第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その4
『うあああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!?』
『人体錬金術』が始まっていたよ。シャムロックの体は、あの闇色の肉の中にズルリと埋没していた。シャムロックが融けていく。ヒトとしての輪郭がぼやけながら、液体のように柔らかくなりながらも……ヤツは、猛禽のような貌で怯むことなく、ただ進む。
『アルテマ』は拒絶の歌に全身を震わせながら、この場所から……いいや、己に融け込んでくるシャムロックから逃げ出そうとしたが―――女戦士が、それを許さない。
『―――逃がすかッ!!』
かつてシャムロックと同じように『賢者の石』となった『彼女』には、シャムロックの覚悟が誰よりも理解出来ていたのだろう。
それゆえに、『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』は触手で『アルテマ』を絡め取り、シャムロックのためにヤツを拘束してみせた。この邪悪にも思えるヒトとバケモノの融合を達成させるつもりだな。
『はなせええええええ!!わたしが、わたしが、まざってしまうううううッ!!』
『そうだ!!お前も、混ざるんだ!!そうすれば、お前は、不完全になる!!聞いていたぞ!!私は、彼らの会話を!!そうなれば……お前は、もう『ホムンクルス』を呪えまいッ!!お前は、もう純粋な『アルテマ』ではないのだからなッ!!』
『彼女』に抑え込まれた闇に、シャムロックの肉体が完全に融合していく……シャムロックは、『アルテマ』の臓器になるのさ。
本来ならば『アルテマ』をサポートするための存在だろうが、あの男が、そんな風に機能するなんてことは考えられない。
あの猛禽類みたいな貌で、『アルテマ』の中から、ヤツを睨みつけているだろう。少なくとも、あの男が『娘』を呪うことを、認めるわけがないのだ。
『がああああああああ!!い、いやだあああああ!!わ、わたしが、にごって、よどんでいくううううううッ!!!』
『ぐうッ!!力が、強い!!私も、弱りすぎているのか……ッ!!す、すまん!!拘束しきれない!!は、離すぞ!!……ソルジェ・ストラウス!!女たちを、守れッ!!』
「ああ!!」
オレはククルとゾーイを抱き寄せる。二人共が激痛に呻いたが、仕方ない。覆い被さり、上から落ちてくる石から身を守るための盾となる!!騎士の仕事だよ!!
ブチチチチイイイッッ!!『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』の触手が力負けして、引き千切られていく音が聞こえ。『彼女』が造ってくれていた、植物の防壁も半分が裂けてしまう。石ころが転がり落ちてきて、オレの体を打撃する。
痛いが……女性を守るのが、アーレスに育てられた竜騎士の責務ってもんでねッ。妹分と、護衛対象を守るのも……もちろん、最高の仕事だッ。
石の雨が……急に止む。オレたちの周囲を、樹霊の枝が包んでくれていた。『彼女』は引き千切られたせいで、ずいぶん小さくなっていたが、まだ闘志は尽きちゃいない。枝の防壁を狭めながらも、その厚みを増していく。
おかげさまで、石の雨に頭皮を穴だらけにされずに済んだよ。
「助かったぜ!」
『うむ。いいか、これからヤツに、最後の攻撃を加えるぞ。全力で守るが、衝撃に耐えてくれ』
「……ああ。頼むぜ。この邪魔な岩ごと……吹っ飛ばしてくれよ。そうすれば、オレは、ヤツを追いかけられる」
『ああ。引き千切られた触手を……爆破する!!』
その言葉を聞きながら、オレは頭を低くする。直後、『風』と『炎』の魔力が混ざり合う気配を肌が察知し―――爆音と衝撃波と熱量が、そう離れていない場所で炸裂していたよ。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンッッッ!!!
この爆発の正体を、オレは知っている。『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』の触手で編まれた大蛇どもが、『アルテマ』の闇色の肉に絡みついたまま、自爆したのさ。
ヤツの悲鳴が爆音に掻き消されながらも、わずかに聞こえて―――その爆炎はオレたちを潰そうとして積もっていた岩石どもを吹き飛ばしてくれていたよ。
そして代償も知る。青臭い樹液の香りを、オレの鼻は嗅ぎ取っている。『ベルカ・ガーディアン』の枝が、また何十本も千切れていたのさ。『彼女』は、身を挺してオレたちを守ってくれたのだ。
「……ありがとう」
そう言いながら、オレは戦場に立ち上がる。『彼女』が枝の結界を解くと、その霊泉の存在していた場所は、崩落してきた石や土に埋まりかけていた。『ベルカ・ガーディアン』の献身が無ければ、オレたちは全滅していたかもな……。
『アルテマ』を探す。
『彼女』の触手たちの自爆攻撃を浴びたことで、『アルテマ』はかなり弱っていた。のたうち回りながらも、オレに気づくと逃亡を開始した。『風』を呼び、飛ぶ斬撃でヤツを深く斬り裂くが……『アルテマ』は、それでもお構いなしに逃亡を優先する。
不定形の肉体がうねりながら、暴れ馬のようなスピードで地を這い、この封印の場から逃げ出していた。岩壁をくり抜いて走る通路へと逃げ込んでいく。
「……くそッ!!逃がしたか!!」
『……仕方がない。元より、封印の場から飛び出した以上……このダンジョンに閉じ込めておくことは難しい』
「だが、まだ遠くには……追いかければ、どうにかならないか!?」
『この岩だらけの場所を、馬より速く走りつづけられるというのなら可能だろうがな。ヤツは落盤で潰れた道さえも、水のように染み入り、突破するぞ。後追いでは、どうにもならん』
「くそ!!」
『……焦るな。ヤツの行き先は、分かっている……』
「……『メルカ』か」
『そうだ。『星』はいまだにアルテマと合体している。アルテマを蘇生させなければ、知恵がロクに動かない』
「もっと上手く立ち回れるということか」
『うむ。いくらか狡猾さを発揮して見せたが、ホンモノの魔女は、もっと性格が悪いぞ。ヒトを欺き、操り、殺し合いをさせることを大変に喜んだ生粋の鬼畜だ。最高の策士の一人だろうな』
「……焦りたくなる情報をありがとうよ」
『安心しろ。アルテマを復活させない限り、アレは不完全な下等生物に過ぎない。それも致命傷を負わされて瀕死のな……』
「そうかもしれないが、現状でも厄介な脅威であることには変わらない」
『……『メルカ』の戦士たちは滅びてはいないのだな?』
「ん?ああ、もちろんだ。負傷者も少なくはないが、十二分に武装はしている」
『ならば、しばらくのあいだは身を守れるだろう。ここから『メルカ』まで、ヤツは走り抜くしかない。この地下のダンジョンから逃げ出すにも、時間はかかる……』
「しかし、逃げるといっても……あっちの通路は……オレが落ちてきた方角だぞ」
『……おそらく、ヤツと一つになったお前の仲間が、誘導してくれたのだろう。アレは知性が低い。錬金術師の頭脳ならば、自我があるあいだは、少しぐらいは操れる。モンスターの多いコースを辿らせたわけだ。いい判断だ』
「この場に留めておいてくれたら、最高だったんだがな」
『おい、無茶を言うな。バケモノと一つになり、その身を操るということは、かなり難しい行いなのだぞ?』
「……君がそう言うと、説得力がある」
『それに。あの錬金術師は、あくまでも『下位の臓器』……あのバケモノにとって、真の宿主はアルテマだ。操るというよりも、『心に囁き誘導する』のが限度だろう』
「……肝心の、『アルテマの呪い』は、封じられているのか?」
オレはククルとゾーイの姿を見た。体に刻まれた無数の傷が、あまりにも痛かったのだろう。二人とも、失神している……。
『安心しろ。『アルテマの呪い』は停止している。あの男がアルテマと融け合ったことにより、アルテマは呪いにおいて、座標を示すための身体情報を失った』
「……つまり、呪いは止まったわけだな?」
『正確には、呪いの仕組みは残っているが……『ホムンクルス』に対して発動出来なくなったようなものだ。あの呪いは、現在、誰にも届くことはない』
「……宛先の書いていない手紙みたいなもんか?」
『そうだな。その認識でも構わない。あの錬金術師を取り除くか、アルテマを『再構築』しな限り、『ホムンクルス』に呪いが及ぶ可能性はない』
「マキア・シャムロックは、任務を完遂してみせたわけだな」
『ああ。そうでなければ、その娘たちは、もう死んでいる……二人とも、アルテマが従属させることの出来ない存在だからな。アルテマの『再構築』の『部品』には使えない』
「……その『再構築』ってのは、アレか?『メルカ』の女たちを使って、アルテマを蘇生するということか?」
『ああ。『星』は願望を未だに叶え続けている。アルテマと『星』の究極的な願いは、自己保存。『メルカ』の連中の肉体を使い……アルテマの本来の肉体と数十回の『部品交換』を経て、アルテマを復活させる気だ』
死体と生者の臓器や血を入れ替えていき……という手術をするということか。フツーの生命がそれで蘇生するとは思えんが、『ゼルアガ/侵略神』と合体している魔女ならば、ありえるのかもしれん。
『ゼルアガ』ってのは、まったく非常識な存在だよ。
「腹立たしいハナシだな……」
『だが、そうでもして『強さ』を取り戻さなければ、アレは不安でしかたがないはずだ』
「だろうな。オレがいる」
『ああ。必ずや、狩り殺せ。馬でも何でもいいから、『メルカ』に向かって、アルテマも『星』も仕留めて殺せ』
「任せろ。馬どころじゃない。オレには、竜がいるんだ」
『竜か。お前は、本当に興味深い。この姿の存在になって、まさか同僚以外の者に話しかけられるとは、思わなかったぞ。竜と語らってきた者ゆえか?』
「色々と複雑な社会経験のおかげだな」
世界を巡り、色んな種族と出会って、酒を酌み交わしてきたからな。それに、死霊や悪神とも語らってきたおかげかもしれん。オレは、ベリウス陛下よりも、『魔王』に相応しい話術を作りあげようとしているのかもな。
『さて……それでは、仕事をするとしよう』
「……消えてしまうのか?」
『フフフ、不思議な目玉のおかげか?』
「そんなところだ。君は、魔力が尽きているからね」
『……私の役目の一つは、この霊泉を造り上げることだ』
「バケモノに傷を負わせる聖なる水か」
『そうだ。そして、知っての通り、ヒトの肉体に魔力を与え、傷を癒やす……切り離した地下茎に命じて、貯蓄している水を、あふれさせる……』
「ありがたいな。だが、いいのか?……オレのククルは、『メルカ・コルン』だぞ?」
『そうだな。だが……もう、いい。私は、私の産んだ娘たちと同じ顔をしたこの娘が、苦しむ顔を見るのは……もういい』
「……そうか」
親子関係か……シャムロックのために戦ってくれたのは、彼の行動に親としての姿勢を見たからだろうか。
彼女は、かつて、愛する娘たちの死に顔を見たのだろうか……『メルカ』の裏切りの果てに、イース教徒どもに殺された娘たちの。それでも、『メルカ』の子を許してくれるというのなら、それもまた尊い判断だろう。
少なくとも、オレにとっては、ありがたい赦しだよ。
『この娘たちの傷も、それでふさがるだろう。呪病の傷は、呪いから離れられたら、すぐによくなるものだ。水の力でも癒やせば、より早い。お前も、私の霊水を飲んでいけ、その血に宿り……悪神と魔女を葬る戦を助けてやろう』
「ありがとう。オレの名前は、ソルジェ・ストラウス……ガルーナ王国最後の竜騎士、『パンジャール猟兵団』の団長……いつか、ガルーナと魔王を継ぐ男だ。君の名前を教えてくれるか?」
『……ああ。私は、『ベルカ』の135代『プリモ・コルン/筆頭戦士』、ジャスティナ・ベルカ・アルトランデである!……さらばだ、ソルジェ・ストラウス!』
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