第二話 『背徳城の戦槌姫』 その32


 星空を切り裂くように、黄金色の戦槌がオレ目掛けて振ってくる。深緑の瞳は戦闘意欲に燃えながら、金色のツインテールは獣の尻尾みたいに夜の闇に踊る。テッサ・ランドールの戦槌を、オレは躱す余裕がなかった。


 竜太刀を抜いて、その刀身で戦槌を受け止めていた。衝突に備えて、アーレスの『角』が融けた鋼は漆黒の色へと変化して、黒竜の魔力に染まり強度を上げる。そうしなければ、折られるとアーレスの賢明さが判断していたのだろうな。


 ガギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンンンンッッッ!!!


 ぶつかり合った鋼が歌う。火花が散り、衝撃がオレの体を襲っていた。全身の手が、腕が、痺れた?……いいや、そんな可愛いレベルのハナシじゃなかったよ。まるで、樽爆弾が炸裂した時みたいだったね。アリューバの海で、海水越しに喰らったあの威力。


 それを彷彿とさせる強さが、テッサ・ランドールの戦槌には存在していた。経験値が、支えてくれる。樽爆弾の衝撃を浴びていたからかもしれないし、意地悪な年寄り竜に、ガキの頃から尻尾で叩かれるという特訓を受けていたからかもしれない。


 肘が砕けそう、肩が外れそう、背骨が二十個ぐらいに、バラバラに吹っ飛んじまいそうだとしても―――どこか慣れている。だから、オレは、この威力を完全に受け止めてしまうのさ。


「……ッ!!」


 テッサ・ランドールの童女みたいな顔が、悦びに歪む。生来の闘争本能の高さだろう。彼女もまた闘犬と同じ。『ヴァルガロフ』の血なまぐさい歴史が生み出した、心底から闘争を願望する狂人でもあるってことだな。


 ……似たモン同士だ。オレと、同じ。


 だからこそ。


 絶対に負けられるねえんだよッ!!


「うおらああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 歌いながら踊る。血肉が熱と魔力を放ちながら、砕けてバラバラになりそうだった体を筋力で押しとどめる。鉄靴で荒野に蹴りを入れるんだ。乾いた地表を砕いて踏み抜き、無理やり作った反動を体に宿す。


 竜太刀が暴れて、力ずくで、黄金色の戦槌を弾き返していた。


 ギリギリの勝利だったな。だからこそ、頭に血がのぼっちまうんだよ。


 力負けしそうになった。その事実が、オレの心に怒りの熱量を発生させる。ゆるせんな。この女も、オレ自身も。力で負けることほどに、野蛮なるガルーナの剣鬼、ストラウス家の男にとっての屈辱はない。


 不殺。


 掲げていた作戦目標をその数秒間だけ見失っていた。怒りに燃えて、誇りを求める蛮族の心が、その肉体に剣舞を選ばせる。竜太刀と一つになっての強力無比なる剣の技巧さ。


 『ストラウスの嵐』。四連続の斬撃を放つ、剣鬼ストラウスが初めに覚え、戦場で死に歌となるその日まで研磨をつづける、竜騎士の牙だ。そいつを容赦なく放っていた。


 テッサ・ランドールは、必死になっていたな。必死になるしか、生き抜く道はなかったのだから。オレは容赦なく殺意を返していた。彼女がぶつけて来たものと、全くの同等の殺意を帯びた鋼を放つ。


 女戦士は、オレの猛攻を三度ほど戦槌でしのいだが、四番目の斬撃により、戦槌を握る指に宿った鋼との絆が壊されていた。黄金色の戦槌が、宙へと舞う。


「―――団長」


 キュレネイ・ザトーの言葉がなかったとしても、オレの瞬間的な殺意は止まっていただろう。でも、キュレネイには後で礼を言うべきだ。戦場で自分を見失うなど、愚の骨頂。オレは、テッサ・ランドールを殺すために、戦っているわけではないのだ。


 テッサ・ランドールは死をも覚悟していただろうが、目の前の野蛮人から殺意が消えたことに気がつき、キツネのような俊敏さで小柄で細身の体を跳ねさせていた。彼女は地面を蹴りながら転がり、弾き飛ばされていた戦槌を回収する。


 オレは深呼吸しながら心を落ち着かせ、竜太刀を構え直し、テッサ・ランドールの襲撃に備える。彼女は、あきらめるようなタマじゃない。狡猾で賢明に振る舞える能力は持っているのだろうが、本質は狂犬みたいな人物なのさ。


 睨み合う。鋼を構えて、双方の動きを探り合う。彼女はこちらを格上だと理解した。戦闘の継続は不利だと理解しているはず。それでも、つけ込む隙を見つけている。彼女と同じように、オレも相手を殺したいわけではない。


 格下の自分だけは全力で戦える。


 そのことに彼女ほどの戦士ならば気づいているはずだ。厄介な戦士だ。賢さと獣のような衝動を併せ持っている……。


 ……キュレネイは、そのあいだにすべきことを続けていた。目をやられたドワーフたちの無力化だ。馬から引きずり落としては、打撃や絞め技で彼らの意識を消失させていく。手早いものだが……人手は多い方がいい。


 オレは指笛を鳴らす。シアンとジャンを呼び寄せるために。


 ……その瞬間を、当然のことながら戦槌姫殿は狙ってきた。獣のような素早さで、6メートルはあった間合いを瞬時に詰めてくる。あの小さな体には不釣り合いに感じる、異常なレベルの筋力。細腕で、あの戦槌を振り回す様子は、違和感があるが―――威力は疑えない。


 十分に思い知らされたばかりだからな。全身の関節が弾け飛んじまいそうなほどの衝撃だったよ。あの攻撃を何度も受けていたら、とてもじゃないが体がもたない。正直、今の時点で、戦闘能力は落ちている。10%オフって状況さ。


 ハーフ・ドワーフのフィジカルか。そんなものに、付き合ってやる必要はないな。


「でやああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 戦士の歌を伴って鋼が迫る。オレの頭を狙って来やがったな。竜太刀で受ける必要はない。ただ脚でステップを刻み、上半身を反らすだけだ。空振りする戦槌が、風を打ち抜く音を聞く。破壊力を認識させられるな。当たれば、即死は免れない。


 殺意を帯びた技巧だ。彼女は、このスイングで何十人もの頭蓋骨を粉砕して来ただろう。殺すことで戦場の技巧は真に磨かれる。血を吸った鋼は、禍々しくもうつくしい。死が放つ業深さを戦槌に嗅ぎ取りながら、オレはテッサ・ランドールから遠ざかっていた。


「……力で勝てているのに、今度は逃げるって言うの?」


「仲間がやって来るまで、時間を稼いでやろうとな」


「……仲間だと?」


「ああ。『戦鎌』を持ってくるはずだ。お前は、オレの『真の武器』で切り裂いてやりたい。戦神バルジアの名を穢す、『ヴァルガロフ』の落伍者どもには、相応しい死を与えてやりたくてな」


 ……オレなりの『演技』だが、有効だろうかな。『ゴースト・アヴェンジャー』のフリをしている……つもりだ。キュレネイの口調をマネしても、多分、ドン引きされるだけだろうしね。『戦鎌』を使う人々らしいから、あえて口にしてみた。


 演技だと分かっているヒトからすると、失笑モンかもしれないが、戦場という混沌とした状況でなら、小出しの情報は有効なんじゃないかね。


 オレは演じているつもりだ、『ゴースト・アヴェンジャー』を。そして、キュレネイの予測が正しければ、その連中こそが『ルカーヴィスト』どもの正体なはず。テッサ・ランドールよ、リアクションが欲しい。


「……アンタたち、『ゴースト・アヴェンジャー』だって言うのか……?」


「そうであります」


「……そうだ」


 一瞬、「そうであります」って、オレも言おうかどうか迷ったが、止めておくことにしたよ。自分のキャラクターに合わない気がしてな。違和感は、与えんほうがよかろうよ。


「……『ゴースト・アヴェンジャー』が、何でうちの『新人』たちを強奪するっての?」


「質問に答える必要があるか?」


「ないな。だけど、それなら、アンタもそうなる。私が質問に答えてやる義務もない。そっちの事情はよく知らないが、聞きたいことがあるから、私を殺せるのに、殺してない。そうだな、赤毛?」


「くくく。質問合戦か。埒が明かんな」


「……私は、アンタみたいな『オル・ゴースト』のメンバーを知らない。闘技場でも最強格だった、現役時の私よりも、アンタは、多分だけど強い。武器の相性もあるかもしれないし、私は『背徳城』関連の仕事ばかりしていたせいで、万全な仕上がりじゃないが……アンタの強さは認める」


 子供みたいなナリをしているが、油断ならんな。ある意味、オレよりも大人だぞ、この小柄な嬢ちゃんはな。自分より強いと、相手のコトを認めるか。オレは、まだ出来そうにない。今夜も感情に行動を支配されてしまったばかりだ。未熟の極みだよ。


 女戦士は、深緑の瞳を細くする。ガキっぽさが減弱するな。胸もなければくびれもない。子供みたいなツインテールに、ロリコン野郎が喜びそうな童顔女だが……悪人だらけの『ヴァルガロフ』で『背徳城』を大きくするような、やり手の経営者サマだ。


 情報戦も得意そうで、ガルーナの野蛮人は不安だな。アホなんだよ、オレ。


「……ねえ。赤毛。名前は何?」


「秘密だ」


「どうしてだ?『オル・ゴースト』のメンバーなら、アンタは格上かもしれないぞ?礼を尽くすこともある。お前は、あの水色の髪をした『ゴースト・アヴェンジャー』に、団長と言われた。聞いていたぞ」


「……色々とあるんだよ」


 便利な言葉で取りつくろうとするが、ボロが出てしまうかもな。賢いキツネみたいに細くなった深緑の瞳が、じーっと見つめて来る。ロリコンなら喜ぶかもしれないが、オレはシスコンなだけでロリコンはこじらせてはいない。


 こっちからも質問をぶつけて行きたい。追い込まれると、負けそうだ。あちらの方が賢そうだからな。


「色々とある、か……」


「……そうだ。オレたちの目的を、お前が理解出来ちゃいないのと同じ理屈だ。状況を把握仕切れていないのさ、オレたち『呼び戻されたメンバー』はな」


 真実を混ぜた嘘をつこう。


 呼び戻されてはいないが、真の『ゴースト・アヴェンジャー』であるキュレネイ・ザトーが、かつて追放されたことは真実だ。詳しくは聞けなかったが、カルメン・ドーラは連中に暗殺されたのだろう。国境線に彼女がいたことが、証拠。


 彼女は外国への脱出を望み、『オル・ゴースト』の怒りを買った。だから、殺されたのだろう。キュレネイがあれだけ傷だらけだったことを考えるに、キュレネイが戦った相手であり、カルメンを殺した犯人は『ゴースト・アヴェンジャー』だろう。


 キュレネイに重傷を負わせ、それでいて殺さない―――フツーの敵ではない。キュレネイと同じ『ゴースト・アヴェンジャー』だから、キュレネイに止めを刺さず、あそこで飢え死にすることを認めた。


 オレとガルフが見つけなければ、キュレネイはカルメン・ドーラの亡骸の隣で、死体になるまで命令を守っていたさ。キュレネイが、そんな子だって理解していたから捨て置いた。


 『お師匠さま』とやらが、怪しいな。キュレネイを捨て置いたのは、情ではなく、不必要だと判断したからだ。キュレネイが命令を守って死ぬと考えていたし、そのキュレネイの命を、惜しんでもいなかった。


 キュレネイを理解しておきながら、ゴミのように捨てたヤツがいるのさ。万死に値するヤツがね。


「……そちらの事情は、確かに解せんことがある。お前はともかく、あっちには見覚えがあるからな」


「初対面であります」


「いや……カルメン・ドーラの護衛だったと思うんだが」


「詮索は不要だ」


「……ふむ。分かりやすい男だ。知られたくないことは拒絶するか」


「知りたいことが分かれば、君にも情報を教えてやってもいいぞ。オレたち『出戻り組』は、知りたいことがたくさんあるからな」


「……自称・『ゴースト・アヴェンジャー』と取引か」


「自称は、邪魔だよ」


「そうかね。もしも、お前のような男がいれば、いくらなんでも、私が見過ごさないと思うがな」


「……取引出来ないのなら、これまでだな。オレたちもリスクを抱えて行動している。君らを殺す命令を受けてはいないが……」


「我々を殺すか?」


「ああ。殺し合いか、それとも、この場を痛み分けにして……情報の交換をするかのどちらだ。それを決められるのは、残念ながらオレじゃなくて、君の方さ」


「面白い。答えてやるかどうかは、質問次第だが、試しに訊いてみろよ。私は強い戦士は嫌いじゃないんだぞ」


「ならば、教えてくれるか……オレたち『出戻り組』に、この土地の『裏側』のハナシをな」


「赤毛と水色髪は、この土地を離れていて、マフィアの世界の変貌を知らないというのか?」


「そうだ。テッサ・ランドール。この街の力学は、どう変わった?……『ゴースト・アヴェンジャー』が、どうしてテロリストになっている?」


 キュレネイの直感が外れていれば、テッサ・ランドールはオレたちが、まったく情報を持っていないことを知るだろう。


 そうなれば、このキツネのように狡猾な貌もする戦士に、この騙し合いの主導権を渡してしまう可能性もあるが―――猟兵の勘を信じて、そいつに賭けるってのは、『パンジャール猟兵団』の団長らしい行動ってものさ。


「……解せぬことも多いがなあ。教えてやる。見返りは、くれるんだな?」


「約束しよう。不必要な死が欲しければ、とっくの昔に君らを殺している」


「……悪人同士で『約束』か。たしかに、お前は、古い『ヴァルガロフ』から来たかのようだな」


「どうするんだ?」


「取引するとしよう。お前は、『ルカーヴィスト』の誕生について知りたいわけだな。それについては、教えてやるさ」

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