第一話 『暗黒の街、ヴァルガロフ』 その11
「―――『アルカード病院騎士団』と、それが運営している『紅き心血の派閥』。そのどちらも偵察する価値は十分にあるわけです。ミス・ルクレツィアの懸念を解消するためにも……そして、我々が今後、形にしていく工作活動のためにも、すべきだと考えています」
「……わかった。それで、具体的には、どれだけの戦力で行える?」
「戦闘よりも諜報的な任務になります。ミアの力は欲しいところですね。そして、帝国領内での活動ですから……人間族に溶け込める私とカミラさんも有効だと思います」
「たしかに。オットーとカミラは見た目は完全に人間族……帝国人になりすますことも難しくはないな。オットーの索敵能力と、ミアの潜入能力、カミラの『闇』による緊急回避と脱出能力……いいチームだ」
「はい。それに加えて、錬金術と帝国錬金術師界に詳しいゾーイさんにも、参加を要請しています。すでに本人の同意を得ています。あとは団長の許可次第ですね」
「……いいのか、ゾーイ?君は、アルカード病院騎士団に狙われていたんだぞ?」
「それも含めてのこともあるわ。私だって、自分の周りで何が起きていたのか、興味あるのよ……それに、まだ、私のことを追いかけるようなヤツがいるのなら、仕留めておきたいし。それに……どの薬品にまつわる研究を盗むべきとか、そういうのって、私が一番くわしいでしょ?」
「たしかに、ルクレツィアたちでは錬金術の知識はあっても、帝国の錬金術師界そのものについては詳しくないしな」
……こういう言い方をすると、自尊心の高いルクレツィアが拗ねるかとも心配したが、ミアの黒髪の香りのおかげか、ルクちゃんは拗ねていなかったよ。ニヤニヤしてやがるな。
「コナーズ先生も詳しいとは思うけれど、もしもの時の戦闘能力が足りない。アルカード騎士との戦闘が発生する可能性を考えると、私が行った方がいいでしょ?……遅れは取らないはずよ」
「ああ。君の戦闘能力は知っている。十分な強さだ。『コルン』に近い身体能力もあるからな。協力の申し出、ありがたい。願ったり叶ったりだよ」
「ええ。『シンシア・アレンビー』も、『自由同盟』に亡命するしかない身よ。協力は惜しまない」
「……このチームならば、十分そうだな―――」
「―――あ、あの!!ソルジェ兄さん!!」
ククルが何かを決意したような表情で、手を上げていた。皆の視線が彼女に集まっていく。
「どうした?」
「そのチームに、私も同行させてもらえませんか?……私なら、見た目は人間族と変わりませんし。戦闘能力も、錬金術の知識もあります。それに、ククリとの連絡役も出来る」
「なるほど。ルクレツィアとの相談も、お前たちを経由して可能だな」
「はい。それに……私は、今回、ソルジェ兄さんといっしょに、初めて『外』に行きました。たった数日間でしたが、とても勉強になりました。『メルカ』は、ソルジェ兄さんの『自由同盟』に協力を決めています。だからこそ、『敵』を知りたいんです」
「……帝国を、見たいわけだな」
「はい!『メルカ・コルン』である私が、ファリス帝国を知ることで、『メルカ』は敵を学べます。知識だけでは、理解出来ないこともあると思います。直接、偵察におもむくことで、より多くを学べると思うんです……兄さん、長老、ダメでしょうか?」
……あの四人との出会いが、ククルにも大きな影響を与えているようだな。この世界を知りたいと考えてくれている。『メルカ』のためにも、そして、自分のためにも、成すべき道を模索しているのだ。
そのためにも、世界を知り……敵をも知らねばならないと考えている。
「―――オレには文句はない。ククルの言葉はもっともだ。戦力が増えるのであれば、別働隊の力になってくれるだろう」
「あ、ありがとうございます!……そ、それで、長老?」
そうだ、ルクレツィアの判断は……どうなのだろうな。『ホロウフィード』に、ククリとククルを派遣してくれたのは、『メルカ』の安全に直結する問題だからだ。そして、猟兵たちがここに残り、十二分な戦闘能力があったからでもある。
猟兵が去る今、疲弊している『メルカ』の防衛戦力をどう補うのか……ククルの派遣は戦力的には大きな痛手になる。
ククルは不安そうに『メルカ・クイン』を見つめていたが、当の本人はミア・パワーのおかげかニコニコしていたよ。
「オッケー。了解よ、行ってきなさい。敵情視察よ、お願いね!」
「あ、ありがとうございます!」
「……ククル。ちょっと、ズルい……っ」
ククリがククルの隣の席で頬を膨らませている。木の実をたくわえたリスさんみたいだったな。ククリは、少し子供っぽいところがある。それはそれで好きだ。可愛いリアクションは、オレのシスコンに響くんだ。
まあ、ルクちゃんみたいな大人女子がやるとキツいけどね?17才なら全然セーフだよ。
「ご、ごめんね。でも、ククリは『プリモ・コルン』でしょ?『メルカ』の防衛が第一でしょ?」
「そ、そうだけど……っ。置いてけぼりにされた感はあるよ……っ」
「拗ねているヒマはないわよ、ククリ?」
「ちょ、長老?」
「四人の子供たちの世話もあるわよ?なれない環境だからね、あなたが世話を見てあげなさい」
「……うん!そうだね!」
ふむ。ククリには適任だな。あいつらもククリによくなれているし。オレも安心して頼れるしな。妹分はオレの『家族』だ。ワガママを言える相手でもあるってことさ。いつか、その行いに報いなくてはいかんな……。
「ソルジェ殿」
「どうした、ルクレツィア?」
「我々も、これからは『外』との接触を覚悟しているのよ。というか……おそらく、この土地の生活を捨てることになるでしょう」
「移住すると?」
「ええ。ソルジェ殿の工作のおかげで、『メルカ』の安全は数年は確保できます。ですが、我々は規模の割りには力がある。我々の錬金術の知識……これを利用しようとしない外敵に対する懸念は、もはや消えることはないのよ」
「……そうだな。やれることは、したつもりだが」
「あら、ネガティブにとらえる必要はないのよ?……元々、移住は考えていたことでもある。この土地は人口の増加に耐えられる環境ではないから。それに……若い『コルン』たちは、ヒトの子を産みたいとも望んでいるの」
「……なるほど。たしかに、その目的はこの土地では叶わないな」
この土地には女しかいないのだから。
ヒトの子を産む。それが、『魔女の分身/ホムンクルス』たちの1000年の夢ではあった。そして、その夢は環境さえそろえば、いつでも叶う。
彼女たちは、旅立つ覚悟をすでに決めていたのだな……ホムンクルスという種族は消えて、ヒトの血脈に融け行くのか。彼女たちの願いの通りに、進むべきことだ。当たり前の生命の循環のなかへと、彼女たちは帰還を果たすというわけだ。
「―――当然ながら、移住なんてね、今日明日で、出来ることではないわ。今後、偵察がてら、『自由同盟』の地にも、『コルン』を送りたいとは考えている。ゼファーの翼を、そのときは貸してくれると嬉しいわね」
「もちろんだ。いい国を紹介する」
「ええ。でも、出来れば……ソルジェ殿が王になる国が、我々としては希望よ」
「ほう。オレのガルーナか」
「焦らせるつもりはない。でも、我々が組むとすれば、貴方のいる国よ?……そこは、強い国になってもらわなくては困るわね」
……いきなり、焦らされている気持ちになるな。
だが、期待されていると考えておこう。評価されている。そう思われることは嫌いじゃないんだよ。
「……任せておけ。必ずや、帝国の打倒とガルーナの奪還を成し遂げる。そのためにも、まずは、やれることから達成していくとしよう」
「ええ。現実に物事を成すためには、地道な一歩が必要だものね。ソルジェ殿をいい王さまにするためにも、我々、『メルカ』は全面的に貴方へ協力するわ」
「ありがたい言葉だよ、ルクレツィア。君と『メルカ』からの友情に感謝する」
「―――兄ちゃんよう。大きな任務の前に、小さな任務のことを言うのはなんだが」
「……ああ。わかってるよ、ガントリー。コナーズの家族は、安全なルートが構築され次第、『自由同盟』側への移送を開始する。早い内に、コナーズもアンタもそのチームに合流出来るようになるはずだ」
シャーロン・ドーチェと、頼りになるルード・スパイたちが動いてくれているさ。なんだかんだ言っても、シャーロンは有能。
とくにスパイ活動関連は、おふざけナシで急いでくれているはずだ。『ルードのキツネ/パナージュ家』の一員だもんな。
「……安心したよ。ああ、コーレットくんは、どうするんだい?」
「私は、しばらくここで修行させていただきますよ。伝説の錬金術師の『叡智』に触れるチャンスですから」
殊勝なハナシではあるな。コーレット・カーデナは眼鏡の下にある青い瞳を、狡猾さを帯びた感情に輝かせながら語っていたよ。
「ふふふっ!だって、ここなら、同期の連中に差がつきますし!!……見返してやりますよ、貧乏人ってバカにしていた、ボンボンどもを!!ふふふ、ふふ……ははははははッ!!」
相変わらず愉快な子だ。極めて優秀な錬金術師たちを、ガルーナ王国に迎え入れる算段が出来ている今、この未熟な『自称・天才錬金術師の卵』をオレたちが抱える必要はないのだが……火薬作りの才能は、認めなくてはるまいからな。
「……コーレット」
「な、なんですか?」
「才能を伸ばせ。いい爆弾製作者になれば、ガルーナ軍でのお前の地位は安泰だ。『技術顧問』として、君臨することも出来るぞ」
「ぎ、技術顧問ッッ!!す、素敵な響きですッ!!がんばりますね、ストラウスさん!!蛮族の臭いがするガルーナ軍の、近代化をはかるためにも、爆弾作りをがんばります!!」
「ああ。がんばってくれ。一緒に、世界を革命しよう。お前の爆弾でな?」
「は、はい!!み、見返してやるんです、帝国のエリートどもを!!孤児院育ちを、舐めるなって言うんですようッ!!」
……未来のガルーナ軍の近代化か。まあ、蛮勇さだけが強さではないからな。
「ルクレツィア、その子の指導も頼む」
「ええ。でも、『次』に納屋を吹き飛ばせば、お仕置きではすまないとだけ、言っておきましょうかね」
「……す、すみませんです、ルクレツィアさまッッ!!」
ああ、若者らしい素早い動きだった。オレは、子供のころに川で見かけたエビを思い出していたな。コーレットが土下座しているよ。川エビみたいな素早さで、イスから飛び降りて、床板に体を投げ捨てていたのさ―――。
「あれは、わざとじゃないんですうッッ!!」
「そうね。わざとだったら処刑しているレベルよね」
「ひええええ!!お、おゆるしくださああああああいっっ!!」
涙目の苦学生は、ルクレツィアの長い脚にしがみついて、必死に命乞いをしている。どうやら、オレの知らないあいだに、色々な伝説が生まれているようだな。
「反省している様子だから、命があるのよ?」
「様子っていうか、心の底から反省の木が生えて、それはもう、反省の森が出来ているぐらいですからッ!!」
「わかったわ。その愉快な森に免じて過去の失態は不問にしてあげましょう。でも、燃焼を伴う実験の場合、必ず屋外で行うこと。それを守るのであれば、アルテマが伝えた火薬の知識を授けてあげるわ」
「本当ですか!!はい、そうします!!私、忠実なるルクレツィアさまの弟子になりますんで、ぜひ、教えちゃってくださーいッ!!私、優秀さを見せていないと、後ろ盾もいませんし、路頭に迷っちゃうかもしれないんですよう……っ」
周囲の人物の有能さに、コーレットも己の存在価値が揺らいでいると考えているのだろうな。子供のくせに、苦労性というか……。
「だいじょうぶよ。爆弾製作者は、その取り扱う品の性質上、事故死しやすいわ。有能な錬金術師が、必ずしもなりたがるものではないと思うのよ。多分、『外』もそうでしょう?」
「は、はい!!みんな、命を惜しんで、選びません!!」
「だから。チャンスはあるわ。私も、あんまり強力な爆弾とか、たくさん作る気は起きないから。コーレット、あなたはいい『爆弾錬金術師』になりなさい。知識だけなら教えてあげるからね?」
……たしかに、爆弾を作らせるなんて、よく考えれば危険な仕事だよな。コーレットも根性がある子だ。というか、ムリをさせているのか?……危険な爆弾の製造を、押し付けているのだろうか、我々は?
だとすると、あまりにも鬼畜すぎる行動だな……。
「コーレット、爆弾作りがイヤなら―――」
「え?好きですよ、爆弾作り。ドカーンとなって、楽しいじゃないですか!」
「だが、危険なんだぞ?」
「危険なのは、どの仕事も同じですよ。そもそも、ストラウスさんの方が、百万倍は危険なんじゃないですか?」
「否定は出来んな。鋼を振り回す屈強な戦士たちに、殺意を向けられる日々だから」
「そんなのに比べたら、私の爆弾作りなんて、可愛いものじゃありませんか」
真顔で言われてしまった。オレたちの人生は、爆弾作りよりも危険ということか。なかなか、ストラウスらしくて、いい人生ではあるよ。
「わかった。よく学べよ、コーレット」
「はい!!ガルーナ軍の技術顧問の座、よろしくお願いしますね!!」
「ああ。見合うほどの腕になれば、いくらでもくれてやるよ」
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