第一話 『暗黒の街、ヴァルガロフ』 その32


 さーて、サイテーな村にやって来た。皮を剥がれた頭蓋骨を吊すとか言われた門をくぐる。何となく、くぐるときに上を見ちまうのは、しょうがないよなあ。黒く汚れている。ああ、血の跡かな。


 その開拓村の農民たちは、すでに働き始めていた。よく晴れた午前の太陽に背中を焼かれながら、一年に一度も楽しいことがないヤツのような、心底くたびれた顔で、やせた畑を耕している。


 ……武装した戦士なんてものが自分の居住地に現れたら、もっと警戒するものだけど、彼らはそんなことにさえ興味がないようだった。痩せて細くて、目はうつろなまま、ただクワを動かしている。


 武装した者に関わらない。そういう処世術も確かに正解ではあるが、ここまで存在を無視されるのは異常だな。戦士に関わらないようにするという行いに、慣れているのだろうよ。


 ずいぶんと多くの村人の首を、この門に吊されたんだろうな。そうされる度に、ここの村人の心は調教されていったのさ。マフィアに関わらないように、全力になった。子供たちでさえ、オレたちに好奇心の視線を向けることはないのだ。


 どれだけおぞましい数の首が、この古くさく乾いた木の門に吊されたのだろうか。マフィアの連中は本当に残酷な振る舞いをしているようだ。サイテー、その言葉がとんでもなく、よく似合う土地のようだ。


 キュレネイ・ザトーの言葉は、いつも正しいな。


 オレたちは、駅馬車の待合施設でもある、小さな酒場に入ったよ。そこの店主は、年老いた白髪のエルフ。白いヒゲに、白くて大きな眉毛に隠された黒い目玉で、オレたちをにらみつける。


 ……村人とは違い、キレイな服を着ているな。高価な指輪をはめているところを見ると、ヤツはマフィアなんだろう。キュレネイ曰く、この駅馬車は四大マフィアどもに守られている……ふむ。駅馬車の積み荷はロクなもんじゃなさそうだ。


「……オッサン。駅馬車の代金はいくらだい?オレたち四人分だ」


「……どこに行くんだ?」


「『ヴァルガロフ』だよ」


「そうか。それなら、銀貨1枚でええぞ。酒は?」


「……そうだな」


「いらぬぞ、じいさま。この赤毛は酒が好きなのだ。あまり誘惑するでない」


「そうかい。そいつは、すまないな。水でも飲むか?」


「いただきましょう。四人分。おいくらですか」


「タダにしておいてやる。『ヴァルガロフ』にやってくる戦士は、歓迎してやらなくてはな。エルフの娘がいるしな」


「……ほーう。私に対してのリスペクトか」


「エメラルドの瞳。宝石眼の森のエルフは、歓迎する。ワシは古いタイプのエルフなんだよ。宮仕えもしたこともあった……」


「どうして森を出た、同族よ」


 この年寄りも、森のエルフ族か。同郷ではないのかもしれんがね。エルフの森は、けっこう、あちこちにあるもんだからな。基本的に、隠れ里ばかりで、あまり外界と交流を持つことは少ないけど。


「……ハハハッ!……貴い身分の戦士を殺したんだよ。女絡みだった。いい女だったが、ワシのことを『掟』を破ってまで好いてはくれんかった」


「追われたか」


「うむ。そうだ。追放された。刺客も送られたが、どうにか逃げ切った。そして……そのまま、ここにたどり着き、先々代の『金貨噛み』の長に拾われた」


 ヒトには歴史があるものだが、このジジイも色々と濃い人生を送ってきているようだな。リエルが、もしかして大昔の思い人にでも似ているのかね。オレたちには水だが、リエルにだけはフルーツを大量に搾ったジュースであった。


「……うむ。すばらしい心がけだな!……だが、紳士ならば、キュレネイにも用意すべきだ」


「たしかに、それが紳士の道だぞ、爺さん」


 だが、年寄りエルフは顔をしかめて、年老いた腕を組む。


「……『灰色の血』の娘か。ゴーストの構成員には、あまり関わりたくはねえんだが」


「この子はゴーストじゃないぜ」


「イエス。それは、もう昔の話であります」


 ……ああ、そうじゃないかとは思っていたが、やっぱりそうかい。リエルは驚いているが、ガンダラはいつもの無表情。予想済みさ。オレも、驚いちゃいないよ。


「……ほう。ゴーストから捨てられたのか?」


「『護衛対象』が死にました。彼女の遺言で、この赤毛の方に仕えています」


「……ああ。あんまり詳しい話はいいよ。危ねえことには関わらねえさ。ワシも孫がいる年だ……しかし、まあ、『ゴースト・アヴェンジャー』には敬意を表するのも、『金貨喰い』の在り方ではあるだろう。ほら、嬢ちゃん、ジュースだ!」


「やりました。リエル、ありがとうございます」


 無表情なのは変わらないが、カウンター席にどかんと置かれた、大きなミックスジュースにキュレネイは満足げだ。きっと喜んでるな。表情は変わらないが、あの赤い瞳はジュースを凝視しちまっているからな……。


「ん。ま、まあな!」


 リエル委員長がドヤ顔しているよ。褒められることが嬉しい女子だからな。王族の血かもしれない。称えられることに喜びを感じるらしい。


 オレは……『ゴースト・アヴェンジャー』という言葉が気になっている。『オル・ゴースト』の特殊な身分の戦士か?……まあ、そうでなければ、キュレネイ・ザトーの強さを説明できないか。


「……爺さん、『ゴースト・アヴェンジャー』は何人いるんだ?」


「……その子を連れているアンタに説明したくねえなあ」


「40人ばかりでした。私がいた頃は」


「そうか」


「……トップシークレットのはずだぜ?」


「気にするな」


「そうです、じいさん、気にするなであります」


 グビグビと無表情で『ゴースト・アヴェンジャー』さんはミックスジュースを呑みまくる……爺さんが、その様子に驚いている。ふむ。


「『ゴースト・アヴェンジャー』は全員が大きな胃袋の連中か?」


「い、いいや。そういうのじゃねえはずだぜ。特殊な技術を持っている戦士ってだけのはずだぜ……」


「おいしかったであります」


「……えーと……おかわり飲むかい、嬢ちゃん?」


「イエス。いただくであります」


「ははは……変わった嬢ちゃんだ」


「……キュレネイ、『ゴースト・アヴェンジャー』の戦闘能力の平均は、どれぐらいなものですか?」


 副官のガンダラが、オレも気になっていたことを質問した。キュレネイ・ザトーは、ゆっくりと語る。


「……3年前の私より強いのが、3人いました」


「ほう。大した水準だ」


「そのようですね。シアン班がいてくれて、良かったですね」


「ああ。40人を仕留めるのには、十分だな」


「……アンタら、物騒なことを聞かせるんじゃねえよ」


 年寄りエルフのマフィアは、何ともイヤな顔をしていたよ。聞きたくなかったのだろうな。気持ちは分かるよ。


「忘れろ」


「ああ。そうしておく……あんまり変なことを聞かせるんじゃないぜ」


「迂闊だったよ……なんてな!!」


「ハハハハハハッ!!そ、そりゃそうだ、『ゴースト・アヴェンジャー』40人と戦うなんて、いくらなんでも、ムチャがあるぜ!!」


「爆笑してもらえて、良かったよ。オレは、人生にはユーモアが必要だと、常々、思っているんでね」


「ああ……面白いヤツだ。酒いるかい?ただでも、いいんだぜ?おごってやるよ、そこそこいい酒を」


「ダメだぞ」


「……ヨメさんがそう言うんで、ダメだ」


「ほう。アンタのお姫さまは、高貴じゃない男にも、ついて来てくれたか」


「……爺さんも、いいヨメに出会えたんだろ?だから、孫も生まれた」


「……うちのは、アンタのところのお姫さまみたいにはキレイじゃねえよ」


「でも、惚れた女だ。爺さんは、お姫さまのために、高貴な戦士さまとケンカしちまうような男だ。愛してないと、連れ合いには選ばないだろう」


「まあな」


「……幸せな人生だったようじゃないか」


「まだまだ生きるぜ。アンタたちが、変なコトに巻き込まなければよ」


「おいおい、巻き込まないよ。アンタもこの村も、地味に暮らせばいい」


「……何か、やらかしに来たかい」


「『ヴァルガロフ』に向かう戦士は、みんな、そんなものだろう。アンタも大昔、そうだったなじゃないか」


「ワシはムチャはしなかったぜ。『ヴァルガロフ』は、バケモノぞろい。村一番の戦士を殺せた森のエルフの暗殺者も、頂点には遠かった」


「頂点ね。そいつは、どんなヤツだった?」


「……もう死んじまったが、フーレンだった。ハイランドから流れて来たんだろうよ」


 シアン・ヴァティが喜びそうだな。そいつも『虎』だったんだろうから。


「そいつは、『ゴースト・アヴェンジャー』だったのか?」


「いや。『闘技場』の頂点だったよ」


「……ほう。ワクワクする言葉だな!!」


「寝た子を起こすなよ、じいさま……っ」


「夢があるんだぜ、お姫さまよ。闘技場は、男の夢だ。他の土地の、闘技場は知らないけど、『ヴァルガロフ』の闘技場は、真剣勝負。ワシも、三度も死にかけた」


「くくく!そいつは、サイコーだな!!」


「ぬう。うちの旦那を、ワクワクさせるんじゃない!」


「……ああ、そりゃあすまねえことですわ。なんというか、ついつい……」


「まったく。昼間から酒をすすめたり、戦士に闘技場のハナシを聞かせたり、乱暴者の店だな」


「自覚はあるよ。なにせ、ワシは『金貨噛み』だからなあ」


「現役のマフィアなのかよ?」


「……引退してるがね。楽な仕事をもらってる。ここで、後輩どもしかやって来ないような店をしている」


「そうかい。意外と面倒見がいいのな、マフィアさんも」


「まあ、悪人ってのは、一人じゃ生きられんヤツらの集まりだからなあ。どいつも、みーんな、どこか、さみしがり屋で、同類にはやさしいんだよ」


「……なるほどね。でも、一人では生きていかない方がいいよ。つるむヤツがいないってのは、何だかさみしいからな」


「アンタも追放されたことがあるのか?」


「いいや、追放じゃない。故郷が滅びちまったのさ」


「ハハハ。よくいるパターンだ。ようこそ、お客人。ほーら、アンタたちを『ヴァルガロフ』に連れて行ってくれる、馬車が来たぞ」


「……そうか。ごちそうになった。じゃあ、みんな、行こうか」

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