第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その24


 戦闘開始から、20分。『ホーンド・レイス』の群れに、三つの施設は襲われてはいるものの、『物資保管庫』以外は敵の侵入を許すこともなく、見事に持ちこたえていた。


 『図書館』には比較的、悪霊どもが集まる数が少ないこともあったし、ミア、ククル、ゾーイという、戦力バランスのいいチームだからな。接近してくる『ホーンド・レイス』に対して、ミアの守る鉄格子付きの窓は、難攻不落の攻撃力を有していた。


 『ホーンド・レイス』に対して、極めて有効な『風』を込めた、ミアのスリング・ショットから放たれる弾丸は、壮絶な効果を発揮していた。


 その弾丸がヤツらの体に命中した瞬間、暴れる『風』が解き放たれて、ヤツらの肉体を構成する土塊から、呪術の闇を吹き飛ばしていく……『風』に浄化された『ホーンド・レイス』は、小さな音を残しながら、パラパラと乾燥した砂へと変化して崩れ去る。


 ククルも『風』の使い手であるし……ゾーイも相当な『風』と『炎』の使い手なのだ。あの因縁を持つ二人が組んで、『図書館』の周辺に対して聖なる『風』の守りを呼ぶ。


 あの『風』に吹かれるだけで、死霊はその原動力たる呪術を崩されていくようだ。『図書館』本体にはダメージも与えることなく、『ホーンド・レイス』だけを攻撃出来る。素晴らしい魔術だな。


 『会議場』については、『メルカ・クイン』であるルクレツィアが座する『本丸』であることから、その建物の補強は極めて頑丈であった。


 そして、オットーが建物の外にいる『ホーンド・レイス』どもの動きを完全に観測しているおかげだろうな。建物の中から、外壁に取りついた死霊を『氷』で砕きながらはり付けにしてしまう。


 グラーセスのシャナン王から頂いた、『氷魔石の指輪』の力だな。敵ごと凍らせてしまえば、外壁の補強にもなる……この寒い『メルカ』の夜に、その氷が融けることはないのだから。


 『氷』はゆっくりと締め上げるように、その内部の圧力を変えるのか、氷塊に閉じ込められた『ホーンド・レイス』は、バギボギという破砕の音を上げながら、その人骨に似通った形状の体を崩されていく。


 脆さを悟り、攻撃を集中させていた『ホーンド・レイス』ごと氷塊に呑まれてしまうのだから、反則的な威力だな。氷塊が産まれた場所は、頑強に封鎖されることになるわけだし。


 『氷魔石の指輪』を得ることで、守りの天才、オットー・ノーランの拠点防衛の技巧は更なる高みへと至っているな。いくら悪神の配下のモンスターだったとしても、オットーが守る『会議場』へ侵入出来るとは考えちゃいなかった。


 だから。


 あそこに、小さな子供や、傷病者もまとめていたことは成功だったな。ククリとルクレツィアの戦闘能力もあるし……突破されても対応は十分だっただろうがな。


 ……戦況を確かめながら、オレもリエルも、必死になって矢を射ていたよ。援護は、主に『物資保管庫』へと集中することになっていた。崩された屋根からの侵入を、少しでも少なくするためにな……ッ。


 カミラとガントリーの奮戦が効果的で、内部に入った敵も、またたく間に狩られてはいた。だが、屋根の穴はより広がっていく。雪崩込む敵が、どうにもこうにも多くなっていくな。


『がるるぅ……っ』


「……ソルジェっ」


「……焦るな。あそこには、カミラがいる」


 ……そうだ。そして、オットーの作ってくれていた『オプション/戦術的な選択肢』もあるんだよ。


 戦闘の結果、破壊されつつある屋根裏から、いきなり魔力が消失していた。『ホーンド・レイス』どもの魔力はあるが……仲間たちの魔力が消えたのさ。


 通常、戦場における魔力の消失とは、ヒトの『死』を意味するものでもあるが―――このとき、オレの心には嗜虐的な歓びがあふれていた。これは、我々の敗北などではない。


「竜の兄ちゃんッ!!!全員、下の階に、移動したぜッッ!!!強烈な一撃を、お見舞いしてやってくれいッッッ!!!」


 ガントリー・ヴァントの大声が、『物資保管庫』から聞こえていたよ。そうだ、これこそが、オットー・ノーランの用意してくれた、対策の一つ。敵の流入が多くなりすぎた場合、フロア一つを犠牲にしたとしても、『敵を減らす』のさ!!


 魔眼に力を込めて、『ターゲッティング』を刻みつける……『物資保管庫』の大穴の奥だよ。あそこには、いきなり目の前から敵が消えて、ただただ戸惑う『ホーンド・レイス』どもだけが残されているんだからな!!


「リエル!!あそこに暴れる『風』を叩き込んでやれッ!!」


「了解だぞ、ソルジェ団長ッッ!!―――『エルフ王の血において命じる!翡翠の森に君臨する、精霊たちの罪深き騎士団よ。冷徹に命を奪う、その凶悪なる刃の舞いをもって、我らに害する敵を切り裂け』―――『イルズー・ト・レイネガー』!!」


 エルフ王家の最高位の『風』魔術だな。ゼファーの周囲にエメラルド色に輝く風が集まって来る―――それらは竜巻の螺旋し収束しながら、悪霊蔓延るあの屋根裏部屋へと突撃していく。


 バシュウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!


 翡翠を帯びた『風』の刃が、あの狭い空間を縦横無尽に切り裂いていた!!十数匹の『ホーンド・レイス』どもが、回避も防御もお構いなしに、リエルの強大な魔力により、一方的に切り裂かれていく……。


 悪霊どもの体から呪いの魔力が『風』に掻き消されていき、あの場所にいた敵は一瞬で全滅してしまう。威力がありすぎるだって?……下の階にいる仲間たちまで攻撃してしまう?


 いいや。そんなことにはならないのさ。何せ、第五属性『闇』……あらゆる魔力を無効化する『吸血鬼』が、『コルン』たちを守ってくれているのだからな。下の階までは、リエルの魔術は届かない。


 だが。


 それでも、リエルの『風』は、階下に届かぬように制御されていたよ。見事なもんだ。アレだけ強力な魔術を制御してしまうなんてこと、おそらく、リエル・ハーヴェルにしか出来ないさ。


「……いい『風』だったぜ、リエル」


『『まーじぇ』、すごい、すごい!!』


「フフフ!まあな!……これで、あそこに張りついていたモンスターは駆除できたぞ」


「そうだな」


「……あとは、負傷者の有無だな」


「ああ……」


 さて、オレは魔眼を使いながら、『物資保管庫』にいる戦士たちの姿を確認する。オットーの『オプション』を使う状況まで追い込まれてはいたわけだからね、ならば、ケガをした者はいないのだろうか……?訊けば早いな!


「カミラッ!!そっちは、全員、無事かッ!!」


「はーいっ!!全員、無事ですーっ!!」


「そうか!!そのまま、立て籠もっていてくれ!!敵の数は、あと18―――」


 そういう間にも、リエルの矢が放たれて、『集会場』の屋根にいた『ホーンド・レイス』を射殺していた。


「―――あと、17匹だ!!もうすぐ、この戦闘は終わる!!」


「りょうかいでーす!!ソルジェさまたちも、気をつけてくださーいっ!!」


 ……よし。


 理想的な展開だ。ここまで敵の数が減れば、オレたちのサポートも必要ないな―――と考えているあいだに、残り15匹になる。


 リエルの矢が一匹仕留めて……『図書館』の壁をバリバリとかじっていた角の生えた骸骨が、内部から放たれたミアの弾丸に射抜かれていたからだ。


 この戦闘の勝利は決まった。


 こちらの勝利は決まったのに……『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』どもは撤退することもない。邪悪な主である『アルテマ』に、ただひたすら攻撃しておけと命じられているのだろうか?


 知恵のないハナシではあるが……撤退されるよりは、明日が楽になる。問題はない。問題はないのだが―――こうも順調だと、周囲を見回してしまうな。


 心のなかに居座っている、死せる恩人、ガルフ・コルテスが語ってくれるんだよ。


 ……順調すぎる時には、注意しとくべきだ。


 ……敵は悪意を持っている。


 ……思い通りになる戦場なんてものは、あるわけがねえんだよ。


「ソルジェ?……どうかしたか?」


「……いや……ゼファーよ。南から西を見てくれるか?……オレの魔眼は、力の使い過ぎで、弱っている……あっちに、厄介なヤツらはいないか?」


『…………ッッ!!?……いる!!』


 そうか。


 左眼をつむり、ゼファーの視界を間借りする。


 オレの疲弊した魔眼の視力では届かない、はるかな遠くに流れる雲の向こう側。そこに、無数の『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』どもの姿が、揺れている……100匹ほどか……。


 ヤツらに攻めてこられると、厄介なことと、いいことがある。


 疲弊している今、あの戦力を相手にすると、いらぬ負傷者が増えるだろうということ。『物資保管庫』は、まだ、地下施設と、『集会場』に逃げ込む方法も残ってはいる。混乱はするが……しのげない数ではない。


 いいことってのは、夜明けの後に攻め込んでくる本隊のサポートを減らせるということだ。第二波との戦いが、かなり楽になる……今夜、敵をより多く仕留められたなら、『アルテマ』を守る敵の戦力が、それだけ消えるということだ。


 ゼファーの鱗が怒りで逆立つ……。


 そうだな。


 ゼファーよ、お前は、薄々、本能的に理解していたのかもしれない。『ホーンド・レイス』だけじゃない。あそこの雲の向こうには……どこから呼び寄せやがったのか、『鷲獅子/グリフォン』までいるな……。


 夏の訪れには早い……。


 だが、毎年、やって来ていたという、あのモンスターは……『アルテマ』の眷属の末裔か何かなのかもしれないな―――。


『―――『どーじぇ』!!』


「ああ、ヤツら、様子見してやがるな。『グリフォン』に統率されているのか、『アルテマ』の浅知恵なのか知らないが……せっかく、集まってくれているんだ。数を減らしてやるぞ!!リエル、ゼファー、三人合わせて、『雷』を放つぞ!!」


「……なるほど。『雷』の『矢』ならば、避けることも叶わないな!!」


『ぼくも、がんばる……そらは、ぼくのものだから!!』


 『グリフォン』に対抗意識を発揮しているな。ゼファーが、空のなかで大きく翼を広げる。『雷』の魔力を使うのさ。竜も、三大属性、全ての魔力を使えるのだ―――『雷』の魔術も、心得ている。


 ゼファーの黒い翼に『雷』の魔力が高まり、その翼の爪から先端までにかけて紫電が駆け抜ける。


 リエルとオレも『雷』を溜める……オレたち自身ではなく、ゼファーにだ。ゼファーが、その黄金色の瞳をギラギラと輝かせ、その身にあふれんばかりに溜まった『雷』の魔力を、歌に込めて天空へと放つ!!


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 ゼファーの口から、強力な『雷』の奔流が放たれていく。それは凄まじい勢いで空を引き裂くように走り抜け―――10キロ先の雲の裏に隠れていた、魔女の軍勢へ、『雷』は枝分かれしながら襲いかかっていた!!


 こちらの、ほとんどの魔力を消費する大技だよ。その分、威力は十分だった。およそ20匹ばかしの『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』どもが、『雷』に切り裂かれて、空の欠片となっていく……。


 焼かれて落ちる、無数の悪霊どもの死骸に混じり……『鷲獅子/グリフォン』だけが、『雷』を躱していた。


『……いきてるッ!!!』


「……ロイヤル・グリフォン……最上位のグリフォンは、『雷』を切り裂く爪と嘴を持っていると、私のじいやが語っておったな」


「……本当らしい。あれは、『雷』を切り裂いた」


『しとめにいこう!!』


「いいや。待て。連中、引いてくれるようだ。深追いは止めておくぞ。すぐに再戦出来る。焦る必要はないぞ、ゼファー」

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