第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その33


 ―――己を『保存』する。生命として、『生き続けたい』という願望そのものは、理解しがたいものではない。


 だが。それでもなお、あの不定型な闇色の物体の欲求には、とてもじゃないが共感することは出来ないな。


 1000年も前に死んじまったはずの魔女の死体などが……あさましくも『復活』とやらを願う、あの様子を見ていると、怒りと嫌悪に身が震えるよ。


 ああまでして、求めるものなのか?


 『不死』とやらを?


 ……それとも。


 あの醜悪な形状ゆえの欲求でもあるのだろうか?……ホムンクルスたちが、『魔女の分身』だとするのなら、『元』はかなりの美女である。『それ』が、あのみじめなまでの異形と成り果ててしまった。


 だからか?


 だから、ルクレツィアや、オレの妹分たちを取っ捕まえて、その腐った異形の肉体と、ちょっとずつ入れ替えながら、もとの美しい魔女の姿へと戻りたいのだろうかね。あの立場になった者にしか、分からぬ苦しみもあるのかもしれないが―――。


 ―――知ったことかよ。


 来るがいい。


 オレたちには、まだまだ策があるんだぜ。


 ゼファーとリエルのサポートは、まだ無いが……我々が、負けるように出来ているとは思わぬことだな、欲深なる『アルテマ』よ。


『ギギギギキキキキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!』


 悪霊どもが女主人の命令に従い、その呪われた体を鳴らしつつ、戦場を津波のように駆け抜けてくる。解放された狩猟本能か、それとも殺戮への欲求か……もしはく、一点の曇りもない忠誠心から来る勢いなのか。


 歪んだ角をもつ骸骨どもが、戦いに歓喜するように、舌さえない空虚な口を開けっ放しにして、こちら目掛けて殺到してくる。地獄を描く宗教美術の様相だ。死と暴力と、邪心に満ちた、荒々しい光景だったね。


 死霊どもは戦場を駆けていく。ルクレツィアのいる『東』の坂道にも……そして、オレたちのいる『北東』の道にも……そのどちらにも、欲深い軍勢が突撃して来るのだ。『アルテマ』は、やはり、『東』に向かうよ。


 ルクレツィアを求めた。


 あるいは、オレを怖がってくれたのかな。


 ……何であれ、こちらにも、これだけ多くの『刈り手』を差し向けるとは考えていなかった。もっと、少ない数で来ると読んでいたのだがな。『アルテマ』は、『己』を取り戻したくて、たまらないのだろう。


 腐って歪んだヤツの血肉と臓腑を、一刻も早く、若く美しいホムンクルスたちの『それら』と取り替えて、女としての美と健康……そして、何よりも輝く生命を取り戻したいんだろうさ。


 魔女のそんな願いを叶えるためだけに、悪神は力を授けているらしいよ。悪神そのものには、己の意志など希薄らしいからな。


 ただ、『生存のために適した願望』を持つ者に寄生し、そいつに力と知識を与えるのみ。寄生虫に過ぎない、下らん存在だよ―――。


「―――ソルジェ・ストラウス。けっこう、こっちにも来ているんだけど?」


「……戦場で、全てが思い通りになるときは、敵の策に踊らされている場合のみだ」


「じゃあ。いい意味で考えたら、この『予定外の出来事』は、敵に作戦を悟られていない証ってことなの?」


「ああ。ゾーイよ、前向きに考えろ。悪い展開とは言いがたいだろ?」


 ……たしかに、オレの予想では、大半の敵が向こう側に走り、ルクレツィアを求めると考えていた。


 だって、『クイン』は、有能な『代替品』らしいからな。魔女が己の復活のために求める、『最高の素材』。それが、『メルカ・クイン』だ。


 全ての『クイン』たちとの生存競争に勝利した、最も有能なホムンクルス。だからこそ、『アルテマ』はルクレツィアを求めるのだ。


 『ベルカ』における最後の『プリモ・コルン』、ジャスティナは……オレにそう教えてくれたんだよ。だから、多くの敵が、ルクレツィア側に誘導出来ると考えていたんだがね……。


 現実は、予想から少し外れていたのさ。


 こちらにも半分近く誘導出来るとはな。


 どうやら、見境なく、『アルテマ』は己の『代替品/ホムンクルス』を求めているようだ。『質』よりも『数』か?……いや、ただ時間を惜しんでいるのかもな。


 とにかく、『早く』。死から逃げて、生者へと復帰したいのだろう。


 ……笑えるぜ。


 その健康を追求する、必死な生きざまが滑稽なのではない。そうまでしての願いならば、求めるがいい。その道を理解してやる気は毛頭無いが……命があることを願う、その祈りの重さならば、オレとて知っている。


 誰もが、死にたくはないのだ。


 それを笑うつもりはない。


 だが、それでもオレの唇が歪み、牙を世界に見せつけているのはな……『アルテマ』よ。貴様が、こちらの戦術の泥沼に、また脚を踏み込んでしまったからだ。


「―――いい展開だぞ?……ヤツらは、左右に分かれちまったからな」


「そうね。『薄く』なった」


 そうだ。ヤツらは、残り140そこそこの軍勢を分断させて、『密度』を薄くしてしまった。ある意味、弱体化を選んだんだと言えるのさ。


 ……こちらは、それぞれ20騎ちょっとの小さな群れだ。それを70もの多勢で呑み込むつもりか。たしかに、数字の上だけでは、十分な戦力差だな。


 だが、それで安心するのは早いよ、『アルテマ』ちゃん。


 オレたちは、勝つための準備をしている。貴様らよりも、ずっと早くにここへ到着していたのだからな。その意味を、考えるべきだったんだぜ……?


 ……『アルテマ』は『東』の坂道を、骸骨どもの群れに守られながら登っていく。それを確認して、ルクレツィアは後退を開始した。いいタイミングだったよ。『十分に、引きつけてくれたからな』。


「―――ククリ!!今だ、やれ!!」


「うん!!『爆ぜろ』ッッ!!」


 ククリが左右の人差し指を不思議な形に交差させながら、呪術を解き放つ。何をしたかって?『東』の坂道を登ろうとして集まっていた異形どもの足下には、ククリとコーレット・カーデナが作りあげた『地雷原』があるのさ。


 それらの火薬と魔法の金属のカタマリで作られた、とにかく威力を求めたらしい爆発物は、ククリの呪術一つで炸裂していた。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!


 花火を愛する『メルカ』人のセンスに、それは合ったのか?ククリは、アハハハハ!!と笑っていたよ。


 とはいえ、他の『メルカ・コルン』は、ククリに同調することはなく、こちら目掛けて迫り来る、『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』の群れに矢を射るのに必死である。牽制しなくてはならんからな。


 ……どうやら、オレのククリは、『メルカ』人の中でも、特別に爆発物が好きなのかもしれない。


 何というか、さすがはオレの妹分であるなと、納得するよ。だって、ミアも笑ってるし、オレも笑ってるもんね。


 まあ、笑顔にもなるさ。


 あの爆発で、多くの『ホーンド・レイス』が吹き飛んでいたし、『アルテマ』さえも、その爆発によりダメージを負わされていた。致命傷にはなってはいないが、それでも、生命を求めてやまない、あの死人には、たまらない恐怖だったのだろう。


『ゆ、ゆ、ゆるさないぞおおおおおおおおお!!わたしの、『ぶひん』、ふぜいがあああああああああああああッッ!!』


 闇色にうごめく巨体が大きく裂けて、そこから、その叫びは放たれていたのさ。おそらく、アレが『口』らしい。


 ……ああ、ヒトとは思えぬ異形っぷりだよ。ヒトの口は、数百の小さな歯が並んでいたりも、横幅が3メートルはありはしないものさ。


 醜いバケモノめ。


 もっと、爆破で千切れてしまえば良かったのにな―――。


「―――ちょっと、爆笑してないで、指揮をしなさい、ククリっ!!」


 しっかり者のククルに、叱られちまったよ。オレとミアは、自重のために口を閉じる。たしかにな。敵のみじめな姿を見て、楽しんでいる場合でもないんだよ。なにせ、こっちにも、敵が70体ほど押し寄せてきているんだから。


 ククリは『プリモ・コルン』としての威厳を取り戻すため、表情を引き締めた。


「うん!!……さてと!!皆、後退しながら矢を射るよ!!『長老』の、特別製をね!!」


 そうだな。いいタイミングだよ。敵が、これ以上、粗密になると、効果が薄くなるからね。とはいえ、ある程度は群れを引き離してからの方が有効だ。敵を分断しつつ、それぞれを融かすように殲滅していく。それが、この戦の理想だ。


 この戦には、英雄を求めない。死者を減らすための、戦なのだ。


 オレたちは、馬を走らせる。


 こちらに向かって来る、『ホーンド・レイス』どもは、ヒト型モンスターとしては最上位のほどのスピードとタフネスを持ってはいるが―――さすがに、秘薬を使われている『メルカ』の馬には敵わないらしい。


 最後尾にいるのは、オレとガントリーの騎馬だ。オレは騎士道ゆえに、ガントリーは戦闘意欲ゆえにだ。


「いいか。ガントリー、離しすぎるなよ?」


「分かってるよ、兄ちゃん。作戦ぐらい記憶出来るぜ。それに、この小柄な馬じゃあ、戦場を最も速く駆け抜けるようなことはねえよ」


 我々の役目は、『メルカ・コルン』たちのサポートだよ。距離を保ちながら、後退しつつ、敵を誘導する。敵を置き去りにしては、ルクレツィアたちが逃亡を開始している『メルカ』へと至る道に向かう可能性があるからな。


 オレとガントリーがしんがりを務める理由は、守るためでもある、『囮』として敵を引きつけるたけでもあるのさ。


「第二部隊!!加速して!!ククル、頼むよ!!」


「わかったわ!任せなさい!!」


 ククルと10騎の騎兵たちが、全力で戦場を走り抜ける。加速して、オレたちの背後を追いかけてくる『ホーンド・レイス』から距離を作るんだ。


 間合いを作っているのさ。


 当然ながら、矢を射るための間合いだ。はるか前方の峠に、ククルたちの軽装騎兵が陣取った。そして、悠然と弓を構えて、狙いを定めていく―――『ホーンド・レイス』に『狂戦士の呪い』をかける、あの邪悪なる呪術を帯びた矢は、実に優美な動作で放たれていた。


 呪毒の矢が空を走り、オレとガントリーに迫りそうになっていた『ホーンド・レイス』の前衛に突き刺さっていた。ヤツらは、一瞬、速度を落とした。そして、すぐに後続の骸骨どもに巻き込まれていく。


「……失敗かよ?」


「いや。効いてるみたいだぞ!!」


『がごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』


 『狂戦士の呪い』は『ホーンド・レイス』に効果的だった。群れに沈んだ呪われた連中が、いきなり、近くの個体に襲いかかる!!その効果は、たったの30秒だけ。だが、呪われた十匹の『ホーンド・レイス』は、限られた時間を濃密に働いた。


 同士討ちが発生していく。暴れる個体の好きにはさせられないからね。『ホーンド・レイス』同士が、30秒の戦いを繰り広げてくれたおかげで、その群れの移動速度は極端に低下した。


 なまじっか、知性があると、こうだな。異常な事態について思考してしまう。


「ハハハーッ!!いいじゃねえか!!突撃するかい、兄ちゃん!?」


「いいや。まだだ。まだ削れる。ククリの部隊が残っている……それに、『援軍』が来るまで、もうすぐだ。走り抜け。ムダな負傷を、する必要はない」


「はー!いい作戦だが、ノーベイ・ドワーフの哲学としては、つまらんぞ」


「アンタの戦場は、用意してやる。帝国軍にこそ、借りがあるだろう。死ぬとすれば、その戦場こそが相応しい」


「……へへ。口車に乗せられてやろう。ノーベイ・ドワーフ族の生き残りとして、たしかに、ここでは死ねんな」


「そうだ。死ぬ必要もない!!……この戦は、もらったぞ!!」


 今度はククリたちが、あの呪毒の矢を放つタイミングであったよ。彼女たちが加速して、あの峠の中腹に陣取り、矢を放った!!オレたちの頭上を、『狂戦士の呪毒の矢』が飛んでいった。


 そして。再び、敵の前衛たちに呪いが巻き起こる。再び狂騒が発生し、『ホーンド・レイス』どもの群れが大きく混乱していく。同士討ちの作用は大きく、敵の数は、大きく減っていたよ。


 『メルカ・クイン/最強のホムンクルス』サマの呪毒は、本当に効果的だったようだぜ。


 あと……40匹少々だ―――おおよその敵影を数え終えた直後だった。ククリの明るい声が戦場に響いた。


「ソルジェ兄さーんッッ!!『援軍』、到着だよッッ!!」


「よし!!ガントリー!!馬を加速し、反転させろ!!突撃に備える!!」


「応よ!!」


 オレとガントリーの馬は、全力疾走して、追いかけてくる敵を置き去りにする。あの峠のふもとまで来ると、オレたちは馬を反転させる。突撃のためにさ、弓を捨て、竜太刀を抜く。ガントリーは小柄な馬から下りて、長剣の二刀流になった。


「いいコンビが組めそうだ。オレが突撃して風穴を開ける!!」


「ドワーフの戦士のオジサンが、ホムンクルスちゃんたちの『壁』になってやるよ!!」


 剣と盾さ。


 だが、彼女たちは、守られているだけの存在などではないのさ。


「みんなー!!兄さんたちの突撃を、サポートするよ!!……『ジャベリン隊』、撃ち込んでッ!!」


「了解、『プリモ・コルン』ッッ!!」


 峠の頂から、14人ほどの女戦士が投げ槍を放ってくる。さすがは、『メルカ・コルン』だ。完璧な連携だよ。それらの鋼は、技巧たっぷりの放物線を描きながら、迫り来る『ホーンド・レイス』たちへと降り注ぐ!!


 盾でも、この重量のある槍は防げないさ。ご丁寧なことに、リエル・ハーヴェルの『雷』の『エンチャント/属性付与』がついてもいるしな。14本のジャベリンが、それぞれの獲物を串刺しにする。


 そして、串刺しにしながら放たれる『雷』が、大地を伝い、周囲の敵をも感電させていくのさ……オレは馬を走らせ、ガントリーは雄叫びを放ちながら突撃していく。


 たった二人だけの突撃じゃあ、なかったさ。


 二十人の『メルカ・コルン』の矢と、ミアの放った弾丸が、雷電に痺れる敵に次々と命中していくのだからな。射撃の加護をまといながら、騎兵と戦士は、鋼の斬撃で大暴れして、敵を次から次に、斬り捨てていく。


 竜太刀を振り回し、敵の群れを中央突破してやる!!……4、5、6……7匹と!!竜太刀の斬撃で、ねじれた角の生えた骸骨どもを叩き割ってやったよ!!敵陣を抜ける。抜けつつ、オレは馬からすべるように地上へと降りた。


 効率的な攻撃をするには、馬上では困ることがある。


 とくに、細かな殲滅戦を仕掛けるときは、かえってスピードが邪魔になるのさ。竜爪を生やして、獣の速さで、オレは『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』の群れへと、背後から再突撃だ!!


 こちらを向いてくる、骸骨どもは、みな、どこかが壊れている。矢を浴びたか、仲間同士での傷つけ合ったのか。ジャベリンに貫かれたのか。


 何だっていいさ、鋼と一つになって暴れる、このストラウスの嵐の前では、ただただ、一方的に切り裂かれるだけのことだッ!!……竜太刀と竜爪が、暴れ回り、手当たり次第に悪霊どもを破壊していくッ!!


 ガントリーの二刀流も、敵を軽やかに切り裂いて……ミアが、加速しながら戦場を飛び回り、ナイフと『風』を帯びた蹴り技で、次から次に『ホーンド・レイス』どもを殲滅していったよ。


 ……『北東』の道に誘い込んだ敵は、これで全て仕留めたよ。後は?……もちろん、これから反転する。馬で引き返していき、『アルテマ』どもの群れを、その背後から襲撃してやるのさ!!

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