第一話 『暗黒の街、ヴァルガロフ』 その35


 『ヴァルガロフ』の手前にある酒場で、駅馬車は止まったよ。『ルカーヴィスト』のテロへの対策ではあるらしいな。駅馬車を乗っ取り、火薬満載で街に突っ込んだことがあるようだ。だから、駅馬車は城塞の外に、駅が用意されてあるのさ。


 この酒場が、それだ。だから、『ヴァルガロフ』まで歩くことになる。『ヴァルガロフ』の周囲には、城塞に入れなかった貧乏人の住居が並ぶ。貧富の差は、悪人の世界にもあるようだ。


「まさか、駅馬車が街のなかまで入っていないとはな」


「……そのときのテロで、40人も死んだのよ。有効な対策を、取るべきでしょう?」


「テロの横行。サイテーが、上塗りされているような状況であります」


 キュレネイ・ザトーは相も変わらず無表情のまま、静かに感想を述べていた。否定しにくい言葉だったよ。いつもながら事実ばかりを、彼女の唇は語るのさ。


「……たしかにな」


「はい。3年前よりも、悪くなっているとは、ある意味で、さすがであります」


 キュレネイは高い城塞とよどんだ水路に囲まれた、その灰色の都を見つめながら、そんな評価を与えていたよ。


「で。その『灰色の血』は、『ヴァルガロフ』出身なのー?」


「イエス。私は、この街で生まれたらしいであります。もっと、知りたいですか?」


 そう言いながら、足音も立てずにヴェリイ・リオーネにキュレネイは近づいていく。ヴェリイはブンブンと首を横に振り回していたよ。野生の勘が、キュレネイを『怖い』と判断しているようだ。


「……い、いいえ!……聞くと厄介なことになりそうだから、やめとくわ。さて、四人とも、私に着いて来なさい。『ヴァルガロフ』の南門の周りは、『アルステイム』の縄張りよ。うちの若いスリに、財布狙われるのはイヤでしょう?」


「―――ちょっと楽しみだったんだがな。どんな技巧を使ってくるのか」


「……悪趣味ね。アナタたちなんて狙ったら、その子、捕まって殺されちゃうでしょ?」


「なるほどな。どちらかというと、お前たちの側に被害を出さぬためか」


「そういうことよ、エルフちゃん」


「……リエル・ハーヴェルだ」


「わかった。覚えておく、リエル・ハーヴェル。アナタの指摘の通りよ?……せっかく鍛えたスリの指を、斬り落とされてはたまらない。そうすることでしか、生きていけぬ子もいるし……遊びでスリをする子もいるの。遊びで殺されちゃうのって、かわいそう」


「……我々の財布を狙うことは許されん。相応の暴力で応じる」


「私たち、手強い獲物は、5才の女の子も使うわよ?……それでも、殴れるかしら?」


「ぬ?」


「……往来で、小さな子を殴れる勇気は、みんな持っていないのよね」


「……お、おのれ、姑息な技を教え込んでからにっ」


「うふふ。いいじゃない。それが、『ヴァルガロフ』の流儀よ」


「よくはないでありますが、おおむね、この街はそういうモノであります、リエル」


「まったく、改善の余地にあふれているぞ!」


「まあ、このヴェリイ・リオーネ姐さんが一緒なら、『アルステイム/長い舌の猫』たちは、アナタたちを襲わない。それでいいでしょ?……社会に不満があるからって、誰を殴ったところで、『ヴァルガロフ』は変わりませーん」


「挑発しているのか?……売られたケンカは買うぞ、ヴェリイ・リオーネ」


「あはは。そんなわけないでしょ。恋人殺したヤツの首を刎ねるまで、死ぬのはゴメンだわ。アナタたちみたいなバケモノと戦うのは、ゴメンよ」


「……ならば、挑発すべきではない。我々のなかで、最も若く狂暴な猟兵は私なのだ」


「……リエル、ケンカするな」


「ソルジェ団長の命令なら従う」


「やっぱり、アナタがリーダーなのね?」


「そう見えるか?」


「見た目というより、気配ね。一番、『怖い』のは、アナタだもの。狂暴なエルフちゃんを従えているなんてね」


「人徳と、愛だろ。彼女は、オレのヨメだしな」


「まあ?既婚者なのね、ソルジェ・ストラウスくん」


「ああ、四人夫婦だ」


「……ん?今、聞き慣れない単語を聞いたのだけれど?」


「ソルジェには、私以外にも二人のヨメがいるのだ。私が正妻だがな」


「そ、それは、独特な家庭ね?なんていうか、崩壊しているの?」


「いつも順調だよ」


「このあいだ読んだドロドロの恋愛小説だとね、複数の恋人を妊娠させたあげく、一番好きな女だけを愛そうと決めた男が、二番目に好きな女にナイフで刺されて殺されて、一番好きな女は、その二番目に好きな女のことを殺すの。その腹にいる赤ちゃんごとね」


「なんて小説を読んでいるんだ?」


 君の人生だけでも十分に悲惨なのに、わざわざフィクションにまで悲劇を求めなくても良いだろうに。


「……不幸なハナシを聞くと、心が癒やされるの。ああ、私だけじゃないんだなって」


 歪な趣味だと思うよ。健康的な発想とは言いがたい。


「助言だが、もっと楽しい恋愛小説を読むといいぜ。本屋に行き、店員に、明るくヒトがやたらと死なない恋愛小説はないかと助言を求めろ?……すぐに見繕ってくれるだろ」


「生々しい恋愛じゃないと、心に響かなくてね?ダメなの、純愛とか。こんな都合の良いこと起こるわけねえだろ!?……って、なってしまうのね」


「純愛の化身のオレとしては、残念に思えるよ」


「……ん?純愛の化身……?」


 ああ、殺伐とした人生を送りすぎているのだろうな、このヴェリイ・リオーネ姐さんは。自宅に帰ったら、恋人の首ナシ死体がイスに座っていたんだっけか?……それは、人生がガサガサに荒れちまうには、十分な事件だ。


 自分の身に置き換えて考えることさえ出来んな……心が妄想を始める前に拒絶しちまうよ。サイテーな事件だな。


「……で。ソルジェ・ストラウスくぅん?」


「なんだい?」


「さっきの恋愛小説について、どう思う?」


「君は、そんなクソみたいな小説の結末についての感想を、知人に求める癖があるのか?なおした方がいい癖だと思うぞ」


「いいじゃない。空想の物語について語り合うなんて……子供たちみたいな行いだわ」


 その内容が、子供が読んじゃいけないヤツだぜ。


「まあ、オレとしての意見を言わせてもらえれば、そもそも一人を選ぶからだろ?全員をヨメにして、一生愛し抜けば良いことだ」


「……えー、そうかしら?」


「全員選べば、みんなで幸せ。子供もたくさん、子孫繁栄。最高のハッピーエンドまで、彼は、もうちょっとで手が届くトコロまで来ていたのにな。女性を捨てるなんて、ヒドいハナシだ」


「そうだぞ。皆で愛し合えば、よいだけのハナシではないか」


「……えー……リエルちゃんのこと、わかんなーい」


「ふん。私とお前の価値観は大きく異なるということだ」


「……ホント、そうみたいね」


 文化や価値観の違いは大きい。とくに愛情の形など、さまざまな形状があってしかるべきものだよ。


「……君は、自分が納得する幸せを模索しろ」


「模索したわ。その結果が、今。私の幸せを奪ったクズを、探している最中ってことなのよ。ああ、もう、よしましょう!……こんな天気のいい日に、暗くなるハナシなんて!」


「お前が始めたのだろうが」


「まあ、そうだけど?……いいじゃない。もう、やーめた!悲しいハナシは、おしまい。とりあえず、『ヴァルガロフ』へおいでませーって、ことで、ソルジェくんたちの歓迎パーティーをしましょう!あそこの緑の屋根の店とか、良いカンジの店よ?」


「ああ、そうだな……」


 ヴェリイ・リオーネについて、オレたちはケットシーの多くうろつく『ヴァルガロフ』の南門をくぐっていく。大きな石造りの城塞を貫く、その門には、これだけの規模の都市には珍しく、衛兵が一人もいない。


 いるのは座り込んだまま、こちらを見ているケットシーの若者たち。その身なりは汚れているが、目つきは鋭い。スリの集団だろうか?……門をくぐる者たちは、意外なほどに多い。各地からの駅馬車に、そして徒歩や馬でやってくる連中だ。


 さまざまな種族がいるし、毛色も多様。食い詰めたような男もいれば、貴族のように着飾った亜人種たちもいる……帝国の支配力は限定的という評価は、正しいようだな。犯罪者だらけでないのならば、楽しめそうな土地ではあるのだが……。


「ねえ、聞いてる?ソルジェくん?あそこの店でもいいかしら?」


「オレたちの歓迎パーティーだったかい?」


「そうよ。お姉さんのオススメの店」


「……そいつは楽しみだ。何にしたって、現地のヤツが一番の事情通だもんな」


「ええ。美味しい料理で楽しませてあげる」


「……『ヴァルガロフ』の名物料理は?」


「何でもあるわよ。世界中から、いろんなヤツが流れついた土地だもの。あそこの店はケットシーのコックね。羊肉料理よ」


「羊。馬の仇が取れますね」


「馬の仇?……その子の馬は、羊のせいで死んじゃったの?」


「……そうじゃないさ。なんというか、話せば長いから、スルーしてやれ」


「わかったわ。ちょっと、変わった子なのね」


「イエス。私の心は、普通ではありません」


「『ヴァルガロフ』の出身者なんて、みんな大なり小なりそうでしょうよ」


「さすが、同郷者であります」


「とにかく。この店よ、『昼猫亭』。美味しい羊料理のお店よ」


 ふむ……『昼猫亭』か。気合いの入らん名前ではあるし、その見てくれも良いとは言えないが。現地の情報通が言うのだから、味は一流なのかもしれない。この街はどこも灰色が多いが、この『昼猫亭』は黄色い外装に、緑の三角屋根だ。


 可愛らしいデザインをしているな。看板にかかれている猫は、長い舌を出すことはなく、丸まっている。『アルステイム』とは無関係なのかね?そこのメンバーであるヴェリイ・リオーネ御用達ってコトは、結局マフィアとのつながるがあるのかね。


 しかし、その店の外見はたしかに愛らしい。小さな店だが、それがまた雰囲気とマッチしているな。リエルは、おお、と喜びの声を上げている。


「意外なほどに、かわいい感じの店だぞ!」


「でしょー!!女子ウケいいのよ?……『ヴァルガロフ』は、『かわいい店』とか少ないのよ。基本的に、どこも欲望が先走っている店が多いからね。でも、この店なら、女の子が下着姿でお酒を注いでくれるとか、全裸でテーブルの上で踊っていたりしないのよ?」


 ……なにそれ、そっちの店の方がいいよ。


 オレの心を読めるのか、正妻エルフさんの指が、オレのほほをつねっていた。


「スケベな話を聞いたとたんに、鼻の下を伸ばすでない」


「……すまんな男の本能なんだ」


「……ウフフ。もめてるカップルを見ると、心が晴れるわ!今日も一日、がんばれるって気持ちになれる!!」


 この女、悪魔みたいなことを、心の底から嬉しそうなツラで言い切っているよ。何だかんだでマフィアの一員だけはある。性格が悪いよ、ヴェリイの姉ちゃんも。


「……なかなか愉快な方ですね」


「ええ。そうよ。私、巨人族にモテそう?」


「それはどうですかな。我々の種族は、地味な女性を好みますので」


「あら?『ヴァルガロフ』の巨人族は、みんな派手な商売女みたいなのが好きよ?」


「……地域性でしょう。この土地は、イレギュラーな場所ですよ。全体的に、罪深さを感じる」


「そうねえ」


「……ですが、この店からは悪意や下品さが少ない。居心地が、よそに比べて良さそうです」


「そうよ。『ヴァルガロフ』には珍しいカタギな店なの」


「マフィアに上納金などを支払っていないのですか?」


「うん。ここは、そういうのしていないわ……さて、とりあえず、入って入って!……お昼にしましょうよ?」


「イエス。羊を胃袋に詰めるであります」


「……なんか、その言い方だと豪快過ぎるわね。丸ごと一頭食べるような気概を感じさせるわよ」


 ……それだと、一体、いくら支払うことになるのか、分かったもんじゃねえなあ。キュレネイ・ザトーの胃袋を持ってすれば、仔羊一頭ぐらいなら食べちまいそうだよ……顔が引きつるほどの銀貨を店にくれてやることになりそうだ。


 だが、なかなか楽しみだよ。店に入る前から、羊を煮込む白ワインの香りが漂っているもんな。

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