第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その2
―――……やはり……おまえは……きけんだ…………あるてまよりも、ほしい。つよいから。だが。つよいが……おまえは……われにとっての、『死』をまねく…………。
「そうだ。神さまも『怖い』らしいな。オレは、そういう存在だ」
何せ、魔王サマだからな。『ゼルアガ/侵略神』ごときが、ケンカを売るべき存在ではない。今までの『ゼルアガ』と同じく、お前もぶっ殺してやるぞ、『星』とやらよ?
「……さあ、とっとと現実に戻せ。お前はバカらしいから知らないだろうが、こうしているほど、お前は『死』ってものに近づいているんだぜ?」
―――どういう……ことだ……?
「戦いってのはな、ビビったほうが負けだ。相手が放つ『恐怖』に呑まれれば、体はロクに動かなくなり、対応出来るはずの技巧も防げなくなる」
―――よわく、なる……?
「ああ。こっちは、お前が、臆病者だって分かっている。お前が、オレに殺せる存在だってことも確信したよ。じゃないと、お前はここまでオレに怯えない。本当に強ければ、アルテマちゃんにもオレにも頼らず、一人で生きようとする。お前は、弱くて殺せる存在だ」
―――…………。
「会話を放棄するか。そいつは、オレにとって良い行為だ。その沈黙は毒だぞ?お前の心を、蝕んで死に近づけていく、恐怖ってモンの毒だぜ?」
混沌としていた世界が、赤くなる……くくく!下等生物が、怒っているようだ。軽んじられていることに、神サマとして腹が立ったというのかね……。
だが。
不作法なのはそっちの方が先だぜ?
お前は、オレをこんなワケの分からない世界に、いきなり引きずり込みやがったんだぞ?そのあげく……オレのセシルを交渉のダシに使おうとしやがった。ヒトのトラウマにつけ込むのが、『ゼルアガ』の趣向か?
本当に、腹立たしい悪神だよ。
生かしておいてやる気は、そもそもゼロだったがな……殺意は、数分前よりもはるかに今の方が強い。何倍?いいや、何十倍ってカンジだぜ。怒りを帯びた血が、オレの肌を熱くしている。
寒さも暑さもないこの空間だったが、今は、心のなかで暴れ回る、お前の怒りのせいで、とんでもなく血が熱いってことだけは認識できているぞ。
赤くうごめく混沌が、口を開いた。
未熟な言葉が、オレの体に降ってくる。高い場所から、見下ろしているようだ。オレは、声が聞こえた方向を睨むよ。言葉は、ゆっくりとだが語った。
―――あるてまが……していたことを……おまえにしてやる……こわがるのは、おまえのほうだ。
アルテマのしていたこと?
ふむ。
色々と悪行をしていたクソ女だってことは、イース教の聖典にも載っているらしいから、ホント大勢に知れ渡っているんだろうが……オレはよく知らない。でも、悪神の言葉が帯びている嗜虐性から、想像がつくな。
「拷問ごっこか?……面白いな、得意だぞ、やってみろよ」
―――やってやる。こころを、こわしてやるんだよ。
「なるほど。魔女サマの犯した罪を、追体験か。歴史の授業になりそうだ。くくく!」
―――わらうな、おまえのそれは……なんだか、とても、こころが、ざわつく!!
悪神に嫌われているようだな。なんとも、竜騎士としては光栄なことだろう。混沌とした世界から、次から次に鋼が飛び出してくる。
殺意を帯びた鋼たちだ。
剣に槍、あとは斧もあるな。ああ、ナイフだとか、ノコギリもか?……とにかく、それらが有り得ないほどの勢いで、オレに向かって放たれてくる。オレは、避けないよ。避けるまでもないからな。
ここは現実じゃないから。
槍が腹を突き刺して、剣が背中に突き立てられる。斧が太ももにめり込み、ナイフの牙が腕に噛みついてくる。血が噴き出していく、大量の出血だな。オレの体から命を司る赤い液体が飛び出していく。
ふむ。なかなか、リアルだ。
肉の奥で、内臓をえぐられているような音まで聞こえてくるし、激痛までついている。魔女サマの拷問ってのは、過激だな。こんなにやられたら、拷問って範疇じゃなくて、即死してしまうところだぜ……。
「……くくく!ハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!」
大笑いだ。これが拷問?……違うな。これじゃ死んでしまう。処刑と拷問の区別も、あの『星』とかいう悪神は知らないようだ。あるいは、アルテマという悪趣味な女は、この幻覚を使って拷問でもしていたのかね?
「……まったく。1000年前の女子だけあって、古典的な魔女サンだぜ」
裂かれたノドから血が飛び出す。ああ、リアルな幻覚だよ。体を動かすと、鋼で貫かれた筋肉に沿うようにして、痛みまで覚える。さすがは錬金術師。解剖学的知識もバッチリか。
まあ、それでもな……それでもなあ?
―――どうして……わらう?……『死』を、にんしきするはずだぞ……?
「……ああ、痛いからな。ほんと、死ぬほど痛い」
―――ならば、どうしてだ、おまえは、なぜ……わらう?
「いいか?こいつは、確かに死ぬほど痛いがね……『現実』ってのは、もっと痛いんだ。こんなもんじゃないぜ?お前が味わうことになる本当に死ぬってのは」
―――……っ。
「現実より、痛い幻覚なんてものはないんだよ。たとえ、現実ではありえないほどの苦痛を模造したところでな……」
そう教えてやりながら、オレは体中に刺さっている鋼を指で掴んで抜きながら、歩いて行く。血が溢れるし、痛みが走る。失われた肉の部位に、空虚を感じて不安になる。でも、構わない。
「……オレはね、知っているんだよ。現実で、これ以上の苦しみを、何度も味わって来たからな」
そうさ。
負けにまみれた、情けない半生だぜ。
「故郷を、守れなかった。その痛みは、こんな鋼で、肉を突き刺されるよりも、痛くて、深い苦しみを与えたぞ」
生きている者が誰もいない故郷は、悲しい涙雨が降っていて、ヒトの肉が焦げる臭いは、いつまでも心に染みついてしまう。魂が、この肉体を離れたとしても、その記憶はきっと忘れることはない。
故郷を奪われた痛みはね、千年後だって生々しく、オレを怒りと絶望と屈辱の痛みで粉々にしてしまうだろう。
新たに矢の雨が降り注ぐ。
体中に突き刺さるよ。
避けなかったからな。
いいさ、別にこの程度の痛み。悪神の悪戯だか何だか知らないが、つきあってやるよ。もちろん、対価はもらうつもりだよ。
オレは歯で、腕に突き刺さった矢を引き抜いた。指を動かすと激痛が、傷口に走る。そうだ、痛かったよ。あの日、アーレスと一緒にバルモア連邦のヤツらに特攻したあの時も。
だが。
それから先の方が……何万倍も辛い。
「こんなもんじゃないぞ?……その痛みは、永遠につづく、苦しみってヤツだ。後悔と、悲しみと、絶望だ。そんなものは、体を破壊されることよりも、よっぽどキツくて、痛いんだぜ?」
混沌は、品切れなのか、もう武器の鋼を吐き出すことはない。魔術も使うと思っていたんだがな。どんな攻撃を好むのか、アタマに入れておきたかったんだが。
まあ、いいさ。
オレも別にマゾヒストってわけじゃないんだからね。
でも、笑うさ。
猟兵だから。
魔王だから。
ストラウスの剣鬼だから。
ガルーナ王国軍、最後の竜騎士だからね?
こんな痛みごときで、悪神との戦いごときで、笑顔以外の何を浮かべるというのだ?オレは、こんなかゆい痛みしか知らないわけじゃない。
より強くて深い痛みを知っているんだ。
だから。
止まらんよ。
お前に教えてやる。
悪神よ。
ヒトを舐めていると、殺されるのはお前だぞ?
「いいか。『星』よ?……お前は、何も持っていない。空虚で原始的な生物だ。だから、この混沌を選ぶ。もっと、複雑で高度な世界を、オレに見せることが出来ない。お前は、何も持っちゃいないんだ」
それは、つまらんヤツだ。とびっきりね。
「失うことってのは、キツいんだぜ。場合によっては、死ぬことよりも、ずっと……何倍も、何十倍も……何百倍もな……ッ!!」
全身に突き刺さった鋼を抜いては捨て去り、口から吐血しながら、ヘラヘラ笑って歩くんだよ。魔王サマはね、お前のところに向かって歩いて行くのさ。
そうだ。
分かるぜ?
出血の幻覚は、よく出来ているが……オレの体から思考能力を失わせることがない。ホント、見かけ倒しのハッタリだよ。クソ痛いだけで、腹が立つだけの、かゆい攻撃さ。
―――おい……どうして、こっちにくる?
「お前に、色々と怖いコトを教えてやるためだよ?……これだけ、オレのことをズタボロにしてくれたんだぜ?……お礼をしてやらなくちゃ、ストラウスさん家の名が廃るってもんさ」
―――どうして、とは……そんないみではない。なんでだ、なんで……『こっち』が、わかる!?
「ああ、それは分かるさ。臆病者が振るう鋼はシンプルだ。力一杯、技巧が足りずに、怯えて揺れる。お前の槍は、揺れていたな……最初にオレの腹を突いてきた、槍……そこが来た場所に、お前はいる……アレが一番強くて、他は、まるで誤魔化すように雪崩込んだ」
あたりだろ?
こういう勘は外れない。恐怖に追い詰められたヤツの攻撃はいつだって、まっすぐで、ただただ力を込めて、鋼と心中するようにシンプルだ。
「……こっちにいるな?」
―――……おまえは…………だめだ……おまえは、だめだッッッ!!!
「くくく!そうだ。オレは、お前が触れちゃダメなヤツだよ。変な知恵をつけて、ヒトらしさを覚えるものじゃないな。分析されて……丸裸だ。ほら、今、オレの右手に回って逃げようとしたか?」
無言のままだな。オレとの会話は、損になると理解したようだ。いい判断だが、もう遅い。世界が混沌から、戻り始めている―――現実に、逃げようとしているな。ホンモノのオレを殺さなければ、自分が殺されるってことを、ちゃんと理解してくれたらしい。
「……なあ、ここではお前は、見えないんだけど、想像がつく。オレの左眼に怯えたヤツは、そうするもんさ……ここにいる。オレの放つ、恐怖に当たられたヤツは、いつだって、この竜の眼から逃げるもんさ」
オレは竜太刀を抜く。ズタボロで血まみれになった体で、獣のように嗤いながら。
「教えてやるよ?……ヒトのトラウマに、勝手に触ろうとするヤツは、殺されたって仕方がねえんだよ……」
―――やめろ!!!
「いいや、やめない。教えてやるよ。こんな下らん幻なんてものよりも、本当に痛い苦しみを……教えてやらなくちゃ、オレの怒りが収まらないからな!!」
殺意に満ちた瞳で、右に逃げたヤツを追いかける。気配を感じる。現実に戻りかけているからか?それとも、アーレスのくれたこの魔法の目玉が、ヤツを捕捉し始めているのか?
そうかもなあ。
アーレス。
お前も腹が立っているだろう?……ヤツは、オレたちのセシル・ストラウスを大量生産して、それをセシルだと思えと、クソがつくほど下らんことを言って来やがったんだからな!!
―――く、くるな!!お、おいかけてくるなあああああッ!!?
「教えてやるぜ、ホントにオレが辛かったこと……知っているよな?オレの可愛い可愛いセシル・ストラウス。あの子を……まだ7才だったセシルを、あにさまのくせに!!守ってやれなかったことが、死ぬよりも辛くて、死ぬことよりも、何億倍も痛えんだよ!!」
走り、竜太刀を構えて、ヤツを追い詰める。
怒りのままに、ヤツが『いるはずの場所』に、斬撃を叩き込むッ!!斬り殺してやるためにだッ!!オレのセシルを、オレの痛みを、オレたちストラウスを愚弄した悪神を、ぶっ殺してやるためにだッッッ!!!
…………竜太刀の感触が……途中で消える。
「クソ。ちょっとは斬れたんだがな?……幻術相手じゃ、こんなもんかよ」
世界が、激しく揺れて―――その次の瞬間、混沌の世界が消失する。目の前に、『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』がいたよ。ああ、『彼女』は、オレのコトを心配してくれている。
『―――ヤツが狙っているのは、お前だぞ……ッ!?』
「ああ。知っている。もう、誘われたし、断ってきた―――ッ!!」
だが!!
当然ながら、怒りは、収まらないし……その必要もない!!なぜならば、この燃えたぎる怒りが産み出す殺意には、ぶつけるべき相手がちゃんと存在しているからな。ここは、現実の世界。
オレに斬り殺せる悪神が、すぐそばにいる世界だ!!
「……行くぞ、アーレスッッ!!!」
竜太刀の鋼に、黄金色の焔が走る!!オレの魂から噴き出す怒りの業火と、アーレスの気高き魂からあふれる竜の劫火が、螺旋に交じり、爆炎を織りなしていくのさ!!
悪神をも焼き払うための煉獄の熱量が生まれ、オレごと世界を焼き払おうとするみたいに黄金色の爆炎が暴れながら宙を焦がすッ!!
……知ってる。
怯えきったヤツがする手段は、たった一つだけ。逃げるか、逃げる前に、オレに強打を入れようと焦って攻撃してくるかだけだッ!!
『―――ッ!?封印の奥からッ!!ヤツが、出てくるぞ、赤毛ッ!!』
ドガガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッ!!
封印のための大岩が破壊されて、砕けて回る岩の破片を貫きながら……『中』から無数の闇色の『枝』があふれて来やがる。
封印されていた『星の魔女アルテマ』サマご本人だ。魔女の死体と、下等生物である『星』が一つになったバケモノだよ。
まるで闇色の津波のように、『それ』はうごめきながら白い岩の封印を破壊しつつ、オレへと目掛けて突撃して来る。
不定形の闇色のバケモノ。わずかに、大きなヒトの形にも見えなくはないが―――なんとも醜いその者が、大きな声で醜く歌う。
『ギャガイガアガガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』
闇が飛びかかって来る。大きく定まらぬ形状が、ゆらめきながらも左右に広がる。飢えた熊に襲われているかのような印象だな。力を誇示して、相手の勇気を砕こうと必死になった、獣の猛進だ。
くくく、想像の通りだよ……。
本当に……お前は、下等生物だなッ!!
「魔剣ッ!!『バースト・ザッパー』ああああああああああああああああッッッ!!!」
黄金色の爆撃は、その闇色にうごめく肉を爆破していく!!煉獄の熱量を宿した焔に食い千切られるように闇色が呑み込まれていき、直後に起きた爆裂で、ヤツの闇色の肉体は、その圧倒的な暴力の前に、爆ぜるようにして飛び散っていく!!
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッッ!!!
滅びの爆音と衝撃波が、霊泉の満ちたこの空間を、灼熱に包み……聖なる水面が波紋に揺らしながら蒸発させていった。
高熱の地獄のなかで、その熱量の中心にいる『悪神アルテマ』は、踊るように手足か何だか分からぬものを振り回しながら、崩れていくのさ……。
黄金色の焔に焼き払われる古びて枯れた細胞は、またたく間に灰燼に帰していきながら、そこら中に飛び散っていくんだよ。
ヤツの手足のようなものが、必死になって、我が身を取り繕うと、抱きしめていく。だが、指のように長い突起のあいだから、かつてヤツであった灰は、ボロボロと粉々になりつつ、こぼれ落ちていくのみだ。
死を迎えた闇は、どうやらくっついてはくれないらしいな?
けっきょくのところ、ヤツは、この一撃で肉体の半分近くを吹き飛ばされていたんだよ―――悲鳴が聞こえる。まったくよう、何とも不細工で、低くて醜い、どうでもいい声だぜ。
『ががあああああああああああああああっっ!!?』
「―――どうだい、悪しき神よ?……ちょっとは、『死の恐怖』ってのを、分かってもらえたか?……だが、まだまだだ。まだ、オレは……怒っているんだぞ、貴様が死ぬまで、許さんぞ!!この下等生物があああああああああッッッ!!!」
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