第二話 『背徳城の戦槌姫』 その31


 『マドーリガ』の戦士どもが、あのオオカミのように巨大な闘犬に先導させて馬を走らせてくる。短躯のドワーフらしく、ガッシリとした体型の馬だよ。脚は短いが、荒野を走らせる能力は高いようだ。


 武装したドワーフを乗せているのに、『ヴァルガロフ』の闘犬と同じような速度で走って来やがるぜ。その数は、8騎……女を探す。女のハーフ・ドワーフをな。そいつが、おそらくテッサ・ランドールのはず―――。


「―――あいつか?」


 先頭を走っていやがる。白い馬に乗った、ツインテールのお嬢さま。ほとんど見かけは人間族に見えるが、やや小柄か。『狭間』とはいえ、人間族の血が濃いのかもしれんな。金色の髪を夜風になびかせながら、そいつは口を開いた。


 太い犬歯が見える。歯の大きさもドワーフの特徴だが、彼女の場合はオオカミを連想させる。目の前に、白い闘犬が走っているからかね。


「見つけたぞ、盗賊があああああああああああああああああああああああッッ!!」


 金色の戦槌を女戦士は、片手で持ち上げる。とんでもない腕力。ああ、ハーフ・ドワーフの女だなあってカンジだよ。


 馬に乗ったまま、片腕で十数キロはある長大な戦槌を持ち上げただと?……人間族の女戦士じゃ難しい。少なくとも、あれだけ小柄な体だった場合ではムリだろうよ。筋力の質が、とんでもなく優れている。


 そして、あの荒野に鍛えられた白馬もなかなかのもんだぜ。彼女の動きにも、バランスを崩すことがない。ご主人さまとかなりの絆があるようだ。彼女の動きを把握し、それに応じている。素晴らしい調教師がいるだけでは、足りないな。


 ……まいったな。


 こっちの馬は、テキトーに盗んで来たヤツだ。マトモに動いてくれるものの、竜太刀を使って暴れるという荒技に、ついて来てくれないだろう。犬にせよ、馬にせよ、家畜の扱いが上手な連中だな、『マドーリガ・ドワーフ』どもは。


「弓兵もいるであります」


「ああ。からくり仕掛けのボウガンさ。撃たせるぞ。オレを盾にしろ」


「了解であります」


 キュレネイが馬をオレの右側に移動させる。オレたちは、追跡してきた『マドーリガ』の騎馬隊と交差するように戦場を駆け抜けていく。闘犬と共に突撃してくる騎馬隊の目の前を、誘うように斜めに横切って走るんだよ。


「逃がすなあッ!!馬から射殺せッ!!賊は、私が拷問した後で叩きつぶす!!」


「おうよ、馬を狙うぞッ!!」


「一斉射だ!!」


 ……血が熱くなり過ぎて、獣かモンスターの狩りでもしているかのようだな。オレはそいつらと違って、ヒトなんだぜ?作戦を大声で叫ぶってのは、推奨しかねる行為だよ。


 ヤツらは馬上から矢を放ってくる。油がさされて、整備された鋼はよどみなく装置を稼働させた。


 ボウガンが殺傷力と射程を兼ねそろえた攻撃となって、こちらへと向かって来る。夜間だというのに、なかなかの腕前だ。もしも、対応しなければ、馬が二頭、大地に倒れていたところだな。


「『風』よ、暴れろッ!!」


 だが。たったボウガンを装備していたのは四人だけ。たった四本の矢で、しかも、こっちの馬を射殺すという作戦がバレバレ。読めるってもんさ。馬上の攻撃ってのは、ただでさえ姿勢を安定させ過ぎちまっているから、単調な軌道になっちまうからな。


 竜騎士サンの呼ぶ『風』に弄ばれるがいい―――『風』がボウガンの放った短い矢を叩きつぶす。


 小さな的を目掛けて、一斉に射撃したことが災いしたな。自分たちが外さないことを理解していたし、その認識は正しかった。だが、技巧の高さも、そして装備の質も。全てが完璧すぎるからこそ、逆に読めちまうってもんさ。キレイな攻撃ってのは、そんなもんだ。


「……魔術だぞ!!あの人間族、『風』使いか!!」


 ドワーフ族は『雷』使いが多い。大陸のどこに住んでいるドワーフもそうだが、彼らもそうなのだろうか?


 『風』の攻撃魔術は、『雷』に切り裂かれる。『風』使いと『雷』使いでは、『雷』使いの方が有利に戦えるということさ。『風』を見せれば、ヤツらも違う手段を用いてくるかね。


「……テッサお嬢さまッ!!ヤツらに、『雷』を叩き込んでやってくだせえッ!!」


「私に命令するんじゃないッ!!だが、いいアイデアだッ!!」


 テッサ。その名を呼んだな。


 やっぱり、アイツがテッサ・ランドールか。想像していたよりも若い女に見える。いや、子供っぽい髪型の小柄な体のせいだろうか?とんでもなく童顔でもあるが、十代ってことはないだろうな……。


「団長。敵の行動に、違和感があるであります」


「分かってる。アイツら、作戦をワザと叫んでるな。そうやって、オレたちを脅してる」


 前言を撤回しなくてはな。コイツらは、あんまりアホじゃない。探り合いをしているのは、お互いさまってコトらしい。


 ……知りたいのさ。お互いが、どんなヤツなのかをな。荒々しい言葉の割りに、『マドーリガ』たちは冷静だ。とくに、感情たっぷりに叫んでいたテッサ・ランドール。彼女は戦槌を依り代に『雷』の魔術を練り上げていくが―――あまりに遅い。


 もしも、生粋の『風』使いだとして、ドワーフを襲撃するのに『雷』の対策を用意していないわけがないだろう。


 だから、テッサお嬢さまは、さっさと攻撃魔術を撃ち込んでくるべきだ。魔術師だって、魔術をそう何度も連発出来るもんじゃないしな。


 魔術による反撃が出来ない今こそ、攻め込むチャンスだってのに、もたもたしてる。テッサ・ランドールの魔力の高さから想像するに、その手際の悪さはおかしい。


 つまり、あえて『ゆっくりと魔術を準備する』ことで、こちらに猶予を与えているのさ。投降してくることを狙っている。オレたちの正体を知るためにも、殺してはマズいと考えているんだよ。


 いい指揮官だ。想像していた通りに、なかなか頭が切れる女らしい。ドワーフの騎兵たちも、オレとキュレネイよりも、周囲の警戒に視線を多く向けている。たった二騎で現れた敵を、『囮』だと予測しているな。


 練度を感じさせる。平均的な帝国の兵士よりも、兵士としての能力は高い。一流の戦士として評価すべき連中だな……まあ、暴力と言葉で威圧して、相手をコントロールしようってのは、マフィアらしい育ちの悪さを感じるがね。


 下品で粗暴で、狡猾か。


 『ヴァルガロフ』の戦士らしい人々だ。


 しかし、オレたちがマフィアどもに怯むことはない。もちろん、投降することもないな。テッサ・ランドールは、魔力を戦槌に満たしながら、冷静だった。馬を走らせているオレたちをじっくりと観察しながら……見切りをつけた。


 こちらが自分たちと同格以上だと認めた。それでも撤退しないのは、数に頼れば勝利することは難しくないと判断しているからだ。オレたちを舐めてはいないのかもしれないが、対処可能な範囲の敵だと計算しているらしい。だからこそ、殺しより、好奇心を優先する。


「盗賊ッ!!『雷』で焼き殺してやるぞッ!!」


 ……ほら。あえて教えてくれている。攻撃の種類とタイミングをね。殺したくはない。そういう意図がハッキリと見て取れるな。いや、正確には、オレたちの命よりも、オレたちを生きて捕まえてから吐かせる情報の方に価値があると思っている。


 馬鹿にしてくれるよ。


「『黒雲に眠る、雷の猟犬どもよ。戦神に捧げた血の契約において命じる。我が鉄槌に宿る、悪しき敵の肉を、その牙で刻め』―――『ベイロス・ガムル』ッッ!!」


 テッサ・ランドールが馬上で掲げた黄金色の戦槌から、強烈な『雷』を放ってくる。金色を帯びた『雷』の牙が、大地を穿つ!!乾いた荒野の土を切り裂きながら、炸裂する雷電が地上を駆け抜けてくる。


 『雷』で作られた猟犬のごとしだな。敵意を持った地を這う『雷』が、オレとキュレネイの馬へと迫る。馬の脚を焼くつもりだよ。オレたちを落馬させる気だ。捕獲するつもり満々ってか?……そうはさせんよ。この馬たちには、まだ働いてもらう予定だ。


「キュレネイ!!やるぞ!!『炎』を放て!!」


 迫り来る『雷』の犬どもを金色の魔眼で睨みつけ、『ターゲッティング』の呪いを仕掛けてやるのさ。捕獲用の『雷』は、目で見えるほどに遅くはないが……魔力を探れば、認識は出来る。


「イエス、合わせるであります」


 キュレネイが『ファイヤー・ボール』を手から撃ちまくっていく。


「はあ?そんなものが、そう簡単に『雷』に当たるワケがない―――ッ!!?」


 テッサ・ランドールは目撃したのだろう。自分の放った魔術の『雷』に、次から次に矢よりも速いスピードで、初級魔術の火球が命中する様子をな。そいつは、通常ではありえない状況だ。だからこそ、彼女の経験と常識が崩され、衝撃となり彼女の精神を揺さぶった。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッ!!


 『炎』に射抜かれた『雷』が、魔術の法則を破壊されていた。砕かれた魔力は、ただの暴発の力へと成り果てて、地上を爆炎の熱風と、吹き飛ばされた砂塵の雨がおおっていく。


「くっ!?止まれッ!!」


 テッサ・ランドールが部下に命じて、突撃を中断した。あの爆炎のなかに突っ込むことを嫌ったようだ。


 いい判断だ。あのままの勢いで、崩れた地面に飛び込めば、馬の脚がそのヒビ割れに取られてしまうからな……高速での落馬は必至。混乱していれば、それだけでも十分、死につながる。


 彼女の深緑の瞳が、走り去る馬の影を睨みつけていたよ。口惜しそうに『牙』を噛みしめている。そして、賢いテッサ・ランドールは気づいてもいた。


「……今の、呪術に魔術を混ぜたってのか……ッ」


 『ファイヤー・ボール』は子供でも使える単純な魔術だが、威力も精度も低い。


 それが?あの速さと、あの命中精度で?……しかも、相性差が機能したとはいえ、高度な攻撃魔術を破綻させるほどの威力まで帯びていることなど、ありえないことだった。


「……そうだ。そんなの、呪術しかありえないぞ……でも、私は知らない。見たことのない術だ……なんだ、アイツら。どんな手練れだ?」


 逃げられたと思っていたか。爆炎の果てに、消えた馬の影を見たことで。あの馬たちは速いだろう?……追いつけないと思った。追いつくべきでないとも計算しているかもしれない。


 合理的な判断だ。


 お前たちは賢いよ、『マドーリガ』の戦士諸君。だからこそ、『罠』にハマる。


「うおッ!?」


「ぎゃあッ!?」


「……なに!?」


 ドワーフどもが落馬していた。オレとキュレネイが、逃げ去る馬を見つめていたドワーフの戦士たちの片脚と腰を掴んで、馬から引きずり落としていたのさ。二人のドワーフが地面に叩きつけられて、続けざまに顔を踏まれて気絶しちまう。


「……お前らッ!?」


 ああ、テッサ・ランドール。君の考えている通りだよ。オレたちは、あの爆発に身を隠すようにして馬から飛び降りていた。そのまま、こっそりと君らの背後に回り、こうやって攻撃したんだよ。


 ドワーフの戦士どもが、こちらを見て来る。馬上だから、背後を見るのは難しい。それでも慌てて、こちらを確認しようと必死に体を捻っていた。


 計算済みだよ。こちらがデザインした状況さ。だから、オレは目をつむる。キュレネイ・ザトーが投げた『こけおどし爆弾』がすぐ近くに落下する音を耳で聞いたよ。


 シュバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッ!!


 閃光と爆音を浴びて、馬が驚き、馬上の戦士たちは目を焼かれる。


「ぐう!?」


「し、しまったあ!?」


「『背徳城』で、使われたヤツか……っ」


 そうだ。闇の中で、いきなりこれだけの強い光を見てしまえば、君らの目玉は機能を失う。しばらくの間は、何にも見えやしないさ。


 我ながら、いい戦術だし、間違いのない動きをこなした。でも。だからといって、現実が理想的に作り変えられるとは限らないものさ。


「ガルウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!」


 ヨダレを散らしながら、牙を剥いた獣が、オレの頭を目掛けて飛びかかって来ていた。『ヴァルガロフ』の闘犬だ。目をやられているのは戦士たちと同じことのはずだが、コイツは嗅覚だか聴覚で、オレの位置を気取っていたらしい。


 主の足下から飛び出し、オレ目掛けて飛びかかっていたんだ。まったく、感動するよ。こんな素晴らしい獣を作るとはね。篭手から竜爪を伸ばし、闘犬の飛びかかりを迎撃する。狂犬の肉に爪は突き刺さる。致命傷だが、死ぬまでは暴れるのさ。


 闘犬らしい、死にざまだよ!!血を吐きつけながら、それでも牙を突き立てようと暴れてやがる。ガチガチと己の血で赤くなった牙を開閉してやがるぜ。ああ、慈悲と敬意だ。このまま、殺してやろう。これ以上の生は、苦痛にしかならん。


 竜爪で、闘犬を真っ二つに切り裂いていた。血が噴き出すが、瞬間のこと。即死する。断末魔を上げることはなかったな―――そして。オレは竜太刀をも抜くことになるのだ。


 夜の闇の果てに、金色の戦槌の煌めきを見ていたから。戦槌姫テッサ・ランドール。彼女は、初見で『こけおどし爆弾』を見切っていたのさ。あの爆弾から目を反らし、反撃のために犬を放っていたようだ。


 賢い女戦士サマだ!!


「くたばれ、賊がああああああああああああああああああああッッ!!」


 気合いと殺意が込められた、戦槌の一撃がオレへと迫っていた―――。

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