第七話 『星の魔女アルテマと天空の都市』 その1


『ぎぎゃうががあああああああああああああああああああああ…………ッ』


 黒い『枝』が、『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』を穿ち、えぐっていく。無数の枝や根で造られていた『彼女』の丸い胴体が、暴力と共に引き千切られて、『炎』によって燃やされていく……っ。


「そ、そんな……ふ、封印を破っていたの!?」


「……そんな気配は感じられなかったわよ!……おそらく―――」


「―――最初から、封印などされてはいなかったのだ。アルテマはともかく、『星』の方はな……ッ」


 あの天才錬金術師『父娘』も、オレと同じ認識をしているようだな。それで安心することは無いがね……オレは、動き出している。霊泉の聖なる水を蹴散らしながら、竜太刀を抜いたよ。


「ククル!!援護をしろッ!!『彼女』を援護するぞッ!!」


「は、はい!!撃ちます!!」


 矢が放たれて、『彼女』をぐりぐりと抉りながら破壊していく『枝』に対して突き刺さる。だが、『枝』は一瞬だけ動きを緩めるが、大して効いちゃいないらしい。


 ……まあ、あの巨大な『ベルカ・ガーディアン』を揺さぶるような力の持ち主だ。ちょっとやそっとの攻撃では、怯まないということか―――。


 ―――ならば、こちらも最初から全力で相手をしてやろうッ!!


 竜太刀に、『風』を込める。翡翠色に暴れる光が刃の鋼から解き放たれていく。水色の霊泉を翡翠の風が走り、風の軌跡を波で教えた。暴れる風は竜巻のように力を増していき、オレは竜太刀を大上段に構える……。


 『枝』が、こちらの気配に気がつきやがったのか、ビクリと揺れやがった。気づこうが気づいていまいが、どちらにせよ……逃すわけがないッ!!


「魔剣ッ!『ストーム・ブリンガー』ああああああああああああああああッッッ!!!」


 ズガシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!


 翡翠色を帯びた『風』の斬撃が、怒りのままに世界を駆け抜け、この聖なる霊泉の上でうごめく邪悪な『枝』を叩き斬るッ!!


 闇色をした、その太くて邪悪な醜い『枝』は一太刀のままに切断されて、爆発的な血潮を噴射し、この封印のための空間に、悪神の血を雨のように降らせていく。霊泉と壁と天井が、深々と斬り裂かれて……オレにこの奥義の威力と不完全さを教えてくる。


 もっと、狭い範囲に打ち込むべきだ。狭い空間では、この一撃をより効率的に扱うには、もっと洗練がいる……。


 しかし。


 威力だけなら満足だ。


 血を放つ『枝』が、ビクンビクンと痙攣するようにのたうちながら、封印の『扉』の奥へと潜っていき、解放された『ベルカ・ガーディアン』が霊泉に沈む……。


 蒸気があがる。焼かれた『彼女』の体を、霊泉の冷たい祝福が癒やしてくれているのだ。しかし、ずいぶんヒドくやられてしまっているな。切断され、引き千切られて、燃やされる……。


 オレは『彼女』に駆け寄り、声をかけたよ。


「おい。大丈夫か?」


『…………いいや……想定以上の、ダメージだ……ヤツめ……私が、どこを壊されていたのかを、観察していた……そこを、狙い、えぐってきやがった……ッ』


「そうか……」


『恥ずべきことだ……ッ!……我々は、1000年、たばかられていた……ッ。『星』は機能を停止していたわけではない……待っていたのだ、復活の機会を……我ら、『ベルカ』が完全に潰える瞬間を……ッ』


「『ゼルアガ/侵略神』とは、理不尽な存在だ。攻撃されるまでは、こちらが認識出来ない。寿命も長く、権能は基本的に理解不能だ……」


『…………権能については、分かる……あの悪神は……強い願いを……求める…………いいや、それだけではない……強い生命をだ……ッ』


「強い生命?」


『あの悪神は……ある意味では、単純なのだ……ヤツは、『力』と『知恵』を与えて、その生命に寄生し…………ただただ、長く快適に生きたがる……アルテマの、バカげた自己保存欲求は、錬金術師ゆえのものでもあり、ヤツにそそのかされて強化されたもの』


「……つまり、ヤツの権能は、『力』と『知恵』を与えて、とにかく長く生存することが目的名のか。それをもらうと、ちょっと病的に精神が歪んじまう?」


『そういうことだ……アレが擬態を解いて動いた理由は、おそらく三つ……』


「どんなものだ?」


『……一つ目は、死の危険を感じたから』


「ああ、『オレたち』が組めば、悪神ごとき敵じゃないからな。まだ、死ぬなよ」


『そうだな……二つ目は、『ベルカ』が滅びたことを、確認したからだ……『選別』が終わった。最高の『素材』は……残った一つ、『メルカ』と判断した』


「今までは、『ベルカ』が滅びたことを知らなかったのか?」


『『星』は、知性が低い。バケモノになった私をも、『ベルカの民』と認識していたが、私の戦う姿を見て、ようやく『違う』と気づいたのさ』


「……いいや。君は、誰よりも偉大な『ベルカ・コルン』だ。オレが保証する」


『ありがたい言葉だな、戦士よ……いいか、選別が終わった以上……アルテマを復活させるための、『最高の部品』を、ヤツは求めるぞ……っ』


「……『メルカ』を攻めるつもりか」


 ゾーイの懸念が大当たりだな。


『そうだ……『メルカ』は憎いが……アルテマは、もっと憎い……復活させるな。『星』と混じったアルテマは……残酷で、命を、ひたすらに弄ぶ……っ』


「ああ。『メルカ』は守る。ヤツを、ぶっ殺してやるぜ!!」


『……三つ目も聞け……これは、忠告でもある』


「どんなことだ?」


『……『星』は単純で下等な生物だ……権能は優れているが、自我は乏しく……知性などは……虫けら以下……生存欲求のため動き、より適した宿主を求める……』


「さっきも聞いたぞ?」


『……わかりやすく言おう…………ヤツが狙っているのは―――――』


 その瞬間。


 オレの意識はどこかに連れ去られていたよ。


 世界がぐにゃりと歪んで、輪郭が崩れる……瞬きをして目をこするが、世界はただただ混沌の渦に呑まれて、形を崩壊させていた。


 この混沌は、上下という概念も無いのか。足の裏で感じるハズの地面の抵抗が消えた。落ちているような感覚?いいや、浮いているような感覚か。風を感じない。温かいのか、寒いのか……なぜだか、判断がつかない。多分、どっちでもない空間だ。


 ……オレは、両手を見た。見える景色と違って、十本の指はいつもの形状を保っている。オレ以外の全てが狂って見えるこの混沌の世界に……オレは、ただただ孤独だったよ。


 他に誰もいないことだけは、確信出来る。


 ここは、どこでもないし、いつでもない。


 空間と時間から隔絶された、ただただ意味の通じない理不尽な場所。そうだ、『ゼルアガ』の権能に取り込まれている。ちょっとだけ、ザクロアの悪夢を思い出す。サイアクの夢を見させて、心を壊し―――生きた者を操る……。


 あのときは、夢に囚われた。


 今度は、夢の形すらない。


 なるほど、下等生物だからだろう、『星』という名の『ゼルアガ』が。


「……それで?お前を呑み込んでやったら、オレに何をくれるってんだ?」


 混沌が……オレの言葉に形を変える……?混沌が、一つの形状を形作る。燃えている竜教会ではない……オレを見上げて、手を振る、セシル・ストラウスが、そこら中に生えてくる……。


 ふむ。オレは、きっとオレ自身の心に問いかけてる。


 欲しいもの。


 願望するもの。


 その形状を模して、それを成すための『力』と『知恵』を与えてくれる?……この『星』がやって来た異界からでも、引き出して渡すのかね?


 ―――しりたければ、すべてをおしえる。『コレ』を、とりもどすすべさえも。


 片言の共通語?……オレの知的レベルが低いせいか……?賢い猿なら、これぐらいなら話せるかもっていうぐらい、拙げな言葉だったよ。


「セシルを取り戻す方法ね?」


 ―――ほねから、つくれるぞ。


「骨?」


 ―――ごうせいすればいい。


「ほう、錬金術で、オレの妹をか?」


 ―――つくれるぞ、いのちさえも……。


「そいつはスゴい。さすがは、神サマの一種だな」


 ―――たくさんつくって、えいえんにくらせる。


「『ホムンクルス』みたいにか?」


 ―――そうだ、しんでくされば、また、つくればいい。


「なるほど。オレのセシルと永遠に生きれるのか。お前を呑み込んでやれば?」


 ―――ああ、えいえんを、あいするものと、いきれるぞ、にどとうしなうことのない、いもうととともに……それをなすちからを、ちえを……あたえてやれる。


「……セシルと永遠か。最高にいい言葉だな」


 オレはそう言いながら、手近な場所に生えているセシルのアタマを撫でてやる。そうすると、混沌の世界のあちこちから上下も左右もお構いなしに生えているセシルが、あにさまー、と甘える声で笑ってくれる……。


 最高の記憶の一つだな。


 だからこそ、オレは迷うことがない。


「断る。セシルはたった一人だ。もう死んだ。死んだ者は、永遠に蘇ることはない。ホムンクルスがセシルそっくりだったとしても、彼女たちは、皆、それぞれの物語を持つ者だ。同じ者など、存在することはない」


 ―――あらゆることが、おなじでも?


「ああ。そうだ。残念ながらな」


 ―――きおくも、かんじょうも、もぞうしてやっても?


「……何?」


 ―――おなじだぞ、かんぺきに、きおくとかんじょうをつくれる。かずをつくらず、せいどをあげれば……あのひにおわった、あのこのものがたりを、かんぺきにさいげんできる。


「……そうか。スゴい力と知識を与えてくれるんだな。さすが、神さまだよ」


 ―――われとともに、あれば、おまえは……いもうとのものがたりの、つづきをみれる。おまえは、いもうとを、こんどこそ、まもれる。まにあうのだ。ほのおが、あのきょうかいをやきつくすまえに。おまえをよぶこえに、まにあうぞ。


「……そうかい。だが、断るよ」


 ―――………………どうして?


「ここで、セシルの声でそう呼びかけてこないあたり、お前は、やはり下等な生物で、ヒトを理解出来ていないな。そうすれば、オレを悲しませることぐらい出来た」


 ―――がんぼうが、ないのか?


「あるよ?でもね、リアリストなんだ。過ぎ去った時間を修正することは出来ない。セシルは死んだよ。オレは間に合わなかった。オレの指が拾い上げたのは、セシルの赤く焼けた小さな骨だけだ。忘れられない真実だ。真実だけは不変だよ」


 ―――……『おなじだけ』では、まんぞくできない?


「そうだ。違うモノだ。それは、オレのセシルじゃない……ありがとうな。『星』とやらよ。お前のおかげで、久しぶりに、セシルの声で、あにさまーって呼ばれたよ。お礼に、永遠を与えてやろう」


 ―――えいえん……?


「ああ、お前を殺してやるよ。死ねば、こんな下らない誘惑で、ヒトさまを狂わそうとするコトも無くなる。永遠に消えちまえ。お前の生命は、あまりにも下らん時間の浪費だ。そんなものに、ヒトを巻き込んでるんじゃねえ」

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