第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その32


 指揮官ってのは戦場全体を見張っているせいもある。『金羽の鷲獅子/ロイヤル・グリフォン』の強襲に最も早く対応したのは、オレではなく、ミア・マルー・ストラウスであった。


 ミアが『風』を込めた弾丸を、上空から襲撃して来た『ロイヤル・グリフォン』に撃ち込んだおかげで、ヤツの強襲から、ククリの馬は逃げることが出来た。空振りした前脚の赤熱を帯びた爪が、山肌の土を引き裂き、握りつぶす。


 ……やはり、コイツは頭が切れる。


 戦場を遠くから観察しながら……指揮官の一人を選んだようだな。『プリモ・コルン/筆頭戦士』であり、『メルカ・コルン』たちのリーダーが、ククリ・ストレガであることを察したようだ。


「こ、この!!」


 ククルが姉妹を攻撃されたことで、怒りに衝動される。馬上から矢を放つが、あの巨大なモンスターは、鷲の爪と、獅子の脚で、巨体に似合わぬ俊敏なステップを用いて、冷静さを欠いたククルの矢を躱してみせた。


「あ、あの大きさで、そんな動きをするの!?」


 『ロイヤル・グリフォン』の動きを見たゾーイは、驚いていた。それは、他の『コルン』たちも同じだった。『グリフォン』との戦いを、十分に経験しているはずの彼女たちでさえも……この数十年ぶりに出現した、強者の動きは想像を超えていたらしい。


 だが。


 こういうときは、衝動的にこそ動くべきだな。思考し過ぎることは、守備の邪魔ではある。考えるよりも先に動かなければ―――強者の攻撃を防ぐことは出来ないものだ。


「ヒヒヒヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッッ!!!」


 いななく黒馬が突撃していた。オレの馬だよ。例の薬のおかげか、勇猛果敢な突撃を、この馬は見せてくれる。『ロイヤル・グリフォン』は、あまりにも巨大なモンスターだ。全長7メートルはゆうにある。翼長は9メートルははるかに超える。


 それでいて、馬よりも器用なステップを刻むと来た。


 幼鳥の頃はいざ知らず……それなりの大きさになってからは、馬など、ただのエサだっただろう。だが、その食肉に過ぎないか弱き生命―――馬が、まさか正面から突撃してくるとは、ヤツは思いもしなかったようだ。


『キイイッ!?』


 その小さな鳴き声には、驚きが入っている。そうだ、馬に怯えたわけではない。ただ、この馬の突撃が、想定外過ぎて、少しだけ驚いただけなのさ。いい馬だな。


 『ロイヤル・グリフォン』は過剰な反応を示した、その慎重な性格が垣間見える行動とも言えるだろう。あの素晴らしく俊敏なステップワークで、その巨体を軽やかに後退させていた。


 ハッタリに、また引っかかってくれたよ。


 コイツは、冷静極まる狩人だ。攻撃のために戦術を駆使する、知性派だな。しかし、そういう戦士は……想定外の行動には弱いものだ。


 サイアクの場合は、反撃を受けるつもりだった。あの大地を握りつぶす巨大な鷲爪に、この馬を捧げるつもりだったよ。そうしてでも、体勢を取り繕う時間を稼ぐつもりだったが―――昨夜につづいて、駆け引きはオレの勝ちだ。


 後退した『ロイヤル・グリフォン』に、オレは鋼の矢を撃ち込む。頭を狙ったんだが、ヤツめ、あの金色にかがやく風切り羽を羽ばたかせて、その先端で飛来した矢を叩き折りながら、宙へと舞い上がった。


 見事なもんだ。


 野生のモンスターが、そこまで技巧を蓄えるものとはな―――1000年ぶりに魔女に呼ばれても、わざわざ戦場に来てくれる……その義理深い高貴なる魔物は、空へと戻る。


「あ、つ、追撃!!」


 呆気に取られていたククリが、その命令を部下に放つ。『コルン』たちが、『ロイヤル・グリフォン』に弓を向けようとするが、オレはその行動を妨害したよ。


「撃つな!!」


「え!?」


 そうだ。撃つ必要はないのだ。何故ならば―――。


『GAAHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 竜の歌がカーリーンの凍える空を震わせながら……黄金色の劫火を解き放つッ!!空が暴れて渦巻く金色に塗りつぶされ、地上にいる戦士たちの肌に、猛る灼熱を感覚させる!!


 エルフの弓姫を乗せた、黒き竜が……オレのゼファーが、オレたちの頭上を飛び抜けていく。あわてて矢など撃てば、ゼファーの腹に当たったかもしれないよ。ミアが、親指を空に向けて立てている。


「ゼファー!!リエルっ!!ナイス・カバー!!」


「なんて威力っ!!……近くで見ると、ホントに、スゴいわね……っ。まつげが熱く感じるわ」


 ゾーイは空を焼く金色の熱量を浴びながら、そう呟いていた。彼女ほどの爆炎の使い手に褒められると、『ドージェ』もドヤ顔モードになりそうだな。


 しかし。煉獄の焔に襲われながらも―――『金羽の鷲獅子/ロイヤル・グリフォン』が、見事な飛翔で、宙返りをしたことを、オレの魔法の目玉は見逃してはいない。


 劫火の産んだ気流に乗って、ヤツは回避のための動きを、宙に踊ったのだ。燃える羽根が数枚、焦げ臭さを風に融かしながら降ってくるが……本体は、いたって無傷だよ。すでに、はるか遠くに逃げている。


 だが。もちろん、この待ちわびた戦いを、オレの竜が逃すはずがない。ストラウス家の戦士は、白銀の牙の列で、青空を喰らうように大きく口を開きながら、獲物を目掛けて飛翔するのさ!!


『にがさない!!ぼくと、『まーじぇ』で、しとめてやるんだああああッ!!』


 くくく!!いいぜ、ゼファー……空の王者であることを、証明してみせろ!!……邪魔者は、『ドージェ』たちが、片づけておいてやるぜ!!


 魔法の目玉は、知っているよ。


 ゼファーを追いかけて、無数の『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』どもが蒼穹を駆け抜けていうのをな!!邪魔は、させん!!それは、オレの正妻と、オレの竜だ!!悪霊などに、ふたりの影を追うことを、許しはせんぞッッ!!


 呪眼の力を解き放つ。


 今まで、温存していた魔力の使いどころだ。『ターゲッティング』!あの黄金色の呪印を、天空で群れを成す悪霊どもに刻みつけていく!!合計で、八つ!!それぐらいが、同時に使うときの限界か!!


 魔法の目玉が焼けちまいそうになるほど熱いが、構わない!!仕留められるチャンスに、仕留めておく!!……ヤツらを排除して、ゼファーとリエルに自由を与える!!そうなれば、この戦で、オレは仲間を一人も死なせずに済むかもしれんのだぞッ!!


 ……そんなことを、考えていると……目玉が赤くなりながらも、九と十番目の『ターゲッティング』が発動したよ。ああ、そうかい。力を、貸してくれるのか、ジュナ・ストレガよ!!


 山頂氷河の凍える風に融けた、魔王の耳にしか届かぬ声を確かに聞いたのさ。オレは、牙を剥きながら、両手を空へと掲げる!!獣の叫びで吼えながら、凍える風に導かれるように、火球の群れをぶっ放すッ!!


 空に紅蓮の軌跡が描かれて、飢え狼のような執拗極まる追跡は……十の死と、断末魔の悲鳴を風に残す。


 切り裂かれるような鋭さで、紅蓮の牙は悪霊どもを刻むのだ。『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』どもが荒ぶる火力によって、真っ二つになり、空の欠片へと成り果てる。


 それでも。


 空には邪魔者がいるからな。


 一瞬にして、強力に魔力を消耗してしまったオレには、声を出すための余力さえ無い。しかし、安心している。魔王の耳にしか聞こえぬ声では、なかったからだ。ククリとククルには、戦術に潜む意味が分かったのか。


 あるいは、凍える風となったジュナの言葉が聞こえたのか―――どちらにしたって構わない。二人は、最良の判断をしてくれる。矢を、空に向けて、放つのだ!!


 空飛ぶ悪霊どもが、二匹射抜かれ……いや、オレが呼吸を乱しながらも放った矢で、三匹目が射抜かれ―――オレたちの動きに呼応して、『メルカ・コルン』たちがゼファーの影を追いかけて、この山肌に近づき過ぎていた愚かな悪霊を次々と射殺していく。


「ハハハーハッ!!入れ食いだぜええええええ!!」


 下品なドワーフ戦士の歌が、手斧の投擲に重なりながら空の青に、研がれた鋼の色を記したよ。ガントリー・ヴァントが連続して放った、左右の手斧のそれぞれも、『ホーンド・レイス』を仕留めていた。


 その瞬間に、悪霊の群れが崩壊していた。リエルとゼファーは、これで更なる自由を空で得られるのさ……あとは、『ロイヤル・グリフォン』さえ仕留めれば、この戦場に、竜のサポートが始まるぜ。


 だから、あわてろよ。


 『悪神と魔女の死体が混ざったモノ/アルテマ』ちゃんよ?……臓腑と化していたシャムロックを捨てて、知恵を得たか?冷静になったか?……だがなあ、このオレが……魔王サマが刻みつけた、『恐怖』は心から取れやしないだろう?


 呼吸を整え、血を巡る魔力を安定させながら……オレは、戦場を睨みつける。『砦』の周囲には、大勢の『ホーンド・レイス』が集まっている。盾で矢の攻撃から身を守りながら、戦力がそこに終結するのを待っているのさ。


 ほら。


 来やがったな。


 『アルテマ』だ。不定形に歪む、あの闇色の肉体。ヤツは、昨日よりも、大きくなっていたが、その図体の割りには臆病であるらしい。地を這う蜘蛛のように長い闇色の脚を、その揺らめくも、何となく卵の形に近い本体から生やしている。


 吐き気を及ぼすような醜い怪物の姿をしているがヤツは、冷静かつ臆病に、体を低くして、悪霊どもを盾にしながら、『砦』の裏に身を隠す。


「―――こっちは、片付いてる!!あっちを、攻撃するんだ、皆!!」


 『プリモ・コルン』がそう命令して、『コルン』の弓兵たちが遠距離射撃を再開する。『砦』に集まりつつある『ホーンド・レイス』へ、矢が注いでいく。


 だが、骸骨どもの盾兵が、連中の外回りを囲み、ダメージを最小限にコントロールしているな。ふむ。知性を感じる行動だ。そして、統率力か……このまま、しばらく時間稼ぎをするつもりか?こちらの矢を、使い果たさせる?


 それもあるかもな。たしかに、我々が背負っている矢筒に残っている矢は、多くはない。こちらの矢が撃ち尽くされる瞬間を、待っているのかね?……悪くない判断だ。こっちの数は、少ない。数で攻めるのならば、一気に雪崩込むようにか。


 ……ゼファーとリエルが、『ロイヤル・グリフォン』を仕留めるまで、あのままゆっくりと守り続けてくれるのならば、それはそれで楽なのだがな。しかし、『アルテマ』は、命じていたよ。


『とつげきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!ほむんくるすどもの、ちにくを!!ぞうきを!!わたしに、はこびとどけろおおおおおおおおおおおッッッ!!!』

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