第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その22


 闇をリエル・ハーヴェルの矢が貫く。暴れるカーリーンの山頂氷河からの風、それに流されることも彼女の矢はまっすぐに飛び―――邪悪な骸骨の頭部を射抜いていた。


『ぎゃうぐうッ!?』


 頭を射抜かれた『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』に、滅びが訪れる。ヤツらを動かす悪しき呪術に縛られた魂が解放されたのか、『ホーンド・レイス』の肉体が、空のなかでボロボロに崩れていった。


「……いい腕だ」


「当然だ!!」


 二射目が放たれ、『ホーンド・レイス』の醜く歪んだ角を生やした骸骨が、エルフの弓姫の矢に射抜かれる。ボロ布のような皮をマントのようになびかせて、空を漂うヤツらの動きに、リエルの神速の矢を躱せる要素など、どこにもない。


 リエルは次々に矢を放ち、3匹目、4匹目とあの不気味な悪霊どもを射落としていく。オレも負けてはいられない。この暴れる風のなかでは、あの小さなヒト型の獲物を射抜くことはオレの弓術ではムリだ。


 いや、そもそも弓を極めたリエルの技巧が無ければ……風の語りを聴ける森のエルフの耳が無ければ、こんな神業を連発することは難しい。


 世界に『弓聖』の名を持つ達人は幾人もいるだろうが……この状況で、揺れて飛ぶ『ホーンド・レイス』を百発百中で射抜けるのは、竜の背に乗ることになれた、リエル・ハーヴェルしかいないよ。


 だから?


 だから、オレは魔術に頼る。今いるのは、弓の奥義に挑戦していく自己満足などではなく、より確実な敵の排除さ。


 左眼を輝かせながら、敵の体に黄金に輝く呪術を刻みつけて行く。呪眼の力、『ターゲッティング』だ。これに呪われたなら、魔術は絶対に命中するようになる。その威力をも強くさせながらね。


 ゼファーに追い散らされる『ホーンド・レイス』どもの群れ、ヤツらのなかから、三匹を選び、その頭部に『ターゲッティング』を刻みつけたよ。


「―――『炎の妖精よ、悪しき魂を焼き尽くせ』!!……『ファイヤー・ボール』!!」


 呪文を歌いながら、オレは左手を逃げ惑う『ホーンド・レイス』どもの背中に向ける!魔力を帯びたその歌が、攻撃の術へと変貌する。手のひらを覆う魔獣の革越しに熱量を感じたよ。


 『ファイヤー・ボール』の三連射だ!速射された、それらの火球が、うなり声を上げながら夜空に赤い軌跡を描いていく。


 風に揺れて飛ぶ、あの不気味に歪む飛翔を追いかけて、『ファイヤー・ボール』たちの軌跡も、わずかに揺れて曲がるが、それは正確無比なる追尾の呪いを実現した。


 飢えた猟犬どもが、熱く燃える血を求めて獲物に喰らいつくように、オレの火球たちも完璧な追跡を実行し、その威力を示してみせた。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンッッッ!!!


 三つの爆炎と共に、三匹の悪霊が、カーリーンの冷たい風と共に燃やされていったよ。オレとリエルは、ゼファーに追いかけられて、散り散りにされていく北側を飛ぶ群れを襲いつづけた。


 ゼファーが吐いた火球も、次から次に悪霊どもを破壊していく。


 悪くないペース。


 確実にそれは言える。


 言えるのだが。


 いかんせん、敵の数が多いのも事実だな。戦場を掌握することは、不可能だ。


 こう分散されてしまえば、火力を上げても敵を一匹ずつしか排除出来ない。どうしたって、これよりペースが上がることはないのだ。


 そして、北側の群れを追い回すことのリスクが、もう一つ発生する。


「ソルジェ!気づいているな、南の空だ!」


「ああ。もちろん気づいているぞ!」


『こっちの『むれ』よりも、『めるか』にちかづいちゃっているよッ!?』


 そうだな。こっちの対策に集中したために、あちらを妨害出来ちゃいないのさ。そのせいで、当たりまえのことが起きていたよ。


 南側の『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』どもの群れは、まとまりを維持したまま不気味な空の行進をつづけて、『メルカ』に到着しようとしている……。


 戦力を一方に集中させることの、不可避のデメリットだ。


 北を攻めた分、南はどうしたって、攻められない。


 オレたちにはゼファーしかいないからな。


 たとえ、能力で優れていたとしても―――膨大な数の敵に対応するのは、限界ってものがあるに決まっているのさ。


 だが。


 無策のまま、暴れているわけではない。


 北側の群れは、かなり追い回せて、散らすことが出来た。この連中の進軍を妨害することが出来たってわけだ。


 あまり飛ぶのが上手くない、この『ホーンド・レイス』どものことだからな……『メルカ』到着までの時間は、十分に稼いだ。南の群れからは、数分遅れのタイミングで、『メルカ』にたどり着くというわけだよ。


 同時に大量の敵に襲われなければ、守りやすいだろう?


 だから、北の群れに集中して、この群れの『メルカ』到着を遅らせたことは、十分に戦略的な価値のある行為ってわけなのさ。


 ……とはいえ、そろそろ南の群れを放置しておけない時間になって来たな。あの群れが『メルカ』に到着するまで、2分前後だ。群れのままでは、立て籠もるための施設の屋根と、窓から夜空を狙う射手どもが、狙いを絞れない。


 群れで突撃するメリットは、それだ。


 狙いを迷えば、それだけ接近を許す。屋根にいる『弓兵コルン』たちは、二射目を射るより先に屋内に撤退することになる。安全を第一に動く作戦だからな。建物を守ることは一切、排除して今夜は戦うのだ。


 ゆえに。


 崩さなければならない。


 より有効な防衛を構築させるために、そろそろ南の群れを襲う必要があるというわけさ。ヤツらの隊列を乱してやれば、弓兵たちは安全に二射ずつ放つ余裕を稼げるだろう。


「リエル!!ゼファー!!南の群れを、散らすぞ!!」


「うむ!!」


『GAAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 ゼファーが羽ばたき、空をリエルの矢みたいなスピードで飛び抜けながら……歌と共に、竜の劫火を夜を焼き尽くすために放つのだ!!


 黄金色に暴れ狂う、爆炎の波に、『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』どもが呑み込まれていく。


『ぎぎいいいいいいッ!!?』


『ぎゃがあああああッ!!?』


『ぐがごおおおおおッ!!?』


 中央部を爆撃されたせいで、ヤツらの隊列が乱れていく。


 計算通りだ。


 リエルの矢が素早く、追撃のために新たな角の生えた頭蓋骨を砕いてくれる。オレの『ターゲッティング』と火球のコンビも、ヤツらを精確に破壊していくが……。


 ペースを上げておきたい。


 より、ヤツらの群れをかき混ぜて、その群れの密度を薄めさせるためにも―――大技が欲しい。


「リエル!」


「なんだ!?」


「『雷』の大きな魔術を同時に使うぞ!!」


「いっしょに魔術を放つのだな!!しかし、まだ序盤だが、魔力を消費してもいいのか!?」


「いいのさ!!威力で、敵を砕き、ヤツらを、より混乱させるんだ!!この角の生えた悪霊どもは、知性がある!!『ちゃんと、大技に対して怯えてくれる』さ!!」


「分かったぞ、ソルジェ団長!!」


 リエルの了承を得たよ。


 さてと。


 猟兵夫婦は、荒ぶる竜の背の上で、『雷』の魔力をたぎらせる。


 オレの唇が、呪文を歌う……。


「……『戦好きの雷神よ、遊ぶように敵を打ち壊す、残酷なる力の化身よ―――』」


 リエルの呪文詠唱が、オレの歌に混じって融け合ってくれる……。


「『―――その紫電を帯びた戦槌を、破邪の叫びと共に震い、悪霊の軍団を打ち砕け』……『トール・ハンマー』ああああああああああああああああッッッ!!!」


 猟兵夫婦の合体魔術だよ!!


 『雷』属性の上級魔術、『トール・ハンマー』がオレたちの魔力に呼ばれて……はるか上空より降り注いだ!!


 巨大かつ無数の『雷』が、戦場の空を稲光に染める。


 光が白く星空を塗りつぶし……光の果てに、6匹もの『曲がり角の死霊/ホーンド・レイス』の体が、『雷』に叩きつぶされる光景を目にした。角が弱点だというハナシだったが、角の生えた頭というか……体ごと同時に潰れてしまう。


 即死だな。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!


 雷神の振り落とした、戦槌の歌が、光に塗りつぶされた夜空に響いていた。


 飛び散る悪霊の破片を見ながら、ゼファーが喜んだ。


『やったああ!!さすが、『どーじぇ』と『まーじぇ』!!』


「ええ!!いい夫婦だものね、私たちは!!」


「そういうこったな……」


 さてと、悪霊どもの群れは、その天空からの打撃に、数を減らせた以上に……大きな混乱を生じさせていた。死を恐れるのか、悪霊のくせに?


 ……どこか、製作者である、あの悪神に似ているらしい。


 逃亡してくれても構わないのだが、そこまで寛大な呪いではないようだな。怯えるように、空を見あげながらも、その群れの隊列を大きく崩してしまいながらも、ヤツらは『メルカ』へと向かって空を飛んで行くのさ。


 それでも、効果はあった。


 隊列を乱し、到着時間を乱してやった。


 いや。まだまだ乱してやるぞ!!


「ゼファー!!連中を、追いかけ回せ!!敵の密度を、薄くする!!それが、オレたちに出来る、最高のサポートだ!!」


『うん!!いくよ、『どーじぇ』、『まーじぇ』ッ!!』


「ええ!!一匹でも多く、『メルカ』に到着する『ホーンド・レイス』の数を、減らすわよ!!」


 ゼファーとオレたちは、怯むことなく、悪霊どもの群れに突撃していき、矢と『炎』を使って、一体一体、確実にだが、『ホーンド・レイス』どもを仕留めていく。


 ゼファーの強い飛翔と、その劫火も、もちろん敵の隊列を砕き、混乱を生んでいく。


 混沌を刻みつけるのだ。


 それが、敵を滅びへと向かわせる!!


 戦場の原則を証明するために……オレたちは、カーリーンの冷たい夜空のなかに、無数の破壊と殺戮を刻みつけていくのだ!!

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