序章 『雨の降る町で……。』 その6
雨の中で呪いを追いかけるための実戦的な『授業』が始まるのか。晴天に恵まれた、素晴らしい環境というわけにはいかないが……自分を磨くチャンスではあるな。もしも、呪術を完璧に追跡出来るようになれば、戦士として出来ることが更に広がる。
「……頼むよ、ガントリー、竜の魔眼に合うのなら、覚えたい」
「ああ。やってみよう……シモンズよ。この授業は、モンスターの討伐も兼ねている。『呪い追い/トラッカー』の能力を使えるオレは、おそらく、その蟹野郎のねぐらまで、案内出来る。呪いってのは、呪いを放っているヤツを追いかけられるからな」
「……それは、私には好都合だが」
「そうか?蟹との戦いの現場に、素人であるアンタを連れ込むことになる。兄ちゃんが、『呪い追い/トラッカー』を覚えても―――目玉に合わず、使えなくてもな。その場合はオレが案内すりゃすむ。残念なことに」
「私が、『馬喰いの大蟹/ホース・イーター』と戦いに、巻き込まれることを心配してくれているのか?」
「そういうことだ。蛮族なりのやさしさのつもりだが?」
「……いや。大丈夫だ。アンタたちが、あの蟹を殺すところを……見ておきたい」
「信用がないのかねえ?……オレたちが仕事をしないと?」
「そ、そうじゃない。そうは思わない……ただ、『ホース・イーター』を毎年退治しているのに……どうして、ヤツは滅びないのか……」
「これまでに雇った猟師や戦士は、ヤツの死体を持ち帰ったんだろう?」
「持ち帰った者もいたし、私が死体を確認した場合もあったよ。でも……私が戦いの現場に赴いたことは、なかった」
「当然ですよ。危険な狩りになります。戦士でない者は、そんな場所にいるべきではありません」
ククル・ストレガはマトモな判断を口にする。彼女は、もちろん反対なのだろう、モンスターの棲息地に、この戦闘能力の乏しい男を連れて行くことには……。
だが、この馬飼いの農夫は意固地になり始めていた。
「危険でも、いいんだ!……だって、毎年だぞ?……なにか、今までの退治屋たちに、騙されているコトがあったのかもと、思うんだよ!」
「騙すって……たとえば、どんなことです?」
「そ、それは分からない。でも、たしかに死体はあったけど……油をかけてその場で燃やしてきた。あれは、本当に死体だったのかなと、思うこともあるんだ……」
「たとえば、蟹の『抜け殻』を、退治した死体に見せかけらた……そういう詐欺の被害にあったと、主張したいんですか?」
「そ、そういうことだって、あるかもしれないだろ!?……毎年なんだぞ。もう、私はあの蟹に悩まされたくはない……確実に、ヤツが死ぬところを、見たいんだ」
「……まあ、そういうことなら、一緒に沼地で行くってコトでいいな?……コイツは疑り深くなっている。取引のためにも、目の前で蟹ちゃんをぶっ殺すんでいいじゃないか、賢い方の嬢ちゃん」
「わかりました」
「ちょっと!賢い方の嬢ちゃんって、言われなかった方の気持ちを考えてよう!?」
ククリの乙女心は傷ついたようだ。ガントリーの口の悪さは、色々とトラブルを巻き起こしそうだな。
「ああ、すまん。比較したときの……ただのイメージだ。お前さんは、そうだな……痩せてる方の嬢ちゃんだな!」
「うん、たしかに、ちょっとだけククルより、やせてる」
「解決だな!!」
「……兄さん、私、太ってませんよね?」
「ああ。太っちゃいないよ」
拗ねてくるククルを、その言葉で慰めてやる。ガントリーは、乙女心を傷つけることに長けているようだ。彼の青春・恋愛絵巻など……おそらく、女子ウケの悪い蛮族くさい物語に違いあるまい。
誰かと比べて褒めるってことは、リスクがあるもんだよ。
とにかく……。
「クライアント直々の願いなら、戦場に連れて行くことも仕方がない。より危険にはなるが……構わんな?」
「あ、ああ。頼む」
「安心しろ。死なせたりはしない。オレたちから離れるなよ」
「そうするよ……」
後悔しているのなら、前言撤回するタイミングではあるが……ジャック・シモンズは若干の恐怖に表情をこわばらせながらも、手の指を握りしめていた。覚悟を振り絞っている。いいや、心からは、赤い怒りの波動が流れている……蟹への怒りが、恐怖より強いのさ。
いい覚悟だよ。
職業人の矜持というか、意地ってのも、嫌いじゃない。
「ククリ、ククル。シモンズの護衛をしっかり頼む。オレは、蟹に対する前衛だ」
「わかったよ!」
「わかりました」
「……さて。懸念は解決だな。魔法の目玉のトレーニングへと移るぞ?」
「ああ。どうすればいい」
「まずは……ちょっとした知識の伝授だな。とりあえず、空中に漂っている呪術の痕跡を追いかけながら、歩いてみてくれ。センスがなさそうだったら、オレが先頭を交代する」
「わかった」
少し、緊張するね。大人だって『試験』を受けるときには、そうなるもんだ。センスがあるかないか……無いって判断されると、ちょっとヘコんじまいそうだな。
オレは眼帯を外して、金色を帯びた竜の眼を空気にさらす。この眼帯は、ミスリル製、自動的に魔力を抑えてくれる力があるんだよ。
『試験』だ……全力で挑戦したいのさ。何事にも、劣る評価はされたくないってのが男心。とくに、ストラウス家の血は、負けることを喜ばない。
「あ、あんた、その目はどうしたんだ?」
クライアントが、オレの魔眼を見て引いている。ドン引きだな。金色に輝く瞳ってカッコいいと思っているんだが……あきらかに、人間族の目玉ではないからな。
「竜にもらったのさ」
「まさか?……そんなこと、ありえないだろう?」
「それ以外に説明出来る言葉がないんだよ。信じてくれないなら、それでもいいさ」
「……まさか、ほんとうに……いや、そんなことが……」
常識的な世界に生きている馬飼い農夫ジャック・シモンズには、オレの不思議な人生は想像することも出来ないだろう。
このさびれた田舎町で生まれ育ち、このまま、死ぬまで同じような日々を繰り返していくだけの彼は……大蟹以上に、不思議な存在と出遭うことはないだろう。ホムンクルスの双子に、盲目なのに見えるドワーフ、そして、竜の目玉を継いだ魔王さん。
彼の人生において、最大に不思議な状況に巻き込まれているというのに……シモンズは気づけてもいないのだ。悪いコトじゃあない。平和なハナシだよ。
「……魔力を追いかければいいんだな」
「ああ。『魔力』をな」
……呪術を、と言うべきだったか?
……いや、センスを試されている。才能があるかないかだ。細かな言葉の技巧で、評価を高めようとする必要はないか。
さてと。
アーレス、『魔力』を追いかけようぜ。
オレは左眼に力を込める。血に融けている魔力、それを捧げているのさ。魔術を発動するときに似たイメージだが……それほど大きな魔力を瞬間的に消費することはない。
わずかばかり、目玉に回す魔力を増やすってだけさ。ただし……使い続けているあいだは魔力を消耗が継続する……早歩きでもしている感じだ。ちょっとじゃ疲れないが、本当に長時間行えば、疲れてくるだろう?
……さて。
この魔力の感知についてだが。
魔眼に頼らずとも、ヒトは魔力を感知することが出来る。しかし、それは風を肉眼で見るような行為に等しい。魔力とは、フツーは見えない。肌で感じ取るのだ、まさに風や、気温を感覚するときに似ている。
強い魔力ならば、方向や強さを把握することが可能である……しかし、空中に残存している希薄な魔力を感じ取ることは、ほとんどムリだな。ククリがチームの右手……北側の守備についたのは、魔力を感じたからではない。たんにカエルの歌を耳が拾ったからさ。
敵が沼地に居る……その知識を応用してのこと。ククルが南側についたのも、自然環境から判断したことだ。魔眼を使わなければ、この空気中に残存する魔力の軌跡を見つけることなんて出来やしない。
空気中には、ぼやける霧のようなモノが浮かんでいる。コレが、魔力の軌跡だな。かつて、強い魔力で呪術が刻まれた……いや、呪術を刻印されたモノが、ここを歩いたのかもしれない。
足下は雨でぬかるんでいる……しかし。魔眼が、雨で融かされた道に……馬の蹄の痕跡を見つけていた。
「……兄ちゃんよ。アンタは才能がありそうだな」
ガントリーが、どこか嬉しさを帯びた言葉でそう言ってくれる。その言葉の意味を考えながら、オレは口を開いていたよ。
「……この魔力が、呪いそのものというか、『呪われた馬』の残した魔力だと、気づいたからか?」
「そうだ。雨の下で歩いているが、座学を開始だ。いいか?……呪いを追うためのコツは、より多くの情報を手に入れることだな。全ての追跡の基礎ではあるが……魔力に敏感なオレたちの眼は、その空間からより多くの情報を入手することが出来る」
「ああ。そうだな。この魔力は、馬の歩きと一致しているんだな。『馬喰いの大蟹/ホース・イーター』本体は、沼地から牧場のほうには這い出ていない……呪術にかかった馬がふらりふらりと歩きながら、道を進んだ」
「……この雨で、足跡なんて、消えているはずだが……?」
馬飼い農夫は信じられないというような表情になっていた。ガントリーは、へへ、と短く笑う。どこか自慢げにな。
「それが分かるのが、魔法の目玉の良いところだ。兄ちゃんは、雨で融けちまった土の表面ではなく、それより『下』の地面に歪みを見ている」
「……そんなことが、出来るのか」
「オレたちにはな。いいかい、兄ちゃん。呪術ってのも、魔術と同じじゃある。基本的には『炎』、『風』、『雷』の属性を帯びた魔力で、フクザツかあるいは雑に構成されているもんだ……しかし、魔術とは異なる部分がある」
「遠隔的に機能する?」
「そうだ。魔術ってのは、瞬間的に、強力な魔力の発動。呪術ってのは、継続的に、ジワジワと機能している……そして、術者本人よりも、呪術を受けた対象者の方に、その魔力的な構造が付着するものさ。兄ちゃん、オレたちは、今、魔術ではなく呪術を見ている」
「この魔力は、蟹ではなく……蟹に呪われている馬の魔力か」
「そうだ。足跡や環境からでも、呪術か魔術かの区別は推理できる。情報を手に入れる、それが、『呪い追い/トラッカー』技術の基礎にして奥義よ。そして、手に入れた情報から、本人の魔力の名残か、『被術者/獲物』の魔力かを鑑別する……それが第二段階」
「呪術だと、確信出来る情報を手に入れる?」
「そうだ。それが出来なければ、謎解きも出来ん。アンタは、『トラッカー』の才能はあるぜ。あとは、どれぐらいあるかに期待したいところだ」
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