても、運河を泳いだジャンの臭いまでは追えないだろう。


 これで追跡者をまくことが出来るさ。有能だから、引っかかるはず。残された痕跡から状況を誤認してくれるはずだ。


 だが、念には念を押す。


 高級馬車を解体して作ったイカダに乗って、我々は運河を下る計画だ。足跡を残さずに移動させるのさ……もちろん、馬の足跡も消さなくてはな。


 馬たちには、ちょっと水浴びしてもらうことになるんだ。運河の浅いところを泳がせるんだよ。『ゴルトン』の馬はよく訓練されているから、どうにか運河を渡らせることに成功した。


 まあ、あまり整備されていない運河だ。川みたいなもんだ。向こう岸には渡ることも難しくはない。もちろん、簡単な作業でもないがね。馬を誘導するために、運河に飛び込んで、手綱を引いてやらなくてはならない。全身ずぶ濡れにはなっていたよ。


 馬が運河を渡るための橋だってある。わざわざ、こんなところを通るのは、足跡を消すためだよ。運河の近くには馬の足跡が多く残るが、馬が水を飲むために、運河の流れに近寄ったように見えるさ。


 この運河を渡ったとは、考えないだろう。馬車の轍に誘導されて、西へと戻るはず。そんな印象を残すために、オレはずぶ濡れになりながらも、馬たちに運河を渡らせたよ。


 全ての馬に運河を越えさせた頃、ジャンが戻って来た。


 だから?……みんなでメシを食うのさ。リエルが作ってくれていた夜食のシチューだ。コーヒーもあるよ。夜の闇に紛れて、ずぶ濡れになる仕事を終えた体を温めるのには、この二つが最適だった。


 ……非日常的なことが起きる猟兵の日々のなかでも、こういう家庭的な食事があるべきなのだと、ガルフ・コルテスから習ったよ。ヒトはあまりに尖り過ぎると、折れてしまう。適度に緊張を緩和するために、日常的な食事を求めるのさ。


 栄養を取るだけじゃない、精神的な緊張をほぐすためのメニューでもある。少女たちの中には、家庭的な味に触れたせいで泣き出す子もいたよ。長い放浪の日々の最中にあるわけだからな。家を思い出させるような食事は、心を揺さぶってしまう。


 ……いい夜食だったよ。


 その温かな時間が終わりを告げると、再び現実と戦うことになるのさ。イカダに乗って川下りが始まるんだよ。追跡者たちに気取られぬように、調理に使った焚き火の痕跡を処理した後でね。足跡には、『風』を使って、それを消していく。臭いも誤魔化せるはずだ。


 やれる小細工は、これで全てだった。


 イカダと馬に我々は別れて乗ったよ。ここから先は水と馬に体を預けるだけでいい。運河を南に下って、我々がアジトにしている、あの教会へと向かうんだよ。これで足跡も臭いも残さずに移動出来るってわけさ。


 追跡者対策は、しっかりとしておかないとな。


 『ヴァルガロフ』の闘犬どもの追跡を、逃れる策が必要だからね。有能な狩り手たちだから、わずかにだって油断は出来ない。オレたちは、あの教会に少女たちを匿うつもりだ。他に彼女たちを隠せる場所はないんだよ。


 ……あの教会がバレないようにしなくてはならないから、こうして神経質なほどに行方が分からなくなるような工作を施しているわけさ。常にオレたち全員で、あの教会を守ってやれるわけではないしな。


 ゆっくりとイカダで南下していき、何度か運河の支流を乗り替えた後で、我々を乗せたイカダは、あの放棄された教会が見える場所にたどり着いていた。イカダを地上に引きずり上げて……隠蔽工作は終了だ。


 ここまで追いかけて来る可能性は、ほとんど無いはずだ。ゼロとは断言することは出来ないが、やれる対策は十分にしたはずだ。馬の足跡は、定期的に『風』で掃除してやったしな。


 時刻は、深夜3時だった。長い一日がまた終わろうとしている。小さな丘の上にある教会を見つめながら、オレはため息を吐いた。疲労を強く感じたからね。今日はよく歩いたから、鎧を脱いで、ふくらはぎをリエルの指に揉んでもらいたい……。


 だが。少女たちに説明をしておかなくてはな……あの教会の地下には、捕虜にしているバルモア人の盗賊もいることだしな。


「ここは放棄された村だ。君たちを一時的に隠すには、悪くない場所だと考えている。雨風は十分にしのげるはずだ。ただ、地下には、盗賊を一人閉じ込めている。君たちが不安に思うなら、テントを張ってもいい」


「はい。多くは望めません。助けていただいて、ありがとうございます」


 少女たちのリーダーである、ケイト・ウェインは静かに礼を言ってきた。


「……テントにしようか。シアンとキュレネイを護衛につける。二人がいれば、安心出来るだろう?」


「はい。とても、心強いです」


 イカダの上で、これからの計画を彼女たちには教えてはいる。彼女たちを『背徳城』から救出した目的は、人道的な行いというだけではなく、難民キャンプの人々を説得するための材料にするためだったということもな。


 彼女たちには全てを話した。オレたちの目的と、スケジュールをね。どうにか辺境伯の奴隷小屋を見つけて、そこから難民を連れ出すことも、北の山岳地帯にあるという麻薬農園に運ばれているであろう難民を見つけること……。


 最終的には、三カ所から回収した難民たちと共に、マフィアどもが経営する難民キャンプに向かい、難民たちに事情を説明することをね。ゼファーという圧倒的な機動力があってこその作戦だ。ゼファーが戻るまでに、やれることをしておきたい。


「……あの。私たちだけでは、証人として不十分なのでしょうか?」


 賢いケイト・ウェインはそう質問してきた。


「分からない。君たちだけでも難民の説得には、十分に足りるかもしれないが、足りないかもしれない。難民たちは絶望的な状況下で、マフィアたちに頼り切っているからな。彼らが、マフィアに騙されていることを認めたがらないかもしれない」


「……私たちという犠牲者を見ても、ですか?」


「その可能性はある。ヒトは、現実を見たいと思うわけじゃない。希望を見たがるものだからな」


「……たしかに。私たちも、麻薬や酒を渡してくるような連中を、信じるに足りる人種だなんて思ってはいなかったのに……」


「それほど追い詰められているのさ。それに、辺境伯の奴隷小屋も、山岳部の麻薬農園についても、探りを入れたい。オレたちは、そこにいる人々も、最終的には救出したいと考えているからね」


「……麻薬農園。おそらく、私の父と母も、そこにいる可能性が高いと思います」


「ああ、錬金術師と薬草医だ。『ザットール』の手に落ちているのだろう。ヤツらは、麻薬の栽培と精製を行う必要がある」


「……父さんと母さんに、麻薬を作らせるつもりなのね……」


「その可能性は低くないだろう」


「ストラウスさん」


「なんだ?」


「……北部の農園に行くときには、私も連れて行ってもらえませんか?」


「……君を竜に乗せれば、竜に乗せられる人数が一人減ることになる」


「っ!!」


「約束は出来ない」


「は、はい……そうですね」


「気休めのつもりではない。一つの事実としての推測だ。君のご両親たちなら、『ザットール』たちにとっては利用価値が高い。比較的、安全な状況にあると思う」


「……でも、二人が、麻薬の製造を拒んだら……?」


「医術の知識があるのなら、それだけでも十分な価値がある。ヒトの集団は、その善悪を問わず、病にかかる者もケガをする者もいる」


「……はい。すみません。自分勝手なコトを言ってしまって。私以外の子たちにも、家族がいるのに……」


「かまわんさ。君にとっては、何よりも大切なコトなのだろう。家族を想う気持ちを、理解出来ない者など、ここにはいないさ」


「……ストラウスさん」


「まずは、休むことだ。何をするにも体力を回復させておく必要がある。寝るべきだよ。君たちも、もちろんオレたちもな」

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