第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その5


 ジャスティナの言葉は、弾むような歓びと戦士の誇りに満ちていたよ。オレに名を伝えてくれながら、彼女の体は……その植物の女王みたいな姿は、ゆっくりと灰になっていく。『賢者の石』としてモンスターの臓器になった末路だろうが……。


 それは、どこか気高い消滅なのだと感じるよ。


 オレはね、戦士だから。偉大な戦士の死にざまに立ち会えたことは、とても光栄に思えるんだ。忘れないぞ、ジャスティナ・ベルカ・アルトランデ……君は、最後まで故国の誇りと共にあった。


 そして、偉大な母親でもあったな。


 憎しみよりも、愛情を選んだ。


 オレにはきっと出来ないし、その行為に全ての『ベルカ』の亡霊が納得することはありえないだろう。


 戦場で残虐な暴力を振るわれて死んだ惨めな者たちの多くが、『メルカ』の全滅を、今でも冥府で祈っているだろうからな―――。


 だが。300年、戦い続けた戦士が見せた、その母親らしい慈悲には、『ベルカ』の亡霊たちも文句を言うことは出来まい。あまりにも長く、あまりにも孤独で、あまりにも辛い戦いであったな……。


 『ベルカ』の亡霊たちに混じる、ジャスティナが産んだ娘たちよ。ジャスティナの魂と共に……せめて、冥府で安らかに過ごしてくれ。


 ……オレは『メルカ』の傭兵だが、今から君らの傭兵にもなるぞ。この足下にあふれた霊水をすくい、口から飲み、ジャスティナからの報酬を頂く。そうだ、これから君たちのもう一つの怨敵―――『星の魔女アルテマ』をぶっ殺しに行くよ。


 ストラウスの血に宿り……魔女の滅びを見届けろ、ジャスティナ。


 オレは両手で、その膝下まであふれて来た霊泉の水を飲む。どこか、蜜のように甘い味が舌に響いて来る……体力と魔力が癒やされるよ。


 ああ、そうだ。


 ククルとゾーイを仰向けにしておかないと。このあふれて来た霊泉の水に、溺れてしまうかもしれないから。


 霊泉に溺れそうになっていた乙女たちを、仰向けにしてやる。この水は、今はどこか温かい。大地の熱で温められていたのか?……というよりも、ジャスティナの母性が宿っているから、温かく感じるのだろうかな。


 乙女たちは、その聖なる水に抱かれるようにして、プカプカと浮かんでいる。彼女たちの全身に刻まれていた無数の傷から、血が剥がれるように霊泉へと融け出していき、ゆっくりとその傷口が閉じていく。


 呪術の傷は、呪いが消えると治りやすい―――それに、ジャスティナの愛情が宿っているかもしれない霊泉の水だからな……その効果は、とてつもなく有効そうだよ。


「……あ、あれ?」


 オレの妹分、ククル・ストレガがその大きな黒い瞳を開いていた。覗き込むオレを見上げながら、何度も瞬きをしている。


「……ソルジェ兄さん?」


「痛みは無いか?」


「は、はい。なんだか、とても温かく……温泉……?」


「温泉ではないがな……」


「……あの今、どんな状況なんですか?」


「……そうだな。話して聞かせてやるよ。移動は、もう少し体力と魔力が回復してからだな。それに……ゾーイが起きるのを、待ってやらないと」


「……ゾーイ……」


 ククルが魔力を探り、己のそばに浮かぶ黒髪の美女を見る。その瞳には、怒りがあるさ。当然だ。ゾーイは、我が死せる妻であり、ククルとククリの姉である、ジュナ・ストレガの腹に、『リザードマン』の『卵』を仕込んだ張本人。


 殺意を抱くのは当然だな。


 だが……。


「……ククルよ。とりあえず、ハナシを聞け」


「……は、はい。ソルジェ兄さん」


 オレは、ククルたちが『アルテマの呪い』で刻まれ、倒れてしまったあとに起きた出来事を話して聞かせた。


 不甲斐ないことに、『悪神/アルテマ』を逃してしまったこと。


 追い詰められた状況を、マキア・シャムロックの自己犠牲に救われたこと。


 そして、最後の『ベルカ』の戦士、ジャスティナ・ベルカ・アルトランデが、オレたちを護り、この霊泉を提供し……命の全てを使い切ったことを。


 長いハナシになったよ。


 でも、オレたちは傷ついているし、魔力も消耗していた。この霊泉でそれらを回復しながら語らうのは、悪い時間ではない。戦士だからな。わきまえている。体を回復しなければ、戦いに赴くことも出来ないことを……。


 ククルは、オレの口が語るその物語が終わる頃には、泣いていた。


 誰のための涙なのか、何の理由が宿る涙なのか。


 オレは問わなかった。


 妹分の頭を撫でてやりながら、彼女が泣き止むのを無言で待っていてやったよ。


 しばらくして泣き止んだ彼女は、『メルカ・コルン』としての闘志を取り戻していたのさ。霊泉から上体を起こして、そのやわらかそうな若い左右のほほをペシリと叩いて気合いを入れ直す。


「……操られて敵になったり、ソルジェ兄さんの足手まといになったり、錬金術師さんを刺したり矢で射るわ、あげく助けていただくわと……失態の連発でしたが!!私が、必ずや、『アルテマ』を仕留めてみせますッ!!」


「その意気だぞ。期待しておく」


「は、はい!!がんばります!!……まさかの、『ベルカ・ガーディアン』さんにも助けていただいてしまい……なんかもう、申し訳がなさ過ぎます……ッ」


「―――ホントよ。役立たず」


「ふわあ!!ひ、ヒドいけど!!……ああ、否定しきれないのが、情けない!!ソルジェ兄さんに、叱ってもらわなくちゃ……っ」


 ククルが両手を霊泉に突きながら落ち込みのポーズを示す。まあ、ホント、多くの失態を晒してはいたし、たくさんのヒトに助けてもらったな。別にいいんだけどね、オレは妹分には優しいのさ。


 なにせ……まだ、『星』に見せられたセシルの姿が、まぶたの裏にちらつきやがる。悪神ってのは、本能的にヒトの苦しみや絶望を突いて来たがるのかね……。


 ……まあ、それはいい。


 それよりも。


「起きていたんだな、ゾーイ」


「……ええ。その役立たずが、わんわんと泣いてうるさいから、目が覚めたわ」


「わんわんとまでは、泣いていなかったと思います!!」


「……それで、ゾーイ……君に知らせておかなければならないことが―――」


「―――おじさまのことなら、聞こえていたわよ……」


「……そうか」


「それに……見ていたの。おじさまが、あのバケモノに同化しちゃうところも。シンシアは恐怖と絶望で、どっかに消えたけど……私は、見えていたし、聞こえていたもん……」


「シンシアが、消えた?」


「うん。おじさまが死んじゃったから……シンシアは、消えた……」


「悲しくなりすぎて、ですか?」


「……そんなカンジ……でも、より正確には……『私』と同じように……『あの子/シンシア』も、別に、本当のシンシア・アレンビーじゃなかったのよ」


「……どういうことです?」


「……アンタたちが会っていた『シンシア』も、『私』と同じく、『本体』ではなかったのよ。『私』も知らなかったけど……」


「難しいコトは、オレにはよく分からんぞ?……まして、君にも分からなかったようなことはな」


「……『シンシア』は『本体』が5才のときに作った、『おじさま用の性格』で、私はその『シンシア』が作った『外敵用の性格』……」


「じゃあ、『本体』ってのは?」


「……今の、私っぽい。『シンシア』と『ゾーイ』が混じって、ようやく『本体』ってことみたいね」


「……よく分からんな」


「は、はい。正直、私にも少し―――でも、『彼女』、何か印象が違います」


「そこについては、分かりやすいと思うわ」


「ああ。オレはそういう『間違い探し』は得意だ。今の君は、左眼がワインみたいに赤く、右目がブランデーみたいなブラウンだな」


「……乙女の瞳を、お酒の色で例えないでくれるかしら?」


「素敵な例えだと思うがね?」


「酒呑みの発想よ。もっと、花の色とかで例えなさい」


 そう言いながら、『シンシア/ゾーイ』は霊泉から起き上がる。花に詳しくないせいか、ブラウンでいいカンジの花ってのが思いつかんな。赤は、バラか?ベタだが、良さげ。ククルは、『彼女』の顔を確認して、うなずいていた。


「ホントです。左右の瞳の色が、違っています……それに、魔力の気配も、微妙に違っているような……?」


「だから、混じっているの。今の私は、『シンシア』でもあるし『ゾーイ』でもある。壊れて砕けた二つの人格が、混じって、ここにいるの……」


「正直、ゾーイっぽいが?」


「……『シンシア』が沈んでいるから、『ゾーイ』が強く出てるだけ」


「じゃあ、ゾーイでいいな」


「ま、まあ。アンタがそういうのなら、いいし?」


「……微妙に、素直になっているところが、『シンシア』さんが混じったということなんでしょうか?」


「……そうかもね!……自分でも、よく分からないし……そんなことを説明も出来ない。とにかく、私は『二人が混ざったモノ』よ。初めまして!」


「ああ。よく分からんが、初めましてだ。とりあえず、ゾーイでいいな?」


「うん。そっちでいい。そのうち、また分かれたり、『シンシア』っぽくなるかもだけど……とりあえずは、『ゾーイ』でいいわ。『シンシア』はね、愛するおじさまを失った悲しみと共に、沈んでる。おかげで、私は悲しみが少しマシ」


 フクザツな事情を抱えた子が、また少しだけフクザツになったようだ。だが、『シンシア』であったとすれば、マキア・シャムロックを亡くした喪失感に打ちひしがれていたかもしれない。


 それに。


 『ゾーイ』であれば、怒りのままに駆け出して、『アルテマ』を黙々と追いかけていたかもしれない。今の彼女は……たしかに、一種のバランスが取れているようだ。二つの人格が融けて混じるか……。


 詳しいことは分からんが、今の彼女が冷静さを闘争心を併せ持つ心理状態であることは、歓迎すべき事実だな。


「……とにかく、行きましょう。ソルジェ・ストラウス。おじさまの仇討ちをしなければならない」


「そうだな」


「それについては、『シンシア』だろうが、『ゾーイ』だろうが、今の私だろうが……総意よ!!あの魔女に、あの悪神ッ!!どっちも、ぶっ殺してやるんだからッ!!」


 ……闘争心過多にも思えるが、まあ、本人が混じったと言っているのだ、そう信じよう。

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